紫髪のヴァンパイア
一方――
ソフィア達の相手を配下であるヴァンパイアに任せ、鍾乳洞を後にしたラメール達。
洞穴を進んでいく最中に、フランがある事に気付いて足を止めた。
「――おい、ラメール」
「どうしたの?」
ラメールも立ち止まり、彼女はきょとんとした顔をフランに向ける。
「例の書物、ルイズが持ったままじゃねぇか。どうするんだよ、戻るか?」
訊かれたラメールは、“なんだその事か”といったような表情になり、答えた。
「あれなら別に無くても良いから大丈夫だよ。あれはあくまでも、ルイズに父親を殺させて、ソフィアを巻き込む為の理由に過ぎなかったんだから」
「なんだ、そうだったのかよ?」
怪訝そうに眉をひそめるフランに、ラメールは再び歩き始めながら説明を始める。
「あれは、ルイズの父親が編み出した儀式の手筈が記されている書物でね。あたし達が知ってるそれとは手法が違うの」
「どういう風にだ?」
「儀式には生贄が必要なのは知ってるでしょ? でも彼の儀式では、代わりのもので代用するんだって」
「生贄の代用? 一体何を使うんだ」
「人体錬成によって生み出された、言わば人のようなもの――だよ」
「……言ってる意味がわからんぞ」
「どんなに完壁にやったって、人体錬成は成功しない。でも、限りなく人体に近い肉の塊のようなものは生成する事ができる」
「そんな不気味な賜物を使うってのかよ……?」
「ふふ……あたし達はそんなもの使わないよ。それに、生贄なんてもう必要ないし」
その言葉を最後に、ラメールはフランとの会話を終わらせる。
しかし、彼女が最後に言ったセリフを、フランは聞き逃さなかった。
「――どういう事だ?」
「何が?」
「生贄なんてもう必要ない――今、そう言ったな」
「言ったよ?」
「……何故?」
「ふふ……言葉通りだよ。もう生贄が必要な段階は過ぎたの。あとはその時が来るのを待つだけ……」
ラメールの返答を聞き、フランは彼女に詰め寄った。
「儀式はもう終わってるのか……? いつやったんだ? それに、生贄はどうした?」
「ソフィアとサクラが居たカフェに行った後。生贄に関しては、仕方ないから私の魔力で代用した。お陰でしばらくは立ち眩みが凄かったけどね」
ラメールはそう言って、いたずらっぽく笑って見せた。
「――なんで黙ってた。オレもルイズも、そんな話は一言も聞いてなかったぞ」
フランはそう言って、溜め息をつく。
「――文句があるの?」
その言葉を言ったと同時に、ラメールの表情がすっと暗いものに豹変した。彼女はぴたりと足を止め、ゆっくりと振り返ってフランを見つめる。
「あたし達には時間が無い。それなのにルイズは迷ってた。だからあたしが代わりに儀式をしたの。ねぇ、文句があるの? あるなら言いなよ。聞いてあげるよ、フラン」
殺気を感じさせる冷たい視線を向けられ、フランは思わずたじろいでしまう。
「い、いや……別に……」
すると、ラメールはにこっと可愛らしい笑みを作り、いつもの表情になって、
「……そう。ならいいや。急ごう?」
と言い、再び歩き出した。
「……あぁ、そうだな」
フランはラメールについていきながら、彼女の後ろ姿をじっと見つめていた。
洞穴を抜けてグランシャリオの外に出た所で、三人は一度立ち止まる。
「(この煙草の匂いは……)」
辺りを見回すラメール。すると、
「やっと来た。随分と待たせてくれたわね」
という声が、側にあった大木の元から聞こえてきた。ラメールはニヤリと笑い、そちらに向かって声を掛ける。
「ふふ……妹を迎えに来たのかな?」
「えぇ。たまには遊び歩くのも悪くはないけど、いい加減に帰ってこないとこっちも堪忍袋の緒が切れるってモンよ」
大木の陰に隠れていたシルビアは、吸っていた煙草を灰皿で揉み消しながら三人の前に姿を現した。
「どうだろうね。この子はまだ帰りたがってないみたいだけど?」
「関係ないわ。強制よ」
「それは酷い。この子の意思を無視するんだ?」
「――それに、本当にシャルの意思だってんなら、私もここまでしつこくやらないわ。でも生憎、そうは見えなくてね」
灰皿をしまい、代わりに祓魔銃を取り出すシルビア。そして、銃口をラメールに向けながら言った。
「シャルを元に戻しなさい。さもなくば脳天に風穴を開けるわよ」
「ふふ……面白い人。一人であたし達をどうにかできるとでも思ってるの?」
「一人? そう見えるの?」
「……え?」
何を言ってるの――と、ラメールが言おうとしたその時、一発の銃声が鳴り響く。そして彼女の頬の数センチ横を、シルビアの背後の暗闇から飛んできた銃弾が通過した。
「本来、数で戦うのは趣味じゃないんだけど、妹の命が賭かってるからね。今回ばかりは手段を選ばずにやらせてもらうわ」
シルビアの言葉と同時に、彼女の背後から続々とライフルを構えた男達が現れた。ラメールは十人程居る彼等を見て、愉快そうに笑みを浮かべる。
「へぇ、その人達が例の自警団? でも、そんな粗悪な銃であたし達を倒そうだなんて――」
「ただの銃じゃないわよ?」
その声はシルビアではなく、自警団の男達とは少し遅れて現れたヴェロニクが発したものであった。
「ただの銃じゃない……?」
シルビアによく似た銀髪であるヴェロニクに警戒の眼差しを投げながら、ラメールはおうむ返しに訊く。
「この銃が使用するのは、あなた達が大嫌いな銀の銃弾だからね。これなら多少はダメージを与えられるハズ――そうでしょう? ヴァンパイアさん」
「銀の銃弾……? それを使うのはアルベール姉妹が持ってる銃だけじゃ……」
「ウチには優秀な鍛冶職人が居てね。まだ人数分は完成してないけど、出来は中々のものよ。――試してみる? あなたの身体で」
いたずらっぽく笑ってみせるヴェロニク。ラメールは困り切った様子で、苦笑を返した。
「参ったなぁ……。銀の銃弾って事なら、確かに困るんだよね」
「降参する?」
「ふふ……まさか。まだ負けが決まったワケじゃないよ、おばさん」
「お、おばッ……!?」
その単語に著しい動揺を見せるヴェロニク。言葉を失って口をぱくぱくさせている彼女に代わり、シルビアが口を開いた。
「やるってんならそれはそれで構わないけど、始めたと同時に蜂の巣になるわよ」
「誰がやるって言ったの?」
「……は?」
「あたし達にはまだやる事があるから、あなた達と遊んでる暇は無いんだ。でもその代わりに、シャルロットを置いていってあげる」
ラメールのその提案に、シルビアは怪訝そうに眉をひそめる。
「どういうつもり?」
「あの方を蘇らせる事は、ルイズの望みでありながら、あたし達の目的でもあるから。そっちが優先なの」
シルビアはそこで改めて、ルイズの姿が無い事に疑問を抱いた。
「そういえば、一人足りないわね」
「ふふ……彼女はもう必要なくなったから、手を切ったの。いつまでも決心をつけないでうじうじと迷ってたから、邪魔になっちゃって」
「手を切った……?」
「そうだよ。あたし達はね、元々彼女の従者じゃなかったの」
「――じゃあ誰の従者だってんのよ」
シルビアの質問に、ラメールはしばし話す事を躊躇うような素振りを見せたが、やがてニヤリと笑い、その名前を口に出した。
「エヴァ・アウグスタ・メルセンヌ。あなたが一月前に殺した女であり、あのルイズとソフィアの母親でもある……」
その名前を聞いたシルビアは、一月前にこの島で起きたヴァンパイア騒動を思い出した。
「エヴァ……か」
「へぇ、驚かないんだ」
「薄々はそう思ってたわ。紫髪のヴァンパイアで娘が居そうな奴なんて、あの女くらいしか思い浮かばないもの」
「ふふ……それもそうか……」
――二人の会話に出てきたエヴァという女性は、一月前のヴァンパイア騒動にて黒幕として暗躍した人物であった。
メルセンヌ姉妹やサクラと同じく半人半ヴァンパイアなる存在であり、また、フォートリエ家に仕える忠実な
しかし、最後にはアルベール姉妹とフォートリエのヴァンパイアによる連合軍によって撃破され、その野望は打ち砕かれる事になった。
「エヴァは万が一自分が殺された際の保険として、あたし達を召喚していた。再び自分を蘇らせる為にね。――でも、計画はそう上手くはいかなかった」
「というと?」
「あたし達の誤算は、十字架を保管しているフォートリエの連中が、思っていた以上に力を持っていたという事。だから、彼女の娘であるルイズを利用する事にしたの。――あの子はすぐに快諾してくれたよ。母親の仇を殺す為だって言ってね」
「……待って。彼女は何故、シャルを殺さなかったのかしら。やろうと思えば、いつでもやれたハズだけど」
「ふふ……ルイズはあなた達に殺し合って欲しかったんだって。自分の手で殺すんじゃなくて、最愛の者同士で殺し合わせる――よっぽど恨んでたんだね」
「……」
ルイズの殺気に満ちた目を思い出し、シルビアは複雑な心境に陥る。彼女のあの目は、最愛の人間を殺した相手を見る目だったのか――と。
「まぁでも、殺さなくて正解だったよ。こうして今、囮として役に立ってくれるワケだしね」
ラメールの声で我に返り、シルビアは銃を握り締めなおす。
「――話はもう良いわ。シャルは元に戻す。そして、あんた達は闇に還す。覚悟しなさいよ」
「ふふ……良いよ、できるものならね……」
ラメールはくすくすと笑ってそう言うと、シャルロットの元へと歩いていった。そして、そっと顔を近付けて囁く。
「よろしくね、シャルロット。あなたのお姉さんを楽にしてあげて……?」
それを受け、シャルロットは返答こそしなかったものの、祓魔銃を取り出してシルビアに視線を結び付けた。
「それじゃ、あたし達はこれで。楽しんでね、シルビア」
ラメールとフランの二人はその場を後にしようと、森の中に歩き出す。
「待ちなさい……!」
ラメールに向かって銃を向けようとしたシルビアであったが、シャルロットが発砲してそれを阻止する。銃弾は命中こそしなかったものの、シルビアの頬にかすり傷を残した。
「……わかったわ。実の姉であるこの私に向かって銃をぶっ放した事、後悔させてやるわよ、シャル」
シルビアはニヤリと口元を歪め、怒りを抑えているような表情でシャルロットに言う。その時シルビアは、シャルロットの口角が微かに上がったような気がした。
今すぐにでも戦闘が始まりそうな雰囲気ではあったものの、シルビアは始める前に逃げた二人の追跡を任せる為、ヴェロニクに声をかける。
「――ヴェロニク、あんたはいつまで放心してんのよ」
「……あぁ、ごめんなさい。私はまだ三十代よ」
「そんな事はどっちでも良いのよ」
「良くないわよ!」
「――それより、連中の追跡を頼むわ」
シルビアの不機嫌そうな静かな声に、ヴェロニクは咳払いを挟んでから答える。
「任せなさい――と言いたい所だけど、正直倒せるかどうかはわからないわよ?」
「あんた達は奴等の行き先さえ掴んでくれれば充分よ。始末は私の仕事だから」
「そういう事なら任せなさい。バッチリ掴んでおくわ。――行くわよ、あなた達」
ヴェロニクは自警団の仲間達を連れ、二人が消えていった方向へと向かう。
別れ際、ヴェロニクは一度立ち止まり、シルビアにこう訊く。
「――本当に、大丈夫なのよね?」
「何が」
「シャルロットを殺さずに元に戻すって……本当にできるのよね?」
「……」
シルビアは少し間を空け、答えた。
「できるできないという問題じゃないわ。――やるのよ、なんとしても」
それを聞いたヴェロニクは優しく微笑み、
「……そう、わかったわ。それじゃ、また後でね」
と言って、仲間達と共に森へと消えていった。
残されたアルベール姉妹の二人はお互いの目を見つめたまま、微動だにせずに銃を向け合っている。
やがてシルビアが口を開き、開戦の言葉をシャルロットに投げた。
「――いつでも良いわよ。来なさい、シャル」
その言葉への返答のように、シャルロットは引き金を引いた。
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