第16話「デブ氏、対策に乗り出す」
「いやおかしいだろ……常識的に考えて……」
何度考えても出ない答えに、目的地への道すがら、また俺はそう独りごちてしまった。
(何だよ殺すって。喋れるのがバレたからっていきなり極論に行き過ぎだろ。それともやっぱり他に何か秘密でもあるのか……?)
あの殺人予告されてからの翌日。屋敷への来客のために急遽休日になった俺は、屋敷近郊のレェンの街にまでやって来ていた。後日お嬢様と外出する時の下準備のためだ。
あの後俺はお嬢様に盗み聞きがバレないように、普通に屋敷の中から彼女に会いに行こうとした。するとなぜか罠は鳴りを潜めており、いともたやすく彼女に会うことができてしまった。
そして何を思ったか、彼女はそこで俺の外出の提案をあっさりと受け入れたのである。
(どう考えても俺を殺すためだよな……。屋敷の中じゃ殺しにくいから外で殺そうってことだろたぶん。じゃないと向こうになんのメリットもねえ)
俺を殺さないとならない理由は頭が痛くなる程に考えたが、結局わからなかった。
この世界にだって警察組織はあるだろうし、相当なリスクを伴う決定のはずだ。一体何を考えているのやら。
(絶対何か誤解してるって……。早くどうにかしないと殺される……!)
あれは絶対冗談じゃない。完全にマジなトーンだった。
しかし本当に偶然だったが、盗み聞きができたのは僥倖だった。おかげで何とか対策だけは取れる。と言っても今のところは、せいぜい二人にならないように注意するとかそんなことくらいだが。
(後はやっぱり知識だ。自衛のための知識が必要だ)
と、そんな訳で、この世界のもろもろを調べるために図書館に向かおうと思います。ただビビってるだけじゃやられるだけだしね。とにかくやれるだけのことはやっておこう。
ネイトさんによると、本はそれなりに高価なので、一般の人間は本を買うことはあまりないらしい。なので普通は国や何とか教の教会が管理している図書館に通い、知識を得るようである。
ってことで、俺もネイトさんから教えてもらったその教会に行ってみることにする。バーンズさんが事前に許可を取ってくれたみたいなんで、たぶんスムーズに入れてくれるはずだ。
街の中央から外の方へと向かっていくと、敷かれていた石畳がある地点で切れ、土の地面へと変わる。そこからもう少してくてく歩いていくと、件の教会らしきものが見つかった。
「街の離れに自然に囲まれた建物。それに子供達が声を上げて遊ぶ広場。これはもう教会以外の何ものでもないでしょう」
石造りの建屋が二棟あるので、おそらく片方が図書館なのだろう。
早速俺は塔のような部分のある教会っぽい方の建物に入り、中に向かって挨拶をした。
「こんちは~。ごめんくださーい」
中は俺の持っている教会のイメージ通りの景色が広がっていた。
長椅子が奥に向かっていくつか並べられていて、その奥の中央には、宙を見上げながら片手を上げて何かを持っている女性の彫像が置かれている。
何を持っているんだろうと歩み寄ろうとした時、どこかからぱたぱたと足音が聞こえてきた。
「はいはいはい。どちら様でしょうか~?」
そうして現れたのは、真っ赤な修道服のようなものを着た、のほほんとした感じの若い女の人だった。
「ええっと、図書館を使わせてもらいに来ました。一応許可も取ってあるはずなんですけど」
「ああ! はいはい。聞いておりますよ~」
丸メガネにそばかすと、一見地味な女性だが、来ているものが派手なのでものすごいちぐはぐ感だ。
彼女はそのメガネをカチリと右手で上げつつ言った。
「レオナルド様のところのタツキさん? ですよね。ではでは、ご案内します~」
促され、俺は彼女の後を付いて歩いた。
教会左奥の出入り口を出ると、十数メートル程の廊下に出る。するとすぐに、広場で子供達がわいわい楽しそうに騒ぐ声が聞こえてきた。
「元気な子供達ですねえ」
何となくそうこぼしてみると、前を歩く彼女がふふっと笑うのが聞こえた。
「ええ、本当に。皆この教会で預かっている孤児なんですけど、ちょっと元気過ぎて困っているくらいです。今日は特にそうかもしれませんね~」
「何かあったんです?」
聞くと、彼女は目を細め、広場の方を見つめた。
「ええ、実は……」
しかし彼女がそう言いかけた時、ちょうど通路の先の扉が開き、誰かがぬっと体を晒した。
「おや? あなたは……」
30代くらいの中肉中背の男性だった。
切るのがめんどくさくて適当に後ろでまとめました、といったふうなオールバックポニーテールに、口周りの無精髭。そしてくたびれた感じの白衣を羽織ったその姿は、いかにも図書館の主のような風体だ。
「あ、リヒトさんちょうどよかったです。図書館を使いたいっていう方がいらっしゃったんで、案内をお願いできますか?」
彼女がそう言うと、彼はその人のよさそうな細い目をより細めて俺を見た。
「おお、あなたがそうでしたか。最近はめっきりここを利用する方が減ってしまいましたので嬉しいです。ではどうぞこちらに」
そうして俺の相手は彼、リヒトさんに引き継がれる。俺はシスターさんにお礼を言い、先導する彼に付いて行った。
「お名前を聞いてもよろしいですか?」
「あ、タツキです」
「タツキさん、ですか。ここにはたくさんの本がありますので、きっとタツキさんの知的好奇心を満たすことができると思いますよ。あ、私はリヒトと申します。一応王国からこちらに出向している研究員という肩書になります。どうぞよろしく」
手を差し出されたので、反射的に握り返す。
「あ、はい。よろしくお願いします」
特に意識していなかったが、こちらでも握手は挨拶の一種として使われているらしい。もしかしたら俺以外にも向こうから来た人とかがいて、文化が伝わったりしているのかもしれない。
だったら会ってみたいなあなどと思いながら彼の後をついて扉に入ると、途端に空気が埃っぽいものに変わる。軽く咳き込んでしまうと、リヒトさんは申し訳なさそうに頭を撫でた。
「やーすみません。ちょっと掃除が行き届いてなくて」
「ああいえ。僕が今住んでる部屋も結構こんな感じなんで」
そう言うと、彼は驚いたように両眉を上げた。
「何と、そうでしたか。私が言うのもなんですが、なかなかすごいところに住まわれてますね」
「ですよねえ……ははは」
住むところがあるだけでも御の字だが、長年溜まった元倉庫部屋のほこりはちょっとやそっとじゃ落ちないらしく、未だに掃除途中だ。
(しかしまあ、この図書館もなかなかのもんだけどな……)
敷地としてはかなり広いもののはずだが、天井にまで届くような背の高い本棚が結構な短い間隔で置かれているせいで、かなり狭く感じる。
おまけに入り口付近にある机の周囲には、乱雑に積まれた読まれっぱなしの本。どうやら彼も俺と同じように、整理整頓ができない部類の人間のようである。
「お掃除魔法でもあればいいんですけどねえ」
そんなことを言ってみると、彼は朗らかに笑ってくれた。
「ははは、そうですね。水魔法に長けた人ならできる人もいるのかもしれませんが、残念ながら私にはできません」
「えっ、できる人がいるんですか?」
そう聞くと、リヒトさんは机の上の本を整理しつつ笑う。
「どうでしょうねえ。通常の魔法では難しいと思いますので、あるとすれば、外法魔術に類するものになりますかね」
「外法魔術!」
そうそうそれそれ。まずはそれを調べようと思ってたんだよ。
リヒトさんは俺のその反応を見て、おや、と声を漏らす。
「もしかして、その辺りの本をご希望ですか?」
「あ、そうなんです。他にもいろいろ知りたいことがあるんですが、まずはそこからかなあと思ってまして」
「そうでしたか。ではよければその辺りの本を見繕いますが、どうしますか?」
「あ、ぜひ! あと僕文字が読めないので、できれば魔鋼紙で作られた本の方がいいです」
「なるほど、承知しました。では少々お待ち下さい」
この蔵書量じゃ結構時間がかかりそうだなあと思ったが、さすがは図書館の主である。俺が手持ち無沙汰になる暇もなく、リヒトさんはあっという間にそれを集めて持ってきてくれた。
「よいしょ、……っと。とりあえずはこんなところで」
そう言いつつ、リヒトさんは少し開けたところにあるテーブルにそれを置いてくれた。
何とその数、9冊である。それもめちゃくちゃ分厚いやつ。
「……ちょっと多いですかねえ」
「そうですか? でも完全に網羅するとなるとこれくらいになっちゃいますが」
「あーすいません。そこまでがっつり調べるつもりはなくて。もうちょっと簡単な入門編くらいでいいんですけど、そういうのってないですかね」
「入門ですか……それでしたらこの辺りがよろしいかと」
ちょうど読んでいたのか整理途中だったのかはわからないが、リヒトさんは机に積まれていた本の一冊を取り、俺に差し出した。
「魔法の基本的な仕組みから学べる一冊です。多くはありませんが、外法魔術に関しても記述はあるかと」
「おお! ありがとうございます!」
とりあえずは広く浅い知識が欲しい俺としては、まさにうってつけの一冊である。厚さもそんなになくて読みやすそうだ。
「そうしましたら私は本の整理がありますので、こちらの机を使ってください。何かありましたら呼んでいただければ」
そう言って軽く頭を下げると、リヒトさんは本棚の影へと消えていった。
席を盗ってしまったようで悪いなあと思ったが、せっかくなので使わせてもらうことにする。
「えーっとなになに……“魔法の基礎”ね。いいねいいね。ちゃんと読めるぞ」
早速本を開いてみると、あの光る文字が俺を出迎えてくれた。
って言うかよく考えると、これ全部魔鋼紙でできてるってすげえな。一冊いくらするんだ。怖いから丁重に扱おう……。
それから俺は、時間をかけてその本を読み込んでいった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます