第22話 20xx年12月24日 アリス覚醒

 8月下旬、奈緒は相馬達の誘いで高知県の黒潮町の入江海岸にドライブに来ていた。何でも入江海岸にある砂浜美術館では毎年この時期開催される砂浜Tシャツアート展に多数の観光客が訪れるのだ。奈緒達もTシャツアートを一目見ようと来た観光客の1組だ。面白いTシャツ探しに奈緒は躍起になっていた。


 奈緒「ねぇ、観て観てこれイタリアの足の指と指の間に薬を挿してるよ。これって水虫の人の作品かな?」

 七海「そんな訳無いって、それってどんなセンスよ。汚いわね、奈緒ちゃんそれ嫌」

 相馬「イタリア人DISだな、ククク。目の付け所がおかしいぞ奈緒ちゃん」

 鬼塚「相馬さん、これなんてどうですか?命名漢道と名付けよう」

 成瀬「お前はセンス無いなぁ~相変わらずバンカラに憧れてんのかい」

 相馬「男気あっていいと思うけどなぁ~でもなぁ~」

 風香「えぇ~相馬さん今時じゃないダサッ!」

 相馬「いや、俺は肯定してないって」

 美野里「見るからにダサいじゃないですか。一瞬でも心持って行かれてましたよね」

 相馬「そんな事ねぇって、あっ!!」

 鬼塚「良いんですよ。俺センス無いっすから。昔雷鳴のステッカー作る時も相馬さん俺の否定してたし。あとそれから、くどくど」

 七海「男だったらシャキッとして下さいよ。鬼塚さん」

 鬼塚「御免」

 桃子「あっ、皆これなんてどうかな?」

 一同「どれどれ」

 桃子「可愛いハムスターがカラカラホイールの中で羽部首相を追っかけているTシャツ!!」

 美野里「どういう事それ」

 風香「意味分かんないよ」

 七海「奈緒ちゃんこれどういう事?」

 成瀬「あぁ、これは羽部首相がハムスター(国民)の物であるヒマワリの種(税金)を頬っぺたを膨らませて口に入れて逃げている様を描いた社会風刺のTシャツですね」

 鬼塚「へぇ、そうなのか」

 相馬「成程な」

 七海「あったまいいですね。成瀬さん」

 奈緒「いや違うよ、皆。これはハムスターが羽部首相の奥さんで旦那さんのネクタイが曲がっているのを直してあげる為に追っかけているんだよ絶対!臨時国会の前だから」

 桃子「そうよ。絶対そう。桃子もそう思うよ。ギンジコッカイだから」

 風香「……。臨時国会ね、桃子って、もういいや」

 美野里「混ぜるな危険だね」

 七海「そっ、そうなのね。くふふふ」


 奈緒達は一通りTシャツ展を堪能した後、海の家でランチを食べていた。


 相馬「それにしてもこの面子懐かしいよな」

 成瀬「そうだね。相馬さん。元雷鳴と元ピンクジャガーのメンバーに奈緒ちゃんってある種最強のメンツですよ」

 鬼塚「奈緒ちゃんが来てくれて俺は嬉しい。また可愛くなったね」

 奈緒「鬼塚君ありがと。でも声震えてるよ。ふふふ」

 成瀬「分かりやすく上がってんじゃねぇよ、鬼塚」

 鬼塚「うるせぇ」

 七海「私達も元雷鳴メンバーは久しぶりだよね」

 3人「そうですね」

 奈緒「相馬君達は就職してるもんね」

 相馬「そうだな」


 一同は当時を振り返り懐かしんでいた。そして話題は奈緒と七海達の今後どうするのかという議題に差し掛かっていた。


 相馬「奈緒ちゃんや七海達は就職か進学どっちにすんだ」

 風香「私は親の後をついで美容師かな」

 美野里「私は介護の専門学校に入る予定です」

 成瀬「桃子ちゃんは?」

 桃子「私の夢はケーキ職人になりたい」

 風香「子供みたいに言わないの」

 相馬「でも、素敵じゃないか。夢があるなんてな」

 七海「そうですよね」

 桃子「でね、桃子特製ピーチマンケーキを作りたいの」

 七海「ピーチ?桃子だから?」

 桃子「そう」

 奈緒「七海ちゃんは?」

 七海「私は学校の先生になりたいかな」

 鬼塚「へぇ~、そうか」

 相馬「似合わねぇな。七海、センコーしたいんか」

 成瀬「だったら大学行くの?」

 七海「親には就職しろって言われてるけどね。短大に行こうかと思ってるよ。なりたいんだ先生にさ」

 奈緒「私は七海ちゃん教師に向いてると思うよ」

 七海「ありがと、奈緒ちゃん。奈緒ちゃんは今のピンキーダイナマイトの活動どうするの?今後も続けるの?」

 奈緒「そうだね。ピンキーは今度ライブあるし、やっていく事もまだまだあるからメンバー次第だけど、私1人になってもアイドルは続けていくつもりだよ」

 相馬「そりゃいいよ。奈緒ちゃんは絶対光り輝く世界で生きた方が良いぜ」

 鬼塚「おっ、応援してる」

 成瀬「そうだな。俺も」

 七海達「うちらもだよ」

 奈緒「ありがと」


 そうして、ランチが済んだ一同は砂浜を出て、再びドライブに出かけた。次は高知県下でもっとも有名な観光スポットである桂浜にやって来たのだった。辺りはもう日が沈みかけていた。


 相馬「懐かしいなぁ、此処は」

 鬼塚「そうですね、相馬さん」

 成瀬「あれから何年になるかなぁ~」

 七海「1年と8か月ぐらいかな」

 美野里「確か一昨年のクリスマスイブの日だよね、皆でここ来たの」

 風香「そうだね」

 桃子「ねぇ、皆夕日が綺麗だよ」

 一同「本当だ」

 奈緒「……」

 七海「奈緒ちゃんどうしたの?」

 奈緒「何だかあの時の事を思い出しちゃってさ、ちょっと耽ってた」

 成瀬「おっ、なんだなんだセンチな顔してさ、奈緒ちゃんらしくないぜ」

 相馬「アホ。茶化すなよ。奈緒ちゃんにとってこの場所がどんだけ大事か分かんだろうが」

 鬼塚「そうだぜ」

 成瀬「そうだな、悪い」

 七海「あん時、奈緒ちゃんはお母さん亡くしててさ、ちょっと自暴自棄になってたんだよね。だから、皆集めて奈緒ちゃんをバイト先の建設会社に迎えに行ったよね」

 相馬「そうだったな。奈緒ちゃんイブの日まで工事現場で働いていたから、皆で騒いだ方が絶対楽しいって半ば無理やり現場から連れ出してな」

 鬼塚「その時このメンバーでバイクに跨って走らせてこの桂浜まで来たんだよな」

 七海「この海岸で夜火を囲んで馬鹿騒ぎして盛り上がってさ、一生忘れられないよ」


 その時、話を聞いていた奈緒がゆっくりと口を開いた。


 奈緒「あん時は私は人生最悪の時期だったから、色々周りにも心配かけたし、無茶して死すら考える毎日だったけど、あの日の出来事が今の私を生んでんだよね。だから、改めて言うね。皆、ありがと」

 成瀬「よせよ。照れるからさ奈緒ちゃん」

 鬼塚「お前に行ったんじゃないぞ、俺に言ったんだ。ねっ、奈緒ちゃん」

 奈緒「皆だよ、み~んな!」

 相馬「なんだよ。超可愛いじゃんかよ」

 七海「可愛すぎ奈緒ちゃん♡」

 桃子「奈緒ちゃんあの時泣き出してさ、泣き顔見られたくないからって10分ぐらい海に顔着けて出てこなかったよね?恥ずかしかったの?」

 奈緒「いや、それもあるけど私あの時は皆の優しさに答える自信が無くてさ。自信が無いって繰り返し顔を海面に浸けて叫んでたの。でも、それを繰り返すうちに自然と体が軽くなっていくような気がして不思議な体験をしたの。何を言っていたかは余り覚えてないけど、自身がない、つまり体が無いって意味で思ったら体が軽くなったんだよね。不思議だけど。そしたら、地面の砂にヤドカリが居て可愛かったから手に取ったら喋っているように思えたんだ。自信要らないの?あった方が良いよって。そしたら自信はないけど地震ならあるよって変な事言いだしたからその地震は頂戴って私もボケたの。ヤドカリさんにとってそれは要らないものだから。そしたら私、凄く今度は自信が湧いて来てそこで顔を上げたのよ」

 七海「あの時奈緒ちゃんが久しぶりに満面の笑みで帰って来たからすごく嬉しかったのを覚えてるよ。その後話してたヤドカリさんと話してて自信が生まれたっていう話はあまりよく分かんなかったけど」

 相馬「その後俺らバイク走らせながら誓ったよな。親に迷惑かけんのも今日で最後にしようって」

 奈緒「そうだったね。あの時皆カッコ良かったよね」

 七海「朝日が出るまで海岸線走ろうぜって相馬君が言ってね」

 相馬「そうだっけ?忘れちまったよ」


 奈緒達はその日も夜遅くまで皆で語り明かしたのだった。語られていたその日がアリスが覚醒した日なのだと知る由もなく……。









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