第12話「デブ氏、返り咲く」
「お願いします! あの子をプロデュらせてください!」
再びマグナース邸に戻った俺は開口一番、レオナルド氏にそう言って土下座をかました。
「ぷろでゅ……? 何ですか? 急にどうされたんです?」
玄関ホールでかち合った瞬間にこの土下座である。当然だが、彼は俺の突然の来訪にとまどっていた。
そりゃそうだ。あんなむごい仕打ちを受けた人間が戻ってくるなんて、普通誰も思わん。
そうして額をこすりつけていると、それをあわれに思ったのか、バーンズ氏が助け舟を出してくれた。
「つまりお嬢様の導師をやりたい、とのことのようです」
すると頭越しに、小声で「正気か?」と問う声が聞こえた。
それに思わず顔を上げてしまうと、彼は「あ」とかすかな声を上げ、こほんと一つ咳払いする。
「あ、あー……。本気ですかタツキさん。こう言ってはなんですが、正気ですか?」
それは本当になんだな、と思ったが、口には出さずに俺は答えた。
「俺はいたって正気だし、本気も本気です」
きっちり真面目な顔で言ったつもりだったが、レオナルド氏はそれでも信じられない様子で、珍獣でも見るかのような目で俺を見た。
「まさか、そんな……もしや君はひどい目に遭うのが好きな特殊性癖の持ち主なのか?」
よほど信じられないのか、口調が幾分くだけたものへと変わる。彼は顎に手を当て、落ち着かなげに足をパタパタとさせながら何かを思考する。
床と俺を何度も見比べ、値踏みする。しかしそれでも答えが出ない様子の主に代わり、言葉を引き継いだのは彼だった。
「よろしいのではないでしょうか」
バーンズ氏が、落ち着いた口調で言った。
「お嬢様とお会いした上でのご決断ということであれば、きちんと覚悟されてのことだと思います。なり手がなくお館様が困っていたのは事実ですし、ここは一度お任せしてみるのがよろしいかと」
彼がそう言うと、レオナルド氏はその思考ポーズのまま瞑目する。
「ふむ……」
顎に当てた手で何度か自分の頬をトントン叩くと、やがて目を開き、彼は俺を見下ろした。
「確かに、ただの一度も正式に受けてもらったことはないな。試しにしばらくやってもらうというのもアリ、か。何か変化があるかもしれない」
そこまで言うと、彼は俺に手を差し伸べてくれた。領主様自らのその行動にちょっと気後れしつつも、俺はその手を取り、立ち上がった。
「ではタツキ君。今から君を僕の娘、ティアッツェの仮の導師に任命する。雇い主は私、レオナルド・マグナースだ。期間や雇用形態はおいおい、君の都合も考えて決めていくことにしよう。それでいいかな?」
「はい喜んで!!」
やった! 何とか食い込むことができた! よおし、やったるで!
「では一応仕事の内容を確認しておこう。君はティアッツェ、ティアの抱える問題をその目で見たね?」
「あ、はい。やばい趣味を持ってることと、喋れない、ってことですよね」
「そう……。趣味の方はまあ、喋れないことと連動してる問題と言ってもいいはずだから、実質的には問題は口が聞けなくなってしまったこと、その一つだと思ってくれていい」
「なるほど、わかりました。それで?」
「つまり君の仕事は、実はただ単純にティアの導師をすることじゃない。その教育の過程において娘に何らかのよい影響を与え、あわよくばあの彼女の病をも回復させること。これが私達が期待する、君の真の仕事だ。だから導師というよりは、医師の仕事の範疇になるかもしれない。どうかな。それでもできそうかい?」
何と。ここに来て条件が変わってしまった。ただ先生をやればいいだけじゃなく、カウンセラーみたいなこともしなくちゃならないらしい。
(まあでも、別に問題ないな)
俺からしてみれば、やることは大して変わらない。どうせ何のスキルも経験もない俺ができることは、相撲レスラーよろしくパワープレイで相手の胸元にどーんとぶちかましていくことぐらいなのだ。このぐらいの条件変更では、今更断る理由にはならない。
「正直できるのかは全然わからないですけど、やってみます。もちろん、レオナルド様が許してくれれば、ですけど」
そう答えると、彼はふっ、と口元だけで笑い、言った。
「様はいらない。レオナルドと気軽に呼んでくれ。仮とは言え、あの娘の導師を受けてくれた人間だ。敬意を表さないとね」
そこで彼はふう、と深く息を吐き、何かを思い出すように斜め上を見た。
「あの子が声をなくしてしまってから、もう10年にもなるんだ。彼女のあの母親譲りの、鳥がさえずるような綺麗な声を、また聞きたいものだよ……」
そんなに長い間だったのか。そんなレベルのものじゃ、さすがに俺にはどうしようもなさそうだ。
しかし俺は、それを顔には出ないように緩い吐息へと変えた。これ以上自信がないことを伝えても仕方がない。そんなことよりも……。
俺はそこで、かねてから気になっていた核心部分、ここに来てからまだ一度も対面していない人のことを聞いてみた。
「あの、もしかしてあの子のお母様って……」
それを聞いた彼の反応は、劇的なものだった。
精悍な顔が、力ないものへと変わる。眉はハの字、口元は何かに耐えるように歪み、肩を落とす。
その反応を見れば、大体どういうことかはわかった。
彼は腰に手を当て、地面に目を落としながら頭を振り、幾分かすれた声で言った。
「たぶん、君の想像した通りだよ。私の妻、あの子の母親は、10年前に亡くなっている。そして彼女のアレも、そこから始まっている。つまり、そういうことさ」
それを言い終わる頃には、彼の顔はもう元の凛々しいものに戻っていた。しかし、いささかの曇りだけは消せないでいた。
やっぱり彼女が声を失ったのは、母親を亡くしてしまったせいらしい。聞かなければならないことだったとは言え、酷な質問をしてしまった。
素直に頭を下げて謝ると、彼は首を横に振る。
「いいんだ。どうせ話そうと思っていたことだからね。そんなことより」
本当にいいのかい? と彼は俺に念を押した。
「君が娘の趣味に苦しんでいた時、私達は見て見ぬ振りをしたね? あれが私達の立場だよ。基本的に私達は君を助けない。助けられない。君は一人で彼女の問題に立ち向かうことになる。それでもいいのかい?」
それは前に来た時に思い知らされたので、そこも特に問題ない。
「ええ、承知の上です。でもどうしてなのかは気になりますね。何であそこまで徹底して見て見ぬ振りをするのか。それは聞いてもいいですか?」
そう言うと、レオナルド氏とバーンズ氏は顔を見合わせる。バーンズ氏はかすかに眉を上げ、レオナルド氏は少し困ったように眉をひそめた。
一つ呼吸を置いてから、レオナルド氏の方がそれに答えた。
「それは単純な話だよ。ただ単に、私達はこれ以上彼女に嫌われたくないんだ」
「嫌われてるんです?」
「ああ、直接口を……いや、筆談をできたことはここ数年で何回もない。ほぼ全て間にフージンを挟んでの会話だよ。寂しいことだよ、本当に」
彼はそう疲れたように笑い、嘆息する。
フージンというのはあのフクロウみたいなイルカ顔のクソ野郎のことだろうか。
直接話せないだけならまだしも、あれを毎回間に挟むのはマジでストレスだろうな。心中お察しする。
「まあとにかくそういうことなんだ。さすがにこれ以上嫌われると、親としてきつい。そこは小さい頃から面倒を見てくれているこのバーンズも同じだ」
彼がそう振ると、バーンズ氏が軽く腰を折る。
「はっ、これ以上嫌われてしまうと、もう自害するより他にないかと」
「いやそこまで!? どんだけ溺愛してんの!?」
しれっと言うのでついつい大声でツッコんでしまったが、バーンズ氏はいたって真面目な顔で肯定するように目礼する。
冗談ですよね? とレオナルド氏に視線を送ってみると、彼はしかし苦笑しつつも言った。
「まあ、大げさという程でもないよ。それぐらい私達はあの子を愛しているってことさ。さて、質問はこんなところかな?」
少しこの家の娘への態度に物言いしたいところはあったが、とりあえず気になっていたところは大体聞けた。
頷くと、彼もうんと頷き、俺に右手を差し出した。
「ではタツキ君、しばらくの間よろしく頼む。まずは娘に会ってやってくれ。細かい話はそれからすることにしよう」
「あ、はい! よろしくお願いします! 頑張ります!!」
俺は彼の右手を握り、そう思い切りよく返事した。
すると彼は満足そうに目を細め、踵を返した。
バーンズ氏もそれに追随しようとするが、その前に俺に一言。
「何もなければお嬢様はお部屋にいらっしゃるかと。お嬢様、ティア様を、どうかよろしくお願いいたします」
そうして深く礼をし、バーンズ氏もそこから去って行った。
割と苦戦するかなあと思ったが、意外と問題なくマグナース家に入り込めた。後は俺がお嬢様、ティアちゃんを回復させることができれば、万事解決だ。
「よおし!」
バチンと頬を叩いて気合を入れ、俺は早速お嬢様の部屋に向かった。
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