第2話 あの日に至るまでの蓄積

 あの日に思いを馳せる前に、走馬灯の様にいろんな過去が蘇ってくる。


 夢見がちな少年時代。


 私は妄想で遊ぶのが好きな少年だった様で、今でもそのいくつかの設定は辛うじて覚えている。


 私の妄想には一貫性があり、妄想の中の私はシャーチクなる労役者であったと良く教育係のリチャードに告げていた。


 それも三十路を越えた中年労役者だったと言うのだから、父母が聊か心配したのは言うまでもない。


 如何も普通の子供が夢見る妄想とは違って、何とも世知辛い話を良く口走っていたようだ。


 その妄想の中での日々が、私と言う存在を多少なりとも決定づけているのは確実だ。


 過酷な労働条件ながら妙に発達した妄想世界で、殺し合う事も無く平穏に暮らしていた労役者の私と言う妄想の所為か、殴るより先に話し合い、争いながらも水面下で交渉を行うのも、戦うより話し合う方がストレスを感じないからだ。


 帝国の八大将軍の家系に生まれた跡取りとしては不出来とされてもおかしくない性質だ。


 だが、父母も教育係のリチャードもその性質自体には何も言わず、私は特に不自由なく育って行った。


 その過程で、リチャードは妄想については過度に依存するのはおやめなさいとだけ告げたが。


 そうは言われても、幼い頃はまるで現実の様に感じられていた妄想は、私にとって大事だった。


 幾つか凄い発見をしたと妄想に従い行動を起こしていたが、ことごとく失敗してはリチャードに怒られたり、宥められたりしていた。


 どうも、幼い私の妄想世界には魔術、魔法の類が全く無視されていて、魔素マナを加味しない物理法則のみが支配していたようだった。


 それでは何も上手く行くまい。


 結局、長じるにつれて、妄想世界の記憶は薄まり、いつしかその殆どを忘れてしまった。


 当然だ、ロガ家の長子としてやるべき事は山の様にあり、覚える事も山の様にあったのだから。


 今では、妄想世界の事を思い出す時は、部下の評価に迷った時くらいだ。


 妄想世界では労役者であった事が効を奏してか、部下の功績を評価する事にわだかまり等なくできる様になった。


 夢見がちな少年時代も、多少なりとも役に立つものだ。


 

 私が妄想世界から脱しつつあった14才の頃、父母が死んだ。


 悲しかったが、悲しみに暮れるだけの時間を与えられはしなかった。


 ロガ家はゾス帝国八大将軍の家系、当主に力無しとなれば親族に当主の座を奪われかねない。


 安穏と暮らせるならば当主の座などくれてやっても良かったが、まあ、後ろめたさからか、後腐れが無いようにするためか、基本的には命を狙われた。


 武力で対抗すれば、未だに内部抗争の目もあったが、私は考えて、考えて、考えた結果、親族と話し合う事を決意した。


 もし、私の教育係がリチャードで無かったら、この老いた竜人でなければ、誰も話し合いには応じなかっただろう。


 竜魔大戦の古強者が私の今では親代わりだったことが幸いし、叔父、伯母等が話し合いに応じた。


 そこで私は領土の統治権をとっとと叔父と伯母に渡してしまった。


 二分割が嫌なら、後はそっちで話し合ってくれと。


 しかし、条件としては八大将軍の責務は私が担うとも。


 彼等は領地から得る収入に興味があるだけで、戦争事態を行いたい訳じゃない。


 私は力が無ければ、どんな約束をしても守られる事は無いと考えていたので、軍権だけは手放したくなかったのだ。


 これがロガ家の軍権であれば叔父も伯母も反対しただろう。


 だが、帝国八大将軍は皇帝の兵を預かる言わば中間管理職だ。


 これは大貴族の責務と言う形の方が強い。


 要は責務だけ私が担い、貴族としての利権は親族に渡すと言うある意味非常に私に不利な約束をしたのだ。


 私が何故こんな事を言い出したのかと不審がる叔父や叔母に、私は一言生きていたいからだと言い、その話し合いの場を後にした。


 程なくして、両者から応じると言う返事が来た。


 流石にそこまで言う甥っ子を殺してしまうのは寝覚めが悪かったのだろう。


 後は、若輩のゾス帝国八大将軍として、必死に働いてきた。


 兵力を背景にした交渉と相手の面子を立てた常識的な提案、略奪せずとも兵の飯を食わせる補給路の構築、他の八大将軍との連携や架け橋と駆けまわった挙句、先帝に気に入られた。


 ああ、あの頃はよかったなぁ。


 親父のおかげか、他の八大将軍も私の事を気に掛けてくれていたし、人格的にできた人が多かった。


 当時はひねくれ者と思っていたゴルゼイ元将軍が、今では私の理解者だからなぁ。


 先帝の元、27才までは本当に充実した仕事をしていた。


 が、老齢であった先帝がお隠れになり、第一皇子が戦死、第二皇子が奇妙な毒で今もなお眠り続けると言う不幸が重なってしまう。


 極めつけは、第三皇子であったロスカーンが皇帝となった事だ。


 いや、当初は派手好きなだけの無能だと思われていたロスカーンだったが、実際はその予想以上に暗愚であった。


 部下の功績も派手で分かり易い物しか認めないが、自分より目立とうとする者には難癖をつけていく。

 

 私の仕事は地味なので評価もされない代わりに、難癖もつけられなかったので別に良い。


 だが、我が親友であるカルーザスの、八大将軍筆頭の降格は非常に腹立たしい。


 魔族の侵攻……これはロスカーンが数十年に一度の不可侵協定確認の席で魔王を愚弄した事から始まった訳だが……その魔族の侵攻をカルーザス軍団は一軍で食い止めた。


 帝国正規軍の精強さと、帝国随一の兵法家、若きカルーザスの力は瞬く間に有名になり、帝国国内はもとより、魔王軍や他国にも鳴り響いた。


 部下の声望が高まる事を先帝は喜んだが、ロスカーンは喜ばなかった。


 むしろ、嫉妬し、疑い、力をはく奪する事に躍起になったのだ。


 器の小さな野郎だ。


 帝国に忠誠を誓うカルーザスは、功績を奪われても、謀反を疑われ牢に閉じ込めらる時でも、抵抗せずに皇帝の意に服した。


 が、納得いかないのは私だ。


 シャーチクなる労役者であった妄想世界で味わった苦しみが、親友カルーザスの現状で嫌でも脳裏に甦り、それがカルーザスと重なり、激しい激情が生れた。


 そして、私は激情のままに皇帝を糺してしまったのだ、今後を無事に生きて行くにはやり過ぎたと言えるほどに。


 自分でもやり過ぎだと自覚できても止まる事は出来なかった。


 ブラック、そんな言葉が脳裏を過ると吹き上がる憤懣ふんまんを抑えようがなかったのだ。


 ブラックなる言葉が何を意味するのか分からないのに、だ。


 それに、即位してからのロスカーンの行動には思う所がありまくりで、鬱憤うっぷんも溜まっていたのだ。


 それらを爆発させ、勢いでカルーザスの投獄だけは撤回させたが、その時から、私の命運は決まっていたのかも知れない。


 ロスカーンに媚を売る連中からは露骨に嫌がらせを受ける様になったし、禄でも無い仕事ばかり回されるようになったからだ。


 だが、それでも、真面目に仕事に取り組んでいればそれ以上の事はゾス帝国の皇帝と言えども出来なかった様だ。


 何故ならそんな状態が1年以上も続いたのだから。


 この様に、ゾス帝国皇帝ロスカーンと私の間には大きな溝があり、僅かなバランスの狂いがあれば、排斥されるのは目に見えていた。


 そんな状況で迎えたのが魔王との戦いを終結させた勇者一行の凱旋の日だ。


 あの日、私は帝国を追放されたが、私の中では、私が帝国を見限ったのだ。


 忠誠とは捧げるべき者にこそ捧げるべきなのだ。


 先帝に捧げた様な忠誠をロスカーンに捧げるなど糞喰らえだ。

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