敵か味方か

 二人がカフェに戻ると、出入り口の側にある窓から外を覗き見ていたマリエルが慌てて駆け寄ってきた。

「サクラさん、どうなったんですか……?」

「勝負は預けられました。あちらの実力が不明瞭な状態で死闘を演じるのはあまり好ましい事でもありませんし、これはこれで悪くはない決着の付き方かと」

 サクラは椅子に腰掛け、ふうっと一息つく。ソフィアもそれに倣い、彼女の向かいに座る。

「さて、ソフィアさん――」

「わかってる。――何から話そうか」

 二人のやり取りを聞いたマリエルが、再びコーヒーを用意しようと店の奥へと姿を消す。

 サクラは腰に携えてある刀を隣の椅子に置き、ソフィアに向き直った。

「まずはあなたの目的から聞かせて頂けますか? その次に、先程の少女の話を」

「わかった」

 ソフィアは咳払いを挟んでから話し始めた。

「私の目的は、姉のルイズが目論んでいる計画を阻止する事。――とはいえ、段階的にはもう終盤に差し掛かってると思うけど」

「計画とは?」

「ルイズの――もとい、私達のお母さんを蘇らせる事。言ってなかったけど、私のお母さん、ヴァンパイアなんだ」

「……そうですか」

「……驚かないの?」

「ふふ……わたくしも似たような存在ですし」

 そこでソフィアは、先程ラメールと交戦していた際にサクラが言った台詞を思い出す。

「やっぱりあなたも……ヴァンパイアなの……?」

「身体にヴァンパイアの血を宿した人間――つまりはあなたと同じ存在と言えますでしょう。とは言え、あなたと違い生まれた時からヴァンパイアの血を継いでいたワケではありませんが」

「途中からって事?」

「この島に来てから――ですよ。お話したでしょう? フォートリエ家に挑み、惨敗を喫したと」

「あぁ……それね……」

 相槌を打ってから、もう一つ、思い出す。

「ねぇ、奴が――ラメールが来る直前に、私が質問した事覚えてる?」

「質問? はて、なんの話でしたかね」

 サクラは少しふざけているようにも聞こえる口調でそう答えた。ソフィアはむっとした表情になり、続ける。

「私のお母さんを知ってるのかって質問だよ。どうなの?」

「ふふ……その事でしたか……」

 ソフィアの不機嫌な顔を見て、微笑を浮かべるサクラ。それから一呼吸挟み、こう言った。

「まだ、知るには早いでしょう」

「――え?」

 返答の意味を理解しかね、ソフィアは呆気に取られてしまう。

 ソフィアは“説明をしてくれ”とサクラを怪訝な表情で見つめたが、彼女はその期待には応えなかった。

「その話はまた別の機会に。今は現状の説明をお聞かせ願えますか?」

「待ってよ……そんなのあんまりだよ……!」

 思わず声量が大きくなり、椅子から立ち上がるソフィア。しかし、それでもやはりサクラからの返答は無かった。

 そこに、ソフィアの声を聞いて不安そうな表情をしたマリエルが、二人分のコーヒーを盆に乗せて戻ってきた。

「ソフィア……? どうしたの……?」

 ソフィアの様子を見て、マリエルは更に状況を不審に思った。彼女は裏表が無い性格であり、その意は表情によく表れていた。

「――なんでもない」

 興奮していたソフィアであったが、同年代であるマリエルに感情的になっている姿を見られたくないという意思が働き、冷静さを取り戻して再び椅子に腰を下ろす。

 マリエルの怪訝な表情は変わらなかったが、ソフィアの代わりにサクラが口を開いた。

「大丈夫ですよ、マリエルさん。少し話に熱が入ってしまっただけですから」

「そ、そうですか……」

 当然その説明だけで納得する事はできなかったが、マリエルは深くは立ち入るまいと考え、コーヒーを二人の前に置くなり、用は無かったがそれを思わせないよう自然な足取りで再び店の奥へと戻っていった。

 そんなマリエルの後ろ姿を申し訳なさそうに見送ってから、サクラは再びソフィアに視線を戻し、

「それで――」

 と、話の続きを促した。

 ソフィアからしてみれば言いたい事は他にあったが、口論を繰り広げたって仕方あるまいと思い、やむなく彼女の意図に応える。

「……どこまで話したっけ」

「あなたの姉方がヴァンパイアである母親を蘇らせようとしているという所までは聞きました」

「あぁ……そうだっけ……。えーと――」

 話の切り出し方を迷っていたソフィアに、サクラが質問を投げる。

「先程の少女、彼女は何者です?」

「あの青髪の奴?」

「えぇ。ただの少女というワケでは無さそうでしたが」

「奴はルイズに仕えているヴァンパイアなの。奴の他にももう一人、赤髪の奴が居るよ」

 それを聞いたサクラは、すっと目を細め、確認するようにこう訊いた。

「二体のヴァンパイアを仕えている――と?」

 サクラの目つきが変わった事に、ソフィアは少し怯んでしまう。鋭い眼光と言えばシルビアのものがソフィアの記憶には新しかったが、それとは少し違っていた。サクラのそれは、背筋がぞっとするような暗い感情――言うなれば殺意のようなものを感じさせた。

 その時、ソフィアの心中にある疑いが生まれた。未だハッキリさせていなかった、その事実。

 この女は味方なのか、敵なのか――。

「――恐らく、どちらでもないでしょう」

 ぼそりと、サクラが言った。

「……私、今喋ったっけ?」

「いいえ。ですが、お顔に書いてありましたので」

「なんて?」

「この女は味方なのか、敵なのか――とね」

「……」

 ソフィアは黙り込み、サクラを見据える。すると、サクラは小さく溜め息をついて微笑を浮かべ、おもむろに立ち上がった。そして、椅子に立てかけておいた刀を手に取る。

「な、何……どうしたの……?」

 その刀が放つ威圧感に呑まれてしまいそうになったものの、ソフィアは虚勢を張ってサクラを睨み続ける。彼女の健気な姿勢を見たサクラは、微笑ましそうにくすくすと笑う。それから、マリエルが居る店の奥へと歩いていきながら言った。

「大方の話は理解しました。わたくしはわたくしで動きますので、あなたはご自由に」

「ま、待ってよ……!」

 ソフィアは慌てて立ち上がった。

「どこに行く気? 当てがあるの?」

「さぁ、どうでしょうね」

「さぁ――って……それに、シルビアが戻ってくるまでここで待ってた方が――」

「待つのは性に合わないのですよ。加えて言うなら、シルビアさんが有力な情報を必ず仕入れてくるとは限らないでしょう?」

「そ、そりゃそうだけど……」

 サクラは納得していないソフィアを後にして、マリエルに声を掛ける。

「マリエルさん、わたくしは行きますが、今夜の内はくれぐれも外には出歩かないように」

「あの、どちらへ……?」

「ふふ……大した用ではありませんよ。それでは、また」

 最後ににっこりと笑って殊勝に頭を下げ、サクラはソフィアの隣を通り過ぎて出口へと向かった。そして、そのまま店を出ていく。

 残されたソフィアは、葛藤していた。ここで待っていろというシルビアの言いつけを守るべきか、それとも、手掛かりなど無くてもとにかく探し回っていたいという自分の本心に従うべきか。

「行かないの?」

 立ち尽くしていたソフィアに、マリエルがそう声を掛けた。ソフィアはその問いかけに驚きながら、マリエルに顔を向ける。マリエルはにこにこと笑っていた。

「ふふ……行きたいんでしょ? シルビアさんには私から言っておくよ」

「……」

 ソフィアは逡巡したようにも見えたが、答えは既に決まっていた。

「――シルビアに、“ごめん”って言っておいて」


 急いで店を飛び出し、ソフィアは少し離れた場所を歩いていたサクラを走って追い掛ける。

 その足音に気付いたサクラは、振り返っていたずらっぽく微笑んだ。

「やはり来ましたね」

「待ってるのは性に合わないの」

「あら……ふふ、そうですか……」

 サクラの笑みに気恥ずかしさを覚えたソフィアは、強引に話題を変えようと歩き出しながら質問を投げる。

「――それより、何処に行くの?」

「当てなど何もありませんよ。ただ、この辺りを歩いていれば、向こうからのお出迎えがいらっしゃるのではないかと思いましてね」

「お出迎え……? なにそれ……」

 期待を裏切られたソフィアは、思わず嘆息を漏らす。

 しかし、サクラの推測が当たっていたという事は、すぐに証明された。

「――!」

 辺りの空気が一瞬にして重くなったような感覚に襲われ、足を止めて身構えるソフィア。

「ふふ……思ったよりも早いご登場でしたね」

 サクラは今まさに自分達が足を踏み入れようとしていた、暗闇が支配している森の入口を見てそう呟いた。

 その暗闇の先から現れたのは、群れを成した下級ヴァンパイア達。数は確認できるだけでも、十体は居た。

「ねぇ、お出迎えってまさか奴等の事?」

 ソフィアが光剣を生成しながら訊く。サクラは携えてある刀を鞘ごと腰から外し、それを左手に持ちながら答える。

「厳密には彼等の主――つまりは先程の青髪などの個体を期待していたのですが……肩慣らしには丁度良いでしょう」

「肩慣らしね……まぁ、悪くはないか」

 そう返答こそしたものの、ソフィアはあまり戦闘に対しては乗り気ではなかった。それと言うのも、ラメールの時はいまいち計れなかったサクラの実力を確認したいという気持ちの方が強かったからである。

「(シルビア達と、どっちが上なのかな)」

 すると、ソフィアの好奇の眼差しに気付いたサクラが、微笑を浮かべながらこう言った。

「これは緊張しますね。メルセンヌの血族であられる方に力を計られる事になるとは」

「バレバレの謙遜なんて結構だよ。――ほら、来るよ」

「御意――」

 サクラは交戦の直前という状況には似つかわしくない優雅な足取りで、こちらに向かってきているヴァンパイアに自ら近付いていく。

 一体何をするつもりだろうか――と、ソフィアは瞬きを忘れる程に注視している。

 先頭に居たヴァンパイアが、サクラに飛び掛かった。

 その時に、ソフィアはサクラの手元が微かに動いたという事だけは確認できた。

 しかし、それ以上の事はわからなかった。

「……え?」

 ヴァンパイア達の動きがぴたりと止まる。次の瞬間、その場に居たヴァンパイア達の頭部が胴体から滑り落ちるようにして、地面にぼとりと落ちた。

 残された胴体達も次々と力無く倒れていき、最後に残ったのは、抜いていた刀を華麗な動作で鞘に納めているサクラの後ろ姿だけであった。

 鍔が鞘口に当たる小気味良い音と共に納刀を完了させ、サクラはソフィアの方へと振り返る。

「どうでしょうか? まだまだ未熟である手前、お聞きするのは恐縮な事ではありますが」

「どうって言われても……何というか、見えなかった……」

「あら……ふふ……」

 サクラが行った攻撃は、目にも留まらぬ速さで駆け抜けながらの居合い斬り。

 しかし、離れた場所で見ていたソフィアにも、また、その剣技の餌食となったヴァンパイア達にも、彼女の動きを捉える事はできていなかった。

 そこで、新たに別の群れが現れた。先程は手を出さなかったソフィアも、今回は加勢しようと一歩踏み出す。

 しかし、彼女が何かをしようとする前に、サクラが先に攻撃を仕掛けた。

 今度はその場から動かずに鞘に納めた状態の刀の柄を握ったまま、こちらに向かって来ているヴァンパイア達をじっと睨み据えている。

 今度は何なんだ――と、ソフィアは足を止め、怪訝な表情でその様子を見守る。

 刀を握るサクラの手にぎゅっと力が込められた、次の瞬間だった。いくつもの剣閃が、ヴァンパイア達の周りの空間に煌いたのが見えた。

 その剣閃はヴァンパイア達を無慈悲に斬り刻み、その場に居た全ての個体を一瞬で細切れにしてしまった。

 ラメールと交戦した際に披露した、刀から真空刃を飛ばす攻撃を目にも留まらぬ速さで連発する事によって、離れた空間を斬り刻む。神速の抜刀術を操るサクラの技の中でも奥義と呼べるものであった。

 気配が無くなり、全滅を確認したサクラは嘲笑気味に鼻で笑う。

「――他愛も無い」

 吐き捨てるようにぼそりと呟き、踵を返してソフィアの元へ。

「さて、ひとまず辺りを歩き回ってみましょう。お出迎えの方とお会いできるかもしれませんからね」

「わ、わかった……」

 圧倒的な力を見せ付けられ、ソフィアは内心畏怖のような念をサクラに抱いていたものの、気付かれないよう平静を装って歩き出す。バレたらまたからかわれるだろう――と思っての判断であった。

 しかし、それを容易く見抜いたサクラはいたずらっぽい笑みを浮かべながら忍び寄り、突然ソフィアに背後から抱き付いた。

「ひゃあ……ッ! ちょ、ちょっと……!」

「ふふ……そんなに肩肘を張らずに、リラックスですよ。ほら、リラックス……」

「や、やめてよ! 離してってば!」

「リラックスできましたか?」

「できたよ! できたから!」

「ふふ……それなら良かったです」

 サクラは満足げな様子でソフィアから離れ、森の中へ進み始める。

 突然の抱擁にどきまぎしてしまい、ソフィアは唖然とした様子でサクラの後ろ姿を見つめた。それから、激しくなった動悸を治めようと深呼吸をする。

 続けて、深い溜め息と共にこう呟いた。

「変な人……」

 すると、聞こえてしまったのか、サクラはぴたりと足を止めて振り返り、ソフィアと視線を合わせる。

「どうしました?」

「な、何も言ってないよ……!」

 慌ててそう返し、ソフィアは怪しまれないようにと彼女の隣へ小走りで向かう。

 しかし、端から見れば動揺しているのは一目瞭然であり、当然見抜いていたサクラはくすくすと笑った。

 サクラの微笑ましそうな表情に、ソフィアはひたすら気付かぬ振りをするだけ。先程の抱擁によって彼女に抱いていた畏怖のような念は薄れていたが、怪訝な印象は更に深まっていた。

「(わからない人だな……ほんとに……)」

 サクラの愉快そうな笑みをちらっと横目で見遣り、ソフィアは気付かれないよう小さく溜め息をついた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る