第7話 新将軍の侵攻
伯母であるヴェリエは父の姉だ。
彼女が男であったならば、八大将軍を任されたであろう才覚はあった。
商売や政治に関しては性差はあまり関係ないが、軍人と言う職業ではどうしても男が優先されたのだ。
結局、何処かの貴族に嫁いだはずだが、数年で息子を抱えてロガ領に戻って来た。
相手の男が別の女と関係を持ち、その間に出来た子を跡取りにしてしまったらしい。
伯母の性格では、黙って受け入れるはずもなく、幼い息子のガラルを抱え、伯母親子を亡き者にしようとする刺客と自ら打ち合い、ロガ領に戻ってきた逸話のある人物だ。
味方に出来れば頼れるし、敵に回せば恐ろしい、そう言う人。
一方の腑抜けてしまった叔父のユーゼフは父の弟。
アントンの父親であり、先行投資で財を稼いでいたと言う。
末っ子と言う事もあり、将軍になる事は無かっただろうし、当人の才覚は策謀に向いていた。
ただ、臆病な側面があり、それで人を亡き者にしようともしてくれやがった親族だ。
娘が家出するようにして、異民族の所に嫁いでしまい、その際に放たれた一言で心を射られて、今ではあまり活動していないらしい。
このまま老け込んで死んじまうんじゃないだろうなぁと、不安を覚えて居たら、如何やら伯母の邸宅に今来ているとの事。
「親父が? 珍しい……」
息子のアントンが伯母ヴェリエからそう聞かされて、驚くくらいに珍しい事らしい。
「ちょっと、母上。勇者の方々には立ち話も無礼でしょう、逃亡から約二日、お腹もすいているのではなくて? アントン、あーたももう少し気を利かせなさいよね」
野太い声で従兄のガラルが立ち話をする私達を諫めた。
リチャードの次ぐ背丈のガラルは、しかし、頬紅やら口紅でその顔に化粧を施しており、服装もローブ何だかドレス何だかよく分からない物を見に付けていた。
最初は戸惑うが、当人が堂々としているのでその内、慣れる事は出来そうだ。
こう言うのは恥ずかしがられるとこっちも慣れないからな。
そんな事を考えていると、そのガラルが、不意に私に向かって頭を下げた。
「ベルシス兄貴、お帰りなさい。兄貴の帰りを従弟一同待ってたわ。……アネスタは居なくなったけど、ね」
「ただいま、厄介事ともに帰ってきてしまったよ」
口調はまだ慣れないが、真摯さを感じさせる声音にただいまとの言葉が自ずと出た。
ただ、何で私を呼ぶ時だけ、兄貴呼ばわりなんだ。
そんなこんなで楽しい(?)ロガ家の面々と数年ぶりに再会した私だが、その再会を喜ぶような時間は与えられなかった。
食堂に案内され、食事を待っていると料理より先に兵士が飛び込んできた。
「監視兵より魔道伝達! 帝国軍が侵攻を開始しました!」
「数は!」
伯母が鋭く問うと、兵士は上ずった声で絞り出す様に告げた。
「総数……八万……我が方は魔族の兵と合わせても一万三千がやっと」
「六倍強か。指揮官は誰か? カルーザスか?」
今度は私が兵士に問いかける。
「いえ」
「それでは、セスティー将軍か?」
「いえ」
「……テンウ将軍かパルド将軍?」
「いえ、名前はアーリー将軍、ロガ将軍の代りに八大将軍となった方の様です」
知らない名前だな。
――知らない敵と戦うのはやはり怖い。
「どんな奴か詳しく知りたいが、時間は無いか」
「防衛について話し合わねばなりません。ベルシス、アントン、それにユーゼフ、ゆっくり食事をしている暇はなくなりました。別室に。ガラルは勇者ご一行にお食事を取って頂く手筈を進めなさい」
まともな食事は重要だが、今後ゆっくりする為には今忙しくしておくさ。
その時はそんな事を考え、ロガ家の面々と共に別室に移動した。
三勇者とその仲間たちが飯を食べている間、私達は何処で帝国軍を迎え撃つかを考えた。
最初から領地に籠る訳には行かない。
立て籠もれば、流通を止められ、兵も民も飢えてしまう。
だからと言って、真正面から戦ったって勝てる数じゃないし、頭数を揃えるのに傭兵団を雇おうにも、この戦力差で契約に応じる傭兵は居ない。
それに、傭兵で頭数を揃えるのには無理がある。
「そう言えば、影魔のメルディスは来て居ないのか?」
「帝都に情報を集めに赴いているのです」
なるほどと頷きながら、私は地図を見つめた。
六倍の兵を食い止めるには、平野部で戦うのは論外だ。
起伏の激しい山道とか、谷とかで迎え撃ちたいが、相手は此方を平野に引きずり出したいと考える。
敵の部隊を望む戦場に引きずり出せた方が、戦いの主導権を握る。
カルーザスならばどう戦っただろうか。
或いは父ならば、先帝ならば……。
『戦いとは単純な物だ、兵が多い方が勝つ。これは兵の総数と言う意味じゃない。
分かるか、ベルシス? こちらの兵数が劣るならば、敵の弱点……司令部や王族の居る場所を探り当て、そこに兵力集中させるんだ。
その場限りでも相手兵力を上回り、その勢いで司令部を瓦解させれば、多数の兵は烏合の衆へと変貌する』
カルーザスが昔、私に教えてくれたことを思い出した。
兵の集中、兵の分散。
自軍の兵を集中させ、相手の兵を分散させるような地形、状況……。
勝ちを意識すれば、どんな奴も考えが甘くなる、そこに付け込むには……。
「アントン、ロガ領の防衛ラインはどの辺りだ?」
「ここの川、レヌ川沿いが最終防衛ライン。ここを抜かれると後は遮るものがない」
「大いなるレヌ川か。……暖かくなる季節だが、雨が降るにはまだ早い……。上流を堰き止め、川の流れを緩やかにできるか? 兵をそのまま進ませたくなるほどに」
「……やってみなくちゃ分からない」
「伯母上は商人たちに川を使わぬように伝達してください。雨不足で川の流れが悪いと言って」
「川を敢えて渡らせると?」
伯母ヴェリエが訝しげに呟くと、押し黙っていた叔父ユーゼフが口を開いた。
「半ばまで渡らせ、堰を切り水攻めか?」
「ロガ領に上陸している兵士達は、取り囲み降伏を促します。駄目ならば殲滅するしかないでしょう」
「帝国人同士でそれを行うか。やはりお前は恐ろしい男だ、ベルシス」
成功しても犠牲が出まくって胃が痛くなるのが分かり切っている。
敵も味方も同じ国の人間だ、血が流れるのは嫌だ。
でも、血が流れるのを厭っているだけじゃ守れるものも守れやしない。
「一番良いのは、渡河作戦の最中に敵の司令部目掛けて少数の兵が突出する事ですが」
「じゃあ、それ私やるよ!」
バンッと扉が開いたかと思えば、コーデリア殿が能天気な声でそんな事を言ってきた。
「コーデリア殿?」
「まあ、ここらで俺達も借りの一つも返して置こうかって話になったのさ。そしたら、結構な規模の話が聞こえてな」
「少数精鋭による奇襲ならば、我らは打って付けだと思うが?」
「リウシス殿、シグリッド殿も……」
唖然としている私の前にコーデリア殿が歩いてきて、急に手を取って言った。
「だからさ、ベルちゃん将軍もそんな悲しそうな声出さなくて良いんだよ! 一番天辺倒してしまえば、皆いう事聞くようになるから!」
「……それでは、あなた方が危険な目に。それにこれは所詮内乱、その手が」
「血で汚れるなどと言うなよ? 俺たち全員、既に魔族の血で汚れている。今更善人ぶる気も無い」
にやりとニヒルな笑みを浮かべたリウシス殿。
だが、そのだな。
片手に持っている鳥のもも肉は置いてきた方が様になったと思うぞ、腹の出ている勇者殿。
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