第2話「デブ氏、死の宣告を受ける」
「う、うーん……」
何だかケツが冷たい。しかしいやに体が重くて目を開ける気になれない。
昨日は確か推し引退の報を受けてから暴れていたんだったか。それで暴れ疲れて寝てしまったということだろうか。我ながらしょうもない。
このまま二度寝してやろうかと思った時、ふと、額の辺りに風がよぎった。
(お、いい風)
と、体の力を抜いて寝入ろうとした時、しかし俺はそこで気づいた。
俺、基本部屋の窓開けないで空調ガンガン利かすマンなんだよな。なのに何でこんないい風が入ってくるんだ……?
好奇心に負け、俺は結局目を開いた。
そしてその目を、思いっきり剥いた。
「え!?」
そこは俺の部屋などではなく、全く知らない場所だった。
思わず後ずさると、手のひらには少し粗目の石畳の感覚。目の前には何やらヨーロッパ風の木造の家が連なっていて、俺はその家の一つにテディベアのぬいぐるみのようにもたれかかっているという形のようだった。
「どこココ……」
どこかの路地だろうか。少し薄暗いこちらに比べ、左は大通りに繋がっているのか、結構な人の往来が垣間見える。
「ちょ……え? 何? ディ○ニーランド?」
しかしその垣間見える人達の様子がおかしい。
まず服がおかしい。行き交う人々は東京でよく見たシャレオツな服やスーツの類では全くない、民族衣装のような服を身にまとっている。
そしてもっとおかしいのが、明らかに人間じゃないようなのが時折混ざっているということだ。
耳だけがもふもふした体毛に覆われた人間寄りの人もいれば、面長で牙が生えた、ほとんど犬みたいな顔をしたような人もいる。甲冑のようなものを着込んだトカゲ人間までいて、人種のサラダボウルも真っ青な驚異的なバリエーションである。
(日本にこんな場所……ある訳ないよな……?)
遊園地の類なら普通の洋服を着た一般人がいてもいいはずだが、誰一人としてそんな人間はいないのである。
日○江戸村のファンタジーバージョンでもできたのかと一瞬思いかけたが、んなわきゃないと頭を振る。いくらコスプレ客が多かろうとも、皆が皆やるわけがない。あまりにも一般人がいなすぎだ。
(……じゃあここはなんなんだ。映画の撮影現場にでも拉致されたのか? まさか異世界だなんてことは言うまいな)
自分で思っておきながら、んなばかな、とまた頭を振る。しかしふと視線を落とすと、自分もいつの間にか着た覚えのない服を着ていて、俺はそこでまた目を剥いた。
上下に別れたそれは一見洋服のようだが、俺の基本装備であるはずのスウェットとは全く異なるものだった。肌触りが固く、少しごわついていて、気づいてしまうと違和感バリバリの代物だ。
そしてよく見ると両肩にベルトのようなものが掛かっていて、何かと思って外して振り返ってみると、
「……リュックサック?」
どう見てもリュックサックだ。それも人一人が入れるくらいやたらでかいやつ。
こんなもん背負って歩いたら俺ト○ネコみたいになっちゃうんだが? 服も旅人の服みたいなやつだし。
中をごそごそとやってみると、何やら革っぽい袋に入ったジャラジャラしたものと、紙のようなものを発見する。
とりあえず紙の方を手にとって見ると、ちょっと分厚いが普通に質のいい紙だった。
洋封筒のようになっているそれを開けてみると、これまた紙が入っている。
「手紙、か?」
早速取り出して読んでみようとしたが、ここで問題発生。
「……読めん」
そこには、全く見たことのないテトリスみたいな文字が並んでいた。
何これ。いたずらにしては手が込んでるな。そこまでして俺を騙して一体何の得があるって言うんだ。ドッキリ的な何かで俺を笑いものにするつもりなのか……?
と、そんなことを思いながら訝しんでいたが、そこで驚くべきことが起こった。
「え!?」
書かれている文字が急に光り出したかと思ったら、どういうからくりなのか、何とその文字が読めるようになってしまったのである。
相変わらずテトリスみたいな文字だという認識なのだが、なぜか目を通すとその意味が理解できてしまうという超不思議現象だ。
(おいおい……)
いよいよもって現実味を帯びて来た。もしかして:マジで異世界。
しかしこんなデブニートを着替えさせた上に結局ほっぽって何がしたいん? 普通に野垂れ死ぬだけで全く意味ないと思うんだがあ?
いろいろ疑問と不満は尽きない。が、ともあれ今はこの手紙だ。
おそらくこれは俺を拉致した人物からの手紙なのだろう。であれば、これを読めば何かわかるはずだ。
ドキドキしながら、俺はその手紙に目を通し始めた。
『異界の人へ
突然異界の街中に放置され、混乱していることと思う。やむを得なかったとは言え、こんな形で外に放り出すことになってしまい、本当に申し訳ない。
と、こんな謝罪をしてみても、君には何が何やらわからないだろうと思う。なのでまずは、君が置かれている状況について説明する。異界から来た君には理解の及び難いところもあるかもしれないが、君にとっても重要なことなので、どうかあまさず目を通して欲しい』
「ふむう」
やはり異世界なのか。まあさすがにあの人間達とこの不思議現象を見れば、もう信じざるを得ないか。
しかし意外にも腰の低い枕詞を置いて来たものである。拉致という犯罪行為に目を瞑れば、それ程悪い人物ではないようにも思える。
少しだけ警戒感を薄れさせつつ、続きを読む。
『まず君がなぜそこにいるのかだが、それは簡単だ。私が魔法によって君をこの世界に召喚したからだ』
「おおう……」
簡単ではないですけどね、とは思いつつもそこは流す。
おそらくこのレベルで止まっていたら、いつまで経っても読み終わらない。
『そしてこれは君にとって最も重要な情報だが、君はこの世界で早急に何かを成し、何者かにならないと、約30日程で死ぬ呪いのようなものにかかっている』
「ぶっふぉ!!??」
いきなりぶっこみ過ぎぃ!? まだ前置き後数行なんだがあ!?
え、どういうこと? 何で俺そんなことになっちゃってんの? もしかして寝てる間に何かやった?
『誓って言っておくが、これは不可抗力だ。私が自発的に君にそういう呪いをかけ、自分のいいように扱おうとした訳ではない。君の天命を伸ばす処置をした結果、こういうことになってしまったというだけなのだ』
「天命……?」
天命っていうのは、つまりあれだよな。神様にあらかじめ決められた寿命、みたいなやつだよな。それが伸びるように処置をしたら30日で死ぬ? 一体どういうことだ?
『おそらく君はこの世界に来る前に死の淵にいたはずだ。君は本来、その時に死ぬ運命だったのだ。召喚の影響で定かではないかもしれないが、よく思い出してみて欲しい』
「は? 死の淵?」
いや別にそんなことは……と思いかけたところで、ふいにフラッシュバックが起こる。
「……あ!」
死の淵というワードにより、急激に脳が刺激されて断片的だった記憶が鮮明に蘇る。
少し肌寒い外の空気と、急に目の前に現れた巨大な影と眩しい光。
そうじゃん……そういや俺、トラックに轢かれそうになってたんじゃん!
ってことは俺、召喚されたおかげで今生きてるってことか? それなら拉致でも何でも大歓迎だ。全くかってのわからない異世界に召喚されたとしても、死ぬよりは生きてる方が100億倍マシに決まっている。
なるほど。そういうやつを召喚すれば、この世界に勝手に喚んだことに対してやいのやいの言われないですむ、ということなのか?
そう思ったのだが、続きを読むとちょっと違うようで。
『天命の尽きかけている者の体からはマナが急速に失われていき、それがなくなると死に至る。君の体からも同じようにマナが抜けていっているのだが、私の魔法、“盟約の秘術”により、君の体に絶え間なく莫大なマナを流し込むことによってそれを食い止めている、という訳なのだ』
「ふむ……?」
よくわからんが、とりあえずマナってのは、たぶんあのマナなんだろうな。ラノベやゲームなんかでよくある、魔法を使うための生命力みたいなものだ。
全く実感はないが、そんなものが俺の中にもあるんだろうか。
こんこんと疑問が沸き起こる。できるだけこの手紙から情報を得たいと思ったが、気づけば手紙の文は残り少ない。
『盟約の秘術については話が長くなるので詳しくは割愛する。秘術とは言っているが、この国の人間にとっては広く知られた魔法だ。もし知りたければ、少し調べれば大体のことはすぐにわかるはずだ。
まずはとにかく、何者かになるのだ。それが君の延命に繋がる。
大物になればなるほど君の天命は伸びるが、しかしいきなりすごい人物になる必要はない。どこの誰なのか、何を得意としているのか、そういった感じで周囲から認識されるくらいでいい。少しづつ前に進むのだ。
話は以上だ。
君に直接会える日を楽しみにしている。
ソフィーリア・ネティス・ファルンレシア』
最後におそらく手紙の主のものだろう署名と、その後に、蝋のようなもので幾何学模様の印が押されていた。
「むむう」
終わっちゃったよ……。これだと肝心なところが全然わからない。
結局何で俺って召喚されたの? 何かやらすためなんじゃないの?
「……要するに、とりあえず生き延びてみろ。話はそれからだって感じか?」
向こうからしたらそんなに高いハードルを設定したつもりはないのかもしれない。しかし俺は向こうでもクソニート寸前のフリーターだった男だ。それが急に異世界で何者かになるなんて、できるのだろうか。
そもそもどれぐらいの人物になれば俺はずっと生きていられるようになるのだろうか。ゴールも全くわからない。
(それにこの手紙をそっくりそのまま信じるってのも難しいしなあ。結局どこの誰かも教えてくれないし)
ソフィーリア・ネティス・ファルンレシア。大層ご立派な名前だが、一体どんな人なのだろうか。名前の印象からすると女性のようだが、文面からは少しお固い印象を受ける。貴族的な人なのだろうか。
と、そうしていろいろその人物について考えを巡らせていた時、
「あっつ!?」
突如名前の後に押印されていたところから火が上がった。びっくりして地面に投げ捨てると、あっという間に燃え広がる。
慌てて叩いて消そうとするも、数瞬呆然としてしまったのが仇となり、手紙はその火に全てを焼かれてしまった。
「さすが異世界、マジで何でもアリだな……」
手紙が残っていると何かまずいのかもしれない。まあ情報量としてはそんなに大したことはないものだったから内容は大体覚えている。なくてもたぶん問題はない、はず。
「まあ、それはそれとして……」
俺はとりあえずリュックを背負い直し、尻をはたきながらゆっくりと立ち上がった。
結構とんでもない状況だ。30日うんぬんの話はともかく、ただ異世界に一人で放り込まれたというこの状況だけでも、凡人以下の俺には結構なハードモードだ。
(さあて、どうすんべ……)
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