グランシャリオの激闘

 先に動いたのはルイズ達の方であった。各々が、自分の相手に向かって走り出す。

 それを受け、ソフィア達は乱戦を避ける為に散開した。


「ノコノコ現れやがって、その馬鹿な度胸だけは認めてやらぁ」

「そうかい。ならボクは、キミのその口の悪さだけは認めてやろう」

 自分が最強だと信じて疑わないフランにとって、ノアの飄々としている態度は相当に気に食わないものであった。

 また、お互いに自身を強化するような魔法は使うものの、リナやラメールのように魔法自体による攻撃を行わず、基本的には自分の身体一つで戦うという共通点も、フランの敵愾心てきがいしんを強める理由になっていた。

「気に入らねぇな……てめぇには三百年前からムカついてたんだよ」

 吐き捨てるようにそう言って、フランは右手に炎を纏わせる。

「やれやれ……いつもいつもカリカリして、疲れないのかい?」

 ノアは魔法などの動きは見せず、ただ呆れた様子で腕を組みながら溜め息をついて見せる。その様子を見て、フランはぎりっと歯を軋ませた。

「――そのスカした態度が気に入らねぇんだよ!」

 真正面から突っ込み、炎を纏わせた拳によるストレートをノアの腹部に打ち込む。ノアは後ろに下がって攻撃を避け、フランの鳩尾を狙って右手の掌底を突き出し、反撃する。

 絶大な威力を誇るノアの掌底は狙い通りにフランの鳩尾を捕らえた。

 しかし、微かな呻き声と身体反応は見せたものの、フランはその場で踏ん張り、攻撃を耐え抜いた。

「けっ……力だけが取り柄のてめぇにしちゃ、ヌルい攻撃だな。そんなモンかよ」

「――今のがボクの全力の攻撃だとでも?」

 ノアはぼそりと呟き、連続攻撃を仕掛けた。

 右手の掌底で顎を狙った突き上げから始まり、仰け反らせた直後に左手で鳩尾を殴り付ける。間髪入れずに今度は足元を狙って水面蹴りを放ち、転倒させる。そして最後に跳躍し、胸部に手刀を叩き込んだ。

 ノアの手に、どこかの骨が折れた感覚が伝わってくる。

 しかし――

「……なんだよ、もう終わりか?」

 フランは平然と起き上がり、呆れた様子で両手を挙げて鼻で笑って見せる。

「――タフだね」

 ノアもまた、小さく笑みを零す。それから、フランの鳩尾に再び掌底を叩き込む。

 フランはその攻撃を左手で受け止めた。

「同じ所ばかり攻撃しやがってよ、ワンパターンが通じる相手だとでも思ってんのか?」

 手を掴んで逃げられなくした所で、彼女の頬に右手を打ち付けようとするフラン。

 燃え盛る炎に包まれたその右手を、ノアは左手で受け止め、そのままフランの身体を後方へと投げ飛ばした。フランは為す術も無く空中へと放り出され、掴んでいた手も放してしまう。

 更にそれだけでは終わらず、ノアは落下しかけていたフランの身体に向かって跳躍し、空中で踵落としを決めて彼女を地面に叩き付けた。落下地点の辺りの地面が凹み、ひび割れが生じる程の衝撃であった。

「力だけが取り柄――とかなんとか、言ってたね」

 ノアはフランの身体にめり込んだ踵を引き抜き、一歩下がってフランを見下ろす。

「少なくとも動きの速さだって、キミより上だと思うけどね」

「――上等じゃねぇか」

 ニヤリと唇の端を歪め、おもむろに身体を起こすフラン。

「てめぇがただの怪力馬鹿ってだけじゃなく、ハエみてぇに動き回る事もできるってなぁわかった。だが、オレのやる事に代わりはねぇ」

「というと?」

「むしろ尚更に火が点いたぜ。てめぇを燃えカスにしてやるって意思にな」

 フランの両目が赤く光る。それと同時に、右手だけでなく左手にも炎が纏う。

「――それは楽しみだ」

 フランの気配が強まった事を察知し、ノアは表情を引き締めて身構えた。


「さぁおいで、遊んであげる」

 悠々とした態度で相手であるラメールに微笑を向けたのは、イリスであった。

 彼女は双子の時の姿と比べると容姿だけでなく性格も大人びたものになり、ラメールを見て動揺する事なく構える事ができていた。

 しかし、ラメールにとってそれは面白くない変化であり、イリスの前にやってきた彼女は意気消沈していた。

「つまらないなぁ。あなた達の怖がっている顔が見たかったのに」

「あなたの趣味に付き合っている暇はないの。大人しく死んで」

 表情を崩さないイリス。ラメールはつまらなさそうに溜め息をついた。それから、唇の端を微かに歪め、

「――まぁいいか」

 と言い、彼女はいつもの雰囲気に戻った。

「無理して強がってるその態度を崩すのも面白そう。苦痛を与え、仮面が剥がれた時、あなたはどんな表情をしてくれるのかな?」

「……無理して強がってはいないよ」

「ふふ……どうだろう……」

 不気味な笑みを浮かべたまま、ラメールはイリスに向かって歩き始める。

 それを受け、イリスは左手で闇の球体を作り出し、ラメールに向けてそれを飛ばす。ラメールは怯む事なく自分も魔法で水の球体を作り出してぶつけ、イリスの攻撃を相殺した。

「あたし達ヴァンパイアの中でも特に、あなたは魔法を使いこなす力に長けている。でもね――」

 言葉を切り、突然スピードを上げて急接近するラメール。そして彼女はイリスの顎をくいっと持ち上げ、不敵な笑みを浮かべながら言った。

「あなたより、あたしの方が上。――わかるでしょ?」

「――触らないで」

 イリスは不快そうに目を細め、右手に持っていたナイフで顎に触れているラメールの手を斬り付けた。

 ラメールは一歩下がり、斬り付けられた手から滴る鮮血を、不思議なものでも見るかのような目で見つめる。それから妖艶な笑みを作り、その血を舌で舐め取った。

「何やってんだか……」

 彼女の奇行に、イリスはただただ苦笑いをするだけ。それに対し、ラメールはくすくすと笑ってからこう訊く。

「あなただってヴァンパイアでしょ? 血に惹かれる気持ちはわかるハズだよ」

「別に。血なんて飲まなくたって何も支障はないから」

「そっか……残念だな。昔はみんな、そんな事なかったのに……」

「――三百年も前の話を引き合いに出さないで」

「ふふ……でも大丈夫、あたしのお人形にして、血に飢えた狂犬のようだったあの頃の事を思い出させてあげるから……」

「結構だよ」

 冷徹な返答をしてから、イリスは右手に持ったナイフをくるりと逆手に持ち替え、ラメールに接近していった。そして目の前に到着するなり、イリスはラメールの首を斬り裂こうとナイフを一文字に振った。

 しかしその攻撃は、刃身が皮膚を捕らえる寸前でラメールが身体を反らした事により、容易く回避されてしまう。

 直後、ラメールによる反撃が繰り出される。彼女はイリスに掴み掛かって鋭い牙を剥き、首に喰らい付こうと口を近付けた。

 イリスは近付けられた口にナイフを当て、攻撃を止める。そしてすかさずナイフを右へと振り払い、口から耳の付け根の辺りまで一思いに斬り裂いた。――地面に勢い良く鮮血が飛び散る。

 ラメールは呆然とした様子で傷口に手を伸ばし、頬をぱっくりと裂かれたという事を触れて確認する。そして、

「やってくれたね……この分はしっかりお返ししてあげるからね……」

 と言い、ニヤリと笑って見せた。開いた傷口から見える羅列した歯が、その笑みの不気味さに輪を掛ける。

「――やれるもんならね」

 イリスは嘲笑気味に鼻で笑い、そう返した。


「――さて、シャルロットさん。始める前に一つ、訊きたい事がありましてね」

 こちらに銃を向けているシャルロットに対し、サクラは刀を抜かずに腕を組んだまま話を切り出す。

「あなたが操られているという事は大体察しがつくのですが、喋る事すらままならないのですか?」

 シャルロットは何も答えない。その無言という返答から彼女に意思疎通をする気が無いという事を察したサクラはふっと小さく笑い、刀に手を伸ばした。

「……わかりました。話す気が無いというのであれば、これ以上戦いを先延ばしにする理由はありませんね」

 そしてサクラがそういったのと同時に、シャルロットは祓魔銃の引き金を引いた。

 サクラは射出された銃弾をいとも容易く当然のように抜刀斬りで弾いてから、呆れたように溜め息をつく。

「全く……話し終えたと同時に撃たなくてもいいではありませんか……。大人の女性たるもの、もっと余裕を持って――」

 今度はサクラが話し終える前に、シャルロットの祓魔銃が銃声を轟かせた。サクラは首を傾け、飛んできた銃弾をすれすれで避ける。それから、口元をひくつかせながら、

「人の話を聞きなさい……!」

 と言い、刀を振って真空刃を飛ばした。シャルロットは真横にステップをしてその不可思議な飛び道具を回避し、再びサクラに向けて発砲する。

 サクラは銃弾を回避し、滑り込むようにして一瞬で距離を詰めた。

 銃の間合いではなくなった事を受け、シャルロットは銃撃をやめて体術による迎撃に移る。

 シャルロットが放った初撃の右足によるハイキックを避けた所で、サクラは何かを思いついたように小さく笑みを浮かべた。

「これもまた一興――ですね」

 サクラは刀を抜かずに素手の状態で、開いた両手を上下に並べて縦に突き出し、左足を下げて爪先を外側に向けて立つ。

 彼女の構えを見たシャルロットは、訝しむように目を細めた。

「遠慮は無用です。――いつでもどうぞ」

 構えをそのままに、あざとく首を傾げて見せるサクラ。その振る舞いが気に入らなかったのか、シャルロットは突然攻撃を仕掛けた。

 初手から放たれたのは、大振りな右後ろ回し蹴り。サクラは素早く後ろに下がって回避し、次の攻撃に備える。

 次に繰り出された攻撃は、左足によるハイキック。今度は回避せず、サクラは突き出された足を左手で捌きながら、右手でシャルロットの身体を軽く押した。

「ッ――!?」

 為す術も無く地面に倒されたシャルロット。その時の表情は驚愕であった。何故倒されたのかが、彼女には理解できていなかった。

「どうしました? ほら、お立ちになって」

 サクラは追撃をせずに、涼しい表情でシャルロットを見下ろすだけ。シャルロットは我に返って立ち上がり、再びサクラと対峙する。

 相手が何をしてきたのか――それはわからなかったが、考えている暇などない。微かに残っていた動揺を振り払い、シャルロットは踏み込んで間合いに入った。

 先程の事を踏まえてか、彼女は足元を狙ったローキックなど小振りな攻撃を仕掛けていく。サクラは移動のみでその攻撃を回避しながら、反撃の隙を伺う。

 そして、脇腹を横から蹴り付けようとシャルロットが足を上げた瞬間、それまで受けるのみであったサクラが仕掛けた。

 シャロットの足を今度は両手で掴み、弧を描くようにぐるりと大きく回す。それと同時にサクラ自身も円錐状に身体を回転をさせると、シャルロットの身体も操られたように回転させられ、彼女はそのまま背中から地面に叩き付けられた。

「さて……まだやりますか?」

 激しく動いた事で乱れた髪を手櫛で整えながら、挑発的な笑みを見せるサクラ。シャルロットは辛うじて立ち上がるものの、二度もしてやられたという精神的な負い目に加え、身体的にも確実にダメージが蓄積しているという事が表情に表れてしまっており、渋面を浮かべていた。

 しかしそれでも闘争心は健在であり、彼女は再び身構える。それを見て、サクラはどこか嬉しそうにくすくすと笑った。

「わかりました……。それではあなたが心ゆくまで、お付き合いさせて頂きましょう……」


 ノア、イリス、サクラの三人はそれぞれの相手と交戦をしながらも、時折隙を見ては味方側の様子の確認もしていた。とはいえ、今挙げた三人は全員が全員の実力を知っている以上、さして心配などは三人共にしていない。

 それよりも、ルイズと交戦しているソフィアに対しての不安が強かった。

「(素質はあるけど、まだ引き出せていない――と言った所かな。一見では姉の方が頭一つ抜きん出ていると見るけど……)」

 フランの猛攻撃を易々と受け流しながら、心の中で呟くノア。その少し離れた所では、イリスが心配そうな視線をソフィアに向けていた。

「(魔法の力はあれど、立ち回りに関してはお世辞にも良いとは言えない――さっさとこのバカを片付けて、助けに行った方が良さそうかな……)」

 そしてサクラもまた、ソフィアを気にしてそちらに視線を移していた。

「(やはり血の力を使いこなせていないという点が、相手方と差が開く大きな要因になるハズ。このままでは――)」

 三人の心配を受ける中、メルセンヌ姉妹はお互いの得物をぶつけ合い、血を分けた存在である姉妹を見る目とは到底思えぬ、殺意を込めた眼光で睨み合っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る