第34話「誤算」

 マグナース家は、屋敷の大きさの割に住人が少ない。なので基本エントランス付近は閑散としているのが常なのだが、珍しくそこにはあの二人の姿があった。


「……んん?」


 二階へと上がる中央階段の前で、レオナルドさんとネイトさんが、何やら難しそうな顔をしながら向かい合っていた。

 何かあったのだろうかと、バーンズさんと二人顔を見合わせていると、気配に気づいたのか、向こうの二人がハッとこちらに顔を向けた。


「帰ったか」


 レオナルドさんが、いつもより幾分低い声でそう言った。

 おかえり、とにこやかに言ってもらえるとはさすがに思っていなかったが、それにしても彼の顔が険しい。目を細めてこちらを見るネイトさんも同様だ。


「いかがなされました?」


 おろおろする俺をよそに、バーンズさんがそうレオナルドさんに問う。

 見れば、レオナルドさんの手には何かの紙が握られていた。彼はバーンズさんの問いかけに眉をひそめたが、持っていたその紙をバーンズさんに手渡した。


「少し、いや、かなり気になる文が届いてな」


「文、ですか」


 それに目を通すバーンズさんの眉間に、深いしわが刻まれていく。

 内容は短いものだったのか、彼はすぐに顔を上げ、レオナルドさんの方に向いた。


「……タツキ様にお見せしてもよろしいでしょうか」


「構わない。彼も当事者だしな」


 と、二人に見つめられる俺。少したじろぎそうになってしまったがぐっとこらえ、バーンズさんからその手紙を受け取る。

 マグナース家の面々が揃ってこんな神妙な顔になるなんて、一体何の手紙なのか。

 不安に思いつつも、俺はその手紙に目を通した。


『明日の夕刻、レェンの街に隣接する森で黒の書の原本を渡せ。さもなくば、街を黒竜の瘴炎が襲うだろう』


 きっちり魔鋼紙が使われていたため、俺でも何が書かれているかはわかった。

 硬い筆跡で書かれたその内容に、俺は思わず顔を勢いよく上げて二人を見てしまった。


「これって……まさか脅迫文?」


 聞くと、二人はまた眉根を寄せたが、否定はしなかった。ということは、この手紙は普通に脅迫文という解釈でいいのだろう。

 しかしそうなると、おかしくないだろうか。

 俺は頭に湧いた疑問を、そのまま二人にぶつけてみた。


「いやでも黒竜って……この書き方だと、人が黒竜を使役している感じに読めるじゃないですか。そんなこと可能なんですか?」


 その質問に、レオナルドさんが然りと首肯しつつ答える。


「当然の疑問だな。まさしく、問題の一つはそこだ。この手紙をまるまる信じるのであれば、そういうことができる者がいるということになる」


 そう言いはしたものの、やはり彼も懐疑的なのか、眉間を指で抑えながら考え込む。


「平時なら笑って捨て置いたかもしれない。が、実際に黒竜と対峙したという人間が複数いて、黒竜の存在は否定し難い。そんな時にこの手紙だ。はなから信じないという訳にはいかない」


「僕ら以外に黒竜がいるのを知っているのはゼノン伯陣営だけですけど。まさかあの人が……」


「ないとは言い切れないな。しかし黒竜の恐ろしさは王国の人間であれば身に沁みている。あれを使役しようとなどとは思わないはずだ。仮にやつの陣営の仕業だとしたら、最悪それを口実に女王から爵位を剥奪される可能性もある。やつはそこまでの馬鹿ではない」


 そう言い終わると、レオナルドさんはぱたぱたと足を鳴らしながら、そのまま黙考を始めてしまう。

 するとその主の言葉を引き継ぐように、バーンズさんが重々しく口を開いた。


「加えて懸念されますのは、黒の書のことですな。なぜそれを当家に求めるのでしょうか。私からすれば、正直唐突感のある要求と言わざるを得ないのですが……」


 そう彼が疑問を口にすると、端で黙って俺達のやり取りを見ていたネイトさんがこちらに歩いて来て、


「それは、これのせいだね」

 

 と、もう一枚の紙をひらりと俺達に見せた。 

 

「これは……」


「あれ? これって……」


 何か文字が書いてあるのだが、謎のマークが全体に入ってうまく読めない魔鋼紙。

 見覚えのあるそれについ声を上げてしまうと、そこで思考中だったはずのレオナルドさんが、訝しげな声を上げた。


「……見覚えがあるのか?」


 思わず俺は、体をビクリと震わせてしまった。

 突然鋭い目で見られ、俺はそこでようやく俺がミスをしでかしたことに気がつく。

 その青い瞳の奥に、燻る炎が見えた気がした。


「や、そのー……」


「見たことがあるんだな?」


 その追求の声には、はっきりとした棘が載っていた。

 さすがに今更からごまかすのは無理がある。ここは正直に話したほうがいいだろうが、何が彼を怒らせるかわからない。慎重に、言葉を選んで話すべきだ。

 そう決めたはいいものの、彼の発する圧力にごくりと喉が鳴ってしまう。


「実はその、ティアの部屋で」


「ティアの部屋で?」


「ええ……っと。あの、ティアの部屋にある開かない扉があったじゃないですか? 実はあの中で、ちょっと」


「……何?」


 まだ正味ワンセンテンスぐらいしか喋っていないのに、早速何か地雷を踏んでしまったらしい。目線だけを向けていた彼が、はっきりと俺の方へと体を向けた。


「あの扉はティア以外には開けられないはずだが」


「らしいですね。でも、開けてみたらなぜか開いちゃいました。なんで、部屋にティアが居なかったので、まあたぶんここだろうなと思ってそのままそこに入りました」


 背中にはじんわりと冷や汗が滲み出して来ているのを感じるが、なるべく平静を装いつつ話すことはできた気はする。

 その俺の努力のかいあってか、レオナルドさんは少々納得いかない顔をしつつも、


「確かにしばらく確認はしていなかったな。あり得なくはない、か……」


 と、ひとまずは流すことに決めたようだ。

 まあ実際開いちゃったのは事実だし、別にそれ自体は悪いことという訳でもあるまい。

 しかし問題はこの先だ。俺はあそこで、明らかにまずいことをやってのけてしまっているのだから。

 当然話の流れからそれを察知している彼は、やはりここでも追及の手を緩めてくれることはなかった。


「それで、中に入ってどうした?」


「ええっと……」


 マジでどう言ったら一番お咎めが少なくて済むんだと、全力で頭を回す。

 あーうー言いながら何とか答えようとする俺だったが、そこで彼に「いや、もういい」とかぶせるように言われてしまう。


「重要なのはこの魔鋼紙の出所だ。これには見ての通り、我がマグナース家の紋章が現れている。この紋章は、私達が管理している“黒の書”の断片を複写しようとすると現れる、封印の紋章でもある。これがここにこうしてあるということは、つまり黒の書が盗み出された可能性があることを意味する訳だが……」


 そこで彼が俺に水を向けると、バーンズさん、ネイトさんも、同じように俺を見た。

 黒の書というものがどんなものなのかはわからない。しかし黒竜を使役するような賊が欲しがるものである。何かまずいものであるというのは明白だ。

 どうやら俺は、何かとんでもないことをしてしまったらしい。

 

「えと、その……」


 まずい。そんな大事なものがあるなんて、全く想像していなかった。

 そう言えば、あの扉の奥は最初ティアの母親、リーネさんが使っていた部屋だと言っていた。彼女は王国を代表する宮廷魔術師であったと先日バーンズさんから聞いたが、そうなるとあの部屋に何か王国にとって大事なものがあっても全くおかしくはない。


 しかし、あの扉を開けた時はそんなことはまだ知らなかったのだ。もしその情報があれば、あの扉の中で窃盗じみたことはしないで済んだのかもしれないが……。

 今さらそんなことを思ってみても、もう後の祭りである。


「その顔はつまり、私が考えている通りということでいいんだな?」


 強く光る青い瞳が、俺を咎めるように見た。


「黒の書を持ち出し、それを外に持ち出した。そしてそれを自身が属する賊の組織に渡した。そんなところか」


「いやそれは……っ」


 やはりどうも俺の心証がよくないのか、レオナルドさんが少し飛躍した説を俺に突き付ける。

 さすがにここは流せない。きっちりと反論しておかなければならない。


「僕が持ち出したのは、おそらくその黒の書? を複写したものです。僕は先日、ティアのことをもっとよく知るために、あの扉の奥にあった、彼女が読んだであろう書物を片っ端から複写したんです。その魔鋼紙はあくまでもその中の一枚です。なので本物はまだあの部屋にあると思います」


 必死になりながらそう言うと、彼はほう、と少し嘲笑めいた吐息を漏らす。


「少々苦しい言い訳のように聞こえるな。後で確認すればわかることだが、君の主張はそれでいいんだな?」


「問題ないです。神に誓って、嘘じゃないです」


 未だ訝しげな視線を送る彼に対し、俺は真っ直ぐにそのレオナルドさんの青い瞳を見つめ返した。


 まずいものを持ち出してしまったことは事実。しかし、それ以上にやましいことはない。そうはっきりと伝えたつもりだったが、それでも彼の不信は拭えないようで、彼は機嫌悪そうにふんと鼻を鳴らした。


「君の神がどれ程のものか知らない私には、安い言葉に思えてならないな。もしその話が本当だとしても、君がその複写した黒の書を外部の人間に渡したことは事実なのだろう? でなければ、こんな脅迫文が届くことはないのだからな」


 それは、確かにそうだ。しかし俺はただ、それがどういうものなのかを鑑定してもらおうとしただけなのだ。別にやばいやつにそれを渡した訳じゃない。だがそう言ったとしても、証拠がないのでこのまま押し問答が続くだけだろう。


 何か強い後押しがあれば……そう思っていたところ、そばで静かに佇んでいた長身の彼が、そこで俺達の間に割って入ってくれた。


「恐れながら申し上げます。もしやと思うのですが、その魔鋼紙、先日街でタツキ様が賊に奪われたものなのではないでしょうか」


 彼のその声に、レオナルドさんが眉を上げた。


「……奪われた?」


 厳密にはその魔鋼紙はリヒトさんに渡しているので、それが賊に渡ったとするなら、リヒトさんが奴らに襲われてそれを奪われたということになる。

 訂正したほうがいいだろうか。そう思ったが、結果としては同じだし、そもそもリヒトさんは大丈夫なのかという懸念が頭を過り、すぐに答えられない間に二人の話が進んでしまう。


「先日タツキ様と食事をした後、屋敷に帰ろうとしたところを10人程の賊に襲われました。私が居て大変不甲斐ないところなのですが、賊の狙いがタツキ様の持ち物であることに気づけず、あえなくそれを奪われてしまいました」


 言いながら、彼は俺の方をちらりと見やり、申し訳無さそうに目を伏せた。

 彼からしたら失態だったのだろうが、俺としては、あれだけ全力で守ってもらったのだから感謝の念しかない。


 そんな気持ちで顔を振る俺だったが、そうしてお互いを慮る態度が気に入らなかったらしい。その様子を見ていたレオナルドさんは、俺達を不審そうな目でジロリと睨めつけると、


「昨日帰らなかったのはそういう訳か。するとお前が言いたいのはこういうことか。賊に奪われてしまったため、黒の書の複写が外に漏れてしまった。だから彼に黒の書を外部に漏らす気があった訳ではない、と」


「まさに、仰る通りで……」


 と、バーンズさんが肯定しようとするが、レオナルドさんがそれをピシャリと制した。


「そんな保証がどこにある。そもそもそのやり取りが狂言の可能性もあるだろう。わざとそうした場面を見せることにより、相手を信用させて懐に入り続ける。典型的な間者がやりそうなことじゃないか」


 確かに俺は怪我とかもしてないし、そういうふうにも見えるよな。

 とうの本人がそう思ってしまったが、しかし隣の彼はそうは思わなかったようで、


「タツキ様はそのようなことをなさるお人ではありません」


 主従の絆にヒビが入るのではないかとハラハラしてしまう程に、バーンズさんは毅然とした口調でそう言い、レオナルドさんを正面に見据えた。


(バーンズさん……)


 鼻の奥がつんとなる感覚に慌てて鼻筋を抑えたが、それでも俺は、結局彼を少し涙ぐんだ目で見つめてしまった。

 

「……やけに彼の肩を持つな。この短い間に何があった」


 レオナルドさんが鼻白んだ様子でそう問うと、バーンズさんの翡翠の瞳が細められる。


「タツキ様に、私達のことをお話ししました。少しですが、リーネ様のことも」


 それはゆっくりと落ち着いた口調の言葉だったが、普段よりも少し硬い、緊張した声色のようにも聞こえた。


 酒場で聞いたマグナース家の顛末は、おそらくレオナルドさんの急所、触れられたくない過去だろう。彼からすれば、それを俺のようなどこの誰かもわからないやつに聞かせたというのは、もはや造反とも言うべき行為に当たると考えてもおかしくない。


 その証拠に、そこで明らかにレオナルドさんの纏う空気が変わった。

 旧知の仲であるはずのバーンズさんを、彼は容赦のない、刺すような瞳でもって睨んだ。


「……なぜ話した」


 低く、それでいて底冷えしそうな程に冷たい声音。

 その声に、バーンズさんはたじろぎまではしなかったが、やはり少し緊張した面持ちで顎を引いた。


「私達の恥を雪ぐ機会となるやもと思ったからです」


 有り難いことに、彼の言葉に迷いはなかった。

 しかし、レオナルドさんは彼のその決意を帯びた言葉を、一笑に付した。


「は! こんな見るからに平凡な男に、一体何ができると言うのだ」


 すると、バーンズさんはその言葉にあからさまに眉をひそめ、ムッとした様子を隠さずに言った。


「タツキ様は、私達が及びもつかないような道を示してくださいました。私はそれこそが、まさに当家の病魔を祓う道であると見定めました。この方は、間違っても平凡などと切り捨てていい方ではありません」


「未だティアの言葉は戻らず、まともに会話もできないのにか? 何もしていないに等しいこの男が、我々の恥を雪ぐだと? お前は何を言っている」


 その激しい言葉の応酬にはとても入る隙がない。やり玉にあげられて小さくなっている俺だけではなく、ネイトさんも何か言いたげにしながらも、ただ複雑そうな顔を浮かべながら静かに二人を見つめていた。


「何もしていないと言うのであれば、耳が痛いのはむしろ我々の方なのではないでしょうか。私達は10年間もの長い間、ティア様の病をどうすることもできず、ただ見守っているのみでした。その点タツキ様は、その懐に入ろうと必死にあがいてくださっています」


「姿勢だけなら誰でも示すことはできる。問題は結果だろう。結果もなく、さらには我々が長年秘匿して来た黒の書を外に漏らす失態。どうあがいても擁護はできん」


 レオナルドさんの中で俺の処遇は決まってしまっているらしく、バーンズさんの説得があっても、やはり意見を変える気はないようだ。

 俺達としてははっきりと拒絶された形だ。さすがにこれ以上突っ込んでも、彼らの関係にヒビが入るだけだろう。そう思って俺が二人の間に入ろうとすると、


「お言葉ですが……」


 バーンズさんが、決定的な言葉を口にした。


「先程レオナルド様は黒の書を管理、とおっしゃいましたが、あなたはこの10年、何もなされていません。奥様が亡くなられてから全てに蓋をして、見て見ぬ振り。奥様の部屋の扉が封印を保っているかどうかすらも確認しておりません。そのような体たらくで、黒の書が外部に漏れたことを他人のせいにする権利があるのでしょうか」


 彼がはっきりとした口調でそう言うと、レオナルドさんは呆気にとられたような顔でバーンズさんを見た。

 しかしそれも無理はない。体裁は保ってはいたが、明らかに今の言葉は主従の理の外からのものだったからだ。


「…………」


 ただ一人の男から一人の男へと発せられた、真に相手を慮った心からのその言葉。

 しかし長年の忠臣であるはずの男から出て来るものとしては、やはり唐突だったのだろう。その熱を帯びた言葉をどう受け止めるべきかと、レオナルドさんの青い瞳が迷いで揺れる。


 重い沈黙が玄関ホールを包む。俺とネイトさんは息を潜め、バーンズさんは、主の刺すような視線をただ静かに受け止めていた。


「……言ってくれるじゃないか。バーンズ」


 舌戦はいっそう激しくなるかと思いきや、次にレオナルドさんから出て来た言葉は、意外にも穏やかだった。

 俺を一瞥してから、彼はバーンズさんに向き直ると、


「まあ、いい」


 と、瞑目しつつ肩の力を抜いた。


「確かに、私にも過ちはあったかもしれない。だがそれとこれとは別だ。彼はやはり拘束させてもらう」


「レオナルド様!」


「お前もわかっているだろうバーンズ。客観的に見れば、彼には怪しいところが多過ぎる。お前の主張は彼の人となりを見ての結論なのかもしれないが、疑惑を払拭するには弱い。それに、やってしまったことがことだ。軽々には扱えない」


 彼がそうたしなめるように言うと、それでもバーンズさんは口を開きかけた。

 しかし、それだけだった。レオナルドさんの言うことには正当性がある。それを彼もわかってしまったのか、開きかけたその口は、静かに閉じられてしまった。


 それを見てから、レオナルドさんが青い瞳をこちらに向けた。


「悪いが、そういうことだ。しばらくは拘束させてもらう。沙汰は王国が下すことになるだろう」


 彼のそれに、俺は慌てて反論した。


「ちょっ、待ってください! 俺別に間者とかそんなんじゃないですよ!」


「口だけではなんとでも言える。何か証明できるものはあるのか?」


「えっ……。いや、そんなのないですけど……」


「では無理だな」


 きっぱりと突き放され、思わず俺は、バーンズさんの方へと縋るような目を向けてしまった。

 しかし、彼からはやはり擁護の言葉は出て来なかった。口を引き結び、不甲斐なさそうに瞑目するのみだ。


「じゃあ……じゃあ、とりあえず一回でいいんで、ティアに会わせてください!」


「ティアに会えば無実が証明できるのか?」


「いやそれは……わからないですけど、とにかく一回ティアと話させてください! じゃないと、じゃないと俺……」


 ああ、くそ! 言葉がうまく出て来ない。

 今の俺は一分一秒も惜しい。拘束されている暇など微塵もない。ここは俺が得意だった、適当に相手を煙に巻く口上で何とかならないかと頭を回す。


 しかし、元々頭がいい訳ではない俺に、こんな土壇場で妙案が浮かぶはずもない。

 万事休す。力なくうなだれる俺に、彼が追い打ちをかけるように冷たく言い放った。


「何やら必死なようだが……どちらにしろ間者かもしれない人間を、これ以上大事な娘に会わせることなどできない。諦めるんだな」


 どうして……どうしてこうなった。昨日まではそこそこ全てがうまくいっていたのに……。

 呆然と俺が立ち尽くしていると、レオナルドさんがネイトさんの方へと向き、言った。


「ネイト。牢の用意を頼む」


 彼のそれに、彼女は自分の腕を掴みながら目を伏せ、少しばかりの難色を示した。

 しかし、レオナルドさんがじっ、と強い目で見ると、やがて諦めたように大きく息を吐き、


「ああ……わかったよ」


 と、力なく首を縦に振った。

 頼みの綱のネイトさんだったが、やはり彼女も当主には強く出れないらしい。


「そ、そんな……」


 ティアと話すために帰って来たはずなのに、肝心の彼女と話すことが出来ない上に、ここでいつまでかもわからない牢屋入りが確定してしまった。

 終わった。完全に詰みもうした……。

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