〝サキちゃん

 サキちゃんサキちゃん〟

〝なに?〟

〝あ、やっと返してくれた

 明日は部活だよね なら待っててもいい?

 一緒に帰りたいなーって

 ダメ?

 ダメなら、学校おわる前に言ってね。

 あ、明日のお昼はブドウを献上に参ります!〟


 十日ばかりが経った今も時々、思い出す。

 随分と変な嘘をついてしまったと。

 身体をかきむしりたくなるほどの恥ずかしさや黒歴史感はない。でも思い出すと風邪気味の時に脂っこいものを食べてしまったような、鈍々しいものが胃に落ちてくる。

 もちろんハルの髪色は変わってない。私の灰色の学校生活も悲しいかな、変わらず。どうやらたまにお昼を共にする人間が出来たくらいでは日々の充実は訪れてくれないようだった。むしろ充実という意味では遠退いている気さえする。陸上からはますます遠ざかり、部員の子たちとの壁も声がかからなくほどに分厚くなっていたから。


「おう」

「…………どーも」


 放課後のグラウンド前の下り坂で行われる修行僧とのやり取りも、変わってない。いつもの会釈。隣に一年生を連れているところを見るに、一緒に下っ端作業というやつだろう。相変わらず真面目な奴だ。

 ちなみにグラウンド訪れる人間にも順番がある。まず、野球部。一年生たちが先輩たちがすぐ練習できるように急いで準備をするのだ。グラウンドの整理に、ボールの入ったカゴの運搬。自分たちは使わせてもらえないバッティングマシーンの設置。献身的で、なんだか泣けてくる。その次に、女子のソフトボール。彼女らは先輩後輩の関係が少し緩く、曜日によって最初の顔ぶれが違う。陸上部はさらにだらだらと、三番目。その頃には野球部の上級生も来てとっくに練習していたりはするけれど、とにかくグループ分けするなら、三番目。

 いつもは三番目の彼らが部室で時間を潰し出す前に着替えて、先んじて滑り込む私だけれど、今日はクラスの文化祭の話し合いに巻き込まれてしまったから良くて四番目だろうな、と思った。

 でも、五番目だった。

 グラウンド沿いの大きな石段に座る、ハルがいたから。

「あ、やっときた」安堵したような声を出して、こちらに駆け寄ってくる。その癖に顔を突き合わせて少し見上げてくるだけ。


「まだ、部活終わってないけど」

「ちゃんと待ってるよ」


 ハルのアイラインは本当に都合よく形が変わって見える。笑うと細まった目と一緒になって嬉しさを伝えてくるし、心配そうな表情をすると優しい形になる。今も少しふてくされた表情を補強するように、ちょっぴり目を吊り上げたように見せていた。


「最近部活の時もずっと一人で練習してるから、またケガしちゃいそうで心配になったの」

「まだ同じメニューは出来ないし。自己判断でってさ」

「それは、逆に心配だね」


 滑らかな会話を作りながらもハルの目が、すっ、と遠くを見るように冷えた。

 そうだ、彼女は私の嘘を見抜くのがどうしてか上手かった。言葉を吐き出した時にはやっぱり遅く、辺りが辛気臭さを増す。


「あー……珍しいね、わざわざ来るなんて」

「最近サキちゃんが変だったせいかも。この前のお弁当一緒に食べようなんて、レア中のレアだよ? びっくりしちゃったもん」

「うるさい」

「えへへ」


 私に合わせて話題を変えてくれた。分かったように一歩引いてくれるいつもの距離感は少し遠くて、言葉の途切れに沈黙が落ちる。勝手だ。普段は心地が悪いと言う癖に、弱っている時は物欲しがる。

 弱っている。そう、私は弱り果てつつある。


「……」

「…………」


 なにを話せばいいんだろう。

 月並みに近付く定期テストの話? 悪口を言われているのを聴いてしまって、逃げた話? それとも、今も美術室から双眼鏡でこちらを見ているかもしれない、謎の人物の正体を突き止めた話?


「まぁ安心したから、またね。終わる頃にまた来るから」

「ぁ、」


 考えているうちにハルは一歩下がって、帰る用意をし始めた。反射で声にならない音が出た。ハルはどうしてここに来たんだろう。いや、心配してきてくれたのだろうけれど。


「あの、サキちゃん」


 私の音が聞こえたからかは分からない。

 でも不意に、ぐい、と大きな石段を大股で昇る背中が途中で止まって、振り向いた。「なに?」そう聞き返す。


「やっぱり、見ててもいい?」


 意を決したように出てきたのは、お願いだった。いつもの「見てたよ」なんて軽い事後報告じゃないそれは、否定するには少し重さがあった。そして、いつもの彼女がかけてくれる軽率な言葉よりも煩わしいはずだった。

 でも、沁みるくらいありがたかった。

 さっき反射で声が出たというのは、半分嘘。グラウンドでの孤独が、部員たちの視線が、死を願われてからの私には怖かった。


「見るって、」

「サキちゃんが練習してるとこ。どうせ一人で走ったりしてるだけじゃない」

「それは、」


 どうせとはなんだ。


「なにも面白くないと思うけど」

「いいの。いいから」


 石段の上に立つハルがふるふると首を振ると整えられた髪が揺れて、隠していた癖っ毛が少し主張を始める。度々出てくるあれは、いつもいつ間にか直っている。どのタイミングで直しているのか見届けるのも悪くないと、そうも思った。


「邪魔しないなら、別にいいよ」

「やった」


 見物料金代わりにジュースの一本でもおごってもらおうかとも思ったけれど、石段をすとんと落ちてすでに座り込んだハルを見て、まぁいいやと思った。

 すぐに後悔した。

 つい先日、言葉一つでぶれてしまう心の弱さを自覚したばかりだったというのに。少なくともいつもは買わない160円の炭酸ジュースを買ってもらう約束を取り付けるべきだった。そうすればゴールにご褒美があって、少しは集中できたかもしれない。

 やってることはいつもの練習と変わらない。

 なのに、ひとつひとつが恥ずかしくて堪らないのだ。保育園の参観日でマッチ売りの少女の劇を親に見せた時みたいな熱がせり上がってくる。

 ストレッチから始まって、体操、そしてもも上げ。太ももを直角になるまで上げる『その場駆け足』は傍から見て、きっとシュールだ。学生活動の景色として同化していた行動がクローズアップされた途端、ハムスターの独り遊びみたいに滑稽なものに思えてきてしまう。

 そして、その次も。


「それ、なにしてるの?」

「え、ギャロップ、だけど」


 どうしよ。いっそなんか、死にたい。


「ギャロップ?」

「これは、速い走り方を覚えるのに効果的で……脚力のトレーニングにもなるから」


 知らない人にはスキップの出来そこないで楽しんでいるようにしか見えないそれを、必死に言い訳のように説明する私は一体なんなんだ。もうハルの顔を見ることなんかできっこない。

 体操着から覗く、腋。背に浮いたスポーツブラ。ランニングパンツの隙間からちらつく、日焼けから逃れた白い肌。視線を気にすれば気にするほどに、速く走るために望んで着込んだ戦闘訓練服があまりにも無防備だったことを思い知る。

 たたっ、たたっ、たたっ、たたっ。

 少し土が固いグラウンドの隅を私の奏でるギャロップのリズムが満ちていく。自らのことを恥ずかしいとしか思えなくなった人間が奏でる雰囲気は案の定なんだか酸っぱくて、いたたまれない。耐えきれなくなって、さりげなく立ちながら出来るストレッチに切り替えて、静寂を破った。


「あの、ハルはさ」

「なーに?」

「ハルのとこは、出し物なにすんの」

「出し物……あぁ、文化祭ね」


 誤魔化すために出た言葉はあまりに平凡だった。文化祭で出す物の話題なんて、みんながすっかり食べ終わってもうひしゃげた器くらいしか残ってないというのに。それでも、普通の会話になってくれたことに救われた。ありがちな話題を使うのはそれはそれで恥ずかしいけれど、背に腹は変えられない。ギャロップのやり方を聞かれてスローモーションギャロップを披露することになったら、それこそ死んでしまう。


「私のクラスはタピオカ屋さんやることになったよ」

「なんか、ザ・流行りって感じ」

「ね」


 ハルは心の苦い部分を覆い隠すように唇を可愛く曲げて笑った。


「服とかは?」

「ハロウィンのすぐ後だし、仮装の予定。他にも記念写真とか撮れるパネルを作って置くんだって」

「へー。私のクラスはあの、サッカーの応援団のメイクみたいなやつ」

「サキちゃんとこ、ボディペイントだっけ」

「なんか、お互いハロウィンに侵食されてない?」


 侵食って。そうツボに入った言葉を抜き出して笑みを零すハルの声を聴きながら片足立ちになって、でも右足の骨が啼いた気がして、また元に戻した。


「まぁ、中学の時よりは良いよね。合唱とか色々大変だったし」

「あ、マイバラード!」

「それ何年だっけ?」

「一年のだよ」

「そんな名前だったっけ。よく覚えてるね」

「うわー、もう曲名だけで懐かしいー……二年生の時は時の旅人だったかな」


 本来なら高校一年生の時に済ませておくべきであろう会話はすっかり発酵してしまっていて、私たちに老いを感じさせた。でも少し上を仰いだハルの顔にはマイナスの感情はなく、みんなで歌った思い出が詰め込まれている。私の思い出は、ここよりもさらに水はけの悪いグラウンドが九割を占めていた。当然、ハルが口にする楽曲たちのワンフレーズだって浮かんではこない。同じクラスで、同じ時間を過ごしたはずなのに。同じ歌を歌ったはずなのに。

 マイバラードらしい鼻歌を聴きながら、私の目線はなぜだか上に。またあの美術室へと、惹きつけられる。あそこで独り寂しく絵を描いているカレの思い出の割合は、どうなっているんだろう。


「あ、そうだ今度の体育! サキちゃん一緒に組まない?」

「体育って、バスケのチーム分け?」

「そうそう」

「そもそも選択一緒だったっけ」

「うわ、サキちゃんらしい」


 私の薄情な言葉をからからと受け流してくれる。もちろんハルと一緒の選択だったことは覚えていた。でも自分の口からそのことを情報として発信するのはなんだか気が引けた。


「一組と二組でちゃんと交ざるように作れって言ってたでしょ? あんまり一組の子で仲良い子いないしさ、ね?」


 とっさに拒絶の言葉が出そうになるけれど、どうにか飲み込めた。今は絶賛青春キャンペーン中だった。この機会を逃す手はない。跳び跳ねるように最後の屈伸を終えて、ハルの方へのんびりと歩いていく。


「……いいけど」

「ほんと! やった」


 きっと気まずい。ハルの友達とも、もしかしたら入る一組の誰かとも。頑張ろうね、なんて気遣い百パーセントの歩み寄りと、お互いに触れ合うのも遠慮するような関係から生まれるぎこちないハイタッチ。それでも青春の欠片を手に入れた気がして、悪い気はしないのかもしれない。

 良い気も、しないだろうけど。



〝さっきさ

 ユキちゃんにそっくりな野良猫みたんだけど、ほら!

 似てない?〟

〝似てない〟

〝えー

 そう? 似てると思うんだけど〟

〝昔より今は太ってるから

 ハルと同じで〟

〝この前中学の写真みたけど、そんなに変わってないよ! 周りに細い子が増えたの!

 というかユキちゃん太ったの? 送って!〟

〝めんどう〟

〝けち!〟


〝おはよ

 ねぇ

 ねぇってば〟

〝なに、しつこい〟

〝またお昼ご飯、一緒に食べない?

 もちろん、二人で

 イチゴ! 持っていくから!〟


 私が決死のメールを送ったあの日以来、ハルとはお弁当を一緒につつくことが増えている。朝起きたらメッセージがご丁寧にまとめて通知されていることだって少なくない。

 味をしめる、というやつだろうか。けれど誘うのは彼女になったのだから、ちょっと違う気もする。こういう普遍的な思い出も積み重ねれば青春の一ページになってくれるのだろうか。でもそれが分かるのはやっぱり青春が過ぎ去った後だから、難しい。もしかすると無駄を積み重ねているだけの可能性もある。

 でも、イチゴは無駄じゃないと思うんだ。

 今日も私はお昼休みを知らせるチャイムの五分前にはこそこそとスマートフォンを取り出す。

 送る前に少し会話の流れを確認して……そういえば、昨日送るの忘れてた。丸々と太った、我が家の怠惰なマスコット。


〝いいよ

 これ、ユキの写真〟



「あ、サキちゃん。座って座って」


 今日はハルの方が早かった。四限目が移動の必要な生物でなければ勝てたのに。

 私のそんな負けず嫌いの性格を知っている彼女はなだめるように着席を促しながら、少し可笑しそうにまた白い歯を見せた。


「じゃーん!」

「…………うん」


 大仰な効果音をつけて、ピンク色の蓋のタッパーを掲げた。私がお弁当の紐を解くのに視線を落とし直すと掲げたその手はしおれるように降りてくる。


「もっと反応してくれてもいいのに、サキちゃんのいじわる」

「どうせイチゴでしょ。朝言ってたじゃん」


 あ、と今気付いて、言わなければ良かった、でも言わないと釣れなかったし、と唸りながら葛藤をし始める。どうでもいいけれど口に出すのはやめて欲しい。あと、釣られてない。

 ハルはいじけつつも、私を追うように包みを広げた。彼女のお弁当の風呂敷は全三種類。一緒に食べない日を計算入れてだいたいローテーションになるけれど洗濯のタイミングのせいか、時々入れ替わる。赤、紺、水色の順で順当なら水色のはずだったのに、今日は赤色。昨日辺りにまとめて洗濯したのかもしれない。


「あ、写真ありがとね」

「別にそんな良いもんじゃないし」


 なんかすごい気持ち悪いな、この推理。好きなアイドルのクリスマスの予定をチェックするファンみたい。やめよう。


「そんなことないよ。待ち受けにしたもん、ほら」

「ずっと見てると、太りそう」

「逆もあるかもしれないじゃない。こうはならないぞって」


 手を合わせる。横目で見るとハルも同じポーズをしていた。


「いただきます」

「……いただきます」


 一人の時はほとんど言わない言葉だけれど、二人以上で食べる時は不思議と言わなければいけない気がするから不思議だ。すなわち、かなり不思議。


「ハルはいつも言ってるの?」

「へ?」

「だから、いただきます」


 ここで不躾に『だから』を最初に付けてしまうのが私の悪いところだと最近気付いた。その三文字だけで自己中な感じがすごく浮き出て、あんまりによろしくない。でも直る気配はなくて、今も我儘なところがまた顔を出した。ハルは慣れているのか気にもせず、「そうだなぁ」なんて自らの習慣を振り返っている。その間に私は小さなアルミケースに入ったマカロニサラダを丸ごとすくい取って、自己嫌悪と一緒に口へ放り込んだ。

 多分今日の夜ご飯にも出てくるに違いない。マカロニサラダとポテトサラダは毎回どうしてあんなに作るんだろう。それこそ不思議だ。


「一緒に食べる人によるかなぁ。言わない人なら言わないよ」

「私、普段言わないけど」

「じゃあ、昔のことを覚えてるからじゃない? ほら小学生の時は給食だったし、よく一緒に食べてたし。うん、その時は一緒に言ってた言ってた」


 最後の方は確信するように頷いて見せた。なら間違いないのだろう。ハルは私といるとやっぱり懐かしい、懐かしいと口癖のように笑みを咲かせる。その度に私も過去を一生懸命思い出す。

 やっぱり、不思議だ。他にもっと気の合う友達はいた気がするのに、今では顔すらも思い出せず、ハルだけが残っている。


「どうかしたの?」


 趣味も性格も合わないのに、どうやってこの繋がりは残ったんだろう。あくまで自然に隣に座っている彼女へ話題代わりに疑問をぶつけることにした。


「人間関係って、どういうのが長続きするんだろうって」

「また広くでたね。んー……やっぱり趣味が合う人って仲良くはなりやすいけど、長続きって言うとどうなんだろう」

「趣味が変わるとその人とは関係終わっちゃわない?」

「そんなこともないけど、そんなこともあるような」

「はっきりしてよ」

「そんなこと言われても」


 ハルは苦く笑う。

 いかんせん、二人の人生経験が少なすぎるからデータがない。話題としてはあまり良くなかったかもしれない。


「サキちゃんは男の子の方が仲良くなりやすそう」

「その心は?」

「筋肉」


 お腹と脚を交互に見ながら、そんなことを言ってくる。数日前また部活を見に来ていたハルの前で、あんまりに暑くてつい一人の感覚で体操服をぱっと一瞬捲ったのがまずかった。うっすらとだけれど腹筋が割れているのがばれて、時々こうしてネタにされている。

 それにしても、男子同士でも筋肉の話なんてしていない気がする。それを彼女も分かっているのが雰囲気で分かった。


「今度、話しかけてみる。普段どんなトレーニングしてるの、って感じでいい?」

「嘘、うそ! 冗談、冗談だって!」

「こっちも冗談。本気に受け取ったと思われると、逆にムカつく」

「あっ、その……えへへ」


 それにしても、お昼ご飯を一緒に食べ始めてからのハルは私をからかうような言動が増えた気がする。いや、今のはどちらかと失言ではないか。真に受ける人間だと思われているわけだ。

 言葉を選ばれるのも嫌だけど、なんだか変な感じ。昔は私が彼女を困らせる方だったというのに、いつから会話の主導権を取られ始めたんだろう。


「あ、でも私の長続きする人の特徴なら言えるよ。ちょっとジコチューで、恥ずかしがり屋で、」

「待って」

「誰かなんてまだ言ってないけど、心当たりあるの?」


 にやにやとこちらを見上げてくる、意地の悪い目元。ぷい、と逸らすと追いかけてきた。


「うざい」

「ね、ね。サキちゃんも長続きしてる人、いたりしない?」

「いない」

「うわ、ずるい」

「なにがずるいの。だって、」


 勝手だ。

 そんな風に甘えてくるなら、ずっと隣にいれば良かったのに。


「中学の頃は、大して仲良くなかったじゃん」

「あれはサキちゃんが構って欲しがってなかったからだよ。私の中ではずっと変わってないもん」


 それだと、まるで今は構って欲しがっているみたいじゃないか。そう否定しようとすると言葉を重ねられる。小首を傾げて、さも可愛らしく。


「ね? 長続きしてるのは、どんな人か教えてよ」

「それは、」


 目の前で構ってオーラを全開に纏っている、女の子。

 でも……どんな子なんだろう。

 カテゴリー的には幼なじみだろう。でも具体性どころか、記号的にさえあまり説明出来ない。

 昔はなんにでもびくびくして、大人しい子だったのに、今ではこんな生意気なことも平気で言ってくる。自分もいるグループの会話を解説出来るような、どこか冷めたところも持っている。周りの薄い茶色には染まるくせに、図書室でちゃんと勉強するような真面目なところはちゃんと確保している。

 説明しろと言われると、困った。期間だけは長い付き合いなのに、私は彼女のことを案外なにも知らない。

 知っているのは、ピアノを好きなこと。

 なぜだか赤いトンボの絵文字を多用すること。

 あとは、


「……割と、底意地が悪い子かな」

「ひどっ」


 分かって訊いているところは間違いなく意地が悪いから。まぁ求められて、応えない私も相当に悪い。

 真逆なことばかりの私たちだけれど、これだけは唯一の共通項かもしれないと、そう思った。



〝今日の体育楽しかったね

 サキちゃん大活躍だったし!〟

〝LINEでまでその話するの?〟

〝だって話し足りないよ!

 もっと褒めようと思ったらもういないし! 着替えるの速すぎ〟

〝そっちは大げさすぎ

 だから早く帰ったの〟

〝えーかっこよかったのに〟

〝やめてよほんとに恥ずいから

 やったチームに運動出来る子が一人しかいなかっただけだし

 あとハルは点取る度にはしゃぎ過ぎ。引かれてたんだけど〟

〝あれは、だって気が大きくなっちゃったんだもの

 私運動できないから、自分のチームが勝つのってなんだか新鮮で

 でも、うるさかったよね ごめん!〟

〝明日のデザート、期待しとく〟

〝うん!! 任せて!〟


〝見て見て、めろん~!

 しかも、箱入り!〟

〝うわ、ぶるじょわ〟

〝この前親戚のお葬式でさ、貰っただけだよ

 明日持っていくね!〟

〝なんか、それ聞くと食べづらいんだけど〟

〝そう? 変なとこ気にするね

 じゃあ、やめとく?〟

〝たべる〟

〝素直でよろしい

 あ、明日部活の日だよね

 また練習見に行ってもいい?

 ねぇ

 なにも言わないなら行っちゃうからね!〟


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