少女達

 朝食を取り終えた一同は、今後取るべき行動についてを話し合う事に。

「まずはユーティアスに行く必要があるわ。銃弾の補給が最優先よ」

 そう言ったのはシルビア。その意見にはシャルロットも同調し、他の二人にも異論は無かった。

「問題はそれからね。ヴェロニクの所の連中が有力な情報を仕入れてくれていれば助かるんだけど……」

 シルビアは言葉を切って、ヴェロニクに意味を含ませた視線を移した。ヴェロニクはその視線に対抗するかのように、目を細めて彼女を見つめ返す。

「現状はなんとも言えないわよ。報告を聞いてからじゃないと」

「――それもそうね」

 次に、シャルロットが案を挙げた。

「アリスの所に行くのはどうかしら? 来ると仮定して、迎え撃つ準備をしておくのよ」

 シルビアは静かに首を横に振ってみせる。

「それは仮定が外れた場合、奴等にとって好都合な展開になってしまうわ。向こうにはノア達がついてるんだし、私達まで張り込む必要は無いでしょう」

「……納得したわ」

 シャルロットはこくりと頷き、コーヒーを一口飲んだ。

「――ここでこうしていても、時間の無駄ね」

 話し合っても埒が明かないと判断したシルビアは、おもむろに立ち上がった。

「とりあえずユーティアスに行くわよ。その間に何か進展があるかもしれないし」

「進展って?」

 シャルロットが訊く。

「動いてるのは私達だけじゃないわ。サクラやアリスの所の連中が何か情報を掴むかもしれないから、それを期待しましょう」

「じゃあ、途中でアリスの所に寄って行こうよ。どうせグランシャリオを越えて行くんだし、通り道でしょ?」

 ソフィアの提案に、シルビアは曖昧な様子で頷く。

「通り道――と言えるかは微妙な所ね。山を登らないで迂回した方が幾ばくかは早いのよ」

「そうなんだ……」

 ならば仕方ない――と、ソフィアは口をつぐんだが、シルビアはこう付け足した。

「でもまぁ、確かに連中の事も気になるし、せっかくだから寄っていきましょう」

「いいの……?」

「良いも悪いも、当てになる情報源は連中と胡散臭い和服の女ぐらいしか居ないからね。可能性があるなら行くべきだわ」

 その言葉を聞き、ヴェロニクが意見する。

「私の仲間達も忘れないでね? きっと役に立つ情報を持ってきてくれるハズよ」

「わかってるわよ……」

 シルビアは“はいはい”といった様子で片手を挙げてみせた。


 教会を出発した一同は、グランシャリオの頂上にあるフォートリエの屋敷へ向かう。

 ジュピテール地方を抜けてサチュルヌ地方に入り、森の中をしばらく歩いて山の麓に到着した所で、正面から一人の少女が走ってきた。

「……誰か来るわ」

 シルビアは目を細め、それが誰なのかを確認しようとする。 

「あら、エマじゃない。どうしたのかしら」

 小さな身体に短い茶髪という特徴を一早く目視したシャルロットがそう呟いた。

 一同の元に到着したエマは、息も絶え絶えに話し始める。

「間に合って良かったぜ……入れ違いになっちまう所だった」

「どうしたのよ? そんなに慌てて」

 シルビアが訊くと、エマは思い出したように背負っていたバッグを彼女に渡した。

「こいつをお前達に届けようと思ってな。教会まで行こうと思ってたんだが、手間が省けたぜ」

 シルビアは受け取ったバッグの中身を確認する。中には祓魔銃の弾倉がぎっしりと詰まっていた。そこにシャルロットもやってきて、彼女は弾倉を手に取りながらエマに言う。

「気が利くわね。丁度取りに行く所だったのよ」

「シャル、お前もう大丈夫なのか?」

「バッチリよ。心配掛けちゃった事は謝るわ」

「そうかい、まぁ無事なら良いや。――それで、どうなんだよ?」

「どうって?」

「戦況だよ。自警団はかなり痛手を喰らったみたいじゃねぇか。大丈夫なのか?」

「さぁね。負けるつもりは更々ないけど、そんなのやってみなけりゃわからないわよ」

「まぁ、そりゃそうだよな……」

 シルビアとシャルロットが銃弾の補給に取り掛かったので、エマは二人の元から離れ、ソフィアに話し掛けた。

「初めましてだな。私はエマってモンだ」

「私はソフィア。その……色々あって、皆と一緒に戦ってて……」

「聞いてるよ。姉妹喧嘩が発端なんだって?」

「うーん……まぁ、あながち間違ってはいないかな……。ところで、あなたはアルベール姉妹とはどんな関係が?」

「ウチの家系は昔から、あいつらが使ってる銃の弾を作っててね。二人とは生まれた時からの付き合いだ」

「生まれた時から……あなたいくつなの?」

「今年で十六だ。でも、小さいからって見くびるなよ? 腕なら本土に居るような熟練工にも負けないぜ」

「へぇ……同い年なんだ……」

 ソフィアは自分よりも頭一つ分小さい彼女を、改めてまじまじと見つめる。

「なんだ、どうした?」

「学校で見た事無い気がして」

「無理もねぇ。今は学校なんざ行ってねぇもの。私は初等部を出た後は鍛冶一本だよ」

「凄いね……鍛冶ってそんなに楽しいの?」

「退屈はしねぇな。今度やってみるか?」

「えーと……遠慮しとくよ……。暑いのは苦手でね」

「そりゃ残念だ。まぁ何はともあれ、よろしくな、ソフィア」

「うん、よろしく」

 ソフィアはエマが差し出した手をしっかりと握り返し、お互いに笑みを交わし合った。

「ふふ……良いわねぇ。若い者同士の友情、羨ましいわ」

 二人を傍で見ていたヴェロニクが微笑ましそうに呟く。それを聞いて、エマはいたずらっぽく笑う。

「年寄みたいなセリフだな、ヴェロニク」

「んー? なーに? 何か言ったかしら?」

「いや、“みたいな”は間違ってるか。ホントに年寄だもんな」

「エマ、それ以上言ったら、お姉さん、怒るわよ?」

「聞いたか、ソフィア。お姉さんだとよ。笑えるな」

 エマはけらけらと笑って、ソフィアに同意を求める視線を投げる。ソフィアはいやに優しい笑顔を浮かべているヴェロニクを横目で見遣りながら、誤魔化すように苦笑を浮かべていた。


 アルベール姉妹が銃弾の補給を終えた所で、一同は再び移動を始める。

「あなたはどうするの? エマ」

「私はユーティアスに戻るとする。用事は済んだからな」

 エマはシルビアからバッグを受け取りながらそう答え、一同とは別の道へと向かおうとする。すると、ヴェロニクも彼女と同じ方向へ歩き始めた。

「私も町へ直行するわね。私が例の子達に会ったって仕方ないし、山登りはパスさせて貰うわ」

「老体にはキツいものね」

「……シャル?」

「ごめんなさい」

 一同はユーティアスに向かう者と屋敷に向かう者達とで分かれ、その場を後にした。


 グランシャリオの山道を通って目的地に向かうソフィアとアルベール姉妹は、途中でマリエルのカフェの前を通る事になる。

 折角なので顔を合わせておこうとシャルロットが提案し、寄ってみたものの、マリエルは留守のようであった。

「出かけてるのかしら?」

 扉に掛けられている“準備中”と書かれた札を見てシャルロットが呟く。

「買い出しにでも行ってるんでしょう。なんにせよ、居ないんじゃ仕方ないわ。行くわよ」

 そう言って、再び屋敷への道のりを歩き始めるシルビア。シャルロットは納得した様子ではなかったものの、渋々それについていく。

「まだ八時にもなってないわ。あの子、こんなに早くから買い出しに行く事あったかしら?」

「別に不思議な話でもないでしょう。何を気にしてんのよ」

「珍しいなって思っただけよ。大体あの子が買い出しに行く時は、いつもお昼前ぐらいだったから」

「よくもまぁ、人の事をそこまで覚えてるものね」

「記憶力が良いだけよ。あなたと違ってね」

「……一言余計よ」

 カフェを離れていく二人に、ソフィアも黙ってついていく。すると、シャルロットが何かを思い出したようにソフィアに話を切り出した。

「――そういえば、あなた確か十六って言ってたけど、マリエルと同級生って事になるわよね」

「そうだよ。最近はあまり学校では会ってなかったけど」

「あら、どうして?」

「マリエルが来てなかったの。一月前の騒動以降、色々忙しかったって言ってた」

「そう……まぁ確かに、あの子の家系の事を考えればやむを得ない事情ね」

 そこでソフィアは、マリエルについて気になっていた事をシャルロットに訊いた。

「ねぇ、どうしてマリエルは屋敷に住まないのかな? そうした方が本人にとっても色々楽だと思うんだけど」

「あの子本人がそうするように希望してるのよ。本人曰く、カフェのアルバイトが楽しいんだって。それに、彼女は確かにフォートリエの血族ではあるけど、アリス以上にヴァンパイアではなく人間側の存在なの。まぁアリスの場合、当主を受け継いだから仕方がないといえばそうなんだけど」

「えっとさ、マリエルの方が姉だったよね? どうしてアリスが受け継いだの?」

「それは……えーとね……」

 何かを躊躇うように曖昧な口調になったシャルロットに代わり、シルビアが答えた。

「騒動の際にアリスは戦地に居たけど、マリエルは居なかったのよ。だから選ぶ余地も無かったわ。――この話は未だにマリエルも気にしてる事だから、本人の前では言うんじゃないわよ」

「わかった……」

 今までは知らなかったフォートリエ姉妹の事情を知ったソフィアは、シルビアの言葉に強く頷いてみせた。


 屋敷の門の前に到着すると、一同が来る事を知っていたかのようにリナが大きな玄関の扉を開けて現れた。

「早く入って」

 リナがすっと片手を挙げると、一同の前にある門が重々しい音を伴ってゆっくりと開いていく。

「奴等は来てないみたいね」

 シルビアの言葉に、リナは小さく頷く。

「今の所は。尤も、私はサクラの推測が正しいと思ってるから、夜になるまでは現れないと思う」

「へぇ、あんたもそう考えてたのね。てっきりあの主バカと同じ意見かと思ってたわ」

「――気持ちはわかるけど、ノアは心配しすぎ。普段は結構頼れる奴だけど、アリス様の事になると極端に視野が狭くなる」

「あら、珍しい。ヴァンパイアが自分の仲間を褒めたのは初めて聞いた気がするわ」

「……茶化さないでよ」

「ふふ……ごめんなさい」

 シルビアはいたずらっぽく笑ってリナの頭をぽんぽんと叩いた。


 リナに案内されて屋敷に入った一同は、そのまま二階にある書斎へと向かう。

 階段を上がって通路に出た所で、お盆を胸に抱えるようにして持っているルナとばったり遭遇した。

「うわ、来た」

「失礼な反応ね……」

 苦笑を浮かべるシャルロットに、ルナは満足気に微笑を浮かべてから通路の先を指差した。

「冗談。アリス様は書斎に居るよ」

「どうも。――私達のお茶も淹れてくれるんでしょ?」

「飲みたいの?」

「質問を質問で返さないの。わかった?」

「はいはい」

「“はい”は一回!」

「……はーい」

「伸ばさない!」

「……はい」

「それで良し」

 今度はシャルロットが満足気に笑う。ルナは不機嫌そうにそっぽを向いてお茶を淹れる為にキッチンへと向かった。

「――私の妹をからかわないでよ」

「あら、ごめんなさいね。ついつい。謝るわ」

 とは言ったものの、シャルロットの表情は実ににこやかであり、到底悪びれているようには見えなかった。リナは呆れた様子で溜め息をつき、通路を歩き始める。

「確かに、さっきのは大人げないわね」

 リナについていきながら、シルビアが呟く。

「あら、あなたまでそっちの味方? 彼女が普通の幼い女の子にでも見えた?」

「少なくとも傍から見たら、いい歳した大人が子供をいじめているようにしか見えなかったわね」

「な、何よ……あなたがヴァンパイアの擁護に回るなんて珍しいじゃない……」

「擁護してるつもりはないわ。あくまで第三者の意見よ」

「だ、第三者なら口を挟まないで貰えるかしら? これは私と彼女の――」

「はいはい。おっと、“はい”は一回だったわね」

「ッ――!」

 焦燥し始めているシャルロットに対し、シルビアは涼しい表情で滔々と語る。

「(面白い人達……)」

 一連のやり取りを後ろから見ていたソフィアは、催し物でも見ているかのようにただただ静かに笑っていた。


 書斎の扉が見えてきた所で、腕を組んでその扉に寄りかかっているノアの姿も同時に一同の視界に入った。

「朝から仏頂面ね。何か嫌な事でもあった?」

 シルビアがからかうと、ノアは舌打ちをしてから忌々しそうに視線を返して答えた。

「朝からうるさい連中が来たな――と思ってね」

「それは悪かったわね、心からお詫びを申し上げさせて貰うわ」

 そう言って、ニヤリと唇の端を歪めるシルビア。謝罪をする顔には到底見えなかったが、ノアはそれ以上相手をしようとはせずに、扉をノックして呼び掛けた。

「アリス様。ヴァンパイアハンター達が来ました」

「どうぞ」

「失礼します」

 ノアが扉を開け、一同は書斎の中に入る。アリスは部屋の真ん中に置いてあるつがいのソファーの片方に腰掛けていた。

 そしてその向かいには、マリエルが座っていた。

「おはようございます、シルビアさん、シャルロットさん。――あれ、ソフィアも居る」

「何よ、居ちゃまずかった?」

 自分も先程のアルベール姉妹のような軽妙な掛け合いをしてみたいと思ったソフィアは、わざと意地悪な返答をする。

 しかし、虫も殺さぬ性格のマリエル相手にそれは無駄な試みであった。

「ううん、とんでもない。会いたかったよ、ソフィア」

 混じり気のない満面の笑顔を向けるマリエル。

 肩透かしを喰らったソフィアは、赤くなった頬を隠すようにぷいっと顔をそむけた。

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