決着
二本の光剣が同時にエヴァに襲い掛かった。
エヴァは素早く後ろへと下がり、二人の初撃を回避する。そこに、ルイズが追撃を入れた。今まで使っていた鉄剣よりは相当に軽いソフィアの光剣はやはり使いやすく、流麗な連続攻撃を仕掛けていく。
更にソフィアも姉に負けじと攻撃に加わり、二人掛かりでエヴァを追い詰める。
展開は悪くなかったものの、それでもエヴァの表情から余裕が消える事は無かった。
「やっぱり私の見当は合っていたみたいね。良い動きになったじゃない」
「攻撃を全て避けられていては、皮肉にしか聞こえないな」
「そんな事ないわよ。さっきと比べたら、段違いだわ」
「戯言を……」
そんな二人の会話を聞いていたソフィアは、敵にとは言え褒められたルイズに対抗心が生まれ、見返してやろうと躍起になって攻め始める。
しかしその闘争心も空しく、彼女の攻撃は通用しなかった。
「姉に負けまいとするその気持ちは評価するけど、がむしゃらに振り回しちゃ当たるものも当たらないわよ?」
「う、うるさい……!」
「ふふ……全く……」
感情を激化させるソフィアに、エヴァは呆れた様子で苦笑を零す。そして一瞬の隙を突き、ソフィアの足に小振りな蹴りを入れた。
「ッ――!」
小突くような軽い蹴りであったものの、ソフィアからしてみればそれは意識外からの攻撃であり、思わず転倒してしまう。
「ちっ、愚鈍な奴め……!」
煩わしく思いつつも反射的に助けようと意識がそちらに向かうルイズ。彼女がソフィアに視線を移したと同時に、エヴァが動きを見せた。
「余所見なんてしちゃダメよ?」
真横からルイズの顔面を片手で掴み、彼女が抗う間も無く足払いで体勢を崩すと同時に後頭部を地面に叩き付ける。
「ルイズ!」
今度はソフィアが助けに行こうと慌てて立ち上がったが、
「遅すぎよ、呆れちゃうわ」
ルイズを沈めた直後、エヴァはソフィアの目の前に移動していた。そしてソフィアが何かしらの抵抗をする前に、首を掴んで持ち上げる。
「あなたはどう痛めつけてあげようかしら? なにか希望はある?」
首を絞め上げているので声が出せないという事をわかっていながら、エヴァは不敵な笑みを浮かべてそう訊く。そして答えが返ってこない上で、更に意地悪な質問を続ける。
「さっきの話の続きなんだけど、どうする? 私と一緒にヴァンパイアとして誇りを持って生きていくって言うのなら、この手を離してあげても良いわよ」
その質問に、声を出す事ができないソフィアは足でエヴァの身体を蹴り付け、“お断りだ”と睨み付けて応える。
エヴァは一切動じる事なく、すっと目を細めた。
「……そう。どうしても嫌なのね」
空いている方の手で拳を作り、持ち上げたままであるソフィアの腹部に打ち付ける。呼吸がままならない今の状態では腹筋に力を入れる事などはできず、ソフィアは内臓が押し潰されそうなその苦しみにただ悶える事しかできない。
エヴァは更にこう言った。
「正直、あなたが父親から受け継いだ魔法には興味があってね。頷いてくれるまでこれを続けると言ったら、心を入れ替えてくれるかしら?」
「ッ――!」
ソフィアの表情が恐怖に染まる。
しかしそこで、先程手痛い一撃を貰ったルイズが戦闘に復帰し、妹の危機に駆け付けた。
それを受け、エヴァはソフィアの身体をルイズに向かって投げ付ける。ルイズは足を止め、片腕でソフィアを抱き止めた。
「ありがと……あー苦しかった……」
「足を引っ張るな」
「……ごめんってば」
危機に面した直後、加えてそれを助けて貰ったという事もあり、いつものように喧嘩腰には出られず大人しく頭を下げるソフィア。そんな彼女の態度に、ルイズもそれ以上は責めなかった。
二人は腕を組んで次の攻撃を悠々と待っているエヴァに向き直り、作戦を考える。
「聞け。私が奴と真正面からやり合う。その間に、貴様は何か決定打を与える方法を用意しろ」
「決定打って言われても……それに、真正面からって大丈夫なの?」
「愚問だ。奴はまだ本調子ではない。それに――」
「それに?」
「……とにかく、何か方法を探せ。どうしても無ければ、望みは薄いが私の銃でも構わない」
ルイズはそう言ってライフルとその予備弾薬をソフィアに渡した。
「私が隙を作る。外すなよ」
「プレッシャーかけないでよ……そもそも銃なんて撃った事無いし……」
「当てろ。いいな」
「……わかったよ」
ソフィアは渋々承諾し、それから自分が持っていた光剣をルイズに渡す。
「じゃあこれはあんたが使ってよ。それとも一本の方が戦いやすい?」
「……借りておこう」
ソフィアから二本目の光剣を受け取り、ルイズはエヴァの元へと歩いて行った。
「意見は纏まったかしら?」
「律儀に待っていてくれたのか」
「ふふ……娘達がどんな方法で戦うのかは興味があるからね。じっくり考えて貰って構わないわよ」
「随分と余裕だな」
「えぇ。あとはあなた達を黙らせてしまえば、ゆっくりとここに眠っているヴァンパイア達を蘇らせるだけですもの。時間はたっぷりとあるわ」
「戯言を……」
ルイズは二本の光剣を握り締め、エヴァに斬りかかった。
ルイズの猛攻を捌きながら、エヴァは嬉しそうに語り掛ける。
「あなたを父親とソフィアから引き離したあの日から、もう十三年も経つのね。よくここまで成長してくれたものだわ」
「もはや何も言わんぞ」
「まだ認めたくないの? 私はあなたの母親よ」
「黙れ」
「あらあら……聞く耳すら持ってくれなくなっちゃったわね……」
くすくすといたずらっぽく笑い、エヴァは会話をやめて攻勢に移ろうとする。
しかし、彼女が思っていた以上にルイズの二刀流は筋が良く、すぐに反撃に出る事はできなかった。
――その一方、ソフィアは少し離れた場所でライフルを構え、引き金を引くタイミングを伺っていた。先程から何度か撃とうと思いはしたものの、標的の側にはルイズも居り、誤射を恐れて中々躊躇を捨てる事ができなかった。
「(じっとしててよ――って、それは無理か……)」
その時、ルイズが放った刺突攻撃を、エヴァが後ろに下がって回避した。ソフィアはその好機を見逃さずに引き金を引く。
エヴァの胸部の辺りに狙いを付けていたつもりであったが、銃弾は命中すらしなかった。
ソフィアは次の射撃に備える為、新たに銃弾を装填しようとする。――しかし、装填方法がわからなかった。
「ど、どうやるの……これ……?」
銃弾とライフルを手に狼狽してしまうソフィア。見かねたルイズが、エヴァと交戦しながら声を上げる。
「まず下がっているレバーを上げて、手前に引け。それで廃莢をしたら、そこに新しい銃弾を込めるんだ」
「レバー……? あ、これか……これを上げて、引く――って、固っ……!」
「早くしろ! 貴様の面倒を見ている暇はない!」
「わ、わかってるよ……!」
ルイズの話を元に、ソフィアは何とか装填を終える。
しかし、彼女に気を惹かれてしまっていたルイズが、エヴァに反撃を許してしまう事になった。
一瞬の隙を突かれ、右手を蹴り付けられて光剣を手放してしまう。拾い直す間も無く、その光剣はエヴァが手にした。
「ふふ……大変ね。妹の世話を焼きながら戦う事になるだなんて」
「……全くだ」
そこからはエヴァとルイズによる剣劇が始まった。
普段は武器を用いずに戦うエヴァであったが、幼きルイズに剣術の基本を教えたのは彼女である。よって、それから十三年が経過した今でも、ルイズと対等以上の腕前を披露してみせた。
加えて、先程ルイズが言ったようにエヴァは本調子ではない。彼女の力が戻る前に決着をつけなければ、と、ルイズは焦燥感を覚え始めていた。
そこで再び、ソフィアがライフルを発砲した。今回は先程の失敗を元に軌道を修正し、結果射出された銃弾は狙い通りにエヴァの身体に向かって飛んでいった。
しかし、エヴァが回避した事により、またも命中には至らなかった。
「さて、あなた達の頼みの綱である銀の銃弾は、あと何発残ってるのかしら?」
エヴァは微笑を浮かべながら、再装填に勤しむソフィアと、目の前で光剣を構えているルイズを交互に見遣る。
その時、ルイズの口元が微かに歪んだ。
「……やっと戻ってきたか」
ルイズはそう呟き、目を閉じる。その様子を見て、エヴァは彼女の意味深な発言の意図を理解した。
「思ったよりも早かったわね。ソフィアはまだみたいだけど」
「当然だ。奴よりも私の方が力量は上だ。――魔力については知らんがな」
「ふふ……あなた達、負けず嫌いな所はそっくりね」
「……戯言を」
時間と共に回復しつつあったヴァンパイアの力を一気に解放し、ルイズは再戦を挑んだ。
光剣を激しく弾き合い、高く鋭い音をその場に響かせる。一進一退の攻防戦を繰り広げていたが、その戦況に大きく影響を及ぼしたのはソフィアであった。
エヴァは力を解放したルイズによる猛攻を捌きながら、ソフィアが放つ必殺の銀の銃弾も回避しなければならない。
そんな状況ではあったが、エヴァの表情に焦りや敗北への不安などは見て取れない。その表情から、ルイズとソフィアの二人は変わらず厳しい戦いだという事を痛感しながらそれぞれ戦っている。
しかしその実、エヴァは表情を偽っているだけであり、確実に追い詰められていた。
やがてルイズの一撃がエヴァを捕らえたその時に、二人はその事実を知った。
「あら、ちょっと油断しちゃったみたいね……」
右腕を斬り付けられ、驚いた様子でその傷を見つめるエヴァ。ようやく一矢報いる事ができたルイズは、安堵するようにふうっと息を吐き出した。離れた場所から見ていたソフィアも、同じく光明が見えたと一安心した様子。
「どうやら貴様の余裕もここまでのようだな。――ついに捕らえたぞ、覚悟しろ」
啖呵を切ったルイズの元に、ソフィアもやってくる。
「ルイズの力が戻ったのが、思ったよりも大きく響いたみたいだね。――まぁ、私だって少しは戻ってきてるけどさ」
ソフィアは強がりを裏付ける為に光剣を生成し、エヴァに切っ先を向けた。
健気な娘達のそんな強気な態度に、エヴァは微笑ましそうに笑っている。
「ふふ……中々やるじゃない。腕とは言え、まさか私があなたに斬られるだなんて、ちょっと予想外だったわ」
「腕だけで済むと思うなよ。次はその首を刎ね落としてやる」
「その刎ね落とした首に銀の銃弾を撃ち込めば完璧だね」
「あらあら……ふふ……」
すっかり勝利を確信しているメルセンヌ姉妹。二人が戦闘を再開させようとしているのは目に見えてわかる事であったが、エヴァは何故か腕を組んだままにこやかな表情で二人を見るだけで、戦闘態勢を取ろうとしなかった。
「……いつまでそうしているつもりだ。こちらから行くぞ」
痺れを切らしたルイズはソフィアの手から光剣を奪い取り、再び二刀流の型を作って戦闘を始めようとする。
「……それとも、まだ何か奥の手があるとか?」
一方のソフィアは、この状況でもまだ余裕な態度を崩そうとしないエヴァを不審に思って警戒し、接近はせずにライフルを構える。
すると、エヴァは腕組みを解いて片手を挙げ、こちらに向かってくるルイズを制止しながらこう言った。
「わかったわ。ここは一旦、勝負を預けるとしましょう」
その言葉に二人は思わず耳を疑い、得物を構えていた腕から力が抜けてしまった。
「……どういう意味だ?」
ルイズが訊く。
「この世界の入口を開ける際、私は不手際で力を失ってしまったわ。まぁ、それでもあなた達二人を殺す事はできないワケではないんだけど。――でも、もっと利口なやり方もあると思ってね」
「利口なやり方だと? 何を言っている?」
ルイズの質問に対し、エヴァはにこにこと笑うだけ。それから彼女は、石碑が立ち並んでいる場所の更に奥へと歩いていく。
その先は断崖となっており、真下には底知れぬ闇が広がっていた。
エヴァが何を企んでいるのかを警戒し、二人は彼女を追い掛ける。
エヴァは崖の端までやってきた所で振り返り、首に掛けていた十字架を自分の前の地面に投げ捨てた。
「混沌の鍵はあなた達に託すわ。――せいぜい、私を楽しませて頂戴」
「待て。貴様、何を考えている……?」
ルイズが尚も訊き出そうとするが、エヴァは答えずに二人の顔を見つめている。
そして――
「あなた達の本当の敵は、私ではないのかもしれないわね……」
その言葉を最後に、エヴァは不敵な笑みを浮かべたままゆっくりと倒れていき、そのまま断崖の下の闇の中へと身を投げた。
二人が止める間も無い、あっという間の出来事であった。
先に崖の元へと確認の為に駆け寄ったのはソフィア。遅れて、ルイズが歩いて隣へとやってくる。
「逃げられた……って事?」
「……さぁな」
どれだけ見つめていても、視界に入るのは真っ暗闇の世界だけ。当然、エヴァの姿は見当たらなかった。
二人はしばらくの間、何も言わずに崖の下を見下ろしていた。
その間、ソフィアの頭の中では、エヴァが最後に言った言葉がずっと繰り返されていた。
“あなた達の本当の敵は、私ではないのかもしれないわね……”
――不意に、ルイズの靴が地面を擦る音が耳に入ってきた。ソフィアははっとなって、反射的に立ち上がって振り返り、“それ”の元へと駆け付ける。
同時にルイズも足を速めたものの、僅差でそれを先に手にしたのはソフィアであった。
ソフィアは拾い上げた十字架を後ろ手に持ち、ルイズの方へと向き直る。
「……それを渡せ」
ルイズは光剣の切っ先を、ゆっくりとソフィアに向けながら言った。
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