覇王ベルシス・ロガの独白 ~部下の功績を正しく評価してたら人材が集まっていつの間にか大陸の覇者に~
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第1話 アルスター平原の会戦
戦闘が始まって半日は過ぎたか。
混成軍の弱みが出て、敵に押し込まれ始めている。
だから、極力戦いたくなかったんだよなぁ、帝国正規軍とは。
仮にも世界の半分を牛耳るゾス帝国だ、その軍の精強さはこうして戦うまでも無く分かり切っている。
「勇者コーデリア様より伝令! ベルちゃん、ちょっとヤバいかも! との事!」
「誰がベルちゃんだ! アホの子か、あいつは! ……いや、アホの子だけど……しかし、ちょっとヤバい……か」
って言うかね伝令。
そこは今少しだね、言い方ってものがあるだろう?
お前の髭面でベルちゃんと言われるのはちと辛いぞ。
等と言う個人的な感想は脇に置いて、私ベルシス・ロガはアルスター平原の地図を睨みながら確認を取る。
「コーデリア殿の」
「コーちゃん」
呼び方については言い含められているのだろうが、変な所で口を挟むなよ、伝令。
これも彼女のカリスマ性とやらなんだろうか。
私にはただのバトルジャンキーにしか見えないんだが。
無論、裏表のない好ましい人格である事は知っているけれど。
「コ――コーちゃんの部隊の被害はどれ程だ? 彼女がヤバいと口にする程とは……」
「一割以上は既に削られております」
「死者は?」
「正確には分かりません」
しかし、兵の損害が一割以上か、そろそろコーデリア殿が我慢できず単騎で突出しかねない。
如何に勇者と言えども単騎では軍団に勝てるはずもない。
コーデリア殿は真っすぐなアホの子だから、他者の痛みを自身の痛みとして感じて、焦れている筈だ。
このアホみたいな内容の伝令だって、ある種の叫びだ。
どうにかしてくれと。
「観測兵! 敵の動きに異変は無いか!」
「第一陣と第二陣に聊か距離が開いておりますが、それ意外は特に……」
まだか……機は必ず来るはずなんだ。
第一陣を指揮するテンウ将軍と第二陣を指揮するパルド将軍は不仲だ。
此方に勝てると踏めば、必ず功を競い連携が乱れる。
後方の第三陣にて鎮座するセスティー将軍では彼等を抑えきれない。
「とは言え、我が軍が敗走するのが先かもしれん。再起を図るために撤退の準備を始めねば間に合わんな」
我が軍の中では精強であるコーデリア軍団をもってしても、真正面からでは帝国正規軍には勝てない。
これ以上の兵を無駄に損失する事は、私の首を絞める結果にしかならないし、何より帝国と戦う意味がない。
兵たちは私を信じて付いてきたのだ、命を無駄に散らせる訳には行かない。
今は退く時かもしれないと考えれば考える程、禄でもない未来しか頭に浮かばない。
畜生、あのバカ皇帝の
「全軍に通達! 可及的速やかに撤退せよ。
「ロガ将軍! 貴方が生き残らねば意味が!」
お前、そこで素に戻るなよ、伝令……。
「ここで無駄に兵を失う方が意味がない――我が軍団の兵には申し訳なく思うがな……行け!」
急いで出ていく伝令の背を見送ってから、私も天幕の外に出る。
まあ、最悪、ここで私が死んでも三勇者やその仲間達が居るんだ、生き残った兵たちと共に一つの勢力くらいにはなれるだろう。
そう思えば、私が指揮するベルシス軍団の兵も極力生き残らせないといけないな。
だが、私は親友ほどの戦術眼も無く、コーデリア殿の様な勇猛さも無い。
軍団と軍団の連携を滞りなく行う折半と交渉、それに補給路の構築が私の能力の全てと言って過言じゃない。
この決戦の場では、どれも役には立たないな。
事前準備は万端にしたんだが、それでも負けるのが戦争か。
分っていた事だが……。
ああ、死にたくないなぁ。それに死なせたくない。
そんな事を考えれば、軍団をどう動かすのか悩んでしまう。
勿論、
絶対に生きて帰れないよなぁ。やだなぁ、怖いなぁ。
逃げてしまおうかと思わないでもないけれど、仲間を見捨てる事は出来ない。
それではこの先、生き残れたとしても末路は決まっている。
バカ皇帝と同じような人種になってこの先、生きて行くか?
「それが出来たら苦労は……」
そう呟いた瞬間、不意に閃いた。
いや、待て、こいつは上手く行くのか?
でも、このまま無策で突っ込むよりは……。
軍団を前に何も語らずにいる私をただ見守る兵士達。
その彼等に視線を送りながら、私は浮かんだ考えを行う事を決心した。
こいつらを無駄死にさせるくらいなら、足掻きまくって死なない道を模索してやる、と。
「ベルシス軍団! 総員、軍旗を降ろし丘を下れ! なるべく慌てた様に、無様に逃げ出すように!」
会戦場は平原だが、丘陵地が無い訳じゃない。
その内の一つを陣取って居たから、敵からも味方からも目視できる位置にいる。
撤退を始めた味方を追って追撃する敵陣は、当然私の軍団の動向を気にするだろう。
ならば、無様に私の軍団が逃げ出せばどうなる?
勝ちを意識して攻勢を強めるだろう。
そうなれば、功を競う合い第一陣と第二陣だ、連携は破たんして反撃の目も出てくると言う物だ。
攻勢が強まれば、各軍団の危険を誘発するが、三勇者の軍団が秩序を保って撤退を続ければ然程被害は出るまい。
むしろ、我先にと逃げ出す軍団を刈り取った方が労も少なく、その軍団が敵の総大将ならば功績は大きい。
絶対にあいつらならば引っかかる……筈だ。
引っかからなかったら、私は皆の信望を失い、のたれ死にだな。
いいさ、やってやる。
私の名誉よりもこの決戦で負ける方が問題なのだ。
「丘を下りれば敵の死角に潜み、迎え撃つ。勢いに乗ってくるから、相当疲れるが……そいつを凌げば我らの勝利ぞ!」
多分ね!
絶対勝てるなんて思ってないけど、将軍ってのはね、マイナス思考は口に出来ない。
マイナス思考を口にしたら兵の士気はただ下がる一方だ。
そうじゃない奴もいるけど、私の場合はほぼ確実にそうなる。
だから、やらない、絶対に。
士気が無ければ勝てる戦も勝てない、だから兵士は大切にするべきだし、無用な戦はしないに限る。
結局、私の真意は先帝と親友以外には届かなかったがな。
先帝が健在だったらなぁ、こんな事になってなかっただろうに。
何で寄りにも寄ってあのバカが皇帝になったんだ。
第一皇子も第二皇子も良い人だったのに。
ああ、愚痴っぽくなってきた、切り替えないと兵に伝染する。
そうこうしているうちに、騎兵はもちろん、歩兵、弓兵、魔道兵と丘を下って行く。
丘陵地には観測兵のみが残り戦場を観測し続けている。
「観測兵、敵と味方の動きは如何だ!」
「敵は此方の動向に気付いてか、戦列が乱れ始めています! 第一陣、第二陣共に騎兵が突出し始めました!」
掛かった!
「騎兵ならば丘を登るよりは迂回してくるはずだ。騎兵と歩兵は囮となり丘を離れろ! 但し歩兵は方陣を組めるように留意せよ! 騎兵は突出して構わんが何時でも反転可能にせよ! 魔道兵と弓兵は丘のふもとに潜み逸る敵騎兵の横っ面を叩いてやれ!」
矢継ぎ早に指示を出した。
だが、これはまだ勝ちじゃない。
最初の一撃をかませるだろうと言う憶測に過ぎないし、何より帝国騎兵の連中が丘を登って来たら……無防備に近い弓兵と魔道兵がやられる。
どう足掻いても賭けでしかない。
他人と自分の命をチップに賭け事は、胃が痛くなりそうだ……。
だから、戦争は嫌いなんだ。
あーあ、どうしてこうなったかなぁ。
私は戦闘の最中だと言うのに、そうぼやきながらあの日の事に思いを巡らさずいられなかった。
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