曙光
――地平線から頭を出した太陽の光が、ソレイユ島を支配していた暗闇を消し去る。
その朝日に照らされた所で、ベッドの中ですやすやと眠っていたソフィアはおもむろに目を覚ました。
「ここは……?」
寝起きで朦朧としている意識の中、見た事があるような気がする天井を見つめながら呟くソフィア。
「私の部屋よ」
すぐに返ってきたその声は、シャルロットのものであった。ソフィアは声が聞こえてきた方向を見遣り、椅子に腰掛けているシャルロットの姿を見つける。
「シャルロット……私……」
「もう少し寝てなさい、焦る事は無いわ」
身体を起こそうとしたソフィアに、シャルロットは優しく微笑んでみせる。
しかし、ソフィアは「大丈夫、ありがとう」と返し、ゆっくりと身体を起こした。
「私、確かエヴァにやられて、海に落ちて……それから――」
「例の海岸に流れ着いたのよ。私とあなたが初めて会ったあの日と同じようにね」
「……そっか」
何か大切な事を忘れている――そのもやもやした引っ掛かりは、彼女の浮かない表情を見て察したシャルロットの発言によって解消された。
「ルイズならシルビアの部屋に居るわよ。あなたと一緒に海岸に倒れてたわ」
「ほ、ホントに……?」
「えぇ。これといった外傷はなさそうだったから、多分無事なハズよ。もう起きてるんじゃないかしら?」
「そっか……」
ソフィアは安堵したように微笑を浮かべて頷いた。その表情を見て、シャルロットが改まった様子で気になっていた事を質問をする。
「ねぇ、彼女――ルイズは、何て言ってたの?」
「何て……って?」
「例の広場に私達が駆け付けた時、彼女はあなたと一緒にエヴァと対峙していたじゃない。彼女と、和解したの?」
「……」
ソフィアは言葉を失い、俯く。その答えは彼女自身にもわからなかった。
シャルロットはソフィアの表情に翳りが差したのを見て彼女の心中を察したらしく、それ以上の追求をやめる。
「そう……大丈夫よ。ゆっくり話し合って、解決すれば良いわ」
しかし、ソフィアの方がその話題を続けさせた。
「……なんか、変な気分なの」
「変な気分……?」
シャルロットは眉をひそめて、おうむ返しに訊く。
「あいつはお父さんを殺した。だから、私はあいつを殺したい程憎んでる――ハズなんだけど」
「……だけど?」
「だけど、えーと……その……」
言葉に詰まり、しばらく黙り込んでから、ソフィアは苦々しく笑ってみせた。
「ごめん、わかんないや……自分が何を言いたいのか、全然わかんない……」
その言葉に、シャルロットは再び優しく微笑みかけてこう返した。
「そう……。わかったわ。じゃあ、この話は一旦やめましょう。言いたい事が纏まったら、また話して頂戴?」
「うん……わかった」
曖昧に頷くソフィア。そこで、シャルロットは話を本題へと切り替えた。
「――エヴァ達はサクラが探しに行ってるわ。ヴァンパイア三人組は、奴等がアリスを狙っていた場合の事を考慮して、屋敷に戻った」
「サクラが探してるって……エヴァは逃げたの?」
「えぇ。あなたが海に落っこちた後、奴等はヴァンパイアを呼んで消えたわ。海に飛び降りたように見えたけど、奴等の場合、流されてどこかに漂着したワケではないでしょうね……」
困ったように溜め息をついてみせるシャルロット。ソフィアはそこである事に気付き、申し訳なさそうに切り出す。
「ねぇ、もしかして、あなたは私を探す為にここへ戻ってきてくれたの……?」
「心配だったからね。シルビアは“ヴァンパイアだから大丈夫”ってな事を口走っていたけど、“そうは言っても”って話よ」
「……ごめん、面倒かけちゃったね」
「何言ってるのよ。――無事で良かったわ、ソフィア」
シャルロットはにっこりと笑ってソフィアの頭を優しく撫でた。
その時、部屋の扉がノックされ、聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「お邪魔するわよ」
扉が開けられ、そこから現れたのはヴェロニクであった。ソフィアの表情がぱあっと明るくなる。
「ヴェロニク……! 良かった、無事だったんだ」
「お蔭様でね。あなた達には本当に助けられたわ、ありがとう」
ヴェロニクはたった今シャルロットがそうやったように、ソフィアの頭を優しく撫でた。
「よくここに居るのがわかったわね。誰かから聞いたの?」
シャルロットが怪訝そうな表情で訊く。
「サクラよ。少し前に彼女がウチの店に来てね。状況を教えてくれたわ」
「へぇ、あいつが? エヴァ達の居場所については何か言ってなかった?」
「捜索中と言っていたわ。だから私達の方でも、動ける人間を探しに出させたの」
「それは助かるけど……大丈夫なの? ヴァンパイアと遭遇する可能性だってあるわ」
「承知の上よ。それに、夜が明けた今なら視界も良好だし、多少は安全だから」
「そう……いずれにせよ、無理はさせないようにね」
「えぇ、わかってるわ」
シャルロットを安心させる為、彼女に微笑んでみせるヴェロニク。
「(そっくり……この二人)」
そのやり取りを見ていたソフィアは、ヴェロニクの笑みがシャルロットのものと良く似ているという事に気付き、こっそりと笑っていた。
その後、三人はシャルロットの部屋を後にして、アルベール姉妹が共同で使っているリビングへとやってくる。
「もう少し休んだら、私達も探しに出ましょう。軽い朝食を用意するから、その間にソフィアはシャワーを浴びてきちゃいなさい」
「い、良いよ……シャワーなんて――」
「ソフィア」
「……わかったよ」
「それで良し。着替えとタオルはまた後で届けに行くからね」
「そ、その時はちゃんと声掛けてよね……!」
「ふふ……はいはい……」
ソフィアは部屋へと戻り、シャルロットとヴェロニクはキッチンに立つ。
「あなた達、まるで親子みたいね」
「ヴェロニク。せめて姉妹って言って頂戴。私はまだ二十四よ?」
「あら、セシリアはその頃にはもうあなたとシルビアを抱きかかえてたわよ?」
「――母さんは母さんよ。とにかく、私はまだ母親になる気はないの。良いわね?」
「ふふ……はいはい……」
ヴェロニクは機嫌良さそうに笑いながら、冷蔵庫を開けた。それから、また別の話題を切り出す。
「それにしても懐かしいわ」
「何が?」
「ソフィアを見てると、昔のあなたを思い出すのよ。ほら、私、セシリアが病気で亡くなってからしばらくの間、あなた達の面倒を見てたじゃない。丁度その頃って、あの子と同じくらいの歳だったでしょう?」
「……昔の私とソフィアが似てるって言いたいの?」
「えぇ、そっくりよ。ちょっと反抗をしてはみるけど、すぐに折れる所とかね」
「何言ってんのよ、私は反抗なんかしない素直な子だったでしょう。どちらかと言えばシルビアに似てるんじゃないのかしら?」
「それは無いわね」
「どうして?」
「シルビアの反抗っぷりはあんなものじゃなかったから」
「……なるほど」
――ソフィアと一緒に倒れていたルイズは、彼女と同様発見された後にアルミス教会へと運ばれ、シルビアの部屋のベッドに寝かされていた。
しかし妹とは異なり、彼女は日が昇る前に目を覚まし、一人で海岸に訪れていた。日の出の瞬間を見届けた後も戻らず、ずっと同じ場所から動かずに海原を眺めている。
そして日の出からしばらく経った所で、背後から砂を踏みしめる音が聞こえてきた。
「海を眺めるのが好きだなんて、中々良い趣味を持ってるわね」
「……何の用だ」
隣にやってきたシルビアを、ルイズは横目で睨む。シルビアは咥えていた煙草を指で挟んで持ち、視線を海原に向けたまま続ける。
「妹が起きたみたいよ。“無事で良かった”の一言ぐらい言いに行ったら?」
「それを伝える為に来たのか」
「そうだと言ったら?」
「……ならば失せろ。貴様と話す事など何も無い」
「そうでもないわよ」
ルイズは怪訝そうにシルビアの顔を見上げた。
「……どういう事だ」
「確認しておかないとね。あんたがどっちの味方なのか」
「……」
ルイズは再び正面に顔を戻す。それから、シルビアの質問に答える。
「私は裏切ったあいつらを許さない。奴等には命で償わせる」
「つまり、私達に味方をすると?」
「ふざけた事を言うな。貴様等につく道理などは無い」
「そう? 敵の敵は味方って言うじゃない」
「私には味方など居ない。――最初から、居なかったんだ」
ルイズの声調が暗くなった事に気付き、シルビアは横目でちらっと彼女の表情を盗み見る。ルイズは寂しげな表情をしていた。
それからしばらくの間、二人の間に沈黙が訪れ、その場で聞こえる音は波の音だけとなった。
「――よく見れば母親の面影があるわね」
不意に、シルビアがそう話を切り出した。
「ッ――!」
ルイズは素早くコートの内側に隠してあるホルスターから銃を抜き、シルビアに向ける。
それに対し、シルビアは向けられた銃口をさも関心無さそうに一目見ただけであり、悠長に煙草をふかし続けていた。ルイズは銃を向けたまま続ける。
「お前が……お前達が母さんを殺さなければ……」
「撃ちたければ撃ちなさい。あんたにはその権利があるわ」
「ふん……本当に撃ちはしないとでも思っているのか?」
「さぁね。でも一つ言える事は、いかに人類の為――
「……あくまでもヴァンパイアハンターとして、母さんを殺したというのか?」
「そうだと言ったら? 許すの? 母親を殺した私を」
「……」
――再び沈黙が訪れる。
波が三回往復した所で、ルイズはゆっくりと銃を下ろした。それから、銃をホルスターに納めながら言う。
「私は貴様等を許さない。だが、今は他にやるべき事がある」
「その前に私を殺さないの? 今この場で銃を突き付けて引き金を引けば、それで済む話じゃない」
「貴様を殺せばエヴァが喜ぶ。――いずれにせよ、貴様の事は奴等を片付けてからだ」
ルイズはそう言うと、踵を返してその場から歩き出した。
「一つだけ教えて頂戴」
「なんだ」
「エヴァを――母親を蘇らせようと思った理由は?」
ルイズは足を止め、振り返った。
「何……?」
「人類が憎かったから? エヴァを利用して私達を殺そうと思っていたから?」
「答えてどうなる」
「私がスッキリする」
「……」
ルイズはしばらく黙り込んでいたが、やがて小さな声でこう答えた。
「――母さんに会いたかった。ただ、それだけだ」
「……そう」
シルビアはふっと小さく笑い、吸っていた煙草を灰皿に捨てると、ルイズの隣を通り過ぎて教会へと戻っていった。
「……」
ルイズは去っていく彼女の後ろ姿をその場で見届けた後、海岸沿いを歩いてシルビアとは別の方向へと姿を消した。
教会に戻りリビングにやってきたシルビアは、すぐにコーヒーの馥郁とした香りに気付き、シャルロットに訊く。
「私の分は?」
「あるわよ。お腹は?」
「大丈夫。コーヒーだけで良いわ」
「というと思ってたけど、一応少しでいいから食べておきなさい。次に時間が取れるのはいつになるかわからないんだから」
「――じゃあなんで訊いたのよ」
「全くよね」
「……」
からかわれたような気がしたシルビアは、不機嫌そうな表情で椅子に深々と座り込んだ。
「シルビア、あの子は?」
現れたのがシルビア一人だという事に気付いたシャルロットは、きょとんとした顔で彼女に訊く。
「ルイズの事? さっきまでは海岸に居たわよ。どこか行っちゃったけど」
「行っちゃったって……なんで止めなかったのよ? まだ目を覚ましてから一度もソフィアと顔を合わせてないじゃない」
「そう言われてもね。彼女は引き止めておけるような
「もう……ソフィアになんて言うのよ……」
「どっか行ったって言えば良いわ。――そのソフィアはどこに?」
「今シャワー浴びてるわ。そろそろ戻ってくると思うわよ」
「そう」
噂をすれば影が差す――という言葉通りに、ソフィアはすぐにシャルロットの部屋から出てきた。
「あ、シルビア。おはよう」
「おはよう。よく眠れたかしら?」
「寝てたというか……気絶してたっていうか……よくわかんない」
「同じようなものよ。とにかく、無事で良かったわ」
にっこりと笑って頭まで撫でてくれた妹とは異なり、シルビアは視線すら合わせず無表情のままそう言って、コーヒーカップを口に運ぶ。
そんな不愛想な対応をされても、彼女が本当は優しく面倒見が良い人間だという事を知っているソフィアは特に不快な感情などは抱かず、むしろ彼女から無事を喜ぶ言葉を貰っただけで嬉しいとすら思っていた。
「……ルイズは?」
ソファーの端にちょこんと座り、ソフィアはまだ濡れている髪の毛をタオルで拭きながら、なんとなくを装ってシルビアに訊く。
「どっか行ったわ。大方、エヴァ達を探して歩き回るつもりでしょう」
「……そっか」
別にどっちでもいい――というような声調を作ってはいたものの、この場に居る誰もが彼女の本心を見抜いていた。
しかし、誰一人として触れようとはしなかった。
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