第4話「デブ氏、ハロワに行く」 

「こいつはまた、なかなか……」


 俺は今、ある建物の前に立っていた。

 木造ながら、しっかりと白い漆喰のようなものが塗られた大建築だ。周囲に比べると明らかに建物の規模が違う。日本の一般的な4LDK住宅の四倍から五倍はゆうにある。


 上を見れば、他の建物にはない何かマークの付いた看板もぶら下がっていた。おそらくここが幼女氏の言っていた場所で間違いないだろう。


「まさか異世界転移してまで、ハロワに来るはめになるとはな……」 


 あの女王様の歌が終わった後、幼女氏に仕事が探せる場所がないかを聞いてみた結果がここだ。数多あるファンタジー世界のご多分に漏れず、この世界にもきっちりとあったのだ。異世界のハロワ、冒険者ギルドである。


 絵面としてはだいぶ向こうのそれとは違うのだが、この大量に出入りする人が皆仕事を探しに来た人達かと思うと、やっぱり少し足が重い。 


「向こうじゃ尻込みして結局最後まで入れずにファミレスに逃げたりしていたが、命がかかってる今、さすがにそんなことやってる場合じゃあねえ……」


 働いて何者かにならなければ死ぬのである。よく考えるとブラック企業も真っ青な状況だが、もうこれは仕方ない。

 俺はふんと足を奮い立たせ、その西部劇のような扉を左右に割って入った。


 するとそこには、絵に描いたような異世界が広がっていた。


「ふおお……」


 分厚そうな鎧を着込んだ騎士風の男。スカウト風軽装のエルフっぽい耳長女性。ドワーフのように体格がよくて背の低い男に、犬や猫のようなもふもふとした顔の亜人達……。

 色が溢れていた。街中でも相当の衝撃を受けたが、密集すると圧がすごい。


 天井が合掌造りのように高くなっているので狭苦しくは感じないが、奥にある吹き抜けにも多くの人がいて大盛況状態だ。ざっと見た感じでも5、60人程度はいるだろうか。


 テーブルやイスの置き方からすると一見酒場のようにも見えるが、カウンターで職員のような人と話をしている人間達の顔はそこそこ真剣である。まるで役所と酒場が一緒になったかのような景色で、ちょっと不思議な空間だ。


(とりあえずどっか座るか。いきなりカウンターに行くのはちょっと怖いし)


 カウンター周辺のテーブル席はかなりの賑わいだ。しかし吹き抜けの下の一階部分は、ちょっと暗がりのようになっているせいかそこそこ空いている。


「ちょっとここ、失礼しますねえ」


 最奥にあるテーブルには対面に一人だけ座っていたが、隣のテーブルの人と話すのに夢中でこちらに気づいていない。しかし楽器のようなものを持った青年がなぜか俺の後ろの床に座っていたので、一応そちらにも声をかけておく。

 青年は少し驚いたような顔をしたが、すぐにどうぞと俺を席へと促してくれた。


 何でそんなところに座ってるんだ? と、ちょっと不思議に思いながらもとりあえずそこに腰を下ろすと、青年が何やら嬉しそうにニコリと笑う。


「それでは聞いてください。英雄王グランの詩」


「へっ?」


 俺が座ったのを確認すると、青年はそう言って突如持っていた小型のハープのような楽器をポロロンと鳴らし始めた。


「時は遡ること500年。一人の英雄が、世界の危機に立ち上がった……」


 何か始まっちゃった。もしかしてこれって吟遊詩人ってやつかな? わーお。本物初めて見た。

 帽子にマント、流浪の民っぽい格好に楽器。よく見ればほぼほぼ間違いなく吟遊詩人のそれである。


「名声、富、美しき伴侶、全てを自らの力で得た英雄グラン。しかしその最期は、あまりにも無残なものだった……」 


 せっかくだからちょっと聞いててみようかなとおもったが、しかし俺はすぐにその考えを改めた。なぜなら大変遺憾なことに、


「ああ~~あ"あ"あ"~~かな~しきえいゆ~~お~~う……」


 歌声がひどい……。

 どうなってんだこれ。いくら何でも下手過ぎるだろ。音程どこ行っちゃったの?


 とは言えそう大きな声で歌っている訳でもないので、そこが救いではある。とりあえず彼のことは放っておいて、リュックを置いて一息つく。少しすれば歌も終わるだろう。


(そういや手紙だけ見て、金みたいなの確認するの忘れてたな。どんぐらい入ってるんだろう)


 ふと思い立った俺は、早速リュックから件のものを取り出してみた。


(ふむ……。やっぱり金だな)


 革のような素材の袋の中に、ジャラジャラしたものが入っている。これを金と言わずして何と言うのか。

 人目のあるところで広げて確認するのはちょっと怖いので、一枚づつ取り出して見てみることにする。


(ふうん……? クズ銭みたいなのもあるけど、金貨みたいなのもある。あとちょっと光ってるやつもあるな)


 そこそこ入ってる気がするけど、いかんせん価値が全くわからんな。価値がわかってないとぼったくられる可能性があるし、下手に使うことができん。さあて、どうしたもんか……。

 と、腕を組んで唸っていると、ふいに向かいの席で大きな動きが起こった。


「お! ……っととと!」


 話が弾んで油断したのか、向かいの恰幅のいい商人風の男が飲んでいた飲み物を俺に向かって盛大にこぼしたのである。


「うわっ」


 こぼれた飲み物はテーブルを伝い、俺の膝にぽたぽたと滴り落ちる。

 幸いあまり中身が入ってなかったようで、膝先が少し濡れるくらいで済んだ。

 

「ああ! す、すみません!」


「あ、いえいえ。全然大したことないのでお構いなく」


 (たぶん)女王様からもらった一張羅だが、これくらいなら問題なかろう。何せ俺は同じスウェットを一週間着倒すような男だ。精神的汚れ耐性が凡人とは違うのである。


 そんな感じでさっさとやり取りを終えようとした俺だったが、彼の方はそれでは気が済まなかったらしい。

 通りがかったウェイトレスさんみたいな人から布巾を受け取ると、彼はこぼれた飲み物を拭き取りながらなおも謝り続ける。


「いやいやいや、誠に申し訳ない! あ、よかったらこれ使ってください」


「ああ、これはどうも」

 

 彼がカバンから別の布切れを取り出してこちらに差し出してきたので、とりあえず金をしまって素直に受け取った。


「久しぶりに王都に来れたので少し興奮し過ぎていたようです。いやはやお恥ずかしい」


 罪悪感からか、彼はそのまま絶え間なく喋り続ける。


「実は大きな儲けになりそうな商談が近づいてまして。先程からワクワクが止まらないんですよ」


「はあ、商談ですか」


 めんどくさいので生返事っぽく返してみたが、彼は察してくれなかった。

 それどころかこちらの相槌に気をよくしたのか、より饒舌になってしまう。


「そうなんです。先程からこの通り、武者震いまで。もううん十年も商いで食べているんですがね。まだまだですねえ私も」


「あはは……」


 と、乾いた笑いでフェイドアウトしようとした俺だが、彼はしかし今度は俺に話を振って来た。


「そういえばあなたは今日どうしてこちらに? その大荷物からしますと、私と同じで行商ですか?」


 彼は俺のリュックに目をやりつつそう言った。


「ああ、いえいえ。えーっと……今日はここに仕事を探しに来まして」


 大人とまともに話すのはこれが初めてだ。どこでボロが出るのか分からないので、今自分の話をするのはなるべく避けたいところなのだが、彼の口が止まらない。


「何と! 冒険者さんでしたか。それはお邪魔してしまいましてすみません」


「ああいえ。実はギルドに来るのは初めてでして、かってがわからずに様子見してただけなんです。だから全然、お気になさらず」


 これくらいなら大丈夫だろうと思ってそう言ってみたが、彼は俺のそれを聞くと、大きく目を見開いた。


「何と、そうでしたか! では今日が冒険者として初めての活動なわけですね!」


「え、ええ。まあそうなりますかね」 


 やっぱり何か不自然だったかと不安になる俺だったが、そうではなかった。

 彼は嬉しそうにニコリと笑い、言った。

  

「それならどうでしょう。粗相をしてしまったお詫びに、私がこのギルドについて詳しくお教えしましょうか。初めてということであれば、色々分からないことも多いでしょう」


「え、それはありがたいお話ですけど……」


 いいんですか? と聞くと、彼はドンと自分の胸を叩いた。


「お任せください。相手に損をさせたまま去るのは商人の名折れ。必ずやあなたのお役に立ってみせましょう!」


 おおお、何だかすごい頼もしい。見た感じ商人としての歴も長そうだし、こいつは期待できるかもしれん。


「じゃ、じゃあ、よろしくお願いします」


「ええ。大船に乗ったつもりで、どーんとお任せください!」


 何とまあ、渡りに船とはこのことである。

 かくして、商人先生の異世界講座は始まった。



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