望外の乱入者

「大丈夫ですか? ソフィアさん」

 戦闘が今まさに始まろうとしている最中、サクラは目の前の敵よりも、強敵四人と突然交戦する事になり動揺しているソフィアを気に掛けていた。

「だ、大丈夫……っていうか、大丈夫なの……?」

「ふふ……訊き返されるとは思いませんでした。でも、ご安心くださいな。心配するような事は何もありませんよ」

 不安げな表情のソフィアに、サクラは優しく微笑んで見せる。すると、その様子を見ていたラメールがむっとしながら言った。

「あなた、この状況がわかってるの? そっちは二人――しかもあなたのパートナーはロクにヴァンパイアの力を使いこなせてないような奴なんだよ?」

「あぁ、それなら問題ありませんよ。ソフィアさんは優秀な魔法の使い手です。あなた方が思っている程甘くはありません。それに、仮にわたくし一人だとしても、あなた方に後れを取るような事はないでしょうから」

「――ホント、呆れるくらいの自信家だね」

「ふふ……困った事にね……」

 くすくすと笑うサクラ。すると、ラメールもそれに似たような笑みを浮かべ、こう言った。

「段々、あなたという人間に興味が湧いてきちゃった」

「あら、それはどうも」

「あなたのような人間の余裕に溢れた表情を崩すのも中々楽しそう。お人形にして、苦痛を与え続けて――」

 不気味に表情を蕩けさせるラメール。

「……結構な趣味をお持ちのようですね」

 サクラは思わず苦笑を浮かべ、ぼそりと呟く。

 そこで、ずっとサクラを警戒するような目つきで睨んでいたルイズが口を開いた。

「ラメール、フラン。計画を少し変える。今この場で、この女を片付けるぞ」

「ふふ……賛成。あとは好きにしても良いよね……? ねぇ、良いでしょう……?」

「――勝手にしろ」

 “その気”になったラメールは手に負えず、ルイズは呆れた様子で小さく溜め息をつく。また、もう一人の従者であるフランも、想定外の強敵に遭遇した事で闘志に火が点いていた。

「おい、ルイズ。あの女はオレに任せろ」

「何を言ってる。無謀な真似はするな」

「いいじゃねぇか。お前は姉妹喧嘩でもしてな」

 やり取りを聞いていたラメールも、ここぞとばかりに口を挟む。

「ちょっと待ってよ。それじゃああたしはどうすれば良いの?」

「お前は隅っこで砂でも弄ってろ」

「えー? 何? もう一回言って? よく聞こえなかったな」

「何度でも言ってやらぁ。砂でも弄ってろ、陰険女め」

「あははは! 面白いね、先にあなたをお人形にしてあげようか? すぐに捨てちゃうと思うけど」

「てめぇの気持ちわりぃ趣味にオレを巻き込むな。ごちゃごちゃ言ってると灰にすんぞ」

 仲間内で喧嘩を始める二人の従者。ルイズはもはや止める気にもなれず、一人で戦闘を始めようとすら考えていた。それを見て、サクラが笑う。

「ふふ……愉快な従者達ですね。お羨ましい限りです」

「嫌味か。面白くもないな」

「それは残念。――さて、そろそろ始めるとしましょうか」

 サクラのその言葉に反応し、彼女の隣に居るソフィアが意を決したかのように指輪の力を発動して、光剣を生成する。

 対するラメール、フランの二人も状況を察して喧嘩を止め、臨戦態勢を取る。

「もう一人のメルセンヌの娘――どれ程の力を持っているのか、見せて頂きますよ」

 ニヤリと笑うサクラ。

「――私達に刃向かった事を後悔させてやる」

 腰に携えた剣を左手で抜き、ルイズはサクラに向かって走り出した。

 それに対し、サクラは刀の柄を、ソフィアは光剣を握り締めて身構える。

 ルイズの先制の一振りを、サクラが抜刀で弾く。剣と刀がぶつかって生じた甲高い金属音。それが開戦の合図となった。

 サクラとルイズはそのまま鍔迫り合いとなり、お互いの顔を見合う形になる。ルイズは鋭く睨み付け、サクラは余裕に満ちた表情でそれに応える。

「力に任せた戦闘は、二流の相手にしか通用しませんよ」

「誰が力任せだって……?」

「ふふ……身を持って知るが良いでしょう……」

 ルイズの剣を弾き、怯んだ所に接近して攻撃を仕掛けるサクラ。

 ヴァンパイアが持つ尋常ではない動体視力をルイズが持っていなければ、そこで決着はついていた。

「ほう……わたくしの剣撃を捉えるとは、中々やりますね」

 攻撃を防がれた事に、サクラは意外そうな顔をして讃えてみせる。ルイズは一切表情を変える事もなく、踏み込んで再び斬りかかる。その攻撃も、容易く弾かれる。

「太刀筋が甘いですね。それでは目を閉じていても防げますよ」

「――なら、これはどうだ?」

 ルイズは距離を取り、右手に持った拳銃をサクラに向けて発砲した。それを受け、サクラは素早く刀を振る。甲高い金属音が鳴り響いた。

「……銃弾まで見えているのか」

 流石のルイズも銃弾を弾かれては、苦笑を浮かべざるを得なかった。

「こんな芸当、余興に過ぎませんがね」

「面白い……」

 二人はニヤリと笑い、戦闘を再開した。


 一方、ルイズがサクラと交戦しているので、残りのラメールとフラン、そしてシャルロットは成り行きでソフィアの元に居た。

 その状況はソフィアからしてみれば、堪ったものではなかった。

「ほらほらどうしたの? 逃げてるばかりじゃ戦いには勝てないよ」

 生成した水を槍のような形にして勢い良く放ち、ソフィアを狙うラメール。

「ちょこまかと……大人しく死ね!」

 その魔法を避けながら、フランの猛攻も受け切る必要がある。シャルロットの銃弾も無視できず、その場に留まる事も許されない。当然、反撃の隙など皆無であり、逃げ惑うだけで精一杯であった。

「な、なんでこっちに三人もつくのよ……!」

「先にあなたをやっちゃった方が楽だからね。その後、あの侍を四人で潰すの。良い作戦でしょう?」

 ラメールが愉快そうな笑い声を上げる。ソフィアに返答する余裕などは無く、彼女はフランから距離を取りながら、生成した盾でシャルロットの銃弾を凌いでいる。

「ふふ……あと何秒持つかな?」

 ラメールは再び水の槍を生成し、フランの打撃を回避している最中であるソフィアに飛ばす。

 気を取られていたソフィアは気付く間も無く、銃弾のような勢いで放たれたその槍に腹部を貫かれた。

「ッ――!」

 突然腹部に衝撃が走り、ソフィアはよろけてその場に跪いてしまう。

 何が起きたのかもわからぬまま、腹部を触ってみる。手に血が付着しているのを見た事で、ソフィアは全てを察した。同時に筆舌に尽くし難い痛みに襲われ、込み上げてきた血を地面に吐き出す。

「呆気ないもんだな。安心しろ、すぐに楽にしてやる」

 地面にできた血溜まりを呆然と見つめていたソフィアの元に、フランが歩いてやってきた。

「こういう時はこう言えば良いんだよな。“何か言い残す事はあるか?”ってよ」

「……」

 ソフィアは素早く光剣を生成して、フランの腹部に突き刺した。そして、ぼそりと答える。

「……くたばれ」

「――遺言にしちゃ、冴えねぇセリフだな」

 フランは嘲笑を浮かべ、突き刺された光剣を悠然と抜き取る。

 ソフィアはふらつきながらも立ち上がり、光剣を新たに生成した。

「おい、まだやるってのか? 往生際が悪い奴だな」

「諦めて大人しく殺されるより……やれる事やって殺された方が格好がつくでしょう……?」

「結果は同じだと思うがな」

「やってみなけりゃわからないよ……そんなの……」

 弱々しい笑みを浮かべるソフィア。そこに、ルイズと一騎打ちをしているハズのサクラがやってきた。

「大丈夫ですか? お腹にぽっかりと穴が空いているように見えますが……」

「大丈夫に見える……? ――まぁ、大丈夫なんだけどさ」

「そうは見えませんがね……」

「こんなの気合で――」

 言葉を言い切る前に、ソフィアは再び吐血をする。

「――なんとかなるよ」

「……その精神だけは認めましょう」

 最早清々しさすら覚えるようなソフィアの強がりに、サクラは思わず苦笑いを返した。

 その一方、相手側はサクラと交戦していたハズであるルイズの様子を確認する為、膝をついて肩で息をしている彼女の元に集まっていた。

「派手にやられたね、ご主人様」

 嫌味っぽい声調で、ラメールが呟く。

 ルイズは右肩から鳩尾の辺りにかけて斜めに斬られたらしく、痛々しい傷をつけられていた。

「――黙れ。少し油断しただけだ」

「だと良いんだけどさ。うっかりやられたりしないでね?」

「……うるさい」

 剣を地面に突き立て、それを支えに立ち上がるルイズ。そして、再び敵と対峙する。

「本当に、まだ戦えますか?」

 戦闘を再開させる前に、サクラがソフィアに囁いた。ソフィアは横目でちらっと視線を返してから答える。

「私は大丈夫。私なんかの事より、あなたは自分の戦闘に集中してよ」

「おや、そうですか」

「……正直、あなただけが頼りだし」

「あら、ふふ……」

 傲慢と思わせておいて、ころりと謙虚な態度を見せる事があるソフィア。サクラはそんな彼女を見て、いつものように余裕に満ちた微笑を浮かべる。

 しかし、今回ばかりは表情と心中が相反していた。

「(剣を交えてわかりましたが、ルイズとやらも決してぬるい相手ではありませんね。他だって、シャルロットさんの実力は言わずもがな、加えてあの二人も上級ヴァンパイア――これは思ったよりも辛い状況のようですね……)」

 サクラは視線を敵陣営の四人から、隣に居るソフィアに移す。

「(彼女の負傷もこの悪い状況に拍車はくしゃをかけていると言えますでしょう。――せめて、こちらにあと二人居れば、一対一の戦いに集中できるのですが……)」

 二人――仲間と言ってすぐに思い浮かんだのはアルベール姉妹の二人ぐらいであったが、別行動をしているシルビアの到着を待つのはいつになるか見当もつかない。シャルロットに至っては今は敵として目の前に居る。増援は絶望的に思えた。

 しかし、その時――

「面白そうな事をしているな。ボク達も混ぜてくれよ」

 という声が、どこからともなく聞こえてきた。

「――どちらにつくかによっては、お断りしますよ」

 声を聞いただけでそれが誰なのかを判別したサクラは、呆れたような、また、安堵したような様子で溜め息混じりに呟く。

「本当はお前をシメてやってもいいんだが、なにせアリス様の命令だ。不本意ではあるが、ボクはお前の方につかせてもらおう」

 そう言って、ソフィア達がやってきた別の道から、ノアが現れた。

 更に――

「私もそっちにつくよ。ラメールをこの手で葬りたいし」

 その別の道からは、リナとルナが一つになった真の姿であるイリスも現れる。

 彼女達は宣言通り、サクラとソフィアの隣で足を止め、ルイズ達と向き合った。

「やれやれ……確かに心の中で増援は望みましたが、よりによってあなた達とは……」

「なんだ、ボク達じゃ不満だっていうのかい?」

「そうは言ってません。ただ強いて言わせて頂くのであれば、もう少し性格の良い方に来て頂きたかったという気持ちがありまして」

「やれやれ……折角加勢しに来てやったってのに、感謝の念とか無いのかい?」

「ふふ……どうでしょう?」

 助けに来た側、そして助けられる側という立場であるにも関わらず、出会ったそばから険悪な雰囲気を醸し出すサクラとノア。

 そんな傍らで、

「大丈夫? ソフィア」

「う、うん……でも、どうしてここに……?」

「戦闘中のあいつらの気配を探し出すくらい造作も無い事。それより、一緒に来るって言って中々聞いてくれなかったアリス様を説得する方が大変だったかな」

「そ、そうなんだ……」

「本当はもう少し早く来れる予定だったんだけど、あいつらがよこした足止めを処理するのに時間がかかっちゃって。ごめんね」

 イリス――もとい、リナとルナはソフィアを気に入ったらしく、好意的な態度で彼女に接していた。

 そして、彼女達の登場によって形成を逆転されたルイズ一行は、状況の悪さを認識せざるを得なかった。

「参ったね……どうするの? ルイズ」

 苦笑を浮かべながら、ラメールが訊く。ルイズは意外にも冷静を保っていた。

「四対四にはなったが、一人は数に入らん。こちらが有利という状況はまだ継続している」

「なるほど、そう考えるんだ」

 ルイズの前向きな見解に、ラメールはくすくすと笑う。すると、その隣に居るフランがノアを睨み付けながらこう言った。

「おい、あの緑髪はオレにやらせろ。この手で直接殺してやらねぇと気が済まねぇ」

「落ち着け、フラン――」

 気が立っているフランを宥めようとするルイズであったが、その発言に感化されたラメールが、

「あ、選んで良いの? じゃああたしは、イリスを貰おうかな」

 と言い、事態を更に混濁させた。ルイズは溜め息をつく。

「お前達、いい加減に――」

「まぁまぁ良いじゃない。それに、全く理にかなっていないワケでもないと思うよ?」

「何?」

「新しく現れたあいつらの事は、あなたよりもあたしとフランの方が知っている。どんな動きをして、どんな攻撃を仕掛けてくるのかって事がね」

「……」

「ちなみになんだけど、サクラとやらはシャルロットに任せた方が良いと思うよ?」

「――どういう意味だ」

「正直、あなたじゃ敵わない相手だよ。だからと言ってシャルロットが勝てるかどうかはわからないけど、まだそっちの方が可能性はあると思うな」

 棘のある言葉を、にこにこしながら滔々と投げるラメール。そんな彼女を、ルイズはぎろりと睨み付けた。

「――私じゃ力不足か?」

「その通り」

 ラメールは無邪気な笑顔で頷いて見せた。

 彼女の態度、言葉が癪に障ったのは事実であったものの、ルイズは怒りを抑え、視線を隣に居るラメールから正面に戻す。

「……良いだろう。ならば、ソフィアをすぐに片付けてから、私もそちらに加わる。それなら文句はあるまい」

「ふふ……。ありがとう、ご主人様」

「……ふん」

 ラメールの人を食ったような笑顔を、ルイズは冷たい目で一瞥した。


 両陣営ともに会話を終え、お互いに自分の相手と視線を交わす。

「さて、今度は逃げないでくれよ。ボクに手も足も出ないという気持ちはわかるがね」

「言ってろ、雑魚が。一瞬で灰にしてやる」

 ノアとフラン。

「今度はその姿なんだね。楽しみだな……早くあなた達の苦しむ顔が見たいな……」

「ラメール、あなたはヴァンパイアの中でも許されざる存在――ヴァンパイアの掟の下に、私が制裁を与えましょう」

 イリスとラメール。

「シャルロットさん……わたくしが目を覚まさせて差し上げましょう。お覚悟を」

「……」

 サクラとシャルロット。

 そして、残るメルセンヌ姉妹の二人は、他の一同とは異なり何も言わずに睨み合っている。

 しかし、言葉にこそ表してはいなかったが、お互いに訴えたい事は他の一同よりも多く、気持ちも圧倒的に強かった。

 それは言葉ではなく、戦闘によって語られる――

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