握られた光剣
――一方で、外の世界にて入口の再生成が進められている事など知る由も無く、メルセンヌ姉妹は最大の敵であるエヴァと対峙している。
二人共に外へと戻る方法についてはまだ思ってすらもいない。ただ一心に、エヴァを倒すという事だけを考え、戦闘に臨んでいた。
「動きは悪くないわね、ルイズ。でも、攻撃の一つ一つが重すぎるわ。恐らくその剣、片手で扱うには重すぎるんでしょう」
ルイズの斬撃を飄々と回避していくエヴァ。ルイズは負けじと剣を振るい続けるが、ことごとく避けられてしまう。
「ソフィア、あなたはやっぱり攻撃の際に踏み込めていないわ。それじゃあ当たる攻撃も当たらないわよ」
ルイズと共に攻撃を仕掛けてくるソフィアにも欠点を教えながら、エヴァはひたすら回避に専念していた。
不意にルイズが攻撃の手を止め、エヴァから距離を取ってから怪訝そうに訊く。
「――何故反撃してこない。私を愚弄しているのか」
「ふふ……あなた達の成長を確認してるのよ」
「……戯言を」
余裕に満ちたエヴァの態度に、ルイズは忌々しそうに舌打ちをする。
そこで、ソフィアがエヴァには聞こえないよう小さな声でルイズに言った。
「ねぇ、ルイズ。もしかしてあいつ、力が戻るのを待ってるんじゃないのかな」
「――待っている?」
ソフィアに倣い、ルイズも声量を下げて訊き返す。
「私達と同じだよ。力を吸収されて、普段通りには戦えないから逃げ回ってるんじゃないかな」
「……奴がそれ程愚かな派目を外すとは思えんが、仮にそうだとして、ならばどうするつもりだ」
「今の内に仕留めちゃえば良いんだよ」
「そんな戯言は一度でも攻撃を当ててから言う事だな」
「――やればいいんでしょ」
ルイズの挑発的な態度に応え、ソフィアは僅かに戻りつつある魔力を駆使して光剣をもう一本生成し、両手に構えてエヴァに接近する。エヴァは嘲笑気味に小さく笑みを浮かべて言った。
「二刀流? あなたの力量じゃ使いこなせるとは思えないわね」
「うるさい!」
ソフィアは両手の光剣を交互に振り回してみるものの、全て軽々と避けられる。
そして最後には右手の光剣を掴まれ、そのまま後方へと投げ飛ばされてしまった。
「惜しいわね、あなた達」
苦悶の表情を浮かべながら立ち上がるソフィアと、不慣れな手付きでライフルに弾を込めているルイズを見て、エヴァが呟いた。それを聞き、ルイズが眉をひそめる。
「惜しい? どういう意味だ」
「確かにあなた達はそれぞれ強力な武器を持っているわ。ソフィアには父親から受け継いだ魔法が。そしてあなたには私が鍛えてあげた身体能力があるわ」
「戯言を。嫌味など聞きたくも無い」
「あら、本心から言っているのよ? ただ、やっぱり惜しいわ」
「……だから、それはどういう意味だと訊いているんだ」
「ふふ……答えをそのまま教えてあげる程、優しくはないわよ」
「――ならば力づくで訊き出してやろう」
ルイズはそう言って、再び攻撃を仕掛ける。鉄剣を振り下ろすが、やはり当たらない。
しかしそこで、ソフィアがエヴァを背後から襲撃した。エヴァはそちらの対応にも追われる事になったものの、難無く攻撃を捌いていく。
ソフィアが二本の光剣で連続攻撃を仕掛け始めた所で、ルイズは少し距離を取ってライフルを構えた。
背後からの銃撃による不意打ち。――しかし、エヴァは見もせずに銃弾を回避した。その結果、銃弾はエヴァの横を通り過ぎて、その先に居たソフィアの光剣に命中した。
「ッ――!」
ソフィアは突然手に走った衝撃に耐えかね、光剣を手放してしまう。同時に隙が生まれ、エヴァに接近されて掌底を叩き込まれた。
「そういえばあなた、面白い代物を持っているわね。そんなもの、一体どこで手に入れたのかしら?」
ソフィアを迎撃したエヴァは、ルイズの方へと身体を向ける。ルイズは再び銃弾を装填しながら返答する。
「貴様に教える義理は無い。教えてやれる事があるとすれば、この銃は貴様を葬るに足る力を有しているという事だ」
「それは結構ね。大方、銀の銃弾といった所かしら?」
「その身で確かめてみるといい」
目を細め、狙いを定めて引き金を引くルイズ。銃弾が捕らえたのはエヴァではなく、虚空であった。
「あのアルベール姉妹ですら、私に弾を当てる事はできなかったのよ? はたして、あなたに当てる事ができるかしら?」
「――当てて見せる」
「ふふ……健気ね」
エヴァはくすりと笑い、ライフルに弾を込めようとしているルイズの元へと一瞬で接近した。慌てて攻撃手段を接近武器に切り替えようとするルイズであったが、エヴァの攻撃の方が早かった。
エヴァはルイズが振りかざした鉄剣をハイキックで蹴り落とし、そのまま同じ足で彼女の頭部を横から蹴り払う。その一撃には耐える事ができたものの、エヴァが続けて放ってきた腹部への蹴り付けには耐えられず、蹴り飛ばされて背中から地面に倒れてしまった。
「反応が遅すぎるわよ、ルイズ。――もっとも、こんなに重い剣を使ってちゃ、無理も無いでしょうけど」
地面に落ちたルイズの鉄剣を拾い上げ、それをまじまじと見ながら言うエヴァ。ルイズは苦しそうに蹴り付けられた腹部を手で押さえながら立ち上がる。
そこで、剣を手にしているエヴァの姿を見て、シルビアにも剣の重量についての指摘を受けた事を思い出した。
「剣の重さ……か」
「心当たりはあるみたいね。両手ならまだしも、片手で扱うには無理があるわ」
「軽量な剣は威力に欠けるだろう」
「使い方次第よ。それに、そもそも攻撃を当てる事ができなければ、威力も何も無いでしょう」
「……」
納得せざるを得ない正論に、ルイズはぐうの音も出ない。エヴァは微笑を浮かべた。
「ふふ……ヒントは出したわよ。あとはあなた達自身で考えて、答えを導き出してみなさい」
「ヒントだと……?」
その言葉について訊き出そうとするルイズであったが、エヴァは強引に話を終わらせた。
「とはいえ、残念ながらもう時間切れ。遊びは終わりよ。あなた達には退場して貰うわ」
「……今から本気を出すとでも言うつもりか?」
「その通り……あなたもそろそろ力が戻ってきた頃でしょう? 遠慮しなくて良いのよ」
すっと、エヴァの瞳の色が赤へと変わる。それを受け、ルイズも力を解放させようとする。
しかしエヴァとは違い、これまでの戦いでダメージを負っている彼女は、力の回復が遅くなっていた。よって、力の解放に必要な魔力がまだ足りていなかった。その事実にルイズは思わず舌打ちをする。そしてそれは、ソフィアも同じであった。
「(攻撃を受けたせいかな……力が全然戻ってこない……)」
力の解放ができない事に、ソフィアは焦燥感を抱く。直後、エヴァが動き始めた。
エヴァは手始めに正面に居るルイズを沈めようと彼女に近付き、接近戦闘を仕掛ける。対するルイズはライフルで迎撃しようとしたものの、先程銃弾の装填を阻止された事を思い出し、慌てて弾が入っていないライフルを両手で横に構えて攻撃を防ごうとする。
しかし、そんな動揺混じりの行動が功を奏するワケもなく、エヴァの掌底は難なくルイズの鳩尾を捕らえた。
「ッ――!」
先程までとは非にならぬ威力であった。しかしそれに気付いた頃にはどうする事もできず、ルイズは衝撃に抗えぬまま地面に落とされる。
すぐに立ち上がろうとしたものの、今の一撃によって与えられたダメージは多大なものであり、身体が思うように言う事を聞かなかった。
「さて、お次は……」
ゆっくりと振り返り、ソフィアを捉えるエヴァ。ソフィアは残った魔力を絞り出し、光剣を生成して身構える。それから、こちらに向かって歩いてくるエヴァを見据えながら、彼女にこう訊いた。
「ヴァンパイアを復活させて、一体どうするつもりなの?」
「愚問ね。私はヴァンパイアよ。それ以上の理由が必要なのかしら?」
「ヴァンパイアだからなんだっていうの……? どうしてそこまで人類に敵対しようとするの?」
「私がヴァンパイアとして在る為に――よ」
妖しい笑みを浮かべるエヴァ。その表情に、ソフィアは苦笑を返した。
「――じゃあヴァンパイアなんて存在しない方が良い。身勝手な思想を錦の御旗にして皆を危険に晒すような存在なら、いっそ居なくなった方が良い……!」
「わかってないわね。身勝手な思想を抱いているのはあなたよ、ソフィア。人類を滅ぼし、ヴァンパイアの世界を実現する為に生み出された存在。それが私達ヴァンパイアなのよ」
「そんなの絶対間違ってる! 私は――」
「やれやれ……口で言ってもわからない子みたいね……」
その言葉を言い終えたと同時に、エヴァはソフィアの目の前に来ていた。
「多少痛い目に遭わないとダメみたいね。わからせてあげるわ」
口元を微かに歪め、ソフィアの首に手を伸ばすエヴァ。ソフィアはその手を右手で掴んで止め、言い放つ。
「逆に私がわからせてあげるよ。そっちが間違ってるってね……!」
そして、エヴァの胸部に左手の光剣を突き刺した。
しかし、エヴァは突き刺さる寸前で剣の刃身を手で掴んで止めた。自分の手から鮮血が滴る中、エヴァは不気味な笑みを浮かべたまま言う。
「ふふ……親である私に逆らうと、あなたはそう言うのね?」
「あなたが本当に私の親なのかどうかは知らないけど、あなたの意見に同意するつもりは微塵も無いよ」
感情的になっているソフィアは、強気な態度を崩さない。エヴァの表情から、ふっと笑みが消えた。
「……残念だわ」
エヴァは掴んでいた光剣を捻り上げてソフィアの手から奪い取り、くるりと反転させて今度は逆に彼女の胸に突き刺そうとする。ソフィアは身体を横にずらして回避し、空手のまま攻撃を仕掛ける。
しかし、武術の心得など皆無であるソフィアの攻撃は当たる事すらもなかった。それどころか反撃を許してしまう事となり、首を片手で掴まれ持ち上げられる。
「その正義感は評価してあげるわ。でも自分の意思を貫く為には力が必要よ。覚えておきなさい」
エヴァはそう言って、ソフィアの身体をルイズの元へと放り投げた。受け身は取れず、背中から地面に落とされる。
「痛た……」
「無様だな」
足元に転がったソフィアに、心配どころか辛辣な言葉を掛けるルイズ。
「……うるさいな」
立ち上がって服についた土埃を手で払い、ソフィアは再び光剣を生成してエヴァに対峙する。
するとその光剣を、ルイズが突然何も言わずに奪い取った。
「ちょ、ちょっと……何するのさ……?」
「武器が無い。貸せ」
「銃があるじゃん」
「奴に飛び道具は通用しない。――まして、私の射撃能力では捕らえる事は尚更に難しい」
「……ふーん」
ソフィアは横目で意味深にルイズを見つめながら新たに光剣を生成する。その時に、体感的にこれが最後の一本になるという事を悟った。それをルイズにも告げる。
「これ以上は作れないかも。無駄にしないでよね。壊れやすいんだから」
「使用者の問題ではない。貴様の稚拙な魔法による耐久力の問題だ」
「仕方ないでしょ……もう限界に近いんだから……。それに、今まで散々私の魔法をコケにしてたクセに。むしろ感謝してほしいくらい」
「今回だけだ。今回だけは貴様の稚拙な魔法に付き合ってやる」
「稚拙稚拙ってうるさい」
「事実を述べているまでだ」
「あっそ……」
二人はそれぞれの利き手に光剣を構え、再びエヴァへと向かっていく。
そんな二人を見て、
「ふふ……あとはお互いをどれだけ信頼できるか……」
エヴァは不敵な笑みを浮かべていた。
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