ヴァンパイア・レイド

「――ソフィアさん」

 動かなくなったルイズを見つめて呆然としていたソフィアに、サクラが呼び掛ける。その声に、ソフィアは一瞬反応が遅れ、慌てて返事をする。

「ご、ごめん……。戦うんだよね、わかってる……」

 当然、彼女が気にしていた事がなんなのかは察しがついており、サクラは安心させる為にこう言った。

「彼女はまだ生きているでしょう。微かではありますが、気配が残っています」

「え……?」

「ふふ……ですから、今はとにかくこの有象無象を蹴散らしましょう。彼女の容態を確認するのはその後です」

「……」

 ソフィアは今一度、ルイズの様子を確認する。――やはり彼女に動き出すような気配は無い。

 サクラを疑うワケではなかったが、直接揺すり起こして確認でもしない限りは安心する事などできなかった。

 とはいえ、辺りを囲んでいるヴァンパイア達を無視して駆け付けるのは流石に無謀であり、それはソフィアも承知している。

 結局、サクラに従うのが最善であるという答えに、ソフィアは辿り着いた。

「――わかった。始めよう」

 光剣を生成し、臨戦態勢を取るソフィア。サクラは微笑を浮かべ小さく頷いてから、ノアとイリスにそれぞれ視線を向ける。

「さぁ、あなた達も」

「わかってるよ。さっさと片付けて奴等を追おう」

 指をぽきぽきと鳴らしながらそう答えるノア。

 一方のイリスは、何も言わずにそっと目を閉じる。すると彼女は眩い光に包まれ、その姿を消した。光が消えて代わりに現れたのは、リナとルナの二人。

 彼女の形態変化に未だ慣れていないソフィアが目をぱちくりさせていると、その視線に気付いたリナがこう答えた。

「この程度の相手なら、こっちの姿の方がやりやすいから」

「あっちの姿は疲れるからね」

 姉の話にそう付け足して、ルナは気だるそうに首を回して見せた。

 そこで、目の前に居る四人が自分達よりも遥かに強大な力を持つという事を本能的に悟り、警戒して中々手を出せずにいたヴァンパイア達が、痺れを切らしたように次々と雄叫びを上げた。

「耳障りな……。不愉快ですね……」

 サクラは目を細め、自分の正面に居たヴァンパイアに鋭い視線を突き刺す。

 そのヴァンパイアは思わず竦み、生存本能に命じられたままに彼女から遠ざかろうと足を下げた。

 しかしその時、別の個体が雄叫びを上げながらサクラに飛び掛かり、無謀な戦いを挑む。すると、それが合図になったかのように他のヴァンパイア達も一斉に攻撃を仕掛け始めた。

 サクラに挑んだ個体は瞬く間に両断され、後続した個体達も何かをする前に近付いた順から斬り捨てられていく。

 ノアに挑めばその怪力で捻り潰され、手足をもがれて返り討ちに遭う。

 共闘しているリナとルナには間合いというものが存在せず、離れた所に居ればリナの魔法に対する格好の的となり、かといって不用意に近付けばルナのナイフの餌食になる。

 そして、つい先程とは言えヴァンパイアの力を覚醒させたソフィアにも、敵う個体は存在しなかった。以前までとは比較にならない魔力によって生み出される武器の数々は、強度や生成速度などが格段と上がっている。接近戦用に作り出された光剣は切れ味も増しており、飛び道具として生成されたそれは標的に向かって飛んでいく速度もより速くなっていた。

 また、力を得た事で余裕が生まれ、立ち回りにも変化が生じていた。以前よりも冷静に戦局を見極める事ができるようになっており、過剰な魔力の消費や無謀な突撃などの愚行と呼べる行動を取らなくなっていた。

 まさに良い事ずくめ――と、ソフィアは思っていたが、そんな本人の楽観的な見解とは逆に心配をしている人物も居た。

「(あの子……大丈夫でしょうか……)」

 サクラであった。

 ノアやイリスのような純粋なヴァンパイアであれば問題は無いが、サクラやソフィアのような――言わば半人半ヴァンパイアなる存在の場合は、力を使い過ぎた際に副作用のようなものに襲われる。

 そしてサクラは、その副作用の恐ろしさを身に染みて知っていた。だからこそ、先程目覚めて以降、今に至るまでずっと力を使い続けているソフィアの身を案じずにはいられなかった。

「なんだ、心配してるのかい?」

 サクラがソフィアに心配そうな視線を向けている事に気付いたノアが、彼女の元にやってきた。

「彼女はまだ力に目覚めたばかり……あのままでは、副作用に襲われる事は間違いないです」

「そうは言ってもね。“副作用があるから、今すぐに力を解け”って言った所で、彼女が素直に従うとは思えないよ」

「ですが……」

「まぁなんにせよ、一度経験してみるのも悪くはないんじゃないかな。力の使い過ぎがどういう事態を招くのか、それは他人の口から聞くより実際に自分で体感した方がよくわかる。そうだろう?」

「それはそうですけど……」

「少なくとも、死にはしないよ。――死ぬ程辛いだろうけどね」

 ノアは意地悪な笑みを浮かべてそう言うと、再びヴァンパイアの殲滅へと戻っていった。

「全く、他人事だと思って……」

 ノアの呑気な態度に、サクラは表情をむっとさせてそう呟いた。


 ヴァンパイア達は恐ろしいまでのペースで次々と現れ、絶え間なく一同に襲い掛かっていた。

 ――にもかかわらず、ヴァンパイアの数は徐々に減り始めていた。増えるよりも、減る速度の方が上回っていたのだ。

 最初は開けた場所の中央で四方八方を囲まれて戦っていたが、数を減らしながら徐々に制圧区域を広げていった結果、気が付けばそれぞれが洞穴の前にまで到着して、そこから現れるヴァンパイア達を迎撃するような形になっていた。

 狭い洞穴という決まった場所からの襲撃は囲まれていた時よりも遥かにやりやすく、もはや何体投入されようがヴァンパイア側に勝ち目は無かった。

 ――尚、一同の数は五人であり、鍾乳洞に繋がる洞穴は七つ。よって全ての侵入口に人員を割く事は不可能であったものの、担当できない二つの洞穴の天井をサクラが剣技によって破壊し、崩れてきた瓦礫で塞いでしまっていた。

「そろそろ品切れも近いかな?」

 自分が担当していた洞穴からヴァンパイアが現れなくなった所で、リナが呟く。

「こんなもんか。私達の敵じゃなかったね」

 一つ隣を担当しているルナの方も丁度静かになり、彼女はナイフに付着した血糊を振り落としながら言った。


 最後の個体にソフィアが光剣を突き刺して仕留めた所で、ヴァンパイアの襲撃は終わった。

 気配が無くなった事を確認するなり、ソフィアはルイズの元へ急ぐ。

 しかし――

「……あれ?」

 戦闘を始める前までは確かにそこに横たわっていたルイズは、忽然と消えていた。ソフィアの表情に翳りが刺す。

「(どうして……? まさか、戦っている間にヴァンパイアが連れていった……いや、そんなワケないか。さっきのはラメールの手下だし……)」

 そこにサクラもやってくる。

「あら、これは驚きました。誰かの仕業でしょうか?」

「サクラ……誰かって?」

「ふふ……わたくしに訊かれましても。とはいえ、彼女はラメール達に裏切られた立場であるという事を考えると、連中の仕業ではないのは確かと言えますでしょう」

「じゃあ誰が……」

「案外、誰でもないのかもしれませんよ」

「え?」

「我々が知らぬ間に自分で起き上がり、どこかへ行った。裏切られたとは言え、こちらに加勢するような人物ではないでしょう?」

「それはそうだろうけど……」

 サクラの言葉に、ソフィアは曖昧に頷いたが、すぐに疑問が浮かぶ。

「でも、出口は私達が全部塞いでた。あいつはどこから――」

「地面をよく御覧下さいな。これは誰のものでしょう?」

「地面……?」

 サクラの視線を辿ってみると、ぽつぽつと血が垂れている跡が見つかった。その血痕は、一見何もない岩壁に向かって続いている。

 しかし、血痕を辿ってその岩壁の前に行ってみると、這いずって行けば何とか通れそうな狭い穴が開いていた。そしてその穴の入口には血溜まりができており、奥に向かって引きずられたような跡がある。

「彼女は背中から剣を突き刺された。ここを腹ばいになって通った際に作られたものでしょう。――それにしても、酷い出血ですこと」

「あいつ……大丈夫なのかな……」

「心配ですか?」

 横目で表情を伺ってくるサクラに、ソフィアはちらっと視線を返した後、表情をむっとさせ、

「――別に」

 と、一言だけ答えてその場を離れていった。


 ソフィアは集まって何かを話し合っている他の三人の元へと向かう。

 その時――

「ッ――!」

 突然、心臓を締め付けられるような鋭い痛みに襲われた。同時に眩暈も起こり、彼女は立っていられなくなってその場に膝をつく。

「(な、何なの……いきなり……!)」

 胸を手で抑え、歯を食いしばり、原因不明の痛みに必死に耐える。

 しかしよくなるばかりか、新たに頭痛までもが彼女を襲い始めた。

「しばらく続くでしょう。死ぬ事はないと思われますので、頑張って耐えて下さいね。これは言わば代償ですから」

「は、はぁ……?」

 背後からやってきたサクラの言葉の意味を理解しかね、ソフィアは肩越しに彼女を睨み付ける。

 しかしすぐに、酷くなり続ける苦痛によって顔を上げる事すらもままならなくなり、再び地面に視線を落とす体勢に戻った。

 やがて吐き気が生まれ、ソフィアは堪らず込み上げてきたものをその場に吐き出す。吐き出されたものは、血であった。

 するとそれを境に、耐え難い痛みは徐々に治まっていった。

 それからもしばらくはその体勢のまま、ソフィアは息を整えようと激しい呼吸を繰り返す。

「――ご気分は?」

 隣にしゃがみ込んで、軽い声調で訊くサクラ。

「……最高だよ」

 ソフィアは弱々しい笑みを作ってそう答え、立ち上がろうとする。サクラはソフィアを優しく抱き起こしながら説明をした。

「今のがヴァンパイアの血の力を使った事による副作用です。強力な力ではありますが、万能ではありません。覚えておくと良いでしょう」

「力を使ったら、毎回こうなるの……?」

「負荷をかけすぎると起こる現象です。短時間であれば、起こりませんよ」

「……覚えとくよ。ありがと、もう大丈夫」

「ふふ……では、行きましょうか」

 サクラはそっとソフィアの身体から手を離し、彼女と共にノア達の元へと歩いていった。


「ソフィア、大丈夫?」

「もう苦しくないの?」

 心配そうな表情でソフィアに駆け寄るリナとルナ。

「大丈夫だよ。ごめんね、心配かけちゃって」

 ソフィアは微笑みながらそう答える。

 その傍らで、ノアがサクラに話を切り出した。

「サクラ、これからどうするんだい? 奴等を追うのか?」

「当然でしょう。放っておけば大変な事になりますからね。シャルロットさんも心配ですし」

 サクラが出したその名前を聞き、ノアは嘲笑気味に鼻で笑った。

「シャルロット――か。改めて考えてみると、皮肉な話だね。ヴァンパイアを狩る立場であるハズの彼女が、そのヴァンパイアの手先になってるだなんて」

「仕方がないでしょう。彼女は今、操られているのですから。だから早く、助け出す必要があるのです」

「――それもまた皮肉だね」

「と、仰いますと?」

「助けようとしているボク達もまた、ヴァンパイアじゃないか」

「ふふ……何を今更。彼女達に協力するのは、今に始まった事でもないでしょう」

 その言葉に対し、ノアは横目できっとサクラを睨む。

「勘違いしないでくれよ。ボクはただアリス様の命令で――」

「はいはい、わかってますよ……」

 サクラは子供をあやすような口調でノアを宥め、くすくすと笑った。


「――そういえば」

 何かを思い出し、改めて話を始めるノア。

「シルビアは何をしてるんだ? 屋敷で会った以降、一度も姿を見てないけど」

「彼女なら、ユーティアスに行きましたよ」

「ユーティアスに……? 何故?」

「少し前に、彼女の叔母が設立した傭兵集団が居るでしょう? 彼女達に情報を集めさせているらしいので、その確認に行ったのではないかと」

「やれやれ……こちとらついさっきまでやり合ってたってのに、呑気なもんだね……」

「ふふ……そう仰らずに。彼女も妹を助ける為に、必死に奔走しているのですから」

「ならいいけどさ……」

 ノアはつまらなさそうに鼻で笑い、その場から歩き出す。

「そろそろ行こう。奴等を追いかけるんだろ?」

「あら、随分と張り切ってますね」

「――冗談言うな。さっさと面倒事を終わらせたいだけさ」

「ふふ……そうですか」

 ノアとの会話を終えたサクラは、ソフィアの方に顔を向ける。

「ソフィアさん、お身体の方はもう大丈夫ですか?」

「うん、もうなんともない。――けど、力の使い過ぎにはくれぐれも気を付ける事にするよ」

「それが良いでしょう。――あなた達も、行きますよ」

 サクラの視線を受け、リナとルナも頷く。

 一同は鍾乳洞を後にした。

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