第11話「デブ氏、天啓を得る」


「────無理だ」


 とぼとぼと町を歩きながら、俺はついに、その一言をこぼしてしまった。

 夕焼けが眩しい。こんなにも目に染みる夕焼けが、今までの俺の人生にあっただろうか。

 あの面接からもう、数日が過ぎた。にも関わらず、俺は未だに仕事を得ることができていない。


 王都のギルドにはちょっと苦手意識ができてしまったため、マグナース領にある唯一の町、レェンの冒険者ギルドに顔を出していたが、やっぱりダメだった。新参にまともな仕事がないのはどこも同じらしい。


「はあ……」


 あまりにも仕事がなくて食ってばかりいたら、金も相当減ってしまった。やっぱりあそこで頑張って耐えながらやるべきだったのかもしれない。

 でもやっぱり先生なんて俺にはできないだろうし、しかもあの調子でボコボコにされたんじゃ、最悪ホントに死にかねないからなあ……。


 俺の足は、また自然と町の酒場に向かっていた。

 ギルドに行っても何も得られずに帰り、酒場でメシと酒を飲み食いし、何とか取れた安宿で一人枕を濡らしながら夜を明かす……。


 これが俺のこのところのルーティーンだ。一時期親に急かされてハロワに通っていた時と同じである。そのうちギルドにも行かなくなり、ただ宿と酒場を往復するだけの生活が始まるのだ。


「いらっしゃいませー!」


 そんな失意の中にいる俺を、酒場の快活そうな看板娘がいつもと変わらず迎えてくれた。


 最近これだけが楽しみだ。たぶんまだ高校生くらいの可愛らしい子が、エプロンドレスをふりふり忙しそうにテーブルを回っている。スカートから伸びる真っ直ぐな生足がとても眩しい。

 普通にメシもうまいので、この町に来てからは本当に毎日通っているくらいだ。


「よぉ、また来たのか」


 ただ一つ惜しむらくは、この店長。兼コックで看板娘の父でもあるこの男の顔が、とても怖いことである。


 浅黒い肌に、縦に大きく傷の入ったスキンヘッド。今日もその圧倒的な強面を向けられた俺は、少々引きつつも、いつもの通りカウンター席に腰をおろした。

 

「まぁ、ここのメシが一番おいしいスから」


「お、嬉しいこと言ってくれるじゃねえか。まあほめられても何にも出せねえんだがよ。とりあえずゆっくりしてってくれや」


 ガハハと笑う店長だったが、やはりそれでも少し顔が怖い。


「芋系の何かと、あとそれのおかずになるようなやつを一品適当に」


「酒は? いつものでいいか?」


「あ、はい。それで」


「あいよ!」 


 と、返事するや否や、早速動き始める店長。さすがに手際がいい。1分もしないうちに俺の前に皿が少々乱暴に置かれ、そこにこれまた粗雑にばすこむ! とマッシュポテトのようなものが盛られる。さらにその隣にもう一皿、何かの肉の煮込みが並べられる。


 デブは肉であれば、何の肉であるかどうかは気にしないもの……。

 芳しく立ち上がる湯気に我慢できず、俺は早速料理に手を付け始めた。


「んぐ、んぐ……!」


 異世界に来たら食生活で困るのが定番なはずだが、この世界はなかなかどうしてメシがうまい。

 ここ以外にも屋台でいろいろ買ってみたりしたのだが、口に合わないものは全くなかった。これは嬉しい誤算だ。


「この時間に来たってことは、今日もダメだったみたいだな」


 ふいに話を振られ、俺は慌てて食べていたものを飲み下して返事をした。


「え、ええまあ……」


「まあ今はしょうがねえさ。お前ら冒険者からすると忌々しいかもしれんが、女王の魔法障壁がねえと俺たちゃ安心して生活できねえからなあ。ゆっくりやっていくしかねえんじゃねえか」


 ただこの世界に来たというだけなら俺でもそうする。しかし俺には時間がない。

 そこで俺は、かねてからの質問を彼にぶつけてみた。


「その障壁って、やっぱないとダメなんスかね?」


 すると彼は少し迷ったように顎をなでつつも、答えてくれた。


「障壁のねえ辺境にゃあ結構つええ魔物が生まれちまってるって話だな。北から濃い瘴気が漏れてきちまってるっつうのは、どうも本当らしい。仮に障壁がなかったら、冒険者だけじゃ対処しきれねえ魔物がその辺で生まれちまうんじゃねえかって言われてる。かと言ってその対処に国軍を投入しちまうと隣国へのにらみがきかなくなるし……まあつまり、やっぱり障壁はいるってことになるわな」


「ふうん……」


 なるほど。障壁を張ると冒険者の仕事が少なくなるけど、張らなかったら逆にパンクしちゃう可能性があるのか。それは確かになかなか悩ましい状況だな。


「まあ何にせよ、英雄王グランがやっとのことで作ったこの平和も、500年の時を経てついに壊れ始めちまったってとこだろうな。あの障壁もいつまで続くかわからんし、何とも難しい時代に生まれちまったもんだぜ、お互いにな」


「ですね。はは……」


 俺は無理やり召喚されたんですけどね! とは返さずに適当に相槌を打ち、俺は木樽ジョッキに注がれた酒をぐいとあおった。

 本当に、なんでこんな大変な時に俺を呼んじゃったんだ女王様。仕事がないのに仕事しろとか、30日だけしか生きれないとか、さすがにハードモードが過ぎるぜ……。


「……ん?」


 と、そんなふうに萎えつつメシを食っていたら、ふいに肩を叩かれた。

 振り向いてみるとそこには、


「あ、やっぱりタツキ!」


「エクレア?」


 水色のショートカットに大きなくりっとした目、お腹周りが露出した動きやすそうな軽装服。間違いない。エクレアだ。

 彼女は滑るように俺の隣の席に座ると、突然ぺたぺたと俺の顔を触り始めた。


「な、なん……?」


「意外と無事じゃない? もしかしてあの後何もなかった?」


 言われてすぐに気がついた。彼女はおそらく、あの日のことを言っている。


「ああ、まあたぶんエクレアと同じことされたけど、なんとか無事だよ。さすがにあの仕事を受ける気には全くならなかったけど」


 そう言うと、彼女はほおお、と意外そうにその大きな目を見開いた。


「やるもんだねえ。伊達にあの拳聖と決闘した訳じゃないってことかな」


「いやあれ決闘じゃなくて試験だから……」


 と、否定しようとしたら、エクレアが店長にメシの注文をするのにかぶり、また黙殺される。

 まあ、もういいか決闘で。大して変わらん……。


「て言うか何? もしかして俺に会いに来てくれたの? それとも普通にメシを食いに?」


「両方かな~。あの後目を覚ましたらもう帰りの竜車の中でさ。ずっとどうなったのか気になってたんだよね~」


「なるほどね」


「しっかしなかなかにやばいお嬢様だったよねえ。やっぱり掲示板の仕事はろくなのがないわ」


 そうしてあははと笑うエクレアを見ると、何か気になることがあったのか、そこで店長がぎょっとした様子で会話に割って入って来た。


「なんだあ? お前らギルドの掲示板の仕事に手を出そうとしてたのか? やめとけやめとけ。下手したら死ぬぞ」


「え? 死ぬ?」


 物騒な単語が出て来て思わずそのまま聞き返してしまうと、今度はエクレアがそれを引き継いだ。


「あの掲示板ってね、ギルドに登録できないようなやばい仕事ばっかり掲示されてるんだよね。報酬が払われないなんてことはざらだし、最悪盗賊の仕掛けた罠だったりすることもあるし、も、ほんと、ろくなもんじゃないんだよ」


 エクレアはやけに実感のこもった感じでそう言い、はあ、と頬杖をつきつつため息を吐いた。やってみたことがあるのだろうか。

 確かに俺以外掲示板見てるやつはいなかったけど、そういうことかよ……!


「何で最初に会った時に教えてくれなかったん……?」


「え~? だってあれだけすごい魔法使えちゃう人だからさあ、もしかしたらやれちゃうのかな~って思ったんだよね。でもその様子だと、掲示板がどういうものかも知らなかったみたいだね」


 彼女がそう苦笑すると、店長がちょっと呆れた感じで眉をひそめる。


「おいおいそんなの冒険者の常識じゃないのか? 俺でも知ってるぜそんくらい」


 怖い顔に見下ろされ、俺は思わずすいません……、と謝ってしまう。


 確かに常識レベルのことを知らないのはちょっとまずいよなあ……とは思う。一回どっかで調べたりした方がいいのかもしれん。今回は何とか助かったけど、間違えたら即死、みたいな案件がその辺に転がっててもおかしくない。  


「でもそうなると、いよいよマジで仕事がないよなあ……。金もそろそろやばいし、どうしよ……」


「何か金目のもんでも売ってしのぐとかできねえのか? あのバカでかいカバンでも売ったらどうだ?」


「いや、あれは貰い物だから手を付けたくないんスよねえ……」


 女王様からもらったものだからなあ。もし女王様に会えた時にアレ持ってなかったら超印象悪くない? よってアレを金にするのはなし。

 と、そこで店長の目線がふと俺の手の辺りに行く。


「その指輪は? お前さん既婚者にゃ見えんから、ただの装飾品なんだろ? そいつは結構金になるんじゃねえか?」


「あーこれは……」


 マグナース家のお嬢様に着けさせられた指輪。何の変哲もない指輪だが、一応魔法のアイテム的な何かだろうし、もし売ったら金にはなりそうだなとは俺も思う。


 でも、やっぱりどう頑張っても外れなかった。ジャストサイズに調節されてるから肉で引っかかってる感じじゃないし、たぶんこれ、本当に呪われアイテムなんだと思う。よって売ることはできません……。


 マグナース邸であったことも含めてそう店長に説明すると、彼は渋柿でも食ったみたいに顔を歪める。まあ、そうなりますわな。


「魔法が込められてる品なら高く売れそうなんだがなあ。そういうことなら仕方ねえ、か」


「ですねえ」


「しかし罠に反応する指輪か……。それはなかなかに気持ちわりいな。さっさと取っちまいたいところだな」


「まああの家に行かなければたぶん実害はないでしょうし、俺は最悪このままでもいいスけどね。呪われ仲間もいることだし」


 て言うかこれ同じ指輪だし、夫婦みたいじゃね? でゅふふ!

 と、エクレアにキモ笑顔を送ってみたのだが、ふと見れば、彼女の指にはあの指輪がはめられていなかった。


「あれ!? エクレア何であの指輪してないの!?」


「あ~……あれね。知り合いにそういうのの対処が得意な人がいるから取ってもらったよ。やっぱりちょっと気持ち悪いしね」


「そ、そんな!?」


 何てこった! これじゃあただのシングル呪われデブじゃねえか! 最悪だ!


「え~……じゃあ俺も取りたい……。エクレア、それ取ってくれた人紹介してよ」


「そうしてあげたいのはやまやまなんだけどね~。いろんなとこに遠征してる人だから、もうこの町にはいないんだ。指輪と相殺してもそこそこお金取られるし、お勧めはしづらいかな~」


「そ、そう……」


 この指輪で相殺できない程高いんじゃ、ちょっと俺には無理だな。今は節約したいし、しょうがないか。

 

「やっぱり問題は仕事だなあ。仕事さえあれば万事解決なんだけど……」


 そこで店長はオーダーがたくさん入ったらしく、火のある方へ行ってしまった。

 そのタイミングで料理に手を付け始めると、エクレアがまた言った。


「あたしが最近始めた何でも屋を一緒にやってみる? 地味だけど、数さえこなせばそこそこお金になるよ?」


「なんでも屋かあ……まあ、考えてみるよ。ありがとう」


 ハロワに仕事がないんなら、そういう自営業的なことも考慮には入れておいた方がいいかもしれない。

 しかしそれが人に認められる仕事かと言うと、ちょっと微妙なところではある。やるとしても、あくまでも副業的な感じになるだろう。


「はあ……アイドルのプロデューサー業的なものでもあればなあ……」


 向こうのダンスとか歌とかいろいろ教えて、知識無双できそうなんだけどなあ。こっちにもそういう興行的な何かってないんかなあ。ないんだろうなあ……。

 こんなことになるならもっと向こうで努力して、ちゃんとそっち方面を目指してみればよかったなあと、今になって思う。


 と、酒をあおりながら内心で後悔していると、


「あいどるのぷろでゅーさー? 何それ??」


「え?」


 エクレアから突然妙な言葉が出て、俺は思わず彼女の方に目を向けた。


「……あれ? もしかして声に出てた?」

 

「普通に思いっきり喋ってたよ。初めて聞く言葉だけど、君の地元の仕事とか? どんな仕事なの?」


 言われて俺は、腕を組みつつうーん、と唸ってしまった。

 説明が難しい。おそらくこっちには絶対にない文化だ。女の子を歌って踊ることができるように訓練して、その仕事を管理する職……なんて言っても、彼女からしたらピンと来ないだろう。


 少しの間考えたが、やはりいい説明を思いつかなかった。

 俺は諦め、ざっくりとした説明でお茶を濁すことにした。


「まあ簡単に言うと、頑張ってる女の子を助ける仕事、かな」


 そう言うと、彼女はその綺麗な蒼い瞳をまん丸にした。


「頑張ってる女の子を助ける仕事? そんなのが仕事になるの?」


「うん、まあ、一応ね」


「ふ~ん……」


 そこでエクレアが注文した食事が到着し、一度会話が途切れる。しばらくお互いに黙ってむぐむぐとメシを食らった。

 先に食べ終わり、意外と綺麗にメシを食べるエクレアをぼんやりと眺めていると、彼女がそこでふと、何かを思いついたようにこちらに顔を向けた。


「あれ? じゃあ何であの仕事断っちゃったの?」


「え?」


「頑張ってる女の子を助ける仕事がしたいんでしょ? じゃああの仕事って、君にうってつけじゃない?」


「えっ? あの仕事って?」


「いやいや、もちろんあれだよ。マグナース家お嬢様の導師の仕事」


 今度は、俺が目を丸くする番だった。


「え? いやあれは全然ちが……」


 と、言いかけたところで、俺ははたと思いつく。ちょっと待てよ……。

 そう言えばアニメか何かで、アイドルの子にプロデューサーが先生呼びされてるやつがあった。それから考えると、歌や踊りはともかくとして、女の子を導くという意味では確かに導師という仕事もプロデューサーに近いものがあると言えるのかもしれない。


「いや、でも……う~ん」


 天啓を得たかに思えたが、そこで俺の思考にブレーキが掛かった。

 さすがにあのお嬢様みたいな超じゃじゃ馬は、おそらくアイドルには存在しない。そもそもアイドルとは皆やる気がある人材達なのだ。あの子のように教えられる気が全くない、ただ曲がった趣味を持つ人間とは違う。


「むう……せめて何か頑張ってる設定とかがあれば……!」


 迷いがそのまま口に出てしまう。あともうひと押し、もうひと押しあれば、俺はあの超過酷ブラック職場に嬉々として飛び込むことができるのに……!

 ぐぬぬと唸っていると、その様子を見ていたエクレアが、カウンターに頬杖をつきつつ、何やら得意そうにふふんと笑った。


「何か迷ってるみたいだねえ。じゃあそんなタツキ君に、いいことを教えてあげよう」


 そう言うと、彼女は持っていたフォークを店内の人に向け、急に紹介を始めた。


「あの腰に剣を差した髪の長い子いるでしょ。あの子はね、病気の妹がいるんだ。だから少しでもその薬代を稼ごうって頑張ってる。でもあたし達と同じで冒険者の階級は低いから、本当に毎日走り回って、必死で数をこなして稼いでる」


 いきなり何だろうと彼女に視線を送ってみるが、彼女はそれに構わず続ける。


「それで向こうにいる背の低いドワーフの子はね、自分の鍛冶場が欲しいんだって。お師匠さんに実力を認められたはいいけど、お金がなくて開業できないんだってさ。だから人の鍛冶場で雇ってもらって、毎日剣や鎧や包丁を打って、その資金を稼ごうとしてる」


 その後も彼女は、なぜか店内にいる女の子を紹介し続けた。

 何の意図があるのか全く理解できずにいたが、それを最後まで聞くと、ようやく彼女は俺の方に向き直る。

  

「ね、手、見せて」


「え、手? うん、別にいいけど」


 また突然だなあと思いながらも、言われた通り、俺は彼女に両手のひらを晒した。

 すると何を思ったか、彼女はその俺の手をぷにぷにと揉み始めた。


「ん……ちょ、急に何を……!」


「柔らかいね、君の手は」


 何だこれ急にラブ展開なのか!? と思ったが、存外真剣な声が返って来て面食らう。

 彼女はそんな俺を見ると、かすかに眉をひそめ、苦笑する。そして今度は、自分の手のひらを上に向け、それを俺の手のひらの上にぽんと乗せた。


「あたしの手はね、こんなの」


 そうして見せられたそれは、俺が予想していたものとは全く違うものだった。


「これは……」


 これが本当に女の子の手なのかというくらいにひびが割れ、がさついたその手指に、俺は言葉を失った。

 特に目を引くのは、指の付け根の辺りの固く盛り上がった皮膚だ。おそらく何かしらの肉体労働を繰り返したのだろう。でないと、絶対こんなふうにはならない。


 思わず顔を上げてしまうと、彼女の少し恥ずかしそうな照れ笑いと視線がかち合った。


「えへへ、マメだらけでしょ。なんでも屋って子供のお駄賃みたいな報酬しかもらえないことが多くてさ、数こなさないと大したお金にならないんだよね。だからいろいろ走り回ってそれをこなしてたら、いつの間にかこんなふうになっちゃってね」


 もしかして俺は、女の子にとんでもないことをさせてしまっているのではないか。そう思ったが、時すでに遅し。

 何も言えずにいると、彼女はそんな俺に何かを感じたのか、ふすっ、と鼻で小さく笑い、続けた。


「貴族の女の人とかはさ、きっとこんな手をしてる子は全然いなくて、白くて綺麗で、柔らかそうな手をしてる人が多いんだろうね。でもさ、あたしは自分のこの手が好きなんだ。ああ、今日も人の役に立った、ご飯が美味しい! って、そう思えるから」


 そして彼女は、もう一度言った。


「タツキ君にいいことを教えてあげよう」


 強い光を帯びた蒼い瞳が、真っ直ぐに俺を見た。


「頑張ってない女の子なんて、いないよ?」


 彼女は何の躊躇も見せず、平然とそう言ってのけた。

 そんな訳ない。例外だっているはずだ、なんて言葉を挟むことができない程に、彼女はそう信じ切っていた。だからこそ、心に響いた。


「そう、かな」


 それでも聞いてしまうと、彼女はやっぱり、当然のように答える。


「うん。そうだよ。絶対」


 それを聞いた俺はようやく、本当にようやく、心が決まった。

 女王様を見た時に頑張ると決めたはずなのに、結局女の子にここまでされないと動けないとは、我ながらなかなかに腐っている。

 でもそれも、今日で終わりだ。俺は生まれ変わる。そう決めた。


「そっか。うん、そうだね……」


 一つ頷き、俺は彼女に言った。


「できるかわからないけど、俺、あの仕事やってみるよ」 


 すると彼女もうんと頷き、嬉しそうに目を細めた。


「それがいいよ。やりたいことをやるのが一番さ」


 励ますつもりなのか、彼女は俺の手を優しく握ってくれた。


「うん。ありがとうエクレア。俺頑張るよ!」


 俺もこんな手になれるくらい、本気で。

 そう決意を込め、俺は彼女のその美しい手を、強く握り返した。

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