第18話「デブ氏、フラグにビビる」


(さあて、ついに来ちまったな……)


 お嬢様との外出の日。勝負の日が!

 あれからさらに数日が経った。一応やれるだけのことはやったつもりだが、まだまだ不安は拭えない。


 目下の目標はお嬢様から何らかの情報を引き出し、それを解決するように動くことだ。が、とりあえずは何事も起こらないことが第一だ。油断したら死んでたなんてことがないようにしたい。


「…………」


 まあ今はそんなことより、この沈黙の方をどうにかしたいんですけどね……。

 マグナース家からレェンの街へと向かうための竜車。その中の空気は、乗り始めから延々と重い空気が続いていた。

 

「きょ、今日は僕の提案に乗っていただいてありがとうございますお嬢様。せっかく外に出るんですし、楽しんでいきましょう」


 今日のお嬢様はいつもの貴族衣装ではなく、少し冒険者っぽく見えるコーディネートだ。青と基調とした全体の印象は屋敷での衣装と同じだが、簡単なシャツとキュロットの上に、膝丈くらいまでの紺色のローブのようなものを羽織っている。


 普段と違う格好のせいかいつもより幾分柔らかい印象があるのだが、いかんせんこうして声を掛けてみても、反応は薄い。何か話し掛けても、大体彼女の膝上に乗ったフージンが答えてしまうからだ。

 

「ふん。楽しめるかどうかは貴様にかかってるんだがな。つまらない一日にしたら屋敷から叩き出されると思え」


 フージンはこの通り、相変わらずである。

 正直こいつがいる限りお嬢様とまともに話すなんてことはできないので、どうにかして彼女から引き剥がしたいところだ。


 今はこいつの相手をしてもイラつくだけなので、無視して隣の方に声を掛けることにする。

 外部の人間でありながら、屋敷の警備を一手に任せられている彼女である。

 名前はエレナ。いかにもスタイルのいいお姉さんみたいな名前で、聞いた時にちょっと感心してしまった。


「エレナさんもありがとうございます。エレナさんがいなかったらこの外出は実現しなかったんで、助かりました」


 そう言うと、彼女はその綺麗な足を組み直しながら言った。


「まあ、誰も来ねえ屋敷の警備なんかよりは100倍マシだからな。……つーか、さんづけはくそ気持ちわりいからやめろっつったろ。敬語もうっとうしいからやめろ。今度やったらぶつ切りにすんぞ」


「ひえっ!? すいません……」


 せめて一人でも味方がいれば安心できるのだが、彼女もご覧の有様である。

 敬称つけて怒られるっておかしいよね。何かにつけて料理されそうになる、肥えた豚アカウントはこちらになります……。


 外出するとあってか、彼女もいつものメイド服ではなく、普通の冒険者っぽい格好だ。

 ただ、お嬢様に比べると露出はかなり高めだ。胸や肘など、要所要所に金属製のプロテクターがあるものの、へそは出てるし足も大胆にさらけ出されている。エクレアと同じくかなり軽装の部類に入るだろう。


 一応ロングスカートを縦半分に裂いたような布が腰から足元まで伸びているが、それが逆に革っぽいショート丈のパンツから伸びる足を艶めかしく見せる。

 正直ずっと眺めていたい。ぶつ切りにされるからチラ見ぐらいに留めるけどね!


 と、そうこうしているうちに、竜車が街へと到着する。

 御者はバーンズさんだが、お嬢様に嫌われることを極端に嫌がっている彼ができるのはここまでだ。

 

「お嬢様のこと、くれぐれもよろしくお願いいたします」


 やはり相当心配しているのだろう。俺達が馬車を降りて早々、そう言って深く深く腰を折るバーンズさんに、俺は言った。


「たぶん街を見て回るだけになるんで、大丈夫だと思います。エレナさ……エレナも付いてますし」


 彼女が実際に強いのかはまだ見てないのでわからないが、ネイトさんのお墨付きだから大丈夫だろう。もし暴漢に絡まれたとしても、彼女がいれば問題ないはず。

 そんなことを言ってみたが、彼が懸念しているのはそういうことではないらしい。俺の後ろの二人を見やりながら、彼は目を細めた。


「彼女の力は確かなものです。しかし彼女は厄介事に巻き込まれやすいと言いますか、自分からそういったところに飛び込んでいくところがありますので、少し心配なのです。外でのお嬢様の行動もどうなるか読めません。大変難しいかとは思いますが、うまくタツキ様の方でまとめていただければと思います」


 そう言うと、彼は再び腰を折った。


「お嬢様のこと、よろしくお願いいたします」


 彼は貴族の家の使用人であり、ちゃんとした人間だ。なのに俺のような何者でもないやつに、彼はこうして何度も腰を折ってくれている。彼がこうしてくれるたびに、身が引き締まる思いだ。この人の敬礼は決して安くない。頑張って何者かにならなければと思わせられる。


 わかりました、と俺は彼に短く答えた。心地よいプレッシャーだ。散々仕事という仕事から逃げてきた俺だが、こういう発破の掛けられ方は、正直悪くない。


「じゃあ、行ってきます」


「ご武運を」


 俺は頷き、もうすでに勝手に動き出してしまっている彼女達に向かって歩き出した。

 彼は俺があの家で面接する前にも同じ台詞を言ったが、もう俺にもわかっている。その台詞が大げさではないということを。


「よし! やるぞ!」


 いざ、勝負の時。

 俺は両手で頬をぱちんと張り、今一度、気合を入れた。







(さあて、どうしたもんかね)


 導く師と書いて導師という以上、俺が先導するべきところだが、とうのお嬢様は好き勝手に街を歩き始めてしまっていた。

 俺を殺るための外出のはずだが、実は彼女もこの状況は満更ではないらしく、きょろきょろと周りを伺いながらそこそこ楽しげに歩いている。


 フージンは普通にお嬢様の肩に乗っかっている。しかし、特に周囲にそれを気にする人物はいない。どうみても珍獣なのだが、この世界の人達にとってはそうじゃないらしい。

 どっかに消えたりしてくれないかなあと思っていたのだが、どうやらそれは期待できないようだ。しばらくはあいつがいる前提でことを進めていくしかない。


(……ううむ。どういう流れにしよう。一応女子って言ったら買い物っしょ! の精神で荷物持ちのためにクソデカリュック背負って来たけど、どうだろ)


 ちらとエレナを見てみれば、彼女の方は少しつまらなそうに歩いていた。しかし一応お嬢様に付かず離れずの距離で周囲に目を配り、警護の体は守っている。ここは彼女に警戒を任せ、今のうちにお嬢様をうまく先導する流れにしておきたい。


(まずはあれだ。俺はお嬢様に関する情報がなさ過ぎる。何に興味があるのかもさっぱりわからん。まあ日本ですら女なんて異次元の生物だったし、異世界の貴族のお嬢様の考えてることなんてわかる訳ないんだが……)


 それでも、と俺は、お嬢様の動きに目を凝らした。何か彼女という人間を知るための情報が、もうすでに現れているかもしれない。

 彼女は相変わらず街を眺めつつ歩いている。特段目立ったものに目をやっているようには見えないが……。


(ん?)


 しかしよく観察してみると、彼女が特定のものに目を引かれていることに気づいた。

 最初は建物とかを見てるのかと思ったのだが、どうも違うようだ。どちらかと言うと、道行く人に目を奪われている感じだ。


 ここはギルドが近いせいか、冒険者のような格好をした人間が多く往来している通りだが、彼女はどうもその冒険者を見ているような感じだ。

 特に帽子、ローブ、杖なんかを持った魔法使いめいた格好の冒険者を見ている気がする。何だろう。ああいう格好が好きなのかな?


(ふうむ……。まあ、やるだけやってみるか)


 俺はそれを見てはたと思いつき、エレナに駆け寄って声を掛けた。


「あの、エレナさ……エレナ」


「あん?」


「ちょっと寄るところができたんで、少しだけお嬢様をこの先の広場で足止めしといて欲しいんだけど」


「ああん? 足止めだあ? あいつがオレの言うことなんか聞くわけねーし、無理だろ。それにオレの仕事はあいつの護衛で子守じゃねーんだぞ」


「そこをなんとか。ほんのちょっとだから。すぐ合流するから」 


「ああ~ん? ……ったく」


 エレナは見るからに不満そうに眉をひそめたが、最後にはしっしっ、と手を振り、許してくれた。

 とは言っても彼女の言う通り、長くはもたないだろう。この刹那の時間に、俺は行かなければならない。買い物に。


(まさか俺が女の子にプレゼントアタックをすることになるとはな……)


 どうにかして接点が欲しい。その一点である。

 世の中何が起こるかわからないものだ。異世界に来て初めて、世の男達が女子に贈り物をする心理というものを理解することになるとは。

 まあ自分モテないんで、ホントのところはどういうことなのか知らんがね!


 近くにあった店を2件巡り、俺は早々に彼女への贈り物を購入した。

 喜んでくれるかはわからないけど、話のタネくらいにはなるだろう。


 幸い店に置いてあったアイテムの種類が豊富ということはなかったので、特に迷うことなく買うことができた。時間にして10分程だろうか。これならあの二人でも問題なく待っていてくれているだろう。

 

(と、思ったんだがなあ……)


 早足で待ち合わせの広場に行ってみて、俺は愕然とした。二人の姿は影も形も見当たらなかったのである。


 マジかよ。この早さでもダメ? 妻の買い物を待つ夫並にせっかちやん。

 レェンの街は王都に比べれば入り組んだ道はないものの、大きな街ではある。はぐれたら合流するのはそこそこ難しい広さだ。

 さて困ったぞ……と腕を組んでいると、ふと、近くにいた若い女性に話し掛けられた。


「ねえ、お兄さん」


「はい?」


「もしかしてあなたかしら。女の子二人とここで待ち合わせしているっていう人は」


「あ、たぶんそうです! もしかして行き先をご存知で?」


「ええ、本当にさっきまでそこにいたんだけど、小さい子の方が待ってられなかったみたいでね。冒険者ギルドに行くって言ってたわ」


「冒険者ギルド……?」


 なぜに? あそこは庶民のハロワでしかないはずなんだが。貴族の女の子ならもっとお花屋さんとか、おいしいスイーツの店とか、そういうとこに行きたがるものなんじゃないの?

 そう思ったが、俺はそこではたと思い出す。


(いや、そもそも俺を殺すために外出した可能性が高いんだもんな。ならそんな普通の女の子っぽいことはしないか……)


 ファンタジー小説とかじゃトラブルの温床みたいなところでもあるし、ギルドは俺的にあんまり近づきたくない場所なんだがなあ……。

 しかしお嬢様が行きたいと言うなら、俺に拒否権はない。少し不安はあるが、合流するしかないだろう。


「ありがとうございます! あ、これ少ないんですけど、何か美味しいものでも食べてください」


「あらあ、ありがとう。何だかわからないけど、お兄さんも大変そうね。頑張ってね」


「どうもです!」


 トラブル体質の女戦士と、破天荒お嬢様が冒険者ギルドへ……。大いなるフラグを感じた俺は、お姉さんへのお礼もそこそこに、急いでそこへ向かって走り出した。


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