覚醒
「しぶとさだけは認めてやる。だが、お前に私は倒せない。いい加減に諦めて大人しく死ぬが良い」
「やなこった。お前が死ね」
「生意気な口を……あまり吠えているとあの世で恥をかく事になるぞ」
「知るか。お前があの世に逝け」
「あの世に逝くのはお前だ。まさか、私を下すつもりでいるのか?」
「そうじゃなかったら今こうして剣を交えてはいないでしょうが、このバカ、死んじゃえ」
「死ぬのはお前だ」
「お前だよ」
「――良いだろう、ならば今すぐにあの世へ送ってやる」
「やってみろ」
鍔迫り合いの最中、メルセンヌ姉妹はそんな会話を交わしていた。二人は元から口が悪いという事もあったが、お互いに一番遠慮する事なく悪口が言える関係という事も相まり、その結果、前述の舌戦が繰り広げられていた。
当然、舌戦だけで終わるハズもなく、二人はすぐにお互いの剣を弾いて距離を離し、本戦へと移る。
先制したのは、二人の内でも特に気が立っているソフィアであった。彼女はルイズに接近し、手に持った光剣を振り下ろす。
ルイズはその斬撃を剣で弾き返し、直ぐ様反撃を入れる。距離を取りながらの銃撃であった。
ソフィアは素早く盾を生成してルイズの銃弾を防ぎ、
しかしその攻撃もバレていたらしく、ルイズに容易く対処された。それどころか、彼女はソフィアの二振り目を剣で弾いた直後に反撃を入れた。大振りな斬り払いであったが、ソフィアは攻撃を弾かれた直後であり、回避する事はできなかった。
「ッ――!」
それでも直撃は避ける為、剣を持っていない方の左手でルイズの刃を受け止めるソフィア。受け止めると言っても手の平に刃が喰い込んだ事は事実であり、痛みと共に手と刃の隙間から鮮血が溢れ出てくる。
同時に生まれた僅かな隙を、ルイズは見逃さなかった。彼女は銃をソフィアの額に突き付け、引き金を引く。
ソフィアは銃弾が射出される寸前でルイズに抱き付くように飛び込み、自分諸共ルイズも転倒させて難を逃れた。
お互い倒れた際に武器を手放してしまい、二人は素手の状態でどちらが上に馬乗りになるかの争奪戦を始める。最初に優位だったのは押し倒して展開を作ったソフィアであったが、
馬乗りになった状態で、ルイズの拳がソフィアの頬に打ち付けられた。双子の妹に対するものとは思えぬ容赦のない殴打であったが、ソフィアもただ黙ってやられるワケにはいかず、何とかこの悪い体勢を切り替えそうと必死にもがく。
三回は殴られたものの、四発目をルイズが振りかぶった所で逆に殴り返す事に成功し、ソフィアはそのまま間髪入れずに体勢を入れ替えた。
そして、今度はこちらの番だと言わんばかりにルイズを殴り始めたが、そのほとんどは外れるか防がれてしまい、命中には至らない。そうこうしている内に、ソフィアは腹部を蹴り飛ばされてしまい、仕切り直しになって優位はあっという間に消え去った。
二人はすぐに立ち上がり、再び対峙する。ダメージを負っているのはソフィアだけであり、この時点で既にかなりの差がついている。それでも、ソフィアに降参の意思は微塵も無かった。
「いい加減に諦めたらどうだ。私には無意味な戦いをしている暇など無い」
転倒した際に落とした銃と剣を拾いながら、ルイズが言う。ソフィアは何も答えずにただ鼻で笑い、光剣を生成して再び接近していった。
間合いに入ったと同時に振り下ろすが、ルイズは瞬時に見切って剣で弾き返し、素早くソフィアの右手を斬り付けた。
一瞬で返り討ちに遭うも、ソフィアは諦めずに再び光剣を作り、同じように正面から攻撃を仕掛ける。
しかし今度は銃による反撃を貰い、近付く事すらままならなかった。
ソフィアは前のめりになって倒れるフリをしながら、光剣を素早く生成してルイズの腹部に突き刺そうとする。
「――前にもそんな小賢しいマネをしたな」
ルイズはそう言って、ソフィアが奇襲を仕掛けるよりも早く彼女の身体に剣を突き刺した。
血を吐き出すと同時に身体の力が抜け、ソフィアは光剣を手放してルイズにもたれかかる。攻撃をするには絶好のチャンスである密着状態ではあったが、もはやソフィアには光剣を新たに生成する気力も残っていなかった。
「愚かだな、ソフィア。――愚かだ」
剣を奥深くへと差し込み、更に上へと持ち上げて傷口を無情に拡げていくルイズ。ソフィアの口から再び血が吐き出され、顔ががくんと下がり、彼女はその場に倒れそうになる。しかし、ソフィアはルイズの肩を掴み、倒れずに留まった。そして、かすれた声で話し始める。
「ずっと考えてた……どうして私はあんたに勝てないのか……」
「そんな事はわかり切っている。お前が無力であるからだ」
いつものように、冷徹に言い放つルイズ。対してソフィアは珍しい事に、彼女の言葉に頷いて見せた。
「ふふ……その通り……。私はずっと、お父さんから貰ったこの力があるから、自分が人より強い――優れた存在だと思ってた……」
「……何が言いたい?」
「でも、シルビアに面と向かって言われたの。根拠のない自信に
「――無駄話はもういい。これで終わりだ」
妙に落ち着いているソフィアの態度に不気味さを覚え始めたルイズは、早く仕留めてしまおうと剣を握り直す。その手を、ソフィアはそっと掴んで止めた。それから、話を続ける。
「そして、あんたに何度も倒されて、ようやくその事実を自分で認める気になれた。私は自分の弱さを自覚する。その上で、私はあんたを上回る程の力を求める事にする」
「今更――だな。その気付きも死んでしまっては意味の無いものだ」
「何か勘違いしてるみたいだね。まさか、もう勝ったつもりで居るの?」
「……何?」
眉をひそめるルイズ。ソフィアはニヤリと口元を歪め、俯き気味であった顔をゆっくりと上げた。
「ッ――!」
ルイズは思わずソフィアに刺したままの剣を手放し、後ろに下がる。ソフィアは突き刺された剣をゆっくりと両手で引き抜きながら言った。
「私はあんたを止める。その為になら、ヴァンパイアに魂を売ったって構わない……喜んでくれてやる……」
引き抜いた剣を地面に投げ捨て、ルイズを見据える。その瞳は深紅に染まっていた。
「ここからが本番だよ。――もう負けない。覚悟して、ルイズ」
その発言と同時に彼女の気配が強大なものへと変化した。それは離れた場所でそれぞれ戦っていた他の一同も気付き、彼女達は思わず目の前の敵の事を忘れてそちらに顔を向けた。
「参ったな……このタイミングで目覚めちゃったか……」
イリスと交戦していたラメールが、そう呟いて溜め息をつく。その様子を見て、イリスは愉快そうにくすくすと笑いながら言った。
「もう諦めたらどう? 彼女が覚醒したとなれば、あなた達の優位はもう無くなったと言えるんじゃないのかな」
それに対し、ラメールもまた負けじと笑みを返す。
「ふふ……確かにこれで戦力差は均衡に――いや、むしろこっちが不利になったと言えるかもしれないね。でも、まだ負けを認めるワケにはいかないの」
「無駄な足掻きはよしなよ。潔く死んだら?」
「無駄かどうか――それを決め付けるには早すぎる」
「?」
「ふふ……まぁ見ててよ。できればもう少し遊んでいたかったんだけど、この際仕方ないからね」
ラメールはくるりと踵を返し、イリスとの戦闘を放棄してルイズの元へと向かった。
「(さて……すぐに始めてもいいんだけど、彼女の力も気になるし、少しだけ見学していこうかな?)」
対峙しているメルセンヌ姉妹から少し離れた場所で立ち止まるラメール。
メルセンヌ姉妹は彼女に気付く事もなく、戦闘を始めようとしていた。
「さぁおいで、遊んであげるよ。ルイズ」
「つけあがるな。力を手にした所で、ようやく私と対等な立場になっただけに過ぎない」
「つまり、実力はまだあんたの方が上だって言いたいの?」
「ほう、聡明だな。珍しく」
「……一言余計」
少し前までのソフィアならそこで痺れを切らして突っ込んでいた所だが、今の彼女はその場で悠然と腕を組み、ルイズに冷ややかな視線を向けるだけ。
力が覚醒した事によって生まれた余裕が、その態度を作り出していた。
当然、そんな態度をルイズが受け入れるハズもなく、彼女は不機嫌を露わにした表情で銃を構えた。
それを受けたソフィアは左手を掲げ、自分の前に透明な障壁を作り出す。ルイズはそれを見た上で障壁を破ってやろうと引き金を引いたが、射出された銃弾は障壁に傷一つすらつける事もなく弾かれた。
ソフィアは障壁を消し去り、弧を描くように左手を振って自身の周りに大量の光剣を生成する。
今度はその光剣を破壊する為、ルイズは銃を発砲する。障壁は無理でも、光剣ならば破壊できた前例がある――ルイズはそう思っていた。
しかし、光剣は銃弾を受けても破壊されず、それどころか軌道すらも一切ズレる事もなくルイズに向かって放たれた。
「ッ――!」
反応が遅れたルイズは、放たれた八本の内、二本を避け損ねる。それぞれが胸部と腹部に突き刺さった。
「あらあらどうしたの、御姉様? 私の光剣ぐらい簡単に撃ち壊せるのでは?」
ここぞとばかりに煽り立てるソフィア。ルイズは苦痛と怒りと悔しさを歯軋りで表しながら立ち上がり、刺さった光剣を力任せに引き抜く。
「雑魚が調子に乗るな……! 貴様なぞその力が無ければ――」
「力があるからこういう展開になってるの。“もしも”なんて無意味な話はやめて貰える?」
「このッ……!」
そこで、見かねたラメールが呆れた様子で手を叩きながらやってきた。
「はーい、お遊びはそこまで。もう気が済んだでしょ?」
「黙っていろ、ラメール。この私を愚弄した事を後悔させて――」
「だーかーら。それは無理だって言ってるの。わからないの?」
「何……?」
ルイズは耳を疑い、怪訝な視線をラメールに向ける。ラメールは先程ルイズが身体から引き抜いたソフィアの光剣を手に、怪しい笑みを浮かべていた。
そして突然、彼女は何の躊躇もなく、ルイズの右胸部に光剣を突き刺した。
「あなたの役目は終わり。――お疲れ、ご主人様」
「貴様……一体何を……」
ルイズはラメールを睨み付けながら意図を訊き出そうとするが、込み上げてきた血に発言を遮られる。
ラメールはルイズに顔を近付け、血が滴っている彼女の唇を妖しく舌で舐めた。舐め取った血を口の中で転がして味わった後、ニヤリと笑って続ける。
「大丈夫だよ。お母様を蘇らせるというあなたの望みはあたしが叶えてあげる。もっとも、あなたがお母様に会う事はできないけれど……ね」
ラメールは話を終えると同時に、剣を勢いよく引き抜いた。支えを失ったルイズの身体が力なく崩れ落ち、その際に彼女が首元に掛けていた十字架をもぎ取る。
「これは返して貰うよ。あなたには使いこなせない代物だし」
そう言って、その場を離れてフランの元へと向かおうとする。
しかし、もう動かないと思っていたルイズがその足を掴んで止めた。
「――驚いた、まだそんな元気が残ってたんだね」
「裏切ったのか……? この私を……お前は……」
「うーん……裏切ったと言うより、騙してたって言い方の方が的を射てるかも。あたし達はね、元々、あなたの従者じゃないんだよ。本当のご主人様は別に居るんだ」
「そんな話……聞いてなかったぞ……!」
「ふふ……言ってなかったからね……。おやすみなさい、哀れなルイズ――」
ラメールはルイズの手を振り払い、彼女の顔面を蹴りつける。そして、手に持っていた光剣を背中に突き刺し、その場を離れていった。
「――主を騙していたとはね。やはりキミ達はロクでもない奴等のようだ」
ラメールとルイズのやり取りを離れた場所から見ていたノアは、苦笑を浮かべながら側に居るフランにそう言った。その発言を聞いたフランは、
「仕方ねぇだろ。ルイズが渋ってたから、こうするほか無かったんだ」
と、溜め息混じりに答える。ノアは横目でフランを捉え、更に訊く。
「渋ってたってのは、どういう意味だい?」
「さぁな。人間にしかわからねぇ悩みってモンがあるらしくてね。オレの知った事じゃねぇよ」
「――そうかい」
そこで、フランの元にラメールがやってきた。更に、サクラと交戦していたシャルロットも戦闘を放棄してやってくる。
「フラン、お芝居はもう終わりにしよう。ここからは計画通りにね」
「わかってるよ。でも、こいつらはどうすんだ? 大人しく見逃してくれるとは思えねぇがな」
「それなら大丈夫、手は打ってあるから」
ラメールはそう言って、右手をすっと挙げる。すると、七つの洞穴から続々とヴァンパイア達が現れた。
「この子達に相手をして貰おう。あたし達にはやるべき事があるからね」
「準備が良い奴だな……」
「ふふ……相手が相手だもの。準備をし過ぎて悪い事にはならないし。――ほら、シャルロットも、おいで」
シャルロットを含めたラメール達は一番近くにあった洞穴へと向かい、一同の前から姿を消そうとする。
「待ちなさい」
それを黙って見過ごすハズもなく、サクラが刀を振って真空刃を飛ばした。
「どちらへ行こうというのです? まだ決着はついていませんが」
ラメールは真空刃が命中して抉れた岩壁を一目見てから振り返り、サクラに答える。
「残念だけど、あなた達と遊んでる暇は無くてね。代わりにこの子達が相手をするから、勘弁してね?」
「そんな言い分が通用すると思って――」
サクラがラメール達の元へと歩き出そうとした瞬間、彼女の前にヴァンパイアが集まって行く手を塞いだ。
「ふふ……それじゃ、また会おうね。みんな」
遮っているヴァンパイア達の向こうからにっこりと笑みを見せた後、ラメールは他の二人と共に洞穴の暗闇の中へと消えていった。
「やれやれ……なにやら複雑な展開だね。どうするんだい? サクラ」
囲み始めているヴァンパイア達を面倒臭そうな表情で見回しながらノアが訊く。
「状況の整理をしたい所ではありますが、先に掃除をした方が良さそうですね」
「賛成。周りが汚いと、考え事も纏まらないしね」
サクラの提案に、イリスもいたずらっぽく笑いながら乗ってみせる。
そんな中、一人ソフィアだけは、辺りを囲んでいるヴァンパイア達ではなく別のものに視線を結び付けていた。
「……」
ソフィアの視線の先にあったのは、人形のように
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