第5話 勇者たちの疑問

 馬車の向かう方向を修正して、馬を御するのをコーデリア殿に任せ、私が馬車内に引っ込む事になった。


 で、中に入れば馬車内の空気が、何とも言えない感じになっていた。


 湿っぽい様な、何とも言えない空気だ。


 何事かとリチャードの脇に腰を降ろしながら、老いた竜人に問いかける。


「如何した?」

「いえ、若がエルーハと会話している間に、リウシス殿がカルーザス卿と言葉を交わしたのですが……」

「うん」

「その、リウシス殿が涙の訳を問えば、若が敵となれば必ず国が亡ぶ、それゆえの涙であると答えまして」

「そりゃ、買い被り過ぎってものだ……よ?」


 それがこの何だか良く分からない空気の原因か。


 買い被りだと言いたいところだが、これがもし、カルーザスが裏切ったのならば、私もそう判断を下しただろう。


 これでゾス帝国も終わりかと。


 まあ、私の場合は勝ち馬に乗るけれど。


 ……いや、先帝が主であったならば……ふむ。


 そんな事を考えていると、勇者の一人、シグリッドが声を掛けてきた。


「ロガ将軍、あなたは何処まで想定して動いておいでなのか? 先程のカルーザスとは、あのカルーザス卿であるのだろう? その彼に国が亡ぶとまで言わしめた貴方は一体……」


 それは、親友が大げさに言っているだけだから。


「その言葉は正確ではない。私の様な者すら逃げ出す様では多くの人材が流出して、国が亡ぶ。そんな未来が見えたからカルーザスは泣いたのだ」

「つまり、あなたの様な高級軍人まで皇帝を見限ったかと言う涙であると?」

「私との友誼もあったのだろうがね、それ以上にこれから始まる人材の流出を嘆いている筈だ。最も、カルーザスはただ泣いて終わらせる男ではない、必ず見せしめに私を討とうとするだろう」


 私の言葉に、皆は黙ってしまった。


 こう言っては何だが、私の出奔……きっと帝国正史には追放と記されるだろうが。まあ、これを皮切りにゾス帝国の人材は流れていくだろう。


 あの皇帝には愛想が尽きたと思っている者は存外に多そうだ。


 だが、流出の始まりとなるであろう私を見せしめに打ち倒せば、多少の歯止めにはなる。


 或いは、カルーザスの涙はそうする以外に妙案が浮かばなかったが故の涙かも知れない。


「友達同士でなぜ殺し合うの?」


 問いかけを放ったのは、勇者殿でも、その連れでも無かった。


 いや、連れは連れなのか。


 勇者殿一行は今は十四人、当初聞いていた十二人より二人増えていた。


 その内の一人がようやく口を開いたのだ。


 その二人はフードを目深にかぶっており、二人とも容姿は良く分からなかったが、聞こえてきた声は愛らしい少女の物であった。


 


「互いに認めた友であるからこそ、かな。この場合は。互いが互いの道を塞いでしまった以上は、戦う事でしか決着は付けられまい」


 カルーザスと戦う、か。


 普段の私ならば『無理だ』『胃が痛い』と泣き言を盛大に心の中で思った事だろう。


 体面上、口に出せないけれど。


 だが、今は違う。


 カルーザスには、勝たねばならない。


 ロスカーンと言う鎖から彼を解き放ち、その才能を存分に生かしてもらうためには、彼に勝つより他にはない。


「……カルーザスと戦うか、我ながら無謀な事を言っているな」


 再び馬車の中に沈黙が落ちた。


 ……ちょっと、この沈黙は居心地が悪いな。


 外から聞こえてくるコーデリア殿の馬を御す楽しげな声が唯一の慰めだ。


「友達と戦ってまで、何故私達を助けたの? 元からその心算だったの?」

「その心算とは?」

「ロガ家の領土を独立させるのに私達の力を利用したいのかって事」

「ああ、考えてもみなかったが、君らからすれば当然の懸念だな。この際だからはっきりと言って置く。変に誤解されても堪らないから」


 チョイとばかし失礼ともとれる質問だったが、良い機会だ、答えておこう。


 勝手に信頼されて、勝手に幻滅しましたとか言って裏切られるのは嫌だ。


「まず最初の質問だが、端的に言うぞ。バカな皇帝の言動に巻き込まれて死ぬのは嫌だと言う保身が一つ。身を粉にして働いた者達に対する仕打ちの酷さに対する憤りが一つ」

「俺達が怒りで戦いを挑むと思ったと?」


 リウシス殿が合の手を入れる用に問いかけてくる。

 

 この太っちょの勇者は、動きも俊敏だが頭の回転も速い、会話を円滑に進めさせてくれそうだ。


「そうだ。そうなれば帝国は内乱状態に陥ったかも知れない。ロスカーンが死のうとどうでも良いが、内乱は避けたかった。それに」

「それに?」

「魔王は降伏した、つまりは和平に応じた。戦いを始めるのは易く、戦いを収めるのは難しい。あなた方はその難しい仕事を見事に果たした。魔王を殺すことなく、憎悪の火をこれ以上広げることなく。それは他に例えようが無い大いなる功績だ。それを無視した皇帝の振る舞いには我慢できない」


 私の言葉を聞けば、フードを被った先程の少女が更に問いかけた。


「だから、キレたの?」

「当然ではないか。どう考えてもおかしいだろう? これ程の功に対してあんな仕打ちがある物か! 今後の政治利用云々とか言う話は抜きにしてもまずはその功績を称えて――」

「あなた、頭が良いみたいだけどお人よしなのね。コーディみたい」


 フードを背後に降ろしてその素顔を晒す少女。


 何処か楽しげなその視線は御者台で元気に馬を走らせているコーデリア殿に向いていた。


「君は……」

「魔族。一応、降伏の使者だったのだけれど」

「使者殿に酷い場面を見せてしまった訳か、正に帝国始まって以来の大恥だ。……ついでに言えば、ロガ家の騒動は私の与り知らない所だ。画策しようがない」


 フードの中より現れたその容姿は確かに魔族の物だ。


 透き通るような白い肌、青みがかった銀髪の合間から、くるりと弧を描いた角が垣間見える。


「聞きたい事は聞いたわ。シグリッドもリウシスも聞きたい事聞いたら? コーディは……気にしてないね。寧ろ気に入ったのかしら」

「俺としては特に聞く事は無いな、気になる所は概ねフィスルが聞いてくれた。交渉が得意と聞いていたので、口が上手い奴かと思っていたが……まさか、そう言うタイプが大成していたとはね」


 魔族の少女はフィスルと言う名か。


 リウシス殿の物言いは、まあ、斜な見方と言えば良いのか、裏を読んでいると取れば良いのか。


 つ-か、そう言うタイプって何だと聞いてみたくなったが、彼は彼で見てくれで色々言われてヒネてしまったのかも知れない。


 今は開き直っている様だが、まあ、色々言う奴は多いだろうな、連れが三人とも美女だし。


 ねたそねみは面倒な物だ。


 そんな事を考えながらフィスルとリウシスを見比べていると、別の所から声がかかった。


「……わたしは聞きたい事がある」


 隻腕の戦乙女ことシグリッド殿が口を開く。


 彼女は私をじっと見据えて告げた。


「まずは感謝を、ロガ将軍」

「……先ほども言ったが感謝する必要は」

「わたしが感謝を申し上げているのは、我が君の窮状を嘗てあなたが救ってくれたことだ」


 ん? 誰の事だ? 外交で何かやったかな? それとも敵対した相手でも敬意を欠かした事は無いから、それの話か?


 何方であるにせよ、追い込み過ぎないように常に逃げ道を作っておいただけだが……。


 人間追い込まれるといわゆる合理的判断が出来なくなるからな。


 私がロスカーン相手にブチ切れた様に。


 アレは……今思うと少し早まったかも知れないと言う後悔じみた思いが頭の中をぐるぐる回るが……まあ、良い。


 カードは既に手元に配られた、これを使って勝つか負けるかだ。


「若はお家の事情を色々片付け、八大将軍に十五歳で就任して十八年、紛争を合わせれば十四は和平を成功させておりますれば、何方の事かピンと来ぬのでは?」


 まあ、ピンと来ない。


「それは失礼した。我が君は小国カナトスのローランと言えば覚えておりましょうか?」

「ローラン王子の! いや、失礼、今は王か」

「ええ。王と王妹は先程、帝国の皇妃になった元王妃ギザイアにより、断頭台へと送られかけましたが、将軍にお助けいただきました」


 ギザイアの名前を聞て、私の頬が引き攣るのを感じた。


 あの女はローランとその妹シーヴィスの義理の母、奴が原因で四年前にカナトスと戦争が起きた様な物だが、不利と見るや早々に義理とは言え息子と娘を差し出した鬼畜。


 降伏調印の席での振る舞いには非常に腹に据えかねる物があり、政治的圧力を行使してやった。


 だが、一時は帝都にて肩身を狭くしていた筈が、いつの間にか皇妃様だ。


 あんな女に篭絡されるとは、やはりロスカーンは馬鹿だ。


 あのギザイアは私の追放を喜んでいるに違いない。


「ですから、皇帝に妾としてギザイアなどと同じ後宮に暮らせと言われた時は、実の所卒倒しかけました」

「それも対等の皇妃ではなく妾だからな、その点は防げて良かったよ」


 何の実権を持たない妾なんて地獄だろうさ、後宮の権力争いは地獄だとは聞いている。


 先帝のお妃さまは、第一皇妃様も第二皇妃様も良く出来たお方であった。


 十代半ばで将軍職に就いた私を『ベル坊』とおからかいになっていたが、仕事は確り任せてくれたしなぁ。


 そんな出来たお方と先帝から何でロスカーンみたいなのが生まれてくるんだろう。


 苦労が無いと人は容易に歪むんだろうか。


 気を付けないとなぁ。


 更に何かを言いかけたシグリッド殿を遮る様に、外からコーデリア殿の声が響く。


「なんでぇ!? 魔族の兵が展開してるっ!」


 降伏を拒否されたと魔王が思って再侵攻を開始したのか?


 しかも、そろそろロガ領だぞ、既に落とされたのではないだろうな?


 私がそう思いながら素早く窓の外を見やると……ロガ領の兵士と魔族の兵士がベンチに腰を下ろして何やら盤上ゲームをしている光景が目に入った。


「これは、展開と言うよりは……」

「ロガ家はいつの間に魔族と手を結んだんだ?」


 ……君達の疑問は凄くもっともなんだけどさ、私を見ないでくれるかな。


 知りたいのは私なんだよ? 真面目にさ。


 って言うかね、何で魔族と手を結んでんだ、叔父と伯母は!!!

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