Scene 21
「美夜!」
私は顔を戻した。
ミュペが鞘で自身に絡み付いた糸を切り、そして宙を歩いて私の糸を切った。
なるほど逆になっているこの世界なら剣と鞘の働きが逆になっていた方がいい。
逆には逆をぶつけた方がいいというわけか。
そもそも戦闘経験のない私に剣のようなものを持たせるのはよくない。
そんなことを思いながら救出されていると、突然何かに気がついたミュペが私を縛っている糸を持って背後に回り込んだ。
私は回転する。
鈍い音がした。
見失ったミュペを追っていると、糸が切れた。
身体が自由になる。
私は落下した。
直ぐにまた別の引力が起こって、私は中空を漂う。
逆さになった屋敷のどこかが壊れた。
白い光が差し込んだ。
糸に捕まってゆっくりと落ちていく人形の影が光を切り裂いている。
人形の少し上に、鈍重なフライパンのようなものが見えた。
目の回った感覚から戻り、顔を水平に保つと、目の前に、俯いたミュペの姿が、光の中に映し出される。
頭から流れた血が、黒く焼きついていた。
「ミュペ……?」
「大丈夫。
大した怪我じゃない」
「でも……」
「魔法で元に戻るよ……。
そう、魔法で」
とてもそうは思えなかった。
上を見上げる。
人形の姿は光に隠れて見えなかった。
「どうしよう……。
何をすればいい?
何をしちゃいけない?
私、こんなことになるなんて」
「ひとつだけ」
ミュペの口がまた開く。
「この世界は水のようなもの。
私達は湯船に浮かんだ風呂桶のようなもの。
契約ってそういうこと」
「言ってる意味が、なんなのか……」
「こんなことに意味があると思うのは二流の……。
いや、違う。
キミは魔法使いじゃない。
知らなくていいことか……?
でもキミは知りたいんだ。
駄目だ、頭が混乱して……」
「どこかに隠れよう。
ヌゼッテ達、きっと何か準備してる。
魔法のこととか今、別にどうでもいいよ」
「キミは割とはっきりと言うタイプのようだ。
でもどうしよう。
ここへはキミは私の正体が知りたくて来たんだ。
少なくとも道中ではそう思ったし、そう思う筈だった。
なら最後にはそれが達成される必要がある。
あの鍵の本来の話はそういうものだから。
キミはもうそれがどうでもいいと言った。
人の心の移り変わりやすいことだ。
でもそれだと駄目なんだ。
時が永遠に止まって、私達はここから出られなくなってしまう。
キミはもう一度望みを取り戻す必要がある。
自分の力で」
「先送りにすればいいじゃんそんなの!」
私は叫んだ。
「本にだってしおり挟むでしょ?
それと同じことだよ。
途中かけのままやめたって後で続ければいいんだから。
今はミュペのことが大事」
その時、屋敷全体が歪んだ。
至る所から大小様々な球体関節の手足が壁を破る。
その手足はよく見れば何か王冠と台座のようなものが金型に押し込まれて作られたような造形をしている。
ミュペは言った。
「いつかは知らなきゃいけない。
他のことが今のキミの在り方だというのなら、叶えよう。
それが私の在り方だから」
そう言うとミュペは手を取った。
大きな手足は合体して、一つの巨大な人形の姿になっていく。
「血よ、あかく巡れ。
我らが絆は時を超える。
次元の壁を破る力を!
【
何かの
私は力が漲るのを感じた。
ミュペの方を見ると、血がみるみるうちに引き、髪は紅く染まり、眼は真紅に輝いている。
ミュペは指を鳴らした。
また人形達が降ってくる。
光に慣れた目で見ると、床と天井に張り付いていた人形達は、再び力を喪って墜落していくのだった。
「よくも……よくもよくも……。
この私から力を奪うだなんて。
何よその力。
聞いてないわ」
落下しながら喚くヌゼッテの声も、次第に力をうしなっていく。
「ごめん。
でも、大事な……お客様だから。
美夜」
「何?」
「キミの時間はキミにしか管理できないんだ」
そう言って巨大な人形の方を指す。
私はうなずくと、ミュペと同じように空中をかけていって、力一杯巨人の溝落ちにパンチした。
「うぉりゃああああっ!」
空間が、割れた。
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