対峙
一方――
ソフィアと別れ、情報を得る為にユーティアスへと向かったシルビアは、サクラ達がヴァンパイアの襲撃を切り抜けた丁度その頃に町に到着していた。
寝静まっている町を歩き始め、ヴェロニクの店へと向かう。
「(あら……?)」
暗闇の中、ヴェロニクの店だけは明かりが点いていた。既に床に就いているだろうと思っていたシルビアは、少々面食らった様子で店の扉を開ける。
店内にはカウンターの中にヴェロニクが一人と、テーブル席の方に男が三人が座っていた。
「あら、お帰りなさい。何か収穫はあった?」
シルビアがやってきた事に気付き、ヴェロニクが微笑む。
「てっきりもう寝てると思っていたけど、これは一体何の集会?」
カウンターの元へ向かいながらシルビアが訊く。ヴェロニクはその質問に答えようとしたものの、その前にシルビアの肩の傷に気付き、それ所では無くなった。
「ちょ、ちょっと……どうしたのよ? その傷……」
「一発撃たれただけ。大した事ないわ、大丈夫よ」
「撃たれた……? 相手は? 例のルイズって子? それとも、ヴァンパイアの中に銃を使う奴が――というより弾は貫通してたの? まだ中に残ってるならすぐに――」
「全く、心配性ね……。弾は取ったから大丈夫よ。――麻酔の類いは一切無しだったから、実は死ぬ程痛かったけど」
カウンターの席に座り、煙草に火を点けるシルビア。ヴェロニクは尚も肩の傷についての質問を続けようとしたが、シルビアが、
「それより、何か情報は入ったの?」
と言って、強引に話題を切り替えた。ヴェロニクは曖昧な口調で話し始める。
「まぁ、入ったと言えば入ったんだけど……本当に大丈夫なの?」
「しつこいわね。治療はしたと言ってるでしょうが」
シルビアは鋭い声調でそう返し、ヴェロニクを睨み付けた。ヴェロニクはしばしの逡巡を見せたが、やがて呆れたように溜め息をつき、カウンターの下から一枚の地図を取り出した。
「――少し前にシャルロットの目撃情報があったグランシャリオの北の麓で、新たに二人の少女を見掛けたとの事よ」
「誰が?」
「そこに居る三人よ。彼等には、グランシャリオの近辺を調べて貰ってたの」
ヴェロニクはそう言って、テーブル席にて何かを話し合っている三人を一瞥する。
シルビアもそれに倣い、椅子を回転させてそちらを見たが、特にこれといった反応を見せたワケでもなく、すぐに正面へと向き直った。
「それで――」
「二人の少女ってのはそれぞれ、赤髪に、ソフィアによく似た紫色の髪だったらしいわ」
「……」
シルビアの脳裏に、フラン、ルイズの顔が浮かぶ。ヴェロニクはシルビアの前に灰皿を用意しながら続ける。
「二人はそこで、何やら話をしていたみたいなの」
「話?」
「えぇ。“準備”だとか、“足止め”だとか、そんな事を話していたらしいわ」
「そう……」
煙草をゆっくりと吸い込み、煙を吐き出す。それから、灰皿の上で煙草を弾いて長くなった灰を落としてから、「他には?」と問う。するとヴェロニクは視線をシルビアからすーっと外し、小さな声でぼそりと答えた。
「――特に」
「……は?」
「無いわよ。上がったのは、その二人の目撃情報と行方不明の話だけ」
ヴェロニクの返答に、シルビアは嫌味っぽいじとっとした目付きを向ける。
「なーによその目は。まるで“使えないな”とでも言いたげね」
「察しが良いわね」
「冗談じゃないわよ。十分役に立つ情報を提供したつもりなんだけど?」
腰に手を当て、むっとした表情を作って見せるヴェロニク。
シルビアはその様子を見て、シャルロットを思い出した。
「(ムキになって反論する時の態度――シャルにそっくりね。親子じゃないってのに)」
「何よ、何か言ってみたら?」
「――悪かったわよ。情報ありがとう、助かったわ」
シルビアはふっと小さく笑い、煙草を灰皿に押し付けて消すと、おもむろに立ち上がった。
「どこ行くの?」
「グランシャリオよ。情報が正しいものなのかどうか、確かめてくるわ」
それを聞いたヴェロニクは、歩き出したシルビアに「ちょっと待ちなさい」と言い、店の奥へと姿を消す。
しばらくすると、彼女は見覚えのある銀の箱を持って戻ってきた。
「エマから預かったのよ。持っていきなさい」
箱をカウンターの上に置き、蓋を開ける。言わずもがな、中には祓魔銃に使用する弾倉が入っていた。
「――助かるわ。でも、どうして? あいつはもうとっくに寝てるものだと思ってたけど」
「あなたが店を出てしばらくした所で、彼女がやってきてね。これを置いて行ったのよ」
「へぇ……」
中々気が利くわね――とシルビアが言おうとした所で、ヴェロニクがこう続けた。
「“どうせまた足りなくなって取りに来るだろうから、これを預かっておいてくれ。番度叩き起こされちゃ堪ったもんじゃねぇ”――って言ってたわよ」
「あっそ……」
シルビアは苦笑を浮かべて溜め息をつき、箱の中の弾倉に手を伸ばした。
「ねぇ、シルビア」
シルビアが弾倉をポーチに詰め終わった所で、その様子を黙って見つめていたヴェロニクが口を開く。
「何よ」
「シャルは、どうなったの?」
「……」
シルビアは何も言わずに、ヴェロニクの顔を見た。ヴェロニクは優しい微笑を浮かべていた。
「――あいつは必ず、私が助けるわ。勿論、あいつをあんな風にした奴にもそれなりの目に遭ってもらうつもりよ」
「できるの?」
「え?」
「正直な話、やっぱり心配でね。そんな肩の傷を見せられたら尚更よ。大丈夫なのよね?」
「私を誰だと思ってるのよ」
シルビアのその言葉に、ヴェロニクはいたずらっぽく笑いながらこう返す。
「ふふ……どなた様だったかしら?」
シルビアは新しい弾倉を装填した祓魔銃をホルスターにしまいながら答えた。
「私はヴァンパイアハンターよ。連中なんかに後れを取るワケにはいかないわ。必ず、叩きのめしてやるわよ」
「――その言葉、信じるわよ」
「信じなくても良いわ。結果を突き付けてわからせてやるからね」
自信に満ち溢れたその言葉を最後に、シルビアは店を出ていった。
「全く……頼もしいんだか、どうなんだか……」
ヴェロニクは苦笑混じりにそう呟き、小さく溜め息をついた。
その頃――
ラメール達を探してグランシャリオの近辺を探索している、ソフィアとサクラ。
ヴァンパイアの群れを撃退して以降これといった出来事には遭遇しておらず、気が付けば二人は南側の麓まで辿り着いていた。
「結局何も無かったね」
ソフィアが呟く。
「この辺りに居るハズなのですが、困りましたね」
サクラのその言葉に、ソフィアは眉をひそめた。
「何か根拠があるの?」
「根拠と呼べるものかはわかりませんが、この辺りの空気だけ淀んでいるような気がしましてね」
「へぇ……私には全然わからないけど……」
サクラを先頭に、二人は山の周囲をぐるりと周るように歩き始める。
すると、すぐに二人の前に七つある内の一つである洞穴の入り口が現れた。サクラが足を止め、暗闇に支配されて先が見通せないその入り口を見つめながら呟く。
「この中、怪しいですね」
「え、ちょっと待ってよ。何も見えないじゃん……」
ソフィアが不安そうな顔を浮かべる。
「ご安心ください。すぐに目が慣れるハズですから」
「いや、いくら何でもすぐにってワケには――」
「お忘れですか? 我々は人間でありながら、人間とは非なる存在でもあります。現に、明かりが無い森の中を進んできたでしょう?」
「それは……」
「多少の月明かりはあるものの、普通の人間では一歩進む事も躊躇われる暗闇でしたからね」
「そ、そうだったの……?」
「えぇ。知らぬ内に、ヴァンパイアの血に助けられていた――というワケです」
「ふーん……」
半信半疑ではあったものの、ソフィアは先に洞穴へと足を踏み入れたサクラについていく。初めの内はほとんど何も見えず、何度か躓いてしまう場面もあった。
しかし、サクラの話通りに目はすぐに暗闇に慣れ、以降は円滑な移動が可能となった。
「確かに目は慣れたけど、こんな所に奴等が居るのかな……?」
「人間では立ち入る事のできない程の暗闇――隠れるにはむしろ格好の場所だと思いませんか?」
「そりゃそうかもしれないけど……」
目は慣れたものの、元来暗い場所があまり得意ではないソフィアは、辺りを忙しなく見回しながら進んでいる。
その様子を見たサクラは、いたずらっぽい笑みを浮かべてこう訊いた。
「もしかして、暗い場所が怖いとか?」
「なっ……! ち、違うそうじゃないよ……! ただ、敵の襲撃があるかもしれないから警戒してただけ!」
図星を指されて動揺したが、ソフィアは慌てて弁解する。
しかしその必死の言い訳は、サクラの機嫌を良くしただけであった。
「ふふ……そうでしたか。まぁ何はともあれ、ここは敵が潜んでいる可能性が高い場所。お静かに――ね」
「ッ……」
ソフィアの赤面した顔は、暗闇の中でもサクラの目にはよく映っていた。
それから更にしばらく進んだ所で、サクラが不意に立ち止まった。
「ど、どうしたの……?」
「静かに」
突然口を手で塞がれ、そのまま岩陰に身体を引っ張られる。状況は理解できなかったが、ソフィアは彼女に大人しく身体を預け、次の展開を静かに待つ。
すると、進行方向の先から、聞き覚えのある少女の声が聞こえてきた。
「――とにかく、あの女は危険だよ。襲撃するなら、全員で一気に仕掛けた方が良いと思うな」
それはラメールの声であった。続けて、
「お前にしては随分と弱気じゃねぇか。侍だかなんだか知らねぇが、オレが焼き尽くしてやるよ」
フランの声も聞こえてくる。そして、
「落ち着け、フラン。計画は最終段階に入っているんだ。ここまで来て下手を打つワケにはいかない」
敵側のリーダー、ルイズの声も聞こえてきた。
状況を理解したソフィアは、サクラに抱かれた状態のまま静かに聞き耳を立てる。次に聞こえてきたのは、ラメールの溜め息混じりの声であった。
「そもそもさ、あなたがさっさと召喚の儀式に取り掛かれば、こんな事で頭を抱える事態にはならなかったんだよ? 一体何を迷っているというのかな?」
「――黙れ」
「もしかして、フォートリエの当主に言われた事が気になってるの? あんな話、気にする事ないよ。だからさっさと――」
「黙れと言っているんだ!」
ルイズの怒号。ソフィアの身体がびくっと反応した。彼女の感情的な一喝は、初めて聞くものであった。
「従者の分際で、私のやり方に口を出すな。――十字架を返せ。もう用は済ませたんだろう?」
右手を差し出してきたルイズに、ラメールはポケットの中から十字架を取り出したが、すぐに渡そうとはしなかった。
「……確かにヴァンパイアの召喚なら済んだけど、やっぱりこのままあたしが持っていようか?」
「何?」
「あなたよりも有効に使えるし……それに、あなたが持っているより安全だろうから……」
「ッ――!」
「ふふ……あたしだってこんな事、本当は言いたくないよ。でも、あなた迷っているように見えたから、ついね」
くすくすと、愉快そうに笑うラメール。彼女の人を食ったような笑みはルイズも苦手としているのか、渋面を浮かべていた。
「おい、仲間割れしてる場合か。それよりどうすんだよ」
フランが話の軌道を修正をする。
「オレはこの際、儀式に集中するべきだと思うぜ。復讐をゆっくり楽しんでる暇は無くなったんだからな」
「その計画に変更は無い。アルベール姉妹には殺し合って貰う」
「ちぇっ……どこまで恨んでんだか……。人間の憎悪ってヤツは怖いもんだな」
フランは乾いた笑いを発した。ルイズは小生意気な従者達に嫌悪感を抱きながらも、話を纏める。
「お前達は二人で例の女を仕留めるんだ。その間、私はシャルロットを連れてシルビアの元へ行く」
「へぇ、ずるいなぁ、一番の見所を独り占めするんだ。あたし達はいっつも下仕事ばかり。一昨日あなたが殺した父親の死体の処理だって、結構大変だったんだよ?」
「――従え。儀式はアルベール姉妹の件とその女が片付いてからだ。良いな?」
「ふふ……わかった。――でもその前に、迷い込んだ子猫に罰を与えないと」
「……そうだな」
三人の会話はそこで終わった。次の瞬間、サクラとソフィアが隠れている岩に、一発の銃弾が飛んできた。
「出てこい、隠れているのはわかっている」
ルイズのその言葉に、ソフィアの心臓がどくんと跳ね上がった。ソフィアはサクラの顔を見上げ、「どうする?」と、目で訴える。
サクラはニヤリと愉快そうに唇の端を歪め、こう言葉を発した。
「少し予定と違う事になりましたが、まぁ、良いでしょう」
「え……?」
サクラはそっとソフィアから手を離し、岩陰から出て三人の元に歩いていく。
そこはグランシャリオ内部の中心にある、巨大な鍾乳洞であった。入り口である七つの洞穴のどこから進入してもそこに辿り着くようになっており、全ての道が繋がっている。
美しい秘境であるその開けた空間を、ルイズ達は拠点にしていた。
「あ、あなたまで居たの……? そんな……全然気付かなかった……」
サクラを見て、珍しく見て取れる程の動揺を見せるラメール。彼女達はソフィアの気配だけは察知する事ができたものの、サクラには全く気付いていなかった。
「ふふ……感じ取れた気配はソフィアさんだけのものでしたか。まだまだですね、お三方」
「おい、ラメール。奴が例の女か?」
ルイズが銃口をサクラに向けながら、ラメールに訊く。
「うん、そうだけど……参ったなぁ……。どうするの? あいつは一筋縄じゃいかない相手だよ」
「……」
ルイズは余裕に満ちているように見えるサクラの微笑を見て、眉をひそめる。
「(この状況でも余裕という事か……)」
「ルイズさん――でしたね」
サクラが呼び掛けるが、ルイズは返答せずに視線と銃口だけを向けている。サクラはふっと小さく笑ってから、続ける。
「今すぐここで初めても構わないのですが、その前に一つお尋ねしたい事がありましてね」
「――何だ」
「シャルロットさんは、どちらに?」
「聞いてどうする」
「ふふ……あなた方の手から助け出すのですよ。彼女にはちょっとした恩がありましてね」
「恩……?」
「いいからさっさと教えて下さいな。わたくし、あまり気は長いほうではありませんので……」
表情はにっこりと優しい笑顔であったが、その声には殺意や怒りが滲んでいた。それからしばらくの間、静寂の時間が流れたが、
「いいよ、会わせてあげる」
不意に、ラメールが口を開いた。
「ラメール、勝手な事をするな」
「いいじゃない。ついでにさ、四人で殺しちゃおうよ。流石に四対二じゃ、どうする事もできないでしょ。――おいで、シャルロット」
ラメールが背後の暗闇に呼び掛ける。シャルロットは、すぐに姿を現した。
「シャルロットさん……」
サクラはすぐにシャルロットの瞳が深紅に染まっている事に気付き、憐れむような表情を見せる。
対してシャルロットは無表情のまま、静かに祓魔銃を構えた。
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