Scene 23

この世界へ来て一週間が過ぎようとしていた。


私はミュペの家を掃除したり服を洗濯したりするという条件で、家に住まわせてもらっている。


魔法使いなんだからそれぐらい自分でできるんじゃないかなと思わなくもなかったけれど、雑巾は拭いた分だけ拭きやすくなるし、箒は履いた分だけ履き安くなる。


手に馴染んでくる感じが心地よくなる。


直接肌で触れて作業をするのも悪くないらしい。


この家の生活にも慣れたし、少しのことでは驚かなくなっていった。


色々困ったこともあったけど、そのたびにミュペが時には魔法も使って助けてくれる。


ミュペは私に何か隠しているようだったけれど、同時に何かを我慢しているように見えてなんだか放っておけない気がする。


というのも私の服は毎日洗濯されるのだけど同じ制服の着回しで、ミュペも同じ服ばかり着ていたり。


なぜかと問えばこれは契約を交わした二人の間に発生する誓い、ゲッシュなのだと言う。


私は度々ミュペの部屋にお邪魔したけど、服を入れる箪笥が沢山あった。


私に――私との間に交わされるその誓いに――合わせてくれているのだろうか。


ゲッシュは一週間で切り替わる。


明日にはまた違う制約が、二人の間で執り行われるのだそうだ。


そうしたらこの前着せてもらったあの服をまた着てみたいなと、私はなんとなく思うようになっていった。


ゲッシュを守るとどうなるのかと尋ねても、特に意味はなく、強いて言うならば続けることに意味があると言うばかり。


食事の方はというと、これがとても美味しい。


……美味しいんだけど。


私はここへ来て三日目に「朝食は?」「また同じもの食べるの?」などとうっかり溢してしまい、四日目からミュペが一日ごとに三食違うものを作るようになったため暫く分からないでいたがどうやらこの国は一度作ってしまって保存したものを温め直しながら一週間かけて食べ、それも一日二食にするのが基本らしい。


それが分かってから、いや私のために作らなくて良いよと私が言うと、別に簡単だから問題ない、なら私も手伝う、そういう流れで私は料理を手伝うことになる。


ミュペの料理の基本は作り方は日本料理に似ていると思った。


少なくとも出汁を取るという点では共通している。


ただ、昆布や煮干ではなくキノコを使うのだ。それも沢山の種類を。


そうして作ったスープにバターか何か乳製品のようなものどもを目についた順に大量かつ適当に入れていき(少なくとも私にはそう見えた)今日の朝食はポタージュのようなものができる。


スプーンでよそい、パンに染み込ませて食べるのだそうだ。


頬張れば、香りが広がる。


昨日もこの香りは味わったけれど、使うキノコの量や種類によって少しずつ味が違うらしい、昨日よりはだいぶ香ばしい風味がした。





ミュペの仕事について行ったりもするようになった。


今日の夕方、またあの化け物だらけの酒場に行くことになった。


首だけが人間の龍、猿の顔のついた獣。


どこかしら普通の動物と違うキメラ。


あるいは一つ目の怪人、人魂のようなもの。


気味が悪いな……。


そうしてミュペはそれをさも当然のように私に紹介してくる。


「この人は戦士をやっていて、今度の依頼で一緒に仕事をするんだ」


すると、牛の体に角と女の顔のついたその魔物が、


「ああ。


よろしくな」


と女の声で話す。




人、なのだろうか。



私は分からない。


少なくともミュペの家の周りには人間の姿をした人しかいない。


近所の人とは何度か話をしたこともあるし、魔物のことはとても恐れていた。


この世界で「人」とはどういう範疇のものを指すのだろう。


ミュペは隠そうとしているみたいだけれど、ミュペも私の知っている「人」とは違う。


私が欲しいものをすぐに用意してくれるのも、屋敷の底に――屋敷の底に、意思を持つ人形を住まわせていることも。


どうして知ったのかは忘れたけど、確かミュペの家にはそういう存在がいた。


私の部屋は余計に大きかったけれど、前は小さかったようだし、ヌゼッテは前はそこにいたのだろうか。


だとしたら、ミュペが私に居候させているのって……。


「美夜」


「あっごめん。


考え事してた」


「いや、こちらこそ急にごめん。


それで、次の仕事なんだけど、キミも一緒についてきてほしいんだ」


「えっ?」


「大丈夫。


水妖退治とはいえ、キミが傷つく心配はないよ。


心強い助っ人もいるし。


すごい力こぶだったでしょ」


「力こぶ……?」


「ほら、さっき見せてくれたじゃない」


「見えてないし、第一牛って力こぶ作るの?」


その時、ミュペが固まった。


ギルドがまた、固まった。

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