第6話 ロガ領の人々

 叔父と伯母に分与したロガ領に戻って見れば、何故か魔族の兵士が、つまり魔王の兵士がロガ領の兵士とともに打ち解けている状況について。


 だから、私を見るなって! 全く与り知らない事だ!


 そう叫びたかったが、それは堪えた。


 戦には、想定外の事が起こる物だ。


 そう自分に言い聞かせる私の姿を傍がどう見ているのか、さっぱり分からない。


「おい、そこの馬車ぁ! 悪いが検分させてもらっぞ」

「えー、別に良いけど、これってどう言う状況なの?」

「知らねぇか? 領主様一族のいっちばん上のロガ将軍がぁ、勇者様たちを庇って皇帝に楯突いたんだわ。普通だったら大騒ぎなんだがなぁ、領主様たちはこんな日がいつさ来ても良いようにぃ、兼ねてより備えていたんだぁ。あんの皇帝はほんまに馬鹿だで、こうなるのも仕方さねぇって」


 年を取った兵士の声が響く。


 おい、随分と地方言葉が出てるな。


 訛ってるわけじゃない、地方言葉だ。


 帝都では商人たちが主に使う共用語が主流だが、アレは聞き取りやすいが、如何にも生活感が薄いからなぁ。


 ちなみに帝都にも地方言葉があるし、先帝も感情が高ぶると結構使っていた。


 今現在も毒物の為に眠り続けている第二皇子は、学者肌の線の細い人だが、結構使っていた。


 見た目で舐めて掛かって、出てきた言葉に驚いて交渉のペースを持って行かれる他国の外交官を何度か見たが、アレは痛快だった。


 あの人有能だったのになぁ。


 感性独特だったけど。


 ……ああ、また現実逃避を始めてしまった。



 大体年寄りの兵士がいるってどういう状況だよ、私からは見えないが声が年寄り染みてるだけか?


 あと、問題なのは其処じゃない。


 何で前から備えているんだよ!


「魔族の人達は何でいるの?」

「いやぁ、嬢ちゃん、あんたが別嬪さんでも言えねぇよぉ。……ここだけの話だがなぁ、こいつは、何でもよぉ、ロガ将軍の指示らしいで」


 いや、だから知らんって!


 そんな事する暇なかっただろ!


 だから、私を見るなって言うの!


「ええっ! いつそんな事したの!」

「皇帝の馬鹿がなぁ、カルーザス将軍を投獄しようとした際、ロガ将軍が止めた事があんだがよぉ。そん時から、領主様に送る時節伺いの手紙に、それとなく手を組む相手が書いてあったとかでな」


 ん?


 んんん?


 一応親戚だから、節々に手紙は送ってた。


 愚痴は書いた、皇帝の評価も書いた、評価の内容は無論暗君。


 あ、よく考えたら検閲されてたらヤバかったな。


 でも、ため込むと爆発しちゃうからさ……。


 ロガ家の人間ならば、累が及ぶからと黙秘すると思って書いちまったんだが……。


「へぇ、それで魔族の人と手を結んだんだ」

「魔族の八部衆ってのは別嬪も多いんだなぁ、俺はびっくりしたよ」


 八部衆の誰かが出張ってんのか?


 つーか、お前喋り過ぎじゃね?


 機密漏洩疑った方が良いんじゃないか?


「おい、お前達! 何をしている!」

「部隊長様だで」


 おいおい、捕まる流れじゃないだろうな?


「何だ、トーバ爺か。長話していると言う事は、悪党では無いんだろうが……」

「爺ちゃん、トーバって言うの? わたしはね、コーデリアって言うんだ」

「おお、コーデリア嬢ちゃんかい」

「……コーデリア?」


 おっと、周囲がざわざわしてきたよ。


 そろそろ顔出した方が良いのかなぁ。


 いやだなぁ、この流れ。


 どう転ぶか全くわからない。


「三柱神の選びし勇者が一人?」

「おお、道理で善なるオーラが出ておるわけだで」

「そうだよ。へぇ、爺ちゃんオーラ感知できるの?」

「俺はこれでもよぉ、輝ける大君主シャイニング・グレート・モナークの神官でなぁ」


 三柱神の一柱である輝ける大君主シャイニング・グレート・モナーク、勇者コーデリア殿を選定せし不浄を焼き尽くす太陽神。


 三柱神はメジャーな神であり、信仰者も多い。


 どの国で国教化されている宗教は、大体が三柱神の一柱である。


 そう言えば、異大陸には変わった神を信仰している所があったな……。


 確か、オルキスグルブ王朝の支配地……。


 まあ、今は如何でも良い話か。


 こんな風に違う神を信仰していると言うだけで印象に残る程、三柱神を信仰する勢力は強いとも言える。


「そうなんだ。じゃあ、アンジェリカと一緒だね」


 そんな言葉が聞こえてくるとコーデリア殿の連れの一人で、彼女が良く頼っている姉代わりとも言える神官のアンジェリカ殿が額に手を当てた。


 それは頭痛を堪えているかのような様子にも見えた。


「コーデリア殿に任せておきますと、埒があきませんな」

「奴の強みは誰とでも雑談できる、だからな」


 和気藹々わきあいあいとしている外とは違い、馬車の中は少し呆れたような雰囲気すらあった。


 リチャードがぽつりと零すとリウシス殿が肩を竦めながら答えた。


「仕方ない、私が話をしよう」


 ロガ領である、私が話をした方が早い場合もあるだろうと立ち上がって、馬車の扉開け放った。


「ベルシス・ロガだ。勇者殿と共に帝都より落ち伸びてきた、叔父上か伯母上の元に案内してくれ」

「本物のベルシスにぃだ! 良し来た! 伯母さんの所に案内するぞ!」


 そして、真っ先に視界に飛び込んだのは、叔父に似た面持ちの若い男が親しげに片手を上げている所だった。


「えっと……」

「俺だよ、俺。アントンだよ、今は守備隊の隊長やってるんだぜ」

「……ああ」


 叔父の息子である八歳違いの従弟が其処にいた。



「すると、アネスタは家出したのか?」

「そうそう、すっかりそれで親父は意気消沈しちまってな。昔はあくどい事やってたみたいだけど、今じゃすっかり腑抜けだよ」


 アントンの姉で従妹のアネスタの家出と言うロガ家にとっては大きな事件のあらましを聞きながら、アントンと肩を並べて歩く。


 ここまで来れば馬車で進む必要も無いと言うトーバと言う老神官の言葉に従った形だ。


 罠だったら困りものだが……勇者殿一行は少数精鋭と言って良い陣容だから何とかなるだろう。


 私の命はリチャードが居れば概ね問題ないしな。


「姉貴の捨て台詞が、ベルシスあにぃを追い出したように私も追い出せば良いだったからな、余計心に刺さったようだ」

「叔父上は何と言うか、臆病が高じた策略家だったからなぁ。良心の呵責でやられたか」


 私も叔父には面と向かってお前が怖いと言われた事がある。


 領地の所有権争いの時も、積極的に私を殺そうとしていたのは叔父だった節もある。


 恐怖の裏返しは殺意になる事はよくある事だ。


 伯母は逆に豪胆なので余計な血は流さない主義だった、その伯母が実権を握っているのはある意味一安心ではある。


「しかし、皇帝に弓引くとは……。私とは縁を切ってあると言えば良いのに」

「そうも言えないんだな、これが。皇妃とな、従兄のガラルが一悶着在ったんだ」

「ギザイアと?」

「ああ。ガラルはあのなりだが、なよなよした所があっただろう? 結局、服のデザインって言うの? そっちの方面に進んだんだよ。敬愛する師匠を得て活動していたんだが……」


 伯母の所の一人息子ガラルは昔はそうでも無かったが、今では大男になったそうだ。


 だが、内面は、何と言うか、女性なのだそうで……。


 昔はそんな片鱗なかったような気もするが、まあ、そう言う事もあるのだろう。


 その彼が帝都に出向いて服飾の巨匠に弟子入りしたと聞いて、ピンと来た。

 

「確かあったな、ギザイアの奴に色見やデザインが気に入らないと投獄された服飾デザイナーが居ると言う話が。……その後毒杯を煽って自殺したそうだが」

「葡萄酒を所望してって話だが、ガラルが言うにはお師匠さんは酒なんざ飲まなかったんだと」


 確か成婚の儀で使うドレスだかの話だった筈だ。


 正確には皇妃になる前から、権力を握っていたのか、あの女。


 それに、どう考えても真っ黒じゃねぇか。


 くそ、閑職に回されて居なければその辺りも見張れていたかも知れないのに。


「……あの頃、ベルシス兄は越境して来る異民族の相手で国境に居たんだろう? 如何しようもねぇよ」


 悔しそうな様子が顔に出たか、アントンに気を使われてしまった。


 しかし、ギザイアの奴、碌なもんじゃ無い。


 毒婦そのものだ。


「それで、今回の件が合わさり?」

「親父が腑抜けた今は伯母さんがロガ領の主だからな。それ意外にも皇帝の訳の分からん税の要求が増えていた事も腹に据えかねていたんだ」


 伯母は得られるものは何でも得たがる側面はある一方で、払うべき理由がある物は払う性格だ。


 そんな伯母である、ロスカーンの税の名目は酷いと聞いていたから、当然反発していたのだろう。


 そこに息子の件が合わさり、今回の騒動か。


 うーん、この流れではちょっと勝てるかどうか怪しい所だなぁ。


 そんな事を考えていると、伯母の邸宅に辿り着いた。


 その門前で、驚くべき事に伯母と化粧をしている大男、多分ガラルが私達を出迎えてくれた。


「良く戻りました、ベルシス。あなたの予見通り、皇帝は暗愚の道を進んでおりますね。全く、その愚かさに策を先んじて講じてなければ、押しつぶされかねない所でした」


 皴が幾分増えたが相変わらず厳しい表情で伯母は口を開き、間を置いてさらに喋った。


「あなたが魔王との和平前から、八部衆の一人である影魔のメルディス殿と対話関係を構築していて助かりましたよ」


 微かに微笑を浮かべて私に感謝を述べる伯母の話を聞き、周囲は感嘆の声を上げていた。


 その一方で私は内心赤面していた。


 メルディスね……。


 奴と対話関係を構築出来た理由がね、ハニートラップに引っかかり掛けただけなんだよ……。

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