葛藤
「てっきり買い出しにでも行ってるのかと思ったら、こんな所に居たのね、マリエル」
マリエルの姿を見てシルビアが言う。すると、その言葉に返答しようとしたマリエルより先に、シャルロットが口を開いた。
「ほら見なさい。やっぱり買い出しじゃなかったわ。間違いを認めて私に謝る事ね」
「謝る必要があるような事は一言も言ってなかった気がするけど。デタラメな謝罪の要求はやめて頂戴」
「あら、よく言うわね、お姉様。仮に今回の件があなたの言う通りだったとしても、あなたにまだ謝って貰ってない話は百件以上あるわよ。例えば私が冷蔵庫に入れておいたケーキを勝手に食べた時の事とか、他には――」
「あーはいはい……すいませんでした。――これで満足?」
「えぇ、とても。どうもありがとう、お姉様」
「どういたしまして」
同時にお互いから顔を背けるアルベール姉妹。そのやり取りに苦笑という感想を表してから、アリスが話を切り出した。
「状況はノアから聞いたよ。……信じ難いけど、エヴァが復活したって」
「困った事に、その通りよ。今は配下の二人と姿を眩ましてる。サクラと自警団の連中が探しに出てるわ」
「そっか……」
アリスは不安げな表情になって俯く。それから今度はソフィアに顔を向け、彼女に訊いた。
「あなたとルイズは、エヴァに会ったの?」
「一応、顔は合わせた。尤も、私は初めて会うようなものだったから、特にこれといった感情は湧かなかったけどね。ルイズはどうだったか知らないけど」
「彼女は今、エヴァと一緒に?」
「それが、あなたの話通りになってさ。あいつは、エヴァは自分が知ってる母親じゃないって言って、対立を選んだの。今どこに居るかはわからない」
「そっか……」
アリスの表情はやはり暗いままであった。
その時、外から扉がノックされる。側に居たノアが開けると、人数分のお茶を淹れてきたルナが現れた。
「アリス様、マリエル様、お茶をお持ちしました」
「ありがとう、ルナ」
ルナが部屋に入ったので、ノアは再び扉を閉めようとする。
しかし扉が閉じ切る寸前で、廊下側から日本刀の鞘がすっと飛び出てきた。
「しっかり確認なさい。わたくしも居ます」
扉を押し開け、不機嫌そうな顔をしたサクラが姿を現す。
「不法侵入だな、サクラ。今すぐ出ていけば不問にしてやる」
「あら、出ていかなければどうするというのです? 島に駐在しているお巡りさんにでも突き出しますか?」
くすくすと笑って煽り返すサクラ。
「いや、警察の手なんか借りるつもりはない。ボクが直々に――」
「ノア……!」
サクラに歩み寄っていったノアを、アリスが一喝した。
主から叱責を受けたノアは気まずそうに咳払いをして、サクラから離れていく。
「犬みたいね」
そう呟いたシャルロットを、シルビアが肘で突く。
「一々煽らない」
「あなたに言われたくないわ」
「……」
「……わかったわよ」
シルビアに横目で睨み付けられたシャルロットは、肩を竦めて口を噤んだ。
アリスが座っている方に彼女を挟むようにアルベール姉妹が座り、マリエルの方にはソフィアとサクラがそれぞれ腰掛ける。ヴァンパイア組は三人揃ってアリスの背後に立っていた。
「それで、進展はあったのかしら?」
シルビアが話を切り出し、サクラに視線を投げる。
「いいえ、何も」
サクラは軽い声調でそう返し、ゆっくりと味わうようにお茶を一口飲んだ。
その返答が癪に触り、シルビアは無言で見つめ続けて圧を掛けたものの、サクラは気にする事もなくお茶の余韻を楽しんでいる。更に、そんなシルビアを一旦置いておき、サクラはマリエルに向き直って明るく話しかけた。
「あなたがここにいらっしゃるのは珍しいですね。何かご用事が?」
「いえ、特に用事があるといったワケじゃないんです。ただ、アリスの顔が見たくなって」
「そうでしたか。ふふ……やっぱりあなた方は、仲が良い素敵な姉妹ですね」
「お姉ちゃんらしい事は何もできてませんけどね……。でも、アリスの事は大好きです」
「同じ姉妹といえど、その在り方は千差万別――という事ですね。そうは思いませんか? お二方」
サクラはそう言って、恨めしそうに自分を見つめているシルビアと、姉の苛立ちに気付いて渋面を浮かべているシャルロットを交互に見遣る。
ついに耐えかねたシルビアの眉がぴくりと動いた瞬間、素早く察知したシャルロットが慌てて口を開いた。
「あ、あなた、エヴァを探しにいってたんじゃないの……?」
「えぇ、そうですよ。ですが、思い当たる場所は全て当たったというのに、手掛かりすらも見つかりませんでした」
「それで諦めてノコノコやってきたってワケ?」
「喉が渇いてしまったので」
「……あなたねぇ」
呆れて俯いてしまうシャルロット。
アルベール姉妹が揃って口を噤んでしまったのを見て、今度はソフィアが口を開いた。
「ねぇ、ルイズは見なかった?」
その質問に、サクラは人差し指を顎に当てて考えるような素振りを見せながら答える。
「わたくしは見ていませんが……そういえば、昨晩はご一緒でしたよね?」
「ロコン村の側にある海岸で、私と一緒に倒れてたらしいの。でも、私が目を覚ました時にはもう居なくなっててさ」
「そうでしたか……。残念ながら、見ていませんわ。お役に立てなくて申し訳ありません」
「そ、そんな……あなたは何も悪くないよ……」
謝られて逆に自分が申し訳ない気持ちになったソフィアは、慌ててサクラを宥める。
そこで、これ以上話す事は無いと判断したシルビアが煙草を取り出してソファーから立ち上がった。
「この調子じゃ、見つけるのは難しそうね。夜になって連中が動き出すのを待つより他ないか……」
「シルビア、どこ行くの?」
アリスが呼び止める。
「煙草よ。一々外に出るのは面倒だけど、ここで吸ったらうるさいでしょう」
「私は別に構わないんだけど……」
アリスはそう言ったが、リナがすぐにそれを却下した。
「ダメですよ、アリス様。煙草の煙は身体に悪いんですから」
その言葉にはシャルロットも“うんうん”というように、わざとらしく頷いてみせた。
「その通りよ。喫煙者って生き物は、一体何が楽しくて自分から毒を身体に入れるような真似をしてるのかしらね」
「――煙草を吸わない人間に、煙草の良さはわからないわよ」
「わかりたくもありません」
「はいはい……」
何を言っても無駄だと判断したシルビアは、パチンパチンとライターを開閉させながら書斎を出ていった。
「全く、こっちは心配してやってるってのに……」
腕を組んで憤懣を表すシャルロット。すると、シルビアに続いてサクラも腰を上げた。
「さて、わたくしはもう一度探しに出てみます。喉も潤いましたし」
「それじゃあ、私達もそろそろ行きましょうか」
ソフィアを見ながらそう言って、シャルロットも立ち上がる。
「待ってください。あなた方はここで夜まで過ごしてはいかがです?」
サクラの提案に、シャルロットは眉をひそめて彼女を見つめた。
「あら、どうして?」
「夜に備えて身体を休めておくのですよ。ヴァンパイアである我々は問題ありませんが、あなた方人間の体力は有限でしょう。いざ戦闘となった時に疲労が募っていては、それこそ目も当てられませんよ」
シャルロットは曖昧に頷く。
「そりゃそうだけど……」
「それに、激戦続きで疲れているのは、彼女だって同じなのでは?」
サクラはそう言って、ソフィアに視線を移した。その視線を辿り、シャルロットは返す言葉を失う。
二人の視線を受けたソフィアは、慌ててソファーから立ち上がった。
「私なら大丈夫だよ。だから、私達も――」
「無理は良くありません。それに、あなた方に残って頂いた方が、わたくしも気兼ねなくここを離れる事ができますから。お願いします、ソフィアさん」
ソフィアの肩に手を置き、真っ直ぐに見つめるサクラ。気恥ずかしくなったソフィアは視線を外してからこう答えた。
「……そういう事なら、仕方ないか」
「ふふ、ありがとう。頼りにしてますよ」
サクラは肩に乗せた手をソフィアの頭に持っていき、優しく撫でてから部屋を出て行った。彼女が居なくなったのを確認してから、シャルロットは小さく溜め息を漏らして呟く。
「サクラの提案に乗るのは少し抵抗を感じるけど、まぁ仕方ないわね」
それから、アリスの方に向き直る。
「勝手に話を進めちゃって申し訳ないんだけど、そういうワケだから、しばらく居させて貰っても良いかしら?」
「勿論。戦いが始まるまで、ゆっくりしていってね」
アリスはそう答えてから、マリエルに視線を移す。
「お姉ちゃんはどうするの?」
「私はもう少し休んだら店に戻るよ。戦いが始まったら、戦えない私がここに居るワケにはいかないし」
「そっか。わかった」
アリスは頷いてから、背後に居るノアに肩越しに顔を向ける。
「ノア、お姉ちゃんを送って貰えるかな。お願い」
「わかりました。お任せ下さい」
「ありがとう。よろしくね」
にっこりと笑いかけるアリス。主の笑顔を見れる事が最も幸せな事であると考えているノアは、釣られるように微笑を浮かべた。
その後、一同は決戦の時が来るまでの時間を各々屋敷の中で過ごす事に。
アリスは書斎にて、リナとルナから敵についての更に詳しい情報を聞き、アルベール姉妹は書斎から少し離れた場所にある客間で休憩している。
そしてソフィアは、屋上で一人物思いに耽ていた。
目の
無論、これからどうするべきかという見当はついている。仲間達と共にエヴァに立ち向かうのみだと。
彼女が一心に悩み考えているのは、今後ルイズにどう接するかという事であった。
「今更……どうしろっていうのさ……」
息を吐き出すようにそう呟き、ソフィアは屋上から一望できる森の景色を呆然と見つめる。
そこに、背後から足音が近付いてきた。
「許すか、復讐を遂げるか――あなたが取れる選択肢は、そのどちらかしかないのではなくて?」
予想だにしていなかったその声に、ソフィアは慌てて振り返る。現れたのが誰なのかは、振り返る前から声でわかってはいた。
「サ、サクラ……? エヴァを探しにいったんじゃ……」
「ふふ……その前に、あなたと二人きりで話したい事がありまして」
サクラはそう言って、ソフィアの隣へとやってくる。ソフィアは彼女の横顔に怪訝そうな視線を向ける。
「話したい事って……?」
「親子という関係を知った上でも、エヴァに特別な感情を抱いているような様子は無さそうなので安心しましたが、彼女――ルイズに対しては、そのようには見えません。どうするおつもりですか?」
「……」
ソフィアはゆっくりと視線を正面に戻してから答えた。
「それは今考えてた。でも、答えが全然見つからなくて……」
「見つからない?」
「うん。私自身、どうしたいのかが――」
「詭弁ですわ。あなたは既に答えを知っているハズです」
ソフィアはサクラの言葉の意味を理解しかね、彼女を見つめた。
「ど、どういう意味……?」
「彼女をどうしたいのか――もとい、彼女とどうありたいのか。それは既にあなたの中で決まっている。ですが、あなたは迷っているのでは?」
「え……?」
「確かに、彼女が唯一の肉親であった父親を殺した仇である事は事実。ですが同時に、あなたにとって彼女は血を分けた姉妹でもある。唯一無二の存在である、姉妹なのです」
「……」
「あなたは、“父親の仇討ちを成し遂げなければ”という使命感と、“彼女を殺したくない”という本心の間で板挟みになっている。そうでしょう?」
ソフィアはついに、何も言わなくなった。その無言という形の肯定に対し、サクラは微笑を浮かべる。それから、踵を返して歩き始めた。
「憎悪という感情は何も生み出しません。悔いのないご決断を」
「ま、待ってよ……! それってつまり、あいつを許せって事? お父さんを殺した事を、水に流せっていう事なの……?」
「そんな事は自分でお決めなさい。これ以上、わたくしに話せる事は何もありません」
「そんな無責任な……」
「ふふ……ごめんなさいね。わたくしは如何なる責任も負わないよう奔放に生きる主義でして。それに、これは他人の意見を鵜呑みにして行動するような問題ではありませんよ。わたくしは助言をしたに過ぎません。決断はご自分でなさるべきですよ、ソフィアさん」
サクラは最後ににこっと微笑み、「それでは」と言って、屋上を後にした。
「……」
サクラが居なくなった後も、ソフィアはしばらくの間はその場に立ち尽くしていた。
「決断――か」
何気なく呟いたその単語に、ソフィアは思っていた以上の重みを感じていた。
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