第4話 親友との別れ

「こう言う場合は堂々と逃げた方が良いでしょう、特に帝都内では」


 そう告げたリチャードの進言に従って、私と勇者一行は堂々と城を出て、大通りを歩いて行く。


 いい加減、捕縛なり討伐なりの命令が出ている筈だが、誰も進む道を塞ごうとはしなかった。


 寧ろ、帝都の大通りを抜けた頃には、返って荷物が増えていた。


 旅に必要な携行食糧、飲み水やワインを詰め込んだ皮袋、季節的には暖かくなる一方だが、一応の風除けの外套など。


 中には皮袋にぎっしりと銅貨と銀貨を詰め込んで渡してきた者もいた。


「勇者様、どうかご無事で……」

「将軍のお帰りをお待ちしております」


 等と言う言葉をそっとかけられ、すれ違いざまに手渡していくのだ。


「勇者殿には皇帝がご不快な思いをさせて申し訳ない。だが、これがゾス帝国臣民の本音である事だけは心に留めて頂ければ……」

「どちらかと言えばロガ将軍の人望では?」

「それはない」


 勇者リウシスの言葉を即座に否定しながら街はずれが近づくと大型馬車がぽつんと置かれていた。


 二頭立ての馬車で、しっかりした造りに見ええるが御者も見当たらない。


 これなら十人以上も収納できそうだ。


「馬車?」


 コーデリア殿が見たまんまを呟くと、何処からか声がする。


「いやー参った、参った。いきなり馬車を徴収されてしまった。でも、勇者殿や将軍の徴収だから受けざる得ない、いやぁー困った困った」


 凄く棒読みだな。


 表立って皇帝ロスカーンに反旗を翻す事は出来ずとも、帝都の民はこうして支援だけはしてくれる。


 それで十分だが、実の所ここまで事態が深刻化しているとは気づかなかった。


 民の不満はここまで蓄積されていたのだと気づかされた。


 そして、それはそうだ、と得心する。


 帝国八大将軍等と言う肩書を持っていれば、民衆の素直な心情など早々見れる訳が無いのだ。


 派手好きなロスカーンの治世は既に六年、奴を満足させるために徴収された税もあるのだから不満も積もりに積もった頃合いか。


「……お膳立てされている以上、徴収させて貰おう」

「お金とか払わないと!」

「金銭など渡せば、それだけで罪に問われる。例え馬車の持ち主がその金を捨てたとしてもだ。……この馬車は我らに奪われたのだ」


 慌てるコーデリア殿に現状を説明し、納得しきっていない様子の彼女を置いて、私は馬車の御者台に乗った。


 その脇にはリチャードが乗るかと思いきや、よっ! とか言いながらコーデリア殿が乗り込んできた。


「勇者殿ご一行には馬車内にお入り頂きたいのだが……」

「そうするとさ、ベルちゃん将軍だけが泥棒したみたいじゃん? 私達も馬車に乗る以上は私の顔も出すよ!」


 ――なんつった、この娘?


 ベ、ベルちゃん将軍?


 三十を三つばかり超えた私にベルちゃん?


 呆然としていたら、結局押し切られてしまい、コーデリア殿を脇に乗せて馬車を走らせることになった。



 馬車を走らせてしまえば帝都を脱出するのは特に問題はなかった。


「なんかさ、楽に抜け出せたね?」

「帝都の警護をしている兵士はエリート……と言う事になっているのだが、前線経験が少ない。特に今回は内からの逃亡だったからな。……問題は国外に逃げ出す場合だ。国境付近の兵士達相手では、血を流さねば如何にもなるまい」


 傍らのコーデリア殿にそう返答を返しながら、私は暗澹たる思いでいた。


 将兵の血を流さねばならず、一度血を流せば憎悪の連鎖が始まるのだ。


 そんな事は望むところでは無いけれど、今のままでは必ずそうなる。


「でもさ、正直に言ったら血なんて流さなくて済むかもしれないじゃん! 悪いのはどう考えても皇帝じゃん?」

「そりゃそうなんだが、世の中そう上手く行かないものだ」

「でもでも、泥棒ですって感じで何も言わずに国境抜けるよりは良くない?」


 何と言うか、世の中を単純化して生きているなぁ。この娘。


 でも、不思議とそうかも知れないと思わせる様な所がこの娘には在った。


「……それもそうか」

「でしょ!」


 思わず頷いた私にコーデリア殿は勢いづいて言い募った。


「ちゃんと話せば如何にかなるって! 駄目でも話はしたんだから!」

「……話はしたから、ねぇ」


 それって、場合によってはとても重大な事を相手に迫る事になるんだが……分かってるのかな、この娘は。


 多分、天然だろうからそこまで考えてなさそうだけれどと、少しばかり可笑しくなって私は微かに笑いながら、帝都より離れるために馬車を走らせた。



 さて、帝都を離れて約一日。


 一番近い隣国との国境まであと半日と言う頃合い。


 近づいてくる国境に、私は緊張感を高めていた。


 何故なら国境守備隊こそがゾス帝国の要だと知っているからだ。


 その要たる守備隊が、易々と私達を逃がすだろうか。


 多分、それはない。


 確実に一悶着あるだろう。


 其処を誤ると酷い事になるだろう。


 だからと言って、国内に潜伏し続ける事は不可能だろう。


 誰しも皇帝に反感を持って居る訳ではない、身分が高すぎると反感を買いにくくなることもある。


 それに、高額の賞金が付いていると思われるので、それを欲する者からすれば私達は絶好のカモである。


 親切にされて毒を盛られたら、結構なピンチになりかねない。

 

 ならば、まだ安全そうな国外に、それも相応の力のある国に逃げ込むしかない。


 馬車の中で話し合い、皆でそう決めた。


 ロスカーンは腐ってもゾス帝国の皇帝だと言う事だ。


 ロスカーン個人の資質や性格はこの場合関係ない、帝国皇帝と言う肩書が全てだ。


 まったく、面倒な相手である。


 分ってて喧嘩を売ってしまったが、やはり色々と辛いなぁ。


 

 何度か御者が交代し、再び私が御者台に座って少し過ぎた頃、前方より馬車が走ってきた。


 帝国軍の高官が乗る馬車だ。


 私達が徴収したのは何処かの貴族の巡回用の馬車だ、乗り心地は良いし、尻も痛くなりにくい、それに頑丈だ。


 対する帝国軍の高官が乗る馬車は前線付近の物の為か、そこまで乗り心地は良くないがともかく頑丈である。


 突っ込んでこられたら、勇者殿たちは大丈夫でも馬車がダメになる可能性が高い。


 中の者達にそう声を掛けようとして内部を伺える小窓を開けた矢先、向こうの馬車が減速して止まった。


 中から姿を見せたのは、少し痩せてはいるが親友であるカルーザスその人であった。


 私も馬車の速度を緩めて話をしようとして、彼の顔を見て喜びよりも悲しみを覚えた。


 明らかに涙を流した跡が見て取れたからだ。


「我が友ベルシス。戻る気にはならないか?」

「無理だな、カルーザス。勇者殿の様に功績多い方を満座で罵り、謝る事も出来ず、あまつさえ妾だ何だと騒ぐ輩に仕える気は毛頭ない」

「……では、さらばだ」

「ああ、何れ戦場で」


 悪いなカルーザス、私は君の様に無償の忠誠を捧げられるほど人間出来ていないのだよ。


 馬の手綱を握りなおして速度をあげようとしたら、馬車の中より声が掛かった。


「ロガ家が皇帝に弓引くと決めたそうじゃ。お前はこのまま逃げるのかえ? ベルシス・ロガ将軍」


 それは、カルーザスの教育係である竜人にして魔女と名高いエルーハの物であった。


 リチャードと違い、竜の血が薄い彼女は人間の姿に角やら翼や尻尾があるように見える。


 と言うより、竜人と言えどもリチャードの様に竜頭人身と言う姿が稀なのだ。


「――叔父と伯母が? 馬鹿な……」

「調べればすぐに分る」


 あの二人ならば、私に罪をなすりつけて領土を守ろうとする筈ではないか。


 それが、何故……。


 いや、これはエルーハの罠では?


 混乱しかけた私に向かって、馬車の中で声を上げた者がいた。


「ベルちゃん、家にいかないと!」

「事はそんな単純じゃ……」

「駄目だよ! 友達と戦う決意までさせちゃってんのに、家まで捨てさせられない!」


 話が筒抜けだった……小窓を開けてたのが仇になったか。


 それでも、迷い逡巡する私に、コーデリア殿は馬車の扉を開けて表に出たかと思えば御者台に乗り込んできた。


 そして、半ば強引に手綱を奪うと馬を走らせ始めたのだ。


 その気持ちは素直に嬉しいのだが、ロガ家の領土はその方向じゃないんだなぁ……。


 そんな事を思う私達の背後でエルーハの笑う声が聞こえたような気がした。

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