Scene 3
ミュペにつかまり、箒に乗って空を飛ぶと、樹海は眼下を覆い尽くして、一枚の霧が、雲と継ぎ目なく繋がっている。
ミュペは前からまたその抑揚のない声で、気分は悪くないか、怖くはないかと尋ねてきた。
その喋り方からは大人が子供をあやすようなものというよりは、子供が、初めて年下に接するときのような、やけにおとなしく、へりくだったもののような印象を受ける。
空気が私の目の前でぬるく停滞しているかのように、風もなければ寒くも、苦しくもない。
「その、ええと」
「呼び捨てでいいよ」
「ミュペ」
ついさっき教わった名前を呼んだ。
「何?」
「私、死んじゃったのかな」
「どうしてそう思うの?」
「弦なんて国、聞いたことない。
さっきの化け物だって、日本には――私のもといた世界には居なかった」
「そう」
ミュペはまた表情のない声で言う。
「私、帰りたいよ。
怖い」
「私にはどうしようもできない。
日本も、地球も、聞いたことがないんだ。
ごめん」
さっきも聞いたことだった。
私は別の世界に来てしまったのだ。
涙は出てこない。
きっとまだ、戻れる方法があると思っているからかもしれない。
「ところで、ミュペはさっきはなんであんな所に?」
「この辺りを飛んでいたら、人のにお……気配がして、最初は気にならなかったんだけど、竜がそちらの方へ向かうのが見えたから、万一のことを考えて、助けに来たんだよ」
「そうだったんだ」
やはり、どうやらこちらを心配してくれているようだった。
実はさっき、ミュペが竜の残骸に向けて呟いた小さな言葉が、耳に入っていた。
その時は何のことかと思っていたが、ミュペと会話するうちに、分からなかった言葉の意味を補えるようになっていた。
「驚かせてごめんよ」
確かにそういう意味の言葉を言ったのが聞こえた。
私を助ける為とはいえ、彼女は罪悪感を感じていたようだった。
「そろそろ私の家に着くよ」
ミュペが言った。
見ると、空が晴れ、森が開けて、山の麓の扇のように広がった地に赤い屋根の小さな街が見えた。
路地裏のひっそりとした石畳に降り立った私達は表に出て、往来の人混みに溶け込む。
今は丁度昼時だったらしい、照りつける太陽のもと、繁華街は人々で賑わい、すれ違う人達から、時に挨拶を投げられる。
挨拶をおうむ返しに返しながら人混みを抜けて、ミュペに手を引かれるまま、私達はまた路地裏に入り込む。
日のある方向に五十歩、影の中を十二歩、そこから元の方向に三歩下がった場所に、ミュペの家はあった。
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