決断
「単刀直入に伺いましょう。我々に力を貸して頂けるのですか?」
「ふふ……どうしようかな。どうしてもって言うのなら、手伝ってあげない事もないけど」
屋敷の外でのやり取りなど無かったかのように、すっかり元の調子に戻っているラメール。彼女はサクラの前に歩いていき、いたずらっぽく笑ってあざとく首を傾げて見せた。
「どうするの? あの二人を助けたいんでしょ?」
「……それは勿論ですが」
彼女の意図を汲みかね、曖昧な口調になってしまうサクラ。
「それなら、あたしのお願いを聞いて貰わなきゃね……」
ラメールは不敵な笑みを浮かべると、サクラに向かって小さく手招きをした。サクラは彼女に疑心を抱きつつも、それに従い顔を近付ける。
すると、ラメールはサクラの耳元にそっと口を寄せ、このように耳打ちした。
「――あたしが泣いた事、皆には黙っておく事」
「……は、はい?」
てっきり自分と協力してフォートリエ一族を倒せ、などといった無理のある要求を飛ばしてくると思っていたサクラは、思わずきょとんとしてラメールを見返す。
ラメールは人差し指を口元に当て、真剣な表情でサクラを見据えた。
「いいね?」
「え、えぇ……承知しました……」
「……それで良し。それじゃ、早速取り掛かろう」
まだ呆気に取られたままのサクラを気にもせず、ラメールは踵を返してアリスの元へと向かった。
「フォートリエの当主様。この中で最も強大な魔力を有しているのは、紛れもなくあなたなんだけど、魔力の調子はどう?」
「完全に回復したワケじゃないけど、もう大丈夫」
「パーセントで言うと?」
「え? ――えーと、八十パーセントぐらいかな……?」
「そっか。わかった」
ラメールはアリスの元を離れると、他のヴァンパイア達にも同じ質問を始めた。
その傍らで、シャルロットがサクラの元へ向かう。
「ねぇ、彼女は何て言ってたの?」
「何の話です?」
「ほら、さっき耳打ちで何か言われてたじゃない。まさかあんた、変な取引してないでしょうね?」
「……その事でしたか」
サクラは答える前に、ノアに質問をしている最中のラメールをちらりと見遣る。彼女はこちらに気付いておらず、質問を続けている。
「サクラ? どうなのよ?」
返答を急かすシャルロットに、サクラはふっと小さく笑って答えた。
「――別に、大した事ではありませんよ。お気になさらず」
「そう言われて本当に気にしない人間が居ると思う?」
「いらっしゃらないのですか?」
「……質問を質問で返さないで頂戴」
「ふふ……これはこれは、失礼致しました……」
サクラはいたずらっぽく笑うだけで、結局質問には答えなかった。またシャルロットも、自分が知る中で一番の曲者だと思っているサクラから話を聞き出すのはやはり骨が折れる事だと判断し、それ以上の追及を断念した。
側に居た順で質問をしていき、最後にリナの元へとやってきたラメール。
「あなたは大丈夫そうだね。でも一応訊いておくけど――」
「その前に、私からも一つ」
リナはラメールの話を遮り、逆に質問を始めた。ラメールは微笑を浮かべたまま、首を傾げる。
「……何かな?」
「随分と簡単に寝返ったみたいだけど、何か企んでるの? だとしたら諦めた方が良いよ。あなたは私達と渡り合えるような存在じゃないから」
「……何を言い出すかと思ったら、面白い事を言うね」
ラメールはゆっくりと両腕をリナの肩に回し、ぐっと顔を近付けた。リナは怯む事なく、ラメールを睨み付ける。
「――離して。そんな演技、怖くない」
「演技……?」
「仮に今、私を殺したとしたら、あなたは瞬く間にこの場に居る全員を敵に回す事になる。あなたはずる賢い――
「それじゃあ、そんなあたしがどうしてこの子達に協力するんだと思う?」
「……それがわからないから訊いてるの」
「ふふ……そっか……」
「答えてよ。どうなの?」
強気な態度を崩さないリナ。ラメールは思わずその凛とした顔を崩してしまいたいという
しかし、状況を踏まえた上での理性が先立ち、彼女は問題を起こさずにリナの質問に答えた。
「あなたの考えすぎだよ。あたしは、もうエヴァの方よりこっちの方が楽しそうだと思ったから、こっちについただけ」
「楽しそう……?」
「ふふ……だって、こっちにはあなたやルナ、それにシャルロットが居るんだもの。好きな子達と一緒に居たいと思うのは当然でしょう……?」
「……」
リナは呆れたように溜め息をつき、絡みついているラメールの腕を解きながらこう返した。
「少しでも変な事したら、容赦しないからね」
「変な事? それってどういう事?」
「裏切ったりしたらって事に決まってるでしょ。――一々引っ掛からないで」
「ふふ……ごめんなさい」
リナとは一悶着あったものの、こうしてラメールは全てのヴァンパイアに力の状態を聞き終えた。
そこに、シルビアがやってくる。
「それで、力は足りるのかしら?」
「足りる足りないで言えば、足りるとは思うよ。ただ、全く問題が無いワケじゃない」
「というと?」
「あたしの計算上、足りると言ってもかなりギリギリなの。だから生成が終わった暁には、あなたとシャルロット以外の全員が消耗しきった状態になるハズ」
「――戦いは終わったワケだし、問題無いでしょう。それともなにか、あんたが弱った所を逆襲でもするつもり?」
「あはは、あたしはそこまで馬鹿じゃないよ。その時にはあたしだって弱ってるんだよ? そうじゃなくて、問題なのは生成した入口から誰が帰ってくるのかって事だよ」
「誰って、ソフィアとルイズ以外――」
と、言い掛けて、シルビアは口をつぐんだ。そしてラメールが言わんとしている事を察し、返答を改める。
「――確かに最悪のケースを想定すれば、それは大問題ね」
「そういう事。万が一あっちで二人がエヴァに殺されていたとしたら、入口を開けたと同時にエヴァが多くのヴァンパイアを引き連れてやってくる事になる。そうなれば、いかにこのメンバーとは言え勝ち目は無いと言えるよ」
恐ろしい事態の説明を滔々とするラメールに、シルビアだけでなく他の者達も言葉を失ってしまう。
沈黙を破ったのは、シャルロットであった。
「だとしても、あの二人を見捨てるワケにはいかないわよ」
「わかっているの? それはつまり人類を危機に陥れる行為になるんだよ、シャルロット」
脅しのようにも聞こえるラメールの問い掛けに、シャルロットは重々しく頷く。
「――わかってるわよ。でも、もしもそうなった時だって、勝てないと決まっているワケではないわ」
「エヴァに加えて、あたし達のような上級ヴァンパイアが大勢現れるというのに?」
「……私はそういう連中を狩る専門家よ。やってみせるわ」
その返答を聞き、ラメールは艶然とした笑みを浮かべた。
「ふふ……あなたのそういう所が好きなの。素敵だよ、シャルロット」
「……そりゃどーも」
最早慣れてしまったのか、シャルロットは彼女からの熱い視線を軽くあしらうだけで済ませた。
「わたくしもシャルロットさんに賛同させて頂きます。万が一があるとは言え、やはり見捨てるのは後味が悪いというものです」
サクラの言葉に、シルビアも頷く。
「それに、まだソフィア達が負けたと決まったワケでもないわ。二人に賭けてみるのも悪くはないでしょう」
「あら、シスターが“賭ける”などという言葉をお使いになられるのは、あまり好ましくないのでは?」
「何を今更……」
サクラにからかわれたシルビアは、面白くもなさそうに鼻で笑ってみせる。
「さて、あとは――」
人間側の意見は纏まったので、あとはヴァンパイア側の意見を聞こうと、ラメールはそちらの代表であるアリスに視線を移す。
すると、アリスはラメールが諾否を問う前にこう答えた。
「私達も、シャル達と同じ意見だよ。二人を助ける事に異論なんか無い。例え最悪の事態になってしまったとしても、最後の最後まで一緒に戦う事を約束する」
「……そっか」
ラメールは彼女が同意するという事は察しがついていたものの、躊躇う素振りすら見せずに即答した事には少々驚いてしまう。それと同時に、彼女が何故そこまで人間に好感を持っているのかという事に興味を抱いた。
しかし訊いてみた所で、人間に対して彼女とは正反対な意見を持っている自分には理解できるハズもないと思い、訊き出そうとはしなかった。
「それじゃあ始めるよ。あたしの近くに集まって」
ラメールは屋上の中央へと行き、サクラを含めたヴァンパイア達に呼び掛ける。
「ラメール、一つ訊いていいかい」
「何かな、ノア」
「キミはどうして入口の生成ができるんだ? 確かにボク達ヴァンパイアは皆、闇の世界の事は知っている。だけど生成の方法なんて聞いたことが無いよ」
ノアの疑問に、ラメールは微笑と共に答える。
「知らなくて当然だよ。あたし達を生み出した起源ともいえる存在――ディミトリ・フォートリエは、その方法を配下であった十二体のヴァンパイアの誰にも教えなかったんだから」
「じゃあどうして、キミは知っている?」
「ふふ……実はそれが、三百年前にあたしが主に封印された本当の理由――だったりして?」
ノアをからかうように、人を喰ったような笑みを浮かべるラメール。ノアは半信半疑といった様子で、目の前に居る狡猾なヴァンパイアを見据える。
すると、話を聞いていたリナが口を開いた。
「禁忌を犯して主の怒りを買ったって事? そもそも、そんな方法どうやって調べたの?」
「ふふ……あたしは魔法に関して優秀すぎたの。あたしを作った主が思っていた以上にね」
「答えになってない」
「もう、そんなにツンツンしないでよ……そんなあなたも可愛いけど」
「気持ち悪い」
「ふふ……ひどいなぁ……」
結局ラメールは質問をはぐらかし、答えようとはしなかった。
そんな傍ら、フランの元にルナがやってくる。
「――なんだ。オレになんか用か」
「勝手に暴れて怒られて封印されたハズだったけど、あなたも本当は違う理由があるとか?」
「ねぇよ。オレは正々堂々戦った結果、主に気に入られなかったってだけだ」
「……ふっ」
「今鼻で笑ったな……?」
「気のせい」
そんな気ままなヴァンパイア達に、シルビアが一喝を入れた。
「あんた達、仲良くお喋りするのは明日にして頂戴。今はやるべき事があるでしょう」
それを受け、ある者は素直に従い、ある者は不貞腐れ、またある者は舌を突き出して反抗の意を見せつつも渋々従う。
そんな個性豊かなヴァンパイア達の反応を見て、シルビアの隣に居るシャルロットが言った。
「こうして見てると、私達人間となんら変わりないように思えてくるわね」
「……アリスやサクラはまだしも、連中はれっきとしたヴァンパイアよ」
シルビアは溜め息混じりにそう返し、シャルロットを横目で見遣る。
「そう? 戦ってる時はまだしも、今は普通の女の子達にしか見えないわ。――あの青髪は除いてね」
「随分嫌ってるみたいね。奴は逆にあんたがお気に入りみたいだけど」
「それについては本当に困ったものだわ……彼女は一体私のどこを気に入ったのかしら?」
「……さぁね」
シルビアはくすりと小さく笑い、シャルロットとの会話を終えてヴァンパイア達の方へと視線を戻した。
集まったヴァンパイア達は円になり、あとはラメールからの指示を待つだけとなる。
全員の準備ができたと判断したラメールは、入口の生成を始めた。
「始めるよ。両手を出して、指先に意識を集中させて。目は開けたままでも良いよ」
ヴァンパイア達は何も言わずにその指示に従う。
「途中で苦しくなるハズだけど、我慢してね。一人が手を下ろせば、その分を他の皆が負担する派目になるって事を忘れないように」
その言葉を最後に、ラメールは口を閉ざした。
それからしばらくの間は何も起きずに、静かにただ時間だけが過ぎていく。
――しかし、事は突然起きた。
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