別れの時

「……嫌だね。何に使う気なのさ?」

 向けられた光剣の切っ先を一瞥してから、ソフィアはルイズを睨み付ける。

「貴様には関係の無い話だ。――私の邪魔をするというのであれば、誰であろうと容赦はしないぞ」

「関係無い? 大方、この十字架の力でヴァンパイアを復活させて、アリス達を襲うつもりでしょ。それなら満更関係が無いワケでもないよ」

「ならば止めるか? この私を」

 ルイズはそう言って、右手に持っていた光剣をソフィアの足元に放り投げた。

「拾え。止めるというのであれば、力づくでやってみるがいい」

「……」

 ソフィアはその光剣を拾わずに、左手に嵌めてある指輪を掲げる。すると、その場に存在していた全ての光剣が淡い光と化し、やがて消え去っていった。

 そして、ソフィアは言った。

「これが私の答えだよ。ルイズ」

「……どういうつもりだ」

 ルイズはソフィアの行動の意図を捉えかね、怪訝そうに彼女を見つめる。

「確かに私はあんたを憎んでる。理由があったとはいえ、あんたは私にとってたった一人の肉親であるお父さんを殺した。それは当然今でも許せない」

「ならば剣を取り、仇を討てば良い。貴様の仇は今、目の前に居るんだ」

「そんな簡単な話じゃないの。――だって、いかに憎んでるとは言え、あんただって私にとってたった一人の姉なんだから」

「……何?」

「私はあんたを許さない。――でも、殺さない。それが私の答え」

「……」

 ルイズはしばらくの間黙り込んでいたが、不意に嘲笑するように小さく笑い、ソフィアにこう問い掛けた。

「ならばどうするつもりだ。貴様の仲間と敵対するこの私を、ここで見逃すというのか?」

「見逃すつもりは無いよ。あんたがやろうとしている事は、何があっても絶対に止める」

「殺しはしないが、止めるだと? まさか、説得でもするつもりか?」

「殺す以外なら、なんだってするつもりだよ。あんたを止められるならね」

「戯言を……私が説得如きで引き下がると思っているのか」

「さぁね。でもまずは、ずっと訊きたかった事を訊かせて貰うとするよ」

「訊きたかった事?」

 ソフィアは小さく頷いてから、話を始める。

「どうしてそこまで戦いを求めるの? 戦わなくたって、私達は生きていける」

「愚問だな。己の力がどこまで通用するのかを知り、そしてその限界を超える事こそが、私がこの世に生まれ落ちた理由だ」

「そんな身勝手な理由の為に、他人を殺すというの? 力を持っている者が皆争いを好んでいると思っているなら、それは大間違いだよ」

「――貴様のように腑抜けた思想を持つ弱者に合わせるつもりは無い。私は力を求め続ける。それ以外にこの命を費やすすべを、私は知らない」

 そう言ったルイズの表情には、翳りが差しているように見えた。ソフィアは思わず一歩踏み出し、感情的になって反論を続ける。

「だったら今からでも、他の生き方を探せばいい! 戦うだけが生きる理由なんて、そんなの偏見だよ!」

「貴様等のように馴れ合えとでも言うのか? そんな事をして生きていくぐらいなら、私は今この場で自分の首を掻き切ってやる」

「ッ……」

 冷徹な返答を受け、ソフィアは言葉に詰まって俯いてしまった。

 ――それから長い沈黙を挟んだ後、不意にルイズが小さな声でこう呟いた。

「……私とお前は、育てられた相手も環境も違う。生き方の相違は致し方無い問題だ」

 それを聞き、ソフィアは悲しそうに微笑を浮かべる。

「……双子だってのにね」

「……そうだな」

 ルイズは小さく頷いた。

 その時、ソフィアの背後に空間の揺らぎが生じ始めた。それは徐々に形を成していき、やがて元の世界へと続く裂け目が現れる。

「行け。お前は元の世界へ戻るといい。私はここに残る」

「な、なんで……一緒に戻ればいいじゃん……!」

「戯言を。今戻った所で、連中を相手にする力は残っていない。無様に負ける事は目に見えている」

 ルイズはそう言ってから、ソフィアが手に持っているライフルに視線を移す。

「その銃は鍛冶屋の娘に返しておいてくれ。――それから、“約束は守った”とも言っておいてくれ」

「約束……?」

 そこで、裂け目の奥から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

『聞こえるかな? 入口の維持はそう長くはできないから、できるだけ早く戻ってきてくれると助かるんだ。じゃないと一生そこに残る事になるよ?』

 ラメールのものであった。彼女の言葉に、ソフィアは焦燥感を抱く。

「ね、ねぇ……聞いてたでしょ? 一生残る事になるって……」

「一生か……。命が尽きるその時まで、ここで伝説のヴァンパイア達と手合わせするというのも悪くはあるまい」

「な、何言ってんの……!? 二度と戻れなくなるんだよ……!?」

「いずれにしろお前には関係のない話だ。――早く行け。お前まで戻れなくなるぞ」

「ッ――!」

 ソフィアはぐっと奥歯を噛み締めた。それと同時に目元が熱くなり、視界がぼやけ始める。

 そんな彼女を見て、ルイズは初めて見せる優しい表情を浮かべてこう言った。

「お前の意見に賛同するつもりは無い。だが、お前の言葉は忘れないでおこう」

「私の……言葉……?」

「たった一人の姉。――その言葉は忘れない」

 そこで、ソフィアは堪えていたものが溢れ出し、ルイズに抱き付いた。

「一緒に……行こうよ……」

「……無理だ」

「嫌だ、あんたが行くっていうまで、私……」

 顔をルイズの胸元に埋めたまま、震えた声を出すソフィア。

 すると、ルイズは呆れた様子で溜め息をつき、ソフィアの身体をそっと離して言った。

「わかった。私も行こう」

「え……?」

 ソフィアは耳を疑い、涙で乱れた顔でルイズを見上げる。

「お前がそこまで言うのであれば、断るワケにもいくまい」

「ほ、本当に……?」

「……あぁ。行くぞ」

 ルイズはソフィアを押して裂け目の元へと連れて行く。裂け目の前に到着した所で、ソフィアは何故いきなり答えを変えたのかという事を訊ねようと振り返る。

 しかし、それは叶わなかった。

「――悪いな。やはり私には、お前のように生きていく事はできない」

 ルイズはその言葉を最後に、ソフィアを裂け目の中へと突き飛ばした。ソフィアは抗う間も無く、裂け目の中に吸い込まれる。

「ど、どうして……! ルイズ……!」

 不可思議な暗闇の空間の中で必死にもがき、ルイズの元へと戻ろうとするが、身体は意志と反して彼女から離れていく。

 そして徐々に、ルイズの方の裂け目は小さくなりつつあった。

「――また会おう、ソフィア」

 ルイズが最後に発したその言葉は、ソフィアには届かなかった。



 ――暗闇の終着点は、一同が待つフォートリエの屋敷の屋上であった。

 裂け目から投げ出されるように現れたソフィアを、シャルロットが抱き止める。それと同時に、裂け目は姿を消した。

「良かった……無事みたいね」

「シャルロット……」

 ソフィアは呆然とした様子で、シャルロットの顔を見上げる。シャルロットはその際にソフィアの目元が濡れている事に気付いたが、何も訊かずに優しく抱きしめた。

 そこに、シルビアもやってくる。

「ソフィア、エヴァはどうなったの?」

「あいつは……その、わからないの。あっちの世界に崖があって、その下に落ちていった」

「崖?」

 シルビアはラメールに視線を移す。

「あんた、何かわかる?」

「ちょっと待ってよ。こっちは魔力を使い切ってくたくたなんだから、少しぐらい休ませてくれたって良いんじゃないのかな」

 四つん這いになって肩を上下しているラメールは、息も絶え絶えにそう訴える。

「……まぁ、仕方ないわね」

 シルビアは他のヴァンパイアも同じような状態になっている事を確認し、小さく溜め息をついた。

 そこに、儀式に参加した一同の中で唯一平気なままであるサクラがやってきて、ソフィアに訊く。

「ソフィアさん。彼女はどうなったのです?」

「……ルイズの事?」

「えぇ」

 ソフィアは一拍の間を空けてから、震えた声で答える。

「自分の意思で、あっちに残った。多分もう、会う事は無いと思う……」

「……そうですか」

 サクラは相槌だけを返し、その場を後にしようと歩き出した。それを、シャルロットが呼び止める。

「ちょっと、どこ行くのよ?」

「戦いは終わりました。ヴァンパイア達がこのような状態では話もできません。よって、今日の所はもうここに居る必要は無いでしょう」

「そりゃそうかもしれないけど……」

「詳しい話はまた後日に。それでは……」

 サクラは最後ににっこりと笑って見せてから、屋上を後にした。すると、シルビアがそれに続いた。

「私達も一旦戻るわよ、シャル。連中が回復したら、また話を聞きに来ましょう」

「え、えぇ……それは良いんだけど……」

「何よ、きょとんとしちゃって」

「本当に終わったのよね……? 向こうの世界でエヴァがまた入口を作って攻めてくる可能性だってあるじゃない」

 心配性であるシャルロットのその言葉には、ラメールが答えた。

「その可能性は、ひとまずは無いと思うよ。いかにエヴァが力を持っている存在だとしても、今回の騒動で消費した魔力は相当なもの。一朝一夕で戻るようなものじゃないからね」

「そ、そう……なら良かったわ」

「――とはいえ、安心はできないよ。エヴァがあっちでヴァンパイアを復活させて、その力を集結させて入口を作るっていう可能性は十二分にあるもの」

「……やっぱり不安だわ」

「ふふ……でも、それはエヴァが力を戻してからの話。やっぱり今すぐに来る事は無いと思うよ」

「……そうだと願うばかりね」

 シャルロットは苦笑を浮かべた。

 そこで、彼女の胸元に居たソフィアがそっと離れていき、ノアと共に地べたに座り込んでいたアリスの元へと向かう。

「アリス、これ。あなたのものでしょ?」

 手渡したものは、向こうの世界でエヴァから取り戻した十字架であった。

「ありがとう。――今後はもっと、大切に保管しておかないとね」

 十字架を受け取ってゆっくりと立ち上がり、可愛らしい笑みを浮かべてみせるアリス。その笑みに、ソフィアも釣られて表情を緩ませた。

「ソフィア、行くわよ。ここに残るってんなら、それはそれで構わないけど」

 既に鉄扉の前に居るシルビアが声を掛ける。

「あ、えーと……私も行く」

 ソフィアは慌ててそう返し、最後にアリス達に一瞥して別れの挨拶を済ませてから、シルビアの元へと向かう。シルビアは次に、シャルロットに視線を移す。

「……そんな所で突っ立ってないで、あんたはどうすんのよ」

「勿論帰るわよ――と言いたい所だけど……」

 シャルロットは言葉を切って、未だ地べたに座り込んだままであるヴァンパイア達を見遣る。すると、彼女が何を言おうとしているのかを察したアリスが言った。

「私達は大丈夫。みんな、力を使い過ぎて疲れてるだけだから」

「それなら良いんだけど……」

 シャルロットは安堵したように微笑んでから、表情を厳しいものに変えてラメールに視線を移す。

「あなた、ロクでもない事するんじゃないわよ?」

「あれ? あたしの事気に掛けてくれてるんだ。嬉しいな……」

「何かあったら、真っ先に撃ち殺すからね」

「ふふ……また会いに来てくれるんだ」

「……疲れた。もう帰るわ」

 シャルロットは呆れた様子で溜め息をつき、シルビアの元へと歩いて行った。


 アルベール姉妹に続いて屋上を後にしようとした所で、ソフィアは一度立ち止まり、振り返る。

「……」

 視線の先は、裂け目が存在していた場所。――改めて見ても、そこにはもう何も無かった。

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