第9話「面接戦線異状アリ2」

「い、一体何が……」


 近くに寄り、揺すってみても反応がない。エクレアは完全にノビていた。

 面接に行ったはずの彼女が、なぜにこんなことになっているのだろうか。まさか面接がダメダメだと、こんなふうにボッシュートされるのだろうか。


 訳を聞こうにも、この調子ではしばらく彼女に話は無理だろう。何てこった。これじゃあ面接内容を聞くこともできない。


「お待たせしました」


「ヒイッ!?」


 何かやばそうだし帰ろっかな……と立ち上がろうとした時、ふいに真後ろで声がして俺は飛び上がってしまった。


「次の準備が整いましたので、あちらの方にお願いいたします」


 振り返るとそこには、綺麗に腰を折るバーンズ氏がいた。


「あ、ああ……はい」


 正直もう帰る気マンマンだったのだが、突然話しかけられたせいでつい返事をしてしまった。

 押しの弱い俺がここから覆して帰るなんて言うことはできない。促されるまま、俺は彼の後について、面接室へのドアの前に立った。


 そうしてみたはいいものの、やはりいろいろな不安から、思わずバーンズ氏に顔を向けてしまう。すると、


「彼女はこちらで介抱しておきますのでご心配なく。どうぞお入りください」


 彼は今度はなぜか大外れな先読みを繰り出してきて、俺は何も言えなくなってしまった。

 いや、そっちも確かに心配だけどさ。この不安そうな顔はそっちやないやん。なぜに肝心なところで読んでくれへんのん……。


 と、心の中でそんな不満を吐いてもしょうがない。もはやこれは行く流れだ。覚悟を決めて入るしかない。


「し、失礼します……」


 ノックをし、部屋に入る。すると、中にいた若い男が立ち上がり、俺を部屋の中央にあるソファのような椅子に座るよう促した。


「ようこそ当家へ。どうぞこちらへお掛けください」


 年齢は俺と同じで20代半ばくらいだろうか。見事な金髪碧眼だが顔の彫りは浅めで、日本と欧州辺りのハーフのような感じの美青年だ。青を基調とした燕尾服のようなシルエットの服装が、いかにも異世界の貴族といった感じでよく似合っている。


 神様は本当に不公平だなあと思いながらそのイケメンぶりに見入ってしまっていると、彼がその形のいい眉を上げつつ、また俺を促した。


「どうぞ?」


「あ、はい。失礼します」


 言われて俺は彼が座っているソファとテーブルを挟み、対面に腰を下ろした。


「まずは自己紹介といきましょう。すでに依頼書でご存知かと思いますが、私がこの家の主、レオナルド・マグナースです」


「僕はお……タツキ・オリベです」


「タツキさん、ですか。今日はわざわざ娘のために来ていただいてありがとうございます。竜車で来られたとは言え、ここは街から少し離れていますしお疲れではないですか?」


「いや~まあ少しお尻は痛かったですけどね。なんてことはないです。はい」


 無難に受け答えしつつ、俺は内心ほっと胸をなで下ろしていた。

 貴族と話したことなんてもちろんないので不安だったが、存外人当たりのよさそうな人物のようで助かった。


(……いや、まだ油断はできんか)


 何せあのエクレアのボロボロぶりですからね……。一応警戒はしておいた方がいいだろう。とりあえずは何が来ても逃げれるように、ソファに浅く座っておくこととする。

 そうして居住まいを正したところで、レオナルド氏が言った。


「それならよかった。では早速ですが、面接を始めましょう」


「あ、はい! よろしくお願いします!」


 面接時の鉄則。元気に返事。目安は居酒屋店員の入店時挨拶。

 声がでかけりゃいいってもんじゃないのはわかってるが、それでも元気がないよりは印象がいいはずだ。


 正直得体の知れない怖さはある。しかしここまで来たら、きっちり内定を取るつもりで行動した方がいいだろう。俺は50社程企業面接を受けて内定ゼロという猛者だが、ここは全力で行かせてもらうぜ!(涙)

 

 その悲しい意気込みが伝わったのか、レオナルド氏は少し面食らったように目を丸くしつつも、ふっと笑みをこぼしてくれた。


「ええ、では早速。と言っても、私からタツキさんにお聞きすることは特にないのですが」


「え!? それは一体どういう……」


 まさか今の受け答えだけでもう不採用決まっちゃったの? 嘘でしょ? やっぱ俺ってそんなダメダメオーラ出てるのん……?

 そんな感情ダダ漏れの不審な目をレオナルド氏に向けてしまうと、彼はしかし慌てて首を振る。


「ああ、いえ。違うんです。面接をするまでもないとか、そういうことではなくてですね。実は今回の仕事をやるかどうかは、あなたが決めることなんですよ。娘と話をしていただいた上で、やるかどうかをご自身で決めていただきたいんです」


「へ?」


 何じゃそりゃ。どういうこと?

 ぽかんとした顔を向けてしまうと、彼はまるでそうされるのがわかっていたように苦笑しつつ、続けた。

 

「娘は少し難しい病を抱えているので、彼女の導師をやるのはそれ相応の覚悟が必要です。ですので彼女と話をした上で、できるかどうかをご自身で判断していただきたいということです。最初は私も一人一人の方を面接していたのですが、採用した方全てにさじを投げられてしまいましてね。今ではそういう形でやらせてもらっています」


 あははと困ったように頭をなでるレオナルド氏。笑ってはいるが、どこかさみしげで悲しいような表情も混ざっているように見える。かなり紆余曲折があったということだろうか。


「なるほど。そういうことですか……」


 難しい病、か。そうなるとただ先生をやるだけじゃなく、その辺りのサポートも考えなきゃいけないってことになるのかね。さすがに俺みたいな素人には荷が勝ち過ぎる状況になって来た訳だが……。


「ちなみにどういう病なんですか? 体調が常に悪い感じだったりですか?」


 聞いてみると、彼はゆっくりと首を振った。


「いえ、そういったことではありません。どちらかと言うと精神的なものです。具体的にお話してもいいんですが、まずは実際に娘に会っていただいて、肌で感じていただいた方がよいかと」


「ふむ。まあ、そうですね」


「では悪いのですが、早速彼女と会っていただいてよろしいでしょうか。あまり時間を取りますと、娘が拗ねてしまうもので。もう何度も同じようなことをやっているので飽きて来てしまっているようで……」


「あ~、なるほど。それは早くした方がいいかもしれませんね。ではそうしましょう」


 正直もうちょっと話を聞いてからにしたいなあという気持ちはあったが、何せ相手は子供だ。あまり時間を取って機嫌を損ねるのもよくない。ここは素直に従っておくこととする。

 彼はそれを聞くと薄く微笑み、俺の後ろに向かって言った。


「ではバーンズ。タツキさんを娘の部屋に」


「はっ」


「え? うわっ!?」


 いつの間に入って来たのか、バーンズ氏がまた俺の後ろに立っていた。

 全く気配がなかった。さっきから何なのこの人。あやかしの類か……?


「ではタツキ様。どうぞこちらに」







 階段を上がり、左右に別れた道を左に曲がる。その先にあった長い廊下を中程まで歩いたところで、バーンズ氏の足が止まった。


「こちらでございます」


 ドアに何がしかが書かれた木札のようなものが下がっているドアの前だった。マナ文字じゃないせいか読めないが、名前か、もしくは何らかの注意文が書かれているのだろうか。いかにも子ども部屋といったような体だ。


「私はここまででございます。後はタツキ様のご判断でお始めください。何かありましたら、私はお館様と共に先程の部屋の反対にある執務室におりますので、そちらの方に」


 そう言ってまたその長身を綺麗に折ると、バーンズ氏はそれきり何も言わずにさっさと行ってしまった。

 軽く紹介でもしてくれないかなあと思っていたのだが、どうやらそれもないらしい。本当にゼロからやらなくてはならないようだ。


「ふむ……」


 こうなると自己紹介からして試験のようなものである可能性もある。ここは気合いを入れていくべきだろう。


「よし!」


 頬をバチンと叩いてから、俺は中に向かって声を掛けた。


「すみません。これからあなたの導師を請け負うことになるかもしれない者なんですが、少しお話させていただけませんか?」


 数瞬の後、なぜか男のような声で「少し待ちたまえ」という声が返ってくる。娘さんだけじゃなく、従者か何かが一緒にいるようだ。

 その後、中で少しごそごそと音がした。もしかしたら着替え中か何かだったのかもしれない。


 レオナルド氏の見た目からすると、おそらく小学生に入ったばかりくらいの娘さんなんだろうが、油断はよくない。不用意に部屋に入ってデリカシーのない男だと思われたら今後がやりにくくなる。相手は貴族の令嬢なのだ。それくらいの意識の高さをもってあたった方がいいだろう。


 少しすると、中のごそごそ音が止む。そのタイミングで「入りたまえ」という声が掛けられた。

 俺は一つ深呼吸し、ドアノブに手を掛けた。


 正直先生なんて俺には全くできる気がしないが、俺がやると言えばそれだけで採用されるんなら、これ程おいしい話はない。ここでどうにか娘さんと仲良くなって、当面の生活基盤をきっちりと手に入れようじゃないか。


 と、そんなことを思いながらドアを開けた俺だったが……。


「じゃあすいません。ちょっと失礼しまー……ってぶふぇ!?」


 そこで突如、冷たい何かが大量に俺に降りかかった。

 完全に意識の外のことで当然避けられるはずもなく、俺はそれを頭からモロにかぶってしまった。


「……えっ?」


 体からぽたぽたと落ちる液体。地面はびしょぬれだ。どうやら何かしらの液体をかぶってしまったらしい。一瞬で全身ずぶ濡れである。

 すんすんと腕を嗅いでみたが、幸い匂いとかはない。たぶんただの水だ。しかしそれでも女王様からもらった一張羅が台無しになったことに変わりはない。


(一体これは……)


 呆然としつつも正面に目をやる。すると、椅子に腰掛けて優雅にお茶を楽しんでいる一人の少女が目に入った。俺がこんなことになっているのに、こちらを気にする様子は全くない。


 しかし俺は、同時に見てしまった。

 ことりとカップを置いた彼女の横顔。その口元に、ニヤリと意地が悪そうな笑みがゆっくりと浮かぶのを……。


 何……だと……?





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