ヴァンパイア・リバイバル

「ソフィア……!」

 メルセンヌ姉妹が崖から落とされたのを見て、最も先に声を上げたのはシャルロットであった。それから彼女は崖の元へと駆け出そうとする。

 しかし、シルビアが彼女の腕を掴んで止め、

「待ちなさい。奴等の事が先よ」

 エヴァと彼女の元に集まった従者二人を顎でしゃくってみせた。

「で、でもソフィアが……!」

「さっき見た感じでは、致命傷は負っていなかったハズよ。ヴァンパイアの血が流れている人間は、海に落とされたくらいじゃ死なないわ」

「だからって……!」

「シャル!」

 シルビアはシャルロットの目を見つめ、無言で“落ち着け”と訴えた。

 そこで、二人のやり取りを見ていたノアが呆れた様子で溜め息をつく。

「こんな時に姉妹喧嘩はやめてくれ。今はそれどころじゃないだろう」

 その言葉を受け、シルビアは忌々しそうに嘆息を漏らす。

「わかってるわよ……。シャル、良いわね?」

「……」

 シャルロットは曖昧に頷いた。

「お久しぶりね、ヴァンパイアハンター。――といっても、一月ぶりか」

 とぼけたような口調でそう言ってきたエヴァに、シルビアはいつもの挑発的な口調で返答する。

「地獄から蘇ったってワケ? 迷惑だから、そのまま寝ていてくれれば良かったのに」

「あらあら、ご挨拶ね」

 愉快そうに笑ってみせるエヴァ。それから彼女は、サクラとノア達ヴァンパイアに視線を移した。

「あなた達も元気そうね。かつての戦友――そして反逆者……」

「反逆者はあなたでしょう、エヴァ。フォートリエ家を裏切った罪、忘れたワケではありますまい……」

「ふふ……フォートリエという愚かな主に寝返り、ヴァンパイアに反逆したのはあなた達よ」

「ふむ……この話はキリが無さそうですね。やめましょう」

「そう? じゃあ他の話でもする?」

「いいえ。本音を言えば、あなたとは口も利きたくありませんので」

「それは残念……」

 くすくすと笑ったエヴァを見て、サクラの後ろに居るヴァンパイア達も反応する。

「相変わらず癪に障る笑顔だな。虫唾が走るとはこの感覚の事を言うんだな」

「リナ、手を離して。あいつ殺せない」

「ルナ、落ち着いて。顔が怖い」

 そんな三人を見て、エヴァの機嫌は尚更に良くなった。

「変わらないわね、あなた達。見ていて愉快だわ」

「ボクは不愉快だがね」

「ふふ……気に触れてしまったのなら謝るわ、ノア。それじゃあ、お詫びの印に――」

 エヴァは言葉を切って、隣に居るラメールに視線を移す。ラメールはそれだけで彼女の意図を察し、右手を挙げてヴァンパイアを招集した。辺りの木陰から現れたのは比較的厄介ではない下級ヴァンパイアであったが、集まった数は厄介であった。

 瞬く間に囲まれた一同は、背中合わせになって身構える。

「おい、エヴァ。この贈り物はあまり嬉しくないな。引っ込めてくれ」

「そんな事言わないで、楽しんで頂戴? せっかくこれだけヴァンパイアが集まったんだから……ね?」

 ノアにそう返答して、エヴァは崖の方へと歩き始める。フランも一同を見て嘲笑するように鼻で笑ってからそれについていき、ラメールも舌を出して一同を侮辱してからその場を後にした。

「待ちなさい。むざむざ逃がすとでも思ってるの?」

 背を向けている三人に銃口を向けて威圧するシルビア。しかし、エヴァは悠々と片手を挙げてみせるだけであり、立ち止まる気配は無かった。

「――脅しじゃないわよ」

 シルビアは片目を瞑って狙いを定め、エヴァの後頭部に銃弾を撃ち込んだ。

 エヴァは背を向けたまま頭を傾け、当然のように銃弾を避ける。そして崖の前に到着した所で、彼女は再び振り返って一同に微笑みかけた。

「それじゃ、また……明日の晩に会いましょう」

 その言葉を最後にエヴァ達は崖から飛び降り、一同の前から姿を消した。同時にヴァンパイア達による攻撃が始まり、残された者達はエヴァ達の追跡を断念して迎撃を始める。

「明日の晩――何か意味があるのかしら」

 装填されている八発の銃弾できっちり八体を仕留め、再装填をしている最中であるシルビアがそう呟く。それに反応したのはサクラであった。

「如何に強大な力を持つヴァンパイアであったとしても、復活した直後に最大限の力を発揮する事は不可能です。大方、力が戻るまでどこかに隠れるつもりでしょう」

「どこかって?」

「ソレイユ島のどこか――という事は間違いないと思いますよ」

「わからないって言いたいのね?」

「そうとも取れる言い方ですね」

「……最初からそう言いなさい」

「ふふ……失礼しました……」

 その傍らで共闘しているのは、シャルロットとノア。そして双子達は少し離れた場所にて、抜群の相性を武器に次々と殲滅を進めていた。

「慣れたつもりだったけど、やっぱり複雑な心境だわ。ヴァンパイアハンターが、ヴァンパイアと一緒に戦うってのは」

 シャルロットの含みのある物言いに、ノアはむっとした表情で答える。

「もっと感謝してほしいものだね。ボク達だって好きでやってるワケじゃない。アリス様の命令だから助けてやってるんだ」

「あら、アリスが私達を?」

「そうだ。アリス様はお前達に力を貸す事に抵抗が無い――というよりも、むしろ積極的だからね。……ここだけの話、彼女にはもう少し威厳のある立ち振る舞いをしてほしいと考えているよ」

「それ私から伝えておいてあげましょうか? アリスに」

「ここだけの話と言っただろう。変な嫌がらせはよしてくれ」

「冗談よ。あなたってホント、忠実というか、主の事に関してはバカみたいに真面目よね」

「お前達程じゃないとは思うけどね。なんせお前達は、神に仕えし神聖純潔なるシスターとの事だからな」

「あら、嫌味ってワケ? 言ってくれるわね、ヴァンパイアさん」

「思う節があるのなら、まずは服装を正す事から始めてみると良い。その格好を見てお前がシスターだと思う奴は恐らく居ないハズだ」

「人間は中身が大事なのよ。シャツのボタンを留めているかどうかってだけで決まりはしないわ」

「外見だって大事だ。第一印象という言葉があるだろう」

「それじゃあ言わせて貰うけど、あなたのそのボロボロのローブの方が破廉恥はれんちではなくて?」

「ボクはシスターでもなければ、人間でもない。それに全然破廉恥じゃない」

「そう思ってるのはあなただけよ。――まぁでも、あなた子供みたいな体型だから、別に大丈夫かしら?」

「――口を引き裂くぞ」

「おー怖。あなたも自分の事を言われて感情的になる事があるのね」

「黙れ。言っておくがボク達ヴァンパイアは成長しないってだけだ。生きてる年数だけで言えばお前なんかよりずっと年上なんだぞ」

「何よ、急にムキになっちゃって。もしかして気にしてた? それなら毎日牛乳を飲むと良いわよ。私は多分そのお蔭で――」

「うるさいっ!」

「……ごめんなさい」

 二人の長い会話が終わった頃には、戦闘も既に終わりかけていた。


 最後の一体の頭をシルビアの銃弾が貫いた所で、戦闘が終了する。

「そして残るは沈黙のみ――と、こんなものね」

 シルビアは銃をホルスターにしまい、煙草を取り出す。

「お疲れ様、シルビア。私達って、改めて母さんに感謝するべきだと思わない?」

「何よ、藪から棒に」

「生んでくれた事に対する感謝よ」

「は?」

「ちょっと嬉しい事があったのよ。優越感に浸る事ができてね」

「……そりゃ良かったわね」

 シルビアは溜め息と同時に吸い込んでいた煙を吐き出す。そこに、サクラが刀を鞘に納めながらやってきた。

「ご両人、エヴァ達がどこに行ったか、心当たりはありますか?」

「あるワケないでしょう。むしろあんた達の方がわかりそうなものだけど?」

 シルビアに訊き返されたサクラは困ったように苦笑を浮かべる。

「残念ながら。しかし、それでは困りましたね」

「一度アリス様の元に戻るべきだ」

 それはノアの発言であった。一同の視線が集まった所で、彼女は続ける。

「奴の目的はヴァンパイアの長になり、人類に敵対する事だ。だったらまずは長であるアリス様を狙うという可能性は十分に考えられる」

「確かに。賢いね、珍しく」

「熱でもあるの?」

「……」

 茶々を入れてきたリナとルナに聞かなかったフリを決め込み、ノアはアルベール姉妹に視線を移した。

「お前達はどうする」

「エヴァを探したい気持ちもあるけど、ソフィアが心配だわ。私は先にそっちを探しに行く」

 シャルロットの返答に、

「私も同行するわ。彼女には、未だにどっちの味方なのかがイマイチわからない奴がついてたし」

 シルビアも同調した。

「それでは、ここで一旦分かれるとしましょうか。メルセンヌ姉妹の捜索をする者と、フォートリエ家の屋敷に戻る者とでね」

 サクラが挙げられた意見を纏め、一同の顔を見回す。

「あんたはどうすんのよ」

 シルビアが訊く。

「わたくしはわたくしで動くとします。ノアの推測は確かに信憑性のあるものですが、わたくしには別の考えがありますので」

「考えって?」

「先程お話ししたでしょう。力が復活するのをどこかに隠れて待つという可能性もあるのです。そうだとした場合、今の内に居場所を探し出して叩いてしまえば楽に仕留められるハズ」

 サクラはそう言って、獣道の方へと歩き出す。

「いずれにせよ、明日の晩になればあちらから姿を現すと思われます。その時にまたお会いしましょう。それでは……」

 最後ににっこりと笑って見せ、サクラは一同の前から去っていった。それを機に、ヴァンパイア組も移動を始める。

「ボク達も行くとしよう。アリス様が心配だ」

「ソフィアによろしく言っておいてね」

「もう一人の方には言わなくて良いからね」

 彼女達も、サクラと同じ方向へと歩いていく。二人だけとなった所で、アルベール姉妹はソフィア達が落ちていった崖の元へと向かった。

「――それで、どうする? 二人を追って、私達も飛び込んでみる?」

「やりたきゃどうぞ、お姉様。私は御免だわ。そんな危ない方法より、もっと良い探し方があるもの」

「というと?」

「昨晩のように、波が二人を運んでくれたハズよ。ロコン村の近くの海岸へとね」

「そんなに上手くいくかしら? 昨晩とは海の様子も違うワケだし」

「じゃあやっぱり落っこちてバカみたいに泳ぎなさいよ。私が蹴落としてあげましょうか?」

「聞かなかった事にしてあげるわ。――行くわよ」

「はーい」

 行き先をロコン村に決め、二人はその場を後にした。

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