第33話「襲撃の謎」

 一体どうして彼女が急に俺を殺そうとしたのか。あれからしばらく考えてみたが、やはり何も思いつかなかった。ちょっとは気に入られたのかなという考えが、そもそも間違っていたのだろうか。


 襲撃を受けた夜に即屋敷に戻るのは危険だろう。そうバーンズさんに言われ、街の宿で一夜を明かした俺達だったが、間を置いたところでおそらく彼女の態度は軟化などしない。彼女の魔法は、明らかに俺を殺しに来ていた。

 説得案を考えようにも、何が彼女を怒らせたのかがわからない以上どうしようもない。屋敷に戻るのは正直怖いが、もはやいつも通り当たって砕けろの精神でいくしかないだろう。


 と、そんなことを悶々と考えていたら寝坊してしまい、結局こうして屋敷への竜車に乗れたのは日が高く上ってからだった。何という失態か。そもそも時間がない身だというのに、俺は何をやっているのやら……。


 そうして浮かない顔で窓の外を見つめていると、それを見咎められたか、向かいに座っていた彼女に軽く睨みつけられてしまった。


「何だよお前。何かオレに文句でもあんのか」


 屋敷の仕事はクビになったのに、なぜか俺達に付いて来たエレナである。

 不良がいちゃもんをつけるように、こちらにぐぐっと顔を寄せようとする彼女の肩を何とか押し返す。

 

「い、いや、別にそんなのないけど……。ただまあ、何で付いて来たのかなあとは思ってるけど」


 まさか復職しようとでも思っているのだろうか。俺としては歓迎したいところだが、レオナルドさんが許すだろうか。

 そう思って言ってみたのだが、どうもそういうことではないらしい。


「ああん? そんなの面白そうだからに決まってんじゃねえか」


「面白そう? 何が?」


 聞くと、彼女はニヤリと笑った。


「黒竜も昨日の風使いが現れたのも、元を辿ればお前がきっかけだろ? あの風使いにいたっては確実にお前を狙ってたからな。そばにいりゃあまたやれんだろ」


 嬉々としてそう言う彼女に、俺はげんなりとした顔を向けてしまった。

 なるほどな。そういうことか。

 黒竜に関しては俺のそばにいれば会えるという訳でもないだろうが、確かにティアに関してはほぼ確実に俺といれば遭遇するだろう。


(……まあ、拾い物だったと思うべきか)


 もし二人が再び邂逅すれば、おそらくかなり壮絶な戦いになってしまう。なるべく会わせないほうがいいだろうが、もし俺がティアを説得できなければ、最後には彼女の手を借りることになる。ここでエレナが同行してくれるのは、正直ありがたい。


「しかしお前、そんなぬるそうな顔して、やたらと狙われてんな。一体何やらかしたんだよ」


「いや別に何も……。俺なんかただの人畜無害な小市民モブでしかないし。昨日のはたまたま、盗人に遭っただけだよ」


 と、ため息を吐きつつもティアのことはちゃんと伏せて答えた俺だが、彼女はそれに、またも「ああん?」と柄の悪い声を上げた。


「何言ってんだお前。最初のやつらは盗賊だったかもしれねえが、最後のやつは暗殺者か何かだっただろ。お前、一度に二回も襲撃されてんだぞ?」


「へ?」


 突然おかしなことを言われ、俺は思わず気の抜けた声を返してしまった。


「二回? いやいや、普通に全員同じやつらでしょ?」


 ティアが何で俺の荷物まで欲しがったのかは謎だけど、もろもろ失敗しないように冒険者も雇っておいた、とかだと俺は思ってるんだが。できれば姿も晒したくなかったんじゃないかね。俺が一人ならそのまま殺せばいいだけだろうけど、バーンズさんも割と常に俺の近くにいるし、バレるかもだよな。

 

 と、俺の予想ではそんなところなのだが、彼女はそれに明確に首を振った。


「いいや違うね。あの暗殺者は完全に単独犯だ。お前もあいつの魔法食らったんだからわかるだろ?」


「え、何が?」


「おいおいマジかよ。あんだけイドの載った魔法もそうそうねえぞ」


「イド?」


 本気でわからないので続けざまにそう聞くと、エレナはそれにまるで宇宙人でも見るかのように目を見開いた。


「おいおい……まさかお前、体術もしょぼい上に魔法もできねえのか? イドってのは人間の意思の根源、魔法の要だろうが」


「人間の意思の根源……?」


 さすがにここまで物を知らないと閉口されるかなと思ったが、彼女は意外にも素直にそれを教えてくれた。


「要は、人が絶対に抗えねえ意思ってことだ。例えば好きな食いもんとかあんだろ? お前、それを嫌いになれって刃物で脅されたとしたら、本当に嫌いになれるか?」


「いや……たぶん無理かな」


「だろうよ。口でどう言おうが、本人はその食いもんのことをどうあがいても好きなんだからな。つまり、それがイドだ。変えようと思っても変えられない、本人にもどうにもならねえ根源の意思ってやつさ」


 普段の行動や態度からは想像がつきにくいが、彼女はやはりかなり頭が回る人間のようだ。言葉や言い回しにどこか知性を感じる。

 元はどこかの貴族の令嬢だったりしてな。まあそんなこと言ったら怒りそうだから絶対言わないけど。


 と、そんなことを思いながらも開きかけてしまった口を噤み、俺は改めてエレナの方に向き直った。


「何となくわかったよ。でもそれがどう魔法に関係して、あの暗殺者が単独犯ってことになるのかはよくわからないんだけど」


「だからよぉ、外法魔術は想像力ですげえ威力が変わってくんだろ? だから普通の魔法よりそのイドがどうしても載っちまうんだよ。お前もくらったんだから何となくわかんだろ? あの風使いがどういうやつか」


「いや、全くわからないけど……」


 そう返すと、彼女は心底驚いたように目を見開き、


「マジかよ……。ほんとにその辺の才能ねえんだなお前」


 額に手を当てながら、盛大にため息を吐いた。が、もはやいろいろ諦めたのか、彼女は頭をがしがしやりつつそのまま話し出した。


「まあオレも全部わかるって訳じゃあねえけど、あいつの魔法はすげえわかりやすかったぜ。あそこまではっきり意思の載った魔法は初めてだったからな」


「どんな感じだったの?」


 そう聞くと、今度は彼女がその黄金色の瞳をこちらに向ける。

 そして意味深に口元に笑みを浮かべると、彼女はその形の良い唇をゆっくりと開いた。


「まあ一番伝わって来たのは、絶対の自信、だな」


「絶対の自信……?」


 俺の再びのオウム返しに、彼女は眉を上げて答える。


「はなから周りの力なんか当てにしねえ。一番つええのは自分だ、っていう、そういう頑なな意思があの魔法には載ってた。だからあいつは絶対つるまねえんだよ。最初にお前を襲った、あんなぼんくらどもとはな」

 

 よほどはっきりとした感覚だったのか、彼女はそう言い切った。

 が、その実感のない俺は、やはり首を傾げざるを得なかった。


 そう言われても、俺にはティア以外に襲撃を受けるようなことをした覚えがないのである。そもそも俺はこの世界に来てからまだ何日も経っていないし、大した財産も持っていない。人から恨みを買うようなこともしていないはずだ。


 唯一目立ってしまったのはあの王都でのベアードとの一件だが、あれを見て俺に襲撃を掛けようと思うだろうか。その線も、やはりちょっとしっくり来ない。


(……とは言え、無視はできないか)


 ティアの背景を知っているのは俺だけなはずなのに、『周りの力を当てにしていない』というところは、ティアの根っこの性質をしっかりと言い当てているような気がする。

 彼女は誰にも頼らず、一人マグナース家で力を練って来たのだ。そうしたイド──根源の意思を持っていたとしても、何も不思議はない。


 となるとやはり、俺はエレナの言う通り一度に二度の襲撃を受けたということになる訳だが、にわかには信じ難いというのが正直なところだ。


(まあもし最初のやつらが別枠だったとしても、ティア以上のやばさじゃあないんだし、無視していいか。俺の荷物が目的なら目標は達成してるんだし、今はエレナも面白がって付いて来てくれてるしな)


 頭の隅には置いておこう。今はとにかく、ティアのほうに専念すべきだ。

 と、思考に一応の一区切りをつけ、ふうと一息つくと、客車の窓枠に頬杖をついていたエレナが言った。


「意外に肝が据わってやがるよな、お前」

 

 黄金色の瞳が訝しげに細められ、彼女はじっ、と舐めるような視線をこちらによこす。


「魔法はダメ。体術もてんで素人。力のねえやつってのは、こういう時もっとビビるもんなんだがな」


「そ、そうかな?」


 それは、あれですね。寿命が近いからでしょうね。やけくそとはまた少し違うけども、もうなるようにしかならんという気持ちなだけっていう。

 ただ戦闘狂の彼女にそれを言うと、幻滅されてしまうかもしれない。ここは黙っておくのが正解だろう。


 そうして黙秘を決め込む俺氏。しかしそれでもじろじろとこちらを見つめ続ける彼女に、俺は居心地の悪さから一度身を捩った。

 と、ちょうどその時だった。座席ががくんと揺れ、竜車がゆるゆるとスピードを落とす気配がした。

 そのまま移動時の揺れが完全に止まり、外でバーンズさんが動き出す。どうやら目的地に着いたらしい。


「お疲れさまです。屋敷に到着いたしました」


 ドアを開けてくれたバーンズさんに促されたので、俺は水を差されたと舌打ちするエレナを先に行かせ、竜車を降りた。


(さあて、帰って来ちまったな……)


 見上げれば、でかい屋敷が変わらずそこにあった。が、曇天のせいかはたまた俺の気分のせいか、心なしか屋敷はどんよりとした空気を纏っているように見えた。

 正直戻りたくはなかった。しかし、帰って来てしまった。ティアの問題はもちろん、レオナルドさんともまだ気まずいままなのに。


 そうして屋敷を見上げるばかりで足の進まない俺に、バーンズさんが気遣わしげな視線をよこす。

 俺がどういう気持ちでいるのか何となくわかってしまったらしい。苦笑しつつ、大丈夫ですと頷きを返した。


(……正念場だな)


 俺の天命も残り少ない。ティアを説得できなければ、そこで俺の人生は終わることが確定する。

 丹田に力を入れ、胸を張る。今一度気合いを入れ直し、俺は未だ重い足を何とか上げ、屋敷へと踏み込んだ。

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