Scene 4

石の玄関を潜ると、縦長のホールの先、正面の扉の向こうに、質素な佇まいのテーブルがひとつに椅子がひとつ、入って左にお洒落な彫刻がしてある棚には皿、右には階段の下の魔法の道具入れ、視線を戻せば更に先にまた扉があって、最奥の部屋に台所と暖炉がある。


外は少し肌寒かったが、中に入ると嘘のように快適だ。


「ここは私のいくつかある隠れ家のひとつだよ。


用事があって、ここに滞在してるんだ。


キミも、あてがないならここに住むといい」


「いいの?」


「うん。


それよりお腹がすいてるよね。


材料持ってくるから、ちょっと待ってて」


異国の料理とはどんなものだろう。


まあ、文句は言うまい。


そんなことを思っていると、


「ねえ」


突然、後ろから声をかけられた。


ぞくり、と背筋が凍るような気がした。


言葉が体に触れた、その肌触りで、本能的にそれがこちらの"敵"であると分かったからだ。


振り向くと、女の子が、奥の部屋から見える暖炉の火を背に立っていた。ミュペよりも若く、十歳くらいに見える。


視界に無理やり入り込んできている、と表現した方が正しいのかもしれない。


目が離せなかった。


「あなた、ミュペの何?」


その時、後ろからミュペが、


「ミヨ、食べられないものはある?」


と戻ってきた。


「久しぶり、ミュペ。元気にしていたかしら」


「ミレ……。


今日は来ないでって言ったのに」


「そんなの知らないわ。


あなたの問題でしょう。


私は答えを聞きにきたの」


つい今までいたはずの灰色の石に囲まれた部屋が裏返っていった。


それはまるでオセロを裏返すように、目蓋を閉じるように、一瞬で世界が豹変する。


部屋が、夜、月明かりの海辺に変わる。


私とミュペはミレと呼ばれたその子との距離を保ったまま、湿った砂浜に立っている。


「デュエルを始めましょう」


ミレは言うと、背を向け、地面に刺さっていた剣を引き抜いて、そしてまた背中から翼を出して、空へ舞い上がる。


ミュペは、その長いマントの中から、木でできた一振りの杖を取り出して、地面に立てた。


本来歩くのを補助するために使うなら、私が使うには短すぎ、ミュペが使うには長すぎるくらいの大きさだった。


ミレは青白い翼で闇を漂いながら、剣を持っていない方の指で、空中になにかの形を描いた。


すると、空の星々が煌めいて、悲鳴を上げながら流れてきた。


星が不時着したところは、電流のような爆発が起こる。


ミュペはすごい力で私を抱えながら、それらをかわす。


そして杖で地面に自分を中心とした円を描いて、


「座ってて」


そう言うと、体をバラバラにして、大量の青い蝶々へと変身する。


ミレは月明かりを背に炎を放って、蝶たちを迎え撃つ。


しかし一匹が既に後ろに回り込んでいた。


遠くのものが近づくように、蝶の影が膨らんで、人の姿になったかと思えば、手に持った杖を振り下ろす。


ミレは振り向くと、空気を凍りつかせて、目の前に氷のバリアを作る。


火花が散った。


氷は消えながら、また新しく精製されていく。


私がその様子を数メートル下から見上げていると、また背中から呼び掛けられて、振り向く。


そこにはミュペの姿があった。


私はミレの方を向こうとするが、顔を抑えられて、動かせない。


「振り向いちゃいけない。


もう大丈夫。


その円から出ておいで」


そう言ってきた。


すると、真横から何かが地面に落ちる音がする。


ミュペがもう一人そこに転げ落ちていた。


私の目の前にいる方のミュペに杖を向ける。


私を掴む手はその持ち主ごと吹き飛んだ。


「あら残念。


私のキュートな偶像が壊れちゃった」


横から声がする。


私は何がなんだか分からずに、それでも崩れた残骸は私の足元で蠢いている。


それを見て恐ろしくて跳ねていると、残ったミュペが近寄ってきた。


「ちょっと失礼」


そう言うと、頭の処理の追いつかない私の顎を掴んで、有無を言わさず口付けた。


私は混乱していて、されたことの意味が分かっていない。


ただ、足元の蠢く砂、周囲の光景が、やがて元の部屋に戻っていったのを見ていた。


「逃げるの?」


気がつくと、ミュペがそう言っている。


「契約をされちゃ勝負にならないわ。私はこれで失礼するわね」


奥の部屋にミレは立っていて、ミュペが追う間も無く、後ずさって暖炉の炎の中に消えてしまった。





「大丈夫だった?」


ミュペは聞いてきたが、私はその言葉の意味も分からず、ただ頷いて、唇に指を当てたまま、ぼうっと立ちつくしていた。

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