Scene 16
目が覚めると私はベッドに横たえられていた。
「気がついたようね」
起き上がって見回したが、暗くて周囲の様子が分からない。
軋むような音がする。
その音も、壁に反響するのか、どこから響いてくるのか掴めない。
「さっきはごめんなさい。
こういう時、どうしていいか分からないものだから」
「そこにいるの?」
「ええ。
あなたの目の前にいるわ」
心臓が固まる思いがした。
「私はヌゼッテ。
楽しい関節人形……。
魔女にここに住むよう言われているのよ」
「魔女ってミュペのこと?」
「ミュペを知っているの?」
「うん。
私は美夜。
ミュペのこと知りたいなって思ってここへ来たんだけど」
「そうなのね……」
暗闇の向こうに沈黙が滞る。
「なら私についてくるといいわ。
ミュペの隠し部屋を知ってるの」
ベッドの下から伸びた手が顔に張り付いて、思わず声を上げる。
「ついてきて」
私はヌゼッテの手を取った。
人形のように小さな手をしている。
そりゃそうか。
ヌゼッテは小さいので私は猫のように屈んで歩いた。
廊下に落ちる月明かりに照らされる小さな体は、ドレスの間からうっすらと陶器の素肌を浮かべていた。
綺麗な服が、歩く音と不釣り合いに感じる。
少しびっくりしたけれど、ミュペの知り合いということで安心している自分がいる。
いっそこのまま何も考えずについていった方がいいのかもと思うけれど。
広間の暖炉の奥にあった隠し扉から中に入る。
さっきもかすかに聞こえていた夜の虫の音がうるさくなった。
そこにはまた暗闇が待っていた。
何やらカタンコトン、物音がしてくる。
「月は鏡。
鏡は土。
陶器も銀になる。
闇の力を今一度」
ヌゼッテがそう歌うと、流れた言葉が燈火になって、周囲を照らしてくれる。
「ミュペに教わったのよ。
私のことは本当に可愛がってくれたの」
けれどその声はかわいていて、なんだか遠くの人に言っているような気がした。
段々と部屋の様子が明らかになってきて、私は肝を潰した。
棚に座った大勢の人形――大小様々な球体関節人形が、一斉に私の方を向いて笑っている。
夜の虫だと思っていた声は、人形達の笑い声だった。
「この子達は恥ずかしがりだから見られている時は固まってしまうの。
けれど嬉しいから笑うのよ。
最近ようやくそれを克服しつつあるのよ」
よく見ればそれは静止しているが下手なパントマイムの静止芸のように小刻みに震えて逆に人間くさい。それを無機物の人形がやるものだからなおのこと不気味だった。喉の奥の方から出ている笑い声がまだ聞こえてきている。
「私たちはミュペに気に入られてミュペの人形にしてもらったのよ」
声がした方を振り返るとすぐ後ろに等身大の人形がいて声を上げた私は転んで雪を滑る犬のような姿勢になる。
「どういうこと……?」
どこからか声が次々と答える。
「私たちミュペに助けてもらったの」
「あなたと同じように」
「ミュペは気に入った子をこの部屋へしまっておくのよ」
「陶器にしてね」
可愛がってもらえるのよ、とヌゼッテが起き上がる私の耳元で付け足した。
うそだ、と私は思った。
だって、
だって。
「大切な人形の音が悪いままにしておく訳ないじゃん」
次の瞬間、固まっていた人形は首だけをまた一斉に私に向けた。
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