第3話 ロガ将軍、キレる
「リチャード、我が君は何故、勇者殿にまで難癖をつけているんだ?」
「凄まじい形相で睨まれても困りますぞ、若。大方予測できたことではないですか、三勇者の功績はカルーザス卿のそれを上回ります」
「だからって、最大の功労者を万座で罵るか!? 勇者殿が敵となれば多くの将兵が死ぬ……と言うか、我が君が最初に死ぬのでは? って言うかむしろ」
「それ以上は危険です、若」
何が危険だと言うのか、すでに閑職の八大将軍、ベルシス・ロガだ。
そう自棄気味に思いながら、リチャードと共に謁見の間に駆ける。
全くもって予想外だ。
勇者殿の功績をたたえるための晩餐会、そこで提供される料理の出来栄えをチェックしたり、飾りつけを確認していた私に届いた報告は眩暈を禁じ得ない物だった。
皇帝ロスカーンが勇者に難癖をつけている、それも、かなりの事を言っているらしい、と。
全くもって信じられない。
考えてみればよい。
勇者殿は三名、それに旅の仲間がそれぞれに三名の計十二名の一行に過ぎないがそのどれもが一流の使い手である。
その隊商と比べても小規模な一行が、そもそも魔王の居城に赴き、生きて帰って来るだけでおかしいのだ。
魔王軍の陣容は概ね二十万の兵と八部衆と呼ばれる将軍、それに魔王と言う構図だ。
これは八部衆が二万から三万の兵を率いる形であろう。
確かに八部衆が各前線に赴いていたから、魔王城を守るのは二十万の軍勢と言う訳では無いが、それでも数千は守備隊がいた筈だ。
それを僅か十二名の一行が退け、魔王と相対しているのだ。
会戦でも無いし、城にまで入り込めれば大規模戦闘にはなり難いと考えても、何百と言う小規模戦闘を繰り返して最奥に辿り着いたと考えれば、その強さは推して知るべしだ。
圧倒的、個の力を前にしたとき、我々はどう相対するのか?
それは圧倒的数の暴力に頼るしかない。
どんなに優れた魔法使いも大魔術師も、数万単位の魔道兵が放つ初歩的な攻撃魔術である
風に舞う砂粒に巻き込まれた事を考えれば、当然の事だ。
細かな砂粒が一粒当たっただけならば、何も感じる事は無い。
だが、何百、何千と言う砂粒が風に舞い襲い掛かってきたら?
経験があるが結構あれは痛い。
目に入れば事だし、口に入ってもじゃりじゃりして気持ち悪い。
そう言う微かな積み重ねが、大魔法使いや強大なドラゴンすら打ち倒すのだ。
過酷な世界だ、数の暴力を駆使しなければ個の能力がそれ程でもない人間は生き残れやしない。
現実逃避か如何でも良い事を考えてしまったが、要するに謁見の間と言う場所は既に勇者殿にとって圧倒的に優位な戦場だ。
何故ならば、皇帝を守る数の暴力は其処には無いからだ。
如何に個の能力が高い者達が警護しているとは言え、それで勇者一行に敵うとは到底思えない。
そんな状況で勇者一行に喧嘩を売るとか、馬鹿なんじゃないのか?
――いや、馬鹿か。
「ロスカーンの声が響いておりますな」
「呼び捨てにするとまずいぞ、我が君と言っておけ、リチャード」
竜の頭と人の身体を持つ老いた竜人を嗜めながら、私は謁見の間の扉をあけ放った。
「功多き方々に対して、何たる物言いかっ!!」
そして、すかさず声を大にして皇帝に言い放った。
一瞬、謁見の間の空気が揺らぐ。
ロスカーンの何処か愉悦に浸っていた顔が、またこいつかと言いたげに顰められた。
ああ、そうだよ、また私だよ。
この馬鹿の顔を見ていると、どうしようもない位、腹が立つなぁ。
さて、一方の勇者一行は……ん、一四人いる様に見えるが、二人増えたのか?
ともあれ、それぞれが私の登場に驚いていた。
目を見開いて此方を見てポカーンとしたのは、軽装の鎧で身を包んだ金髪の女性。
まだ少女のあどけなさを残した、勇者の一人……名前はコーデリア殿だ。
何が起きたのか理解していないようで驚きの後に首を傾いで、背後の女性神官に小声で問いかけている。
「三柱神の巫女が選定した三勇者は見事にその役目を全うされた! 故に帝都への凱旋である! で、あるにも拘らずこの扱いは如何なる事か! ゾス帝国の皇帝が何たる様か!」
ゾス帝国は世界の半分を牛耳る大帝国。
魔族との争いを終結させた、それも非は此方にあった争いを収めた勇者殿に対して、人類を代表して謝辞を述べるのが当然ではないか。
それが何だ! 何なのだ! 謁見の間に来るまでに聞こえてきた内容だけでも十分に酷い物言いは!
「そもそも皇妃を娶ったばかりでもう妾の話か! 唐突にそんな事を切り出せば断られるのは当然である! ましてや勇者ご一行の女性八人全員をとは何を考えているのか! この……色ボケが!」
リチャードが流石に不味いと肩に手を置いているが、私は止まる事は無かった。
「また勇者リウシス殿に対する物言いは何事か! 太っている? それが如何した! 見てくれではなく、功績を見よ! 容姿の美醜など関係ない、そんな物は個人の好悪に過ぎない! それを万座で罵るとは何事か!」
リウシス殿は黒い髪の青年だが、大分腹が出ている。
が、その視線は鋭く、身のこなしは機敏。
あれだけ動けるデブは早々見た事が無いので、逆に尊敬するレベルだ。
彼の連れはすべて美女であるから、皇帝の嫉妬も混じっていたのかも知れないが、功多き男であればモテるのは必至では無いか。
「あまつさえ! 勇者シグリッド殿の身体の欠損を嘲るような無礼な振る舞いはゾス帝国人の恥である! 何故、労に報いる事を知らぬのか! 先帝の嘆きが聞こえぬか!」
シグリッド殿は、隻腕の戦乙女と二つ名を持つ美しい白銀の髪の娘で、今は視線をただ伏して跪いている。
コーデリア殿とは違いその鎧は重装で、片腕で振るう魔剣の切れ味は凄まじいと聞く。
普段は
それが皇帝に対する敬意だと、何故ロスカーンは気付かないのか。
その人の心を汲み取れぬ皇帝は、屈辱からか体を震わせ、憤怒の表情を浮かべていた。
「言いたい事はそれだけか、ロガ。不敬の数々、その命をもってしても贖いきれぬと知れ!」
「屈辱で震える知性はお持ちか? 万座で罵られる気持ちがこれで分かった物とお見受けする。我が命を如何扱うかは自由だが、その前に三勇者とそのご一行に謝罪なされよ」
正直、普段どんな贅沢しているのか不明だが、贅肉が付きかけ、妙に疲れた顔で凄まれても怖くはなかったが……自分の言動がやり過ぎだったとは気づいた。
ああ、やっちまったよ。
いやぁ、ダメだね、ヒートアップし過ぎて一線越えちまった。
酷い死に方するのかなぁ……。
でも、言いたい事ぶちまけて妙にすっきりしているのも事実だ。
溜まっていたんだなぁ、私。
……うわ、他の将軍連中ドン引きしてるよ……。
でも、お前らさ、君主が馬鹿な事言ってるなら諫めるくらいはしろよ。
ま、八大将軍の半分は既にロスカーンに媚売って成り上がった連中だ、言う訳ないか。
「リチャード。流石に拷問死とか嫌なんで、場合によっては」
「お断りします」
小声で傍らのリチャードに囁くと、即座に断られた。
おいおい、そこを曲げて頼むよ。
「死ぬ理由はない、そうではないですか」
老いた竜人の言葉は、重々しい響きが伴っていた。
「は、早まるなよ? どんな馬鹿でも皇帝が死ねば、国が揺らぐ」
私とリチャードがボソボソと話し合っている合間も皇帝ロスカーンは謝る様子を見せなかった。
「衛兵! ロガ及びその従者を捕えよ! 勇者共もまとめて」
「捕えられると本気で思っているのか、皇帝」
あ、やばいわ。
ロスカーンが衛兵に指示を出した途端、リウシス殿が凄まじい目つきでロスカーンを睨み付けた。
それだけでロスカーンは凍り付く、いや、衛兵達もその殺意の前に凍り付いてしまっている。
今から思えばあの時、さっくりやっておけば良かったかなと思わぬでもないが……。
皇帝が死ねばゾス帝国が大きく揺らぐ。
それがいわゆる暗殺となればなおさらだ。
帝国崩壊はないだろうが、揺らげば多くの人が死ぬ可能性がある。
内戦は酷い結末を迎えるのが相場だから。
「謝罪なくば私も死ぬ訳には行かぬ。また、勇者殿達には無事に帝都を出て貰わねばならない」
別に皇帝が如何なろうと知った事じゃないんだけど、民衆や将兵が苦しむのは勘弁してくれ。
そういう光景を見るのは胃に来る、穴が開きそうだ。
だから、勇者一行にはご退去願い、私も逃亡できるならしよう。
言いたい事言っちゃったけど、冷静に考えるとやはり死にたくないからな!
そう言う訳で、私は勇者一行をエスコートする体で謁見の間を後にした。
「流石は若、これを見越していましたか」
それはないよ、リチャード。
竜人の言葉にそう言う訳にも行かず、空笑いをしながら誤魔化す私を見る勇者一行の視線に、ある種の尊敬が混じっている事に私は全く気付いていなかった。
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