第20話「デブ氏、一歩前進する」

「お尻いったいね~……」


 ガタガタと振動して臀部を痛めつける竜車に嫌気が差したか、エクレアは眉をひそめつつそう唸った。


「んだよだらしねえな。あんなもん快適な方じゃねえか」


 エレナが答えると、エクレアは不満そうにぶう、っと口を尖らせる。


「いやさすがにあれはちょっと……あんまりだと思うけどな~あたし。もうちょっとマシな車なかったのかな。あれ荷車だし。客車じゃないし」


「確かにあれはなあ……。ちょっとあっちの言葉を信じ過ぎちゃったかもねえ」


 そう俺が言えば、エクレアは「だよねえ……」と諦めたようにうなだれた。

 あのギルドでのひと悶着から数時間程。結局あの仕事を引き受けた俺達は、なぜか目的地まで粗末な竜車でドナドナをする羽目になってしまい、俺とエクレアはすでに満身創痍であった。


 全ての準備が整っていると言われ、鎧男達にそのまま従ってしまったのが悪かった。使える経費が少ないのか、俺達にかける金が明らかに少ないのである。この粗末な竜車を筆頭に、先程この休憩中に配られた昼食もひどいものだった。

 何だよあの干し肉? っていうかガム? 噛み切れねえし飲み込めねえんだよ。どう食べるもんなんだよアレ。すげえしょっぱいしさあ……。


 対照的に、少し離れた場所にいる鎧男達の食事はそこそこ上等なものだった。普通にスープとか作ってるし! パンもあるし! それ俺達にもくれよ! なぜ食事を分けるし!


 と、恨み節満載の俺とエクレアだが、その点エレナとティアは余裕そうに構えていてちょっと尊敬する。

 脳筋女戦士のエレナはともかく、ティアは意外だった。実は結構体力があるらしい。ホントに引きこもりだったのかってくらいに顔色が全く変わっていない。普通にすごい。


 ただフージンの方は死んだ。行軍中ずっとティアに抱かれていたら揺れに酔ったらしく、彼女の腕の中でだらしなく舌を出してノビている。

 って言うか精霊って酔ったりするもんなの? マジでよくわからんなこいつは……。

 まあティアと話しやすくなったから正直助かった。どこかのタイミングで話し掛けられればいいなと思う。


 ともあれ、俺達はこうしてあの依頼を受けてしまった。街からも相当遠ざかっているので、こうなったら最後まで仕事をこなしてきっちり帰還する他ない。


(何せバーンズさんに何にも言わないで来たからなあ……)


 この依頼を受けると決まってしまった時、街で駐留している彼に相談しようとは思った。が、デメリットの方がでかいと判断し、俺は結局黙って来てしまった。


(ごめんバーンズさん……絶対無事に帰るから許して……)


 何せエレナがいともたやすく仕事を放棄しそうになったのが効いた。ここで俺達がこの依頼を受けなかったら、彼女は一人でこの仕事に向かったはずだ。そしておそらく、屋敷の仕事の方はクビになるだろう。


 そうなったら、ティアの外出について来れる人がいなくなってしまうので、もうティアと外出をする機会を作ることは難しくなってしまう。それはまずい。マジで困る。あの屋敷じゃティアと交友を深めることはほぼ不可能だ。ここはエレナに付いて行き、ティアの護衛を同時にこなしてもらうという形を取るしかない。


(下手にバーンズさんに会う訳にもいかなくなっちゃったしなあ……)


 ここでバーンズさんに相談、会合してしまうと、ゼノン伯側に俺達がマグナース家の関係者だということがバレてしまう可能性がある。向こうがマグナース家のことをどう思ってるかはわからないので取り越し苦労かもしれないが、ここは慎重に動いた方がいいだろう。念には念を、だ。


 おそらく今のところ俺達がマグナース一派だということはバレていないはずだ。俺は導師見習いになったばかりだし、エレナも最近雇った一時的な使用人と聞いているので、顔は割れていないと思われる。


 ただ問題は、ティアだ。10年引きこもっていたとは言え、見る人が見れば彼女だとバレてしまう可能性は全然ある。俺からしても、面差しはレオナルドさんにきっちり似ているところがあるなと思うくらいなのだ。


 特に今回は相手が貴族関係の人間だし、本来なら軽く変装くらいはしておいた方がいいところだ。一応現時点でも町娘に見えるようなコーディネートにはなっているんだが……。

 と、そこまで考えを巡らせたところで、俺ははたと思い出した。

 

(あ、そうだよ。アレがあるじゃん)


 ここに来る前に街で買っておいたもの。どうにかティアのポイントを稼げないかと思って買ったおいたアレだが、今回こういうことになったのなら、渡すのにはちょうどいいかもしれない。


「おじょ……ティア」


 あえてお嬢様とは呼ばず、彼女の名前を呼んだ。

 突然俺に名前を呼ばれ、驚いたようにその少し眠そうな目を見開く彼女。

 まあ、そりゃ驚くわな。しかしこれはしょうがないんだ。諦めてくれ。

 周りに鎧男達がいないことを確認し、俺は少し声をひそめてから続けた。


「ごめん。何でお前に呼び捨てされにゃならんって思うかもしれないけど、できれば今は我慢して欲しい。エレナがいるって言っても、やっぱり貴族のお嬢様ってことがバレちゃうと警護する上でいろいろ問題あるからさ。あの鎧の人達にも君のことを冒険者見習いってことにしておいたし、少しの間無礼講ってことにしておいてくれないかな。どう?」


 その提案に、ティアは当然ながら眉をひそめた。

 まあ使用人のデブにいきなりタメ語使われたらムッとするよね。でも俺、今回は引きませんよ……。

 一度呼吸をおいてから、俺はさらに続けた。


「この仕事ってゼノン伯からのものらしいから、マグナース家の令嬢である君がこれに関わってるとちょっとまずいんじゃないかとも思うんだ。だからバレないに越したことはないと思うんだけど……どうかな?」


 俺の勝手な予想で、確証はない。しかしそう言ってみると、ティアは少し考えるような素振りを見せた。


(ここで考えるってことは、あながち俺の取り越し苦労って訳でもなさそうだな)

 

 しばらく待っていると、彼女は少し不満そうながらも顔を縦に振った。

 よし。何とか了解は取れたな。それなら後は……。


「じゃあティア。無礼を強いる代わりに……と言ってはなんなんだけど、これをどうぞ。気に入ってくれるかはわからないけど、変装にもなると思うし」


 リュックを漁ってそれを取り出し、訝しむティアの前に置いた。

 魔法使いがかぶるような大きな帽子と、同じく魔法使いが使いそうな木でできた杖。その二つだ。

 するとそれを見て、彼女の目が先程よりもさらに大きく見開かれた。


「…………」


 やはり言葉は出ないが、明らかに何か言いたげな顔だった。

 それから少し迷う素振りを見せたが、彼女はここで初めてあの額縁、筆談用ボードに何かを書き付け、こちらにそれを見せた。


『どういうつもり?』


「どういうつもり?」


 全く予想していなかった類の返答に、思わずオウム返ししてしまった。

 やはり筆談という手段は少しめんどくささがあるのだろうか。言葉が足らな過ぎて何について言っているのかがわからない。何でちょっとキレ気味なの?


 しかし彼女はこれ以上何かを書くつもりはないらしく、黙ってこちらを見ている。どうやら彼女との会話は、ある程度こちらで意図を予想、補完しつつやらなければならないらしい。

 ちょっと大変だが仕方ない。これも仕事だ。何とかやってみることとしよう。


「……ええっと、まあ、俺からこれをティアに贈る意図は今言った通りだよ。あとは、街で君がこういう格好をした人をよく見ていたから、こういうのが好きなのかなって思ってね。今日は結構無理やりみたいに外に連れ出したって感じだったし、お詫びも兼ねて贈ろうかなって思っただけなんだけど……違ったかな」


 信頼関係というものは、きっと何も包み隠さずに受け答えをすることから始まる。だからなるべく真摯に答えたつもりだったが、ティアは俺のその答えに納得いかないのか、少しぶすっとした顔を俺に向けた。


(こりゃ外したかな)


 貧乏な俺には安くはない買い物だったけど、まあしゃあないか。

 そう思ってプレゼントを引っ込めようとしたが、しかしそこに彼女の手がにゅっと伸びてきて、俺からそれを乱暴にひったくった。


「ひえぃ!?」


 殺られるのか、と反射的に飛び退いてしまう俺だったが、特に彼女の方にそれ以上の動きはなかった。

 彼女は複雑そうな表情をしつつ、ただそれを抱き締めていた。


「え、あの……ティア……さん?」


 どういう状態なのかわからなくて、再び呼び掛けてみる。

 すると彼女はめんどくさそうにボードを手にし、また何かを書きつける。

 そこにはただ一言、


『もらう』


 とあった。

 簡単な返事でしかないが、一応今のところコミュニケーションは取れている。このままちょっと会話できないかな。


「そ、そう……。気に入ってくれたんならよかった。もしかしてなんだけど、ティアってそういう魔法使い的な格好が好きなの?」


 と、質問をかぶせてみたが、しかし彼女は疎ましそうに目を細める。

 もう一度乱暴にがしがしとその「もらう」をなぞり、押し付けるようにそれを俺に見せた。

 どうやらまともな会話はしたくないらしい。参りましたねえこれ……。


「ま、まあいいや。とりあえずそれで変装してね。よろしく」


 あんまり突っ込み過ぎるのもよくないよな。思春期の女の子だもんな。うん。

 結局彼女との会話(?)はそれで終わってしまった。フージンがいなくてもこれとなると、正直前途多難と言わざるを得ない。とほほ……。


 ただその終わり際に端目で彼女を捉えると、油断していたのか、意外な顔が見れた。

 普段の眠そうな目から一点、彼女はほくほく顔で俺があげた杖と帽子を見つめていた。やっぱ好きなんじゃんそういうの。


 今のこれとギルドでのあの顔といい、実は冒険者に憧れみたいなものがあったりするんだろうか。とりあえず、まともな彼女の情報を一つゲットしたと思っていいのかもしれない。


(ようやく一歩前進、って感じかな?)


 やり取りを見ていたのか、エクレアがそばに寄って来て微笑ましそうにそんなことを耳打ちされた。

 せやな。ほんとにマジで小さな一歩って感じだけど……。


 と、そうして俺が彼女に苦笑いを返したまさにその時、少し遠くの方から大きな声が上がった。


「敵襲!!」

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