第40話「揺れる戦場」

 一瞬、彼女の体にぶつかる前に抵抗があったように見えたが、彼女はそのまま地上に向けて吹き飛ばされてしまった。

 彼女はおそらくエレナのように体が頑丈な訳ではない、今のやられ方はまずい。

 そう思ったら、反射的に足が動いていた。

 しかし、そうして猛然と駆け出した俺の前に、フードの男が立ちはだかる。


「通しませんよ」


「くっ!」


「あなたのことも調べはついているんですよ。タツキ・オリベ。ベアード・ベアーズとの決闘では見事な外法魔術を披露したそうですね。残念ですが、あなたも自由にする訳にはいきません」


 こいつは武闘派ではないようだが、この男には黒竜やエレナを操る謎の術がある。どうやら俺のことも知っているようだし、迂闊には飛び込めない。


 そしてそこにさらに、森の奥からぞろぞろと新たな人間達が現れる。

 男が伏せていた仲間だろうか。皆一様にフードを被っていてやはり顔は隠されているが、手にはしっかりと武器が握られている。


 ド素人の俺一人では到底突破などできない。かと言って、レオナルドさん達の助力を仰ぐのも難しい。バーンズさんはすでに満身創痍だし、レオナルドさんはこうして勝手に脱獄した俺を信用してはくれないだろう。


 どうすりゃいいんだ……と、そうして彼ら二人を見比べるように視線を送っていた時。

 俺は自分に向けられた、妙な視線に気づいた。

 レオナルドさんとバーンズさんが、なぜか俺を見つめていた。二人とも、驚愕を隠せないといった表情で俺を凝視している。


「今、何と言った」


 青い瞳が見開かれ、俺を刺し貫かんばかりに見る。


「聞き捨てならない名を呼んだように聞こえたが、私の勘違いか?」


 なぜそんな顔で彼が俺を見るのかわからなかったが、そうして彼の、レオナルドさんの激情に濡れる瞳を見たところで、俺はようやく気づいた。

 自分が最も最悪なタイミングで、彼女の名前を呼んでしまったことを。


(……しまった)


 完全に意識の外だった。彼女がやられた、と思った瞬間、頭から全てが抜け落ちてしまっていた。真っ白になったその時の感覚が、まだ残像のように頭の隅に残っている。

 彼女に会ってからまだ一ヶ月も経っていない。しかし存外、俺の中での彼女の存在は大きいものとなってしまっていたらしい。


(下手したら死にかねない罠で遊ばれたり、えぐい魔法で殺されそうになったり、散々な目にあわされてんだけどな。何だろうな、この気持ち……)


 単に彼女が推しだからと言うには、いささか複雑な感情のように思えた。彼女だけでなく、一つの家として関わってしまったせいだろうか。思うところがたくさんあり過ぎて、それを一つの感情としてまとめ上げるのが難しい。


 しかし、彼女へ抱く最も大きい感情だけははっきりしている。

 尊敬だ。俺は彼女のことを尊敬している。


 まだ甘えたい盛りだったはずの幼い頃に母を亡くしても、彼女は悲しみに飲まれなかった。たとえそれが孤独な戦いになろうとも、彼女は戦うことを選んだのだ。

 俺とは違い、彼女は目の前の現実から逃げなかった。その選択を、勇気を、俺はたまらなく尊敬している。


 腹を割いて、直接この気持ちを彼らに見せることができれば、きっと信じてもらえるのに。

 彼女は、あなたの娘は、こんなにも勇気のある女の子なんですよと、骨の髄まで知らしめることができるのに。


 そんなことを思ってみても、悲しいかな、そんな術を俺は持たない。ここで彼ら二人にあれは彼女なんだと喚いたとしても、ただ不信を植え付けるだけだ。信じてもらえる訳がない。


 そう、思ったのだが──。


「タツキ様」


 よろよろと立ち上がりながら、エレナと対峙するバーンズさんが俺を横目に見た。


「全て、知っておられたのですか?」


 そうして落ち着いた低い声で問われ、今度は俺が瞠目してしまった。

 だってそれは、ただの確認だ。ここは普通なら、何を馬鹿なと吐き捨てるところなのに。

 この期に及んでも、彼は俺を信じてくれている。彼といいネイトさんといい、人が良過ぎて心配になる。……本当に。


 目頭に溜まる熱いものを瞬きでごまかし、それでも熱くなる胸をぎゅっと絞るように掴む。そうしてやっとのことで、俺は彼に答えた。


「……たぶん、全部じゃないです。むしろ知らないことのほうが全然多いです。でも確実に言えるのは、」


「あれは彼女だと。そうおっしゃるのですね」


 やはり彼も思うところがあるのだろう。早々に言葉を引き継がれ、俺は宙に浮いた言葉を飲み込み、口をパクパクとさせながら頷く。すると、


「そうなると彼女は今までずっと、一人で力を蓄えていたということになりますが」


「えっと……そうだと思います。じゃないとあんな、黒竜と戦うような力は……」


 そう答えると、彼は眉間に深くしわを寄せ、複雑な表情を見せる。

 10年もの長い間、彼女が人知れず力を練っていたことに気づけなかった。そのことに対し彼が忸怩たる思いを抱えているのは明白であったが、しかしその口元は、わずかに綻んでいるように見えた。

 

「そうですか。先日のお話は、こういう意味だったのですね……」

 

 地面に向かって呟くようにそう言うと、彼はおもむろに腰を落とした。

 エレナに向き、再びの臨戦態勢。しかしその構えは、俺が今まで見てきた彼のそれとは少し違うように見えた。

 弛んでいた糸が、急にピンと張り詰めたかのような緊張感。彼の集中の高まりがここまで伝わって来るようで、肌がちりちりと粟立つ。


「ここは私が引き受けます。タツキ様は彼女のところへ」


「バーンズ! 何を勝手なことを! そんな戯言に耳を貸すな!」


 と、そこでレオナルドさんから反論の声が上がるが、そこにさらに、


「ごちゃごちゃと何を言っているのです! 誰もこの場からは逃げられませんよ!」


 それぞれの思惑が入り乱れ、いよいよ場が混迷を極め出す。

 フードの男が声を上げると、同時にエレナが弾かれたように動き出した。

 瞬きする間にバーンズさんとエレナの距離が縮まる。狼のごとく地を這うエレナが、バーンズさんの喉元に牙を突き立てるかのようにその長い爪を擁した指を伸ばす。

 程なく、バチリと両者が交錯する音がした。そう思ったら、


「あまり女性を打ちたくはないのですが、あなたが相手ではそうも言っていられないようです」


 その彼の言葉が聞こえた次の瞬間には、もう頭を掴まれたエレナが地面に後頭部から叩きつけられていた。


「が……ぁ……」


 地面にめり込んでいるところを見ると、たぶんまともに受け身は取れていない。

 ダメージは濃厚。しばらくはまともに動けないはず。

 と、素人の俺にはそう見えたのだが、それでもエレナは止まらない。彼女は自分の頭を掴んでいた手を払いのけると、体を捻ってあっという間に立ち上がり、また彼に襲い掛かった。


 拳撃、手刀、蹴り、鋭い爪による突き。さらには噛みつきまで。

 体のありとあらゆるものを使ったその攻めは、まさに野獣のごとき苛烈さであったが……。

 彼は、彼女の放つ攻撃そのことごとくを撃ち落としていた。足と、拳で。

 

 次の瞬間、エレナの両腕が弾かれたように跳ね上げられた。

 上がる重心。地面とのリンクが途切れ、彼女に数瞬の隙が生まれる。

 彼はそして、その隙が生まれることを予期していたかのように彼女の懐に身を滑らせ、腰を落とした。


 堂に入る、とはまさにこういうことを言うのだろう。

 気づけば、その流れるような美しい所作に見惚れていた。素人の俺にもわかる。これは、長き鍛錬の後にのみ至る極致だと。


「──少し、痛いですよ」


 流麗にして華麗。そんな形容が似合うその所作から放たれたのは、見事な正拳突きだった。

 彼の腰に収められていた右拳が、エレナの胸部に突き刺さる。直後、大きな破裂音がして、彼女の唯一残っていた胸のプレートが弾け飛んだ。

 衝撃が彼女を貫き、彼女の金色のたてがみが八方に散る。


「が……っ!」


 拳と蹴りではどちらの威力が強いかと言えば、それはおそらく蹴りのほうなはず。なのに、俺が見た彼の攻撃の中では、間違いなく今の正拳突きが圧倒的に強い。不思議なことだが、なぜだかそういう確信がある。


 しかし、そんな珠玉の一撃を受けても、彼女は倒れなかった。腕をだらりと下げて中空を見つめ、正体をなくしたように体を揺らすが、それだけだった。

 逆にがくりと膝を突いたのは、なぜかその見事な一撃を繰り出したはずの彼のほうだった。


「……ごほっ!」


 彼が胸の辺りを押さえ、大きく一度咳き込む。


「バーンズさん!?」


 彼の口元から一筋の血が流れ出る。彼は額に汗を滲ませながらもそれを腕でぐいと拭うと、


「なかなか……こたえるものですな。戒言に逆らうというのは」


 そう言って、しかし彼は朗らかに笑った。

 戒言を無視してのエレナとの攻防は、見事の一言だった。だがやはり、彼の体にはかなりの負担が掛かっているようだ。


 先日剣を持っただけで吐血したレオナルドさんと比べると、バーンズさんのほうは完全にその禁を破っている。おそらくは、こうして喋るのも難しい程のダメージを負っているに違いない。

 なのに彼の表情は、そんなことを全く感じさせない程に晴れやかで、


「ですが、これ程までに清々しい気分なのは久しぶりです。本当に……本当に久しぶりだ」


 多少ふらつきつつもゆっくりと立ち上がると、彼はそうして口元に笑みを湛えたまま、空を仰ぐ。

 長きに渡り彼女を見守って来た彼だ。きっと俺なんかより、その心中にはいろいろな感情が渦巻いていたはず。なのに今は、本当に憑き物が落ちたかのようにすっきりとした表情をしている。


 しかし、そうして何らかの感情の折り合いをつけられたバーンズさんとは違い、彼のほうはやはりそれが難しいらしい。


「……あの子が自分から黒竜の前に出ることなど、あり得ない」


 拳を強く握りつつ、レオナルドさんがそう独り言のようにこぼした。

 顔色があまり良くない。彼はバーンズさんのように戦ってはいないようだが、今は彼のほうが疲弊して見える程だ。


 彼女を除けば、きっと彼が一番心の傷を負っている。

 おそらくはそのことを最も理解している彼。バーンズさんは、そうして肩を落とす主に対して何か言う素振りは見せなかったが、代わりに俺のほうを向き、


「行ってください。タツキ様」


 彼はそう言って、そして力強い声で続けた。


「お嬢様を、これ以上独りにしてはなりません」


 それはきっと俺にではなく、彼への言葉だった。

 びくりと肩を震わせるレオナルドさんを横目に、バーンズさんはしかしそれ以上は何も言わない。

 後はもう彼が自分で選び、立ち上がることを期待するしかない。そういうことだろう。


「が……あ……」


 と、そうこうしているうちに、正体を失っていたエレナが徐々に回復する兆しが見え始める。

 おそらくバーンズさんは、エレナになるべく怪我をさせないように立ち回るつもりだ。戒言のダメージもあるだろうし、かなり不利、危険な戦いになってしまうはずだ。

 正直心配ではあるが、これ以上この場に長居すると逆に彼の邪魔になる可能性がある。ここはもう彼に任せるしかない。


 彼に目配せを送ると、それを肯定するように息を吐く音が返って来た。

 進行方向にはフードの男達が居る。しかし、彼がきっと道を拓いてくれる。

 そう信じて、バーンズさんの上下する肩に集中。呼吸を合わせる。そして、


(今!)


 猪のごとく猛然と駆け、俺は行く手を阻むフードの男達に向かって突進した。

 ほぼ予備動作なしに動いた……つもりだったが、しかしやはり完全に意表を突くとまではいかず。何人かにはしっかり武器を構えての迎撃体制を取られてしまう。

 しかし俺は足を止めず、ただ彼を信じてそこに突っ込んだ。


「うおおおおおおおおおお!」


 せめて怯ませてやると大声で吶喊するが、男達は冷静だった。数人の男達が一斉に俺に向かって来て、持っていた得物を振るう。

 譲歩を引き出すためなのか、交渉相手のレオナルドさん達には必要以上の危害を加えなかったようだが、どうやら俺はその理の外にいるらしい。


 完全なる殺意を帯びた銀の刃が四方から迫り、思わず身を固くする。

 しかし、その刃が俺に届くことはなかった。代わりに肌を激しく擦ったのは、爆発的な風だった。


(……うおお)

 

 気づけば進行方向に、男達の姿はなかった。

 為す術なく地面を転がる者。木に打ちつけられた者。宙に吹き飛ばされた者。三者三様なやられ方をした男達が横目に入る。

 何が起こったのかはわからなかったが、それをわざわざ確認するまでもない。彼がやってくれた。ただそれだけをわかっていればいい。


(行ける!) 


 と、そう確信し、そのまま突っ切ろうとした時だった。


 突然生ぬるい風が首筋を撫で、甘い腐臭のようなものが鼻を突いた。

 怖気が背中を駆け抜け、思わず身震いしてしまったその時、視界に滑り込んで来た影があった。

 あのフードの人間達のリーダーと思しき男が、いつの間にやら俺に迫り、こちらに腕を伸ばしていた。


 本能が告げていた。この腕に掴まれるとやばい。

 反射的に身を捩ろうとしたが、距離が近すぎて間に合わない。

 フードの奥で、男が不敵に笑うのが見えた。


「ッ!?」


 しかし、そうしてまさに男が俺の腕を取ろうとした瞬間、目の前に二本の閃きが走った。一本が男の腕の辺りを掠め、もう一本が俺の横を通る。


 何事かとその軌跡を辿ると、何か透明な液体でできた、弓矢のようなものが地面に刺さっているのが目に入った。その近くには、先程男が持っていたはずのペットボトルもある。

 どうやらこの弓矢が男の体勢を崩し、さらに持っていたペットボトルをも弾いたらしい。


「何者です!」


 横槍を入れられた男がそう声高に問うが、返事はない。


(何だかわからんが、助かった……)


 ペットボトルの中には、やはりフージンが居た。なぜだかサイズがかなり小さくなっているようだが、それ以外は健在のようだ。

 が、俺を認識すると、こちらに向けてその憎たらしい顔をペットボトルに押し付けて見せた。この非常時に、ブレないやつである。


「そいつも連れてきな! 必要なんだろ!」


「ちっ!」


 その聞いたことのある声に促され、俺は咄嗟にペットボトルに手を伸ばした。

 同時に男も動く。が、一瞬、男のほうが速い。


「……くっ!?」


 しかしそこにまた光の一閃。男が大きく仰け反る。今度は先程よりもさらに殺意の高い一撃。男の頬の辺りを掠め、フードを貫通する。

 

「動くんじゃないよ! 動いたら頭をぶち抜くからね!」


 声のした方向に目をやれば、少し遠くにある枝ぶりのいい木の上に、人影のようなものが見えた。

 そう言えばどこに行ってしまったのだろうと思っていたが、どうやらこうして割り込むタイミングを見ていたらしい。


 目を凝らすと、彼女、ネイトさんがこちらに向けて弓のようなものを構えているのが見えた。

 先程の弓矢は彼女が射ったものらしい。やはりバーンズさんから聞いていた通り、彼女も何らかの戦う力を持っているようだ。


 この隙に、何とかフージンは確保できた。頼もしい援軍も来た。しかしそれでも、男に動揺した様子は見られなかった。


「……そろそろ茶番は終わりにしましょう」


 こちらに背を向けてはいるが、何となく、男が口角を上げてほくそ笑んでいるのがわかる声音だった。

 男が右手を上げ、再びそこに纏った得体の知れない霧を握る。すると、フラフラ状態だったエレナがその震えをピタリと止めた。


 ダメージをもなかったことにできるのか。それとも無理やり彼女を動かしているのか。はっきりとはわからないが、後者だった場合の彼女の体の負担は計り知れない。今すぐにでもその呪縛から解放してやりたいところだが……。


 その本人が壁となって、すぐにはできそうもない。

 唸り声を上げながら、彼女が腰の得物に手を伸ばす。


「もう少し彼女の力を解放します。殺さないように立ち回るしかないあなた達に、はたして抗えますかね」


 どうやら今までのエレナはまだ本気ではなかったらしい。

 確かに武器を使うのが本来のスタイルの彼女だ。男の言っていることはおそらくハッタリではない。


「黒の書を渡す気がないということはよくわかりました。ですのでこのまま街を破壊し、あなたがたを殺した後、ゆっくり屋敷を探すことにします」


 そう言って、男はこちらに振り返り、


「では、さようなら」


 その人の良さそうな細い目で、男は俺をあざ笑うかのように見た。


「あ──」


 その顔を見た瞬間、喉が引き攣った。

 先程の矢のせいで、男のフードがはだけていた。その顕となった男の顔が……。


「リヒト……さん?」


 印象的な細い目に、雑にまとめたオールバックの短いポニーテール。いつもの無精髭は剃られていたが、見間違うはずもない。

 俺がそう名前を呼んでも、彼は何も答えなかった。ただその口元に、薄い笑みを浮かべて見せるのみ。


 これだけのことをしておいて、その表情は俺が普段見て来た彼と変わらない。その事実がひどく不気味で、本当にあの彼と同一人物なのかと逆に迷いが生じてしまう。


「なんで……」

 

 と、そうしてつい疑問を口にしようとしてしまった、その瞬間。

 

「タツキ様!!」


 上擦った彼の声が聞こえた。そう思ったら、突然俺の前に現れた彼の左腕が、飛んだ。


「……えっ?」


 勢いよく弾け飛んだ腕が、血を撒き散らしながら宙に舞う。何が起こったのか全くわからない。しかし正面の彼の左前腕は確かに無くなっていて、その断面からは尋常ではない量の血が吹き出ている。


「バ……っ!?」


 その絶望的な景色に思わず彼に駆け寄ろうとしたが、しかしその瞬間俺の身に奇妙なことが起こった。


 突然視界が歪み、声を発することができなくなった。代わりに耳に響くのは、ごぼごぼとした水音だ。

 体を動かそうとしたが、妙な抵抗があってうまく動けない。急に五感がおかしくなったのかと思ったが、そうではなかった。

 水だ。なぜか俺は、体を球体状の水にすっぽりと覆われてしまっていた。


「ごぼっ……!?」


 一体何が起こっているのかと戸惑っていると、外にいるバーンズさんが俺を見ながら目を細める。

 ゆらゆらと揺れる彼の顔。その口元に、ニコリと微笑みが浮かべられた。


『ティア様を、よろしくお願いします』


 微かだが、確かにそう聞こえた。

 どうしてこんな時にそんな顔をするのか。これじゃまるで、最期の別れみたいじゃないか……。


 反論しようとするが、水をゴボゴボ言わせることしかできない。

 一瞬だけまた困ったような微笑みを俺に返すと、彼はそこでなぜか大きく足を振り上げる。

 何をするのかと思ったら、彼はあろうことか、俺をその水球ごとサッカーボールのように思い切り蹴り上げた。


 瞬間、衝撃が体を貫き、まるで洗濯機にでも放り込まれたように世界がぐるぐると回転する。


「ごぼぼぼぼぼ!?」

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