襲撃

 アリスの素性をソフィアが理解した所で、シルビアが本題に入ろうとする。

「さて、そろそろ本題に――」

 しかしそれを、ノアが止めた。

「待った。肩の治療が先だろう」

 シルビアは“あっ”という顔をして、肩の銃創を見遣った。

「あら、そういえば。忘れてたわ」

「――忘れるなんて事があるのかい?」

「この程度の傷で騒ぐ程ヤワな身体じゃないもんでね」

「銃で撃たれて“この程度”っていうような奴が人間だっていうんだから、おかしくて笑えるよ」

「それは何よりね」

 この上なく適当な返事をしながらも、シルビアはジャケットを脱いで治療の準備をする。

「ちょっと待っててくれ。どこかに救急箱があったハズなんだ。探しに行ってくるよ」

「先に用意しておきなさいよ。準備が悪いわね」

「治療して貰うってのにその口の利き方はどうかと思うね」

「はいはい、すいませんでした」

「ふむ。相変わらずひねくれた性格だね」

「そりゃどうも。さっさと探しに行きなさい」

「信じられないな。こんな人間がシスターをやってるだなんて」

「同感よ」

 二人の軽妙な口喧嘩はしばらく続いた。


「ウチには麻酔なんて気の利いたものは無いからな。我慢してくれよ」

「麻酔無しで肩に埋まった銃弾を摘出するってワケね。――最高じゃない」

 ノアがシルビアの治療をしている間、ソフィアはアリスと向き合う形でソファーに座り、リナが淹れてくれた紅茶を啜りながら現状の説明や自分の素性についてを話していた。

 アリスの後ろにはリナとルナの二人も居り、殊勝に手を組んだ体勢のままソフィアの話を静聴している。

 一通りの話が終わると、ソフィアの希望により、ルイズが召喚したと思われるヴァンパイア、ラメールとフランについての説明がリナによって始められた。

「青髪がラメール、赤髪がフラン。性格はそれぞれ前者が狂人で、後者が単細胞で――」

「ちょ、ちょっと待って……。狂人……?」

 出端から壮絶な単語が出てきた事に動揺し、ソフィアは思わず話の腰を折ってしまう。

「言葉通りだよ。ラメールは私達ヴァンパイアの中でも、かなり危険な奴なの」

「危険っていうと?」

「奴は水を操る魔法の他に、咬み付いた相手を操るという力を持ってる。加えて、気に入った獲物に対する執着心が異常なの。一度気に入れば、何がなんでも手に入れようとする」

 その話を聞き、シルビアが反応を見せた。

「咬まれた人間を戻す方法は無いの?」

 リナは一呼吸挟んでから、静かに首を横に振る。

「――無い。本人にしか戻せないハズ」

「……」

 俯いて、歯を軋ませるシルビア。しばしの沈黙が流れる。

「――ただ、一つだけ可能性があるかもしれない」

 重々しい空気を、リナの言葉が一変させた。

「奴のその力は、ヴァンパイアの力によるもの。あなたが持ってる銀の銃弾を撃ち込めば、もしかしたら元に戻せるかも」

「もしかしたら――か……」

「保証はできないよ。普通に考えて銃弾を撃ち込むワケだから、死ぬ可能性だって十分に考えられる」

「そりゃそうよね……」

 シルビアは深い溜め息をついた。

「――ラメールについてはこんな所かな。とにかく色んな意味で危ない奴。気に入られたら要注意」

「じゃあ、フランっていう方は?」

 ソフィアが促す。リナは先程よりも軽い口調でこう答えた。

「あいつは、単細胞なの。馬鹿なの」

「――えーと……」

「以上」

「……」

 すると、シルビアの肩の治療を終えたノアが、苦笑を浮かべながら言った。

「流石にもう少しあるだろう……」

「あるっけ?」

「――ボクが説明するよ」

 ノアはリナの隣に行き、ソフィアに向かって話し始めた。

「奴は炎の魔法を使うヴァンパイアだ。ただ、奴のものは限定的な魔法でね。自身の身体に炎を纏わせるという事しかできないんだ。だから魔法で戦うというよりは、ボクやルナのように体で戦うタイプと言える」

「炎を纏った体術――聞いただけでも強そう」

「威力は申し分ない。動きも悪くはないから、確かに戦闘力はそれなりだね。――ただ、奴には性格の面で欠点があるんだ」

「欠点?」

「奴は自分が最も強い力を持つヴァンパイアであるという事に強く執着していてね。時にはその拘りの為に主の命令を無視するような事だってあったくらいだ」

 その話に、リナが付け加える。

「三百年前の大戦の時、フランとラメールの二人だけは当時の主に封印されたの。その理由は、自分勝手な行動ばかりしていたから」

 更に、ルナも口を開く。

「ラメールは例の人形集めをしてばかりだったし、フランは島民の一掃という命令を無視して力のあるヴァンパイアハンターとだけ戦おうとした。だから、主の怒りを買って封印された。――馬鹿だね」

 三人の話を聞いたソフィアは、感慨深そうに頷いた。

「ヴァンパイアも人間と一緒で、十人十色なんだね……」

「そういう事だ。基本的には自分を召喚した主に忠実なんだけど、その度合いは個々による。――まぁ何はともあれ、奴等とやり合うなら気を付けなよ」

 説明を終えたノアは、用済みとなった救急箱を持って部屋を後にする。

 それと同時に、シルビアが立ち上がってジャケットを羽織りながら言った。

「世話になったわ。――アリス、ソフィアを一晩ここに泊めてあげて頂戴」

「そ、それは良いけど……」

 アリスはそう返答してから、申し訳なさそうな視線をソフィアに向ける。

「何言ってんの。私も行くよ」

 ソフィアはアリスの予想通りの反応を見せ、ソファーから立ち上がった。

「あんたこそ何言ってんのよ。私一人で十分だわ」

 シルビアは腕を組み、彼女を睨み据える。

「嫌だ。私がルイズを止めるの。それに、シャルロットにだって恩がある。大人しく待ってるなんてできるもんか」

「あんたを守ってる余裕は無いわ。殺されるわよ?」

「殺されないもん」

「……」

 ソフィアの真っ直ぐな視線を受け、シルビアは深い溜め息をついた。

 しかし説得は諦めず、彼女はソフィアの元に歩いていく。そして、顔をぐいっと近付け、ゆっくりとした口調で言う。

「ここに居なさい。良いわね?」

 ソフィアはその口調を真似て、「い・や・だ」と返した。

「――結構頑固なんだね。ソフィアって」

 そのやり取りを見ていたルナが、隣に居るリナにそっと囁く。

「――どっちもどっちでしょ」

 リナは失笑気味にそう返した。


 両者一歩も譲らぬ二人のやり取りはしばらく続いたが、先程部屋を出ていったノアが戻ってきた事で一度中断された。

 彼女が普通に戻ってきたのなら、そのやり取りは続いていたかもしれない。

 しかし、ノアは慌てた様子で扉を押し開けて現れた。

「ノア、どうしたの?」

 アリスが怪訝そうに訊く。ノアは怒りを滲ませた声でこう答えた。

「――襲撃です。ラメール達が来ました」

「襲撃……!?」

 アリスがその言葉を繰り返したと同時に、通路の方からガラスが割れる音が聞こえてきた。

「――ウチにまで喧嘩を売るとは、いい度胸してるね」

 リナがぼそっと呟く。

「シャルは居たの?」

 シルビアの問いに、ノアは首を横に振る。

「いや、居なかった。ボクが窓の外に見たのは、ラメールとフランと、あと――」

 そこで言葉を切り、ノアはソフィアに視線を移してから続きを言った。

「――キミにそっくりな奴が居たぞ」

「――!」

 それを聞くなり、ソフィアは部屋を飛び出した。


 通路に出ると、既に六体のヴァンパイアがそこに居た。

 窓ガラスが何枚か割れており、そこから侵入したという事は明白であった。

「邪魔をしないで……!」

 ソフィアは光剣を作り出し、ヴァンパイア達を串刺しにする。その攻撃で四体を仕留めた。

 生成した光剣の一本を右手に握り、残る個体も仕留めようと身構える。

 すると、背後から二発の銃声が鳴り、それと同時に残っていた二体のヴァンパイアの頭が燃焼した。

 悶え苦しみながら床をのたうち回るヴァンパイアを一目見てから、ソフィアは振り返る。

「いきなり飛び出さないで頂戴。危なっかしいわね」

 そこに立っていたシルビアが、祓魔銃を下ろしながらそう言った。

「シルビア、早くルイズ達を見つけに行こう」

「落ち着きなさい。奴等がどこから侵入してくるかわからない以上、下手に動き回ったって徒労に終わるだけよ」

「そんな事言ったって――」

 ソフィアが言葉を言い切る前に、割れている窓から新たなヴァンパイアが叫び声を上げながら侵入してきた。

 そのヴァンパイアはシルビアの銃撃によって一瞬で撃退される。

「とにかく今は、目の前の敵だけに集中する事ね。“こっち側”のヴァンパイア達も各々動いてくれてるから、いずれ誰かが本星と出会でくわすハズよ」

「――わかった」

 ソフィアは頷き、通路の奥から迫ってきた新手に視線を移した。

「連中の攻撃方法はもうわかってるわね。爪による引っ掻きと、牙による咬み付き――距離を取っていれば安全ではあるけど、あんたの場合はそうも言ってはいられなさそうね」

「大丈夫、あの程度の奴等に遅れを取ったりはしないから」

「自信だけは一人前のようね」

「――自信だけじゃないって事を証明してあげるよ」

「期待してるわ」

 会話を終え、二人は交戦を始めた。

 光剣を消し、代わりに一本の長槍を生成するソフィア。それを構え、ヴァンパイアの群れに単身で突撃する。

 合計で七体居るヴァンパイア達は、自らテリトリーに侵入してきた健気な挑戦者をあっという間に囲んだ。

 無謀とも言える行動ではあったものの、ソフィアの表情に焦燥などの色は一切見えず、むしろ生き生きとしている。

 “シルビアに認められたい”という一心のみが、今の彼女を動かしていた。

 また、その意図を察しているシルビアは、万が一の時にはいつでも助けられるよう構えてはいるものの、引き金は引かずに様子を見ている。

「(さぁ、どうする?)」

 シルビアの問い掛けに呼応するかのように、ヴァンパイアの一体が爪を振り上げた。

 ソフィアは素早く反応し、その爪が振り下ろされるよりも早く、長槍で心臓を一突きする。

 一体目。続けて今度は三体が同時に攻撃を仕掛けてきた。

 ソフィアは体勢を低くしながら壁がある方向へと滑り込むように移動して、攻撃を回避する。そして素早く振り返ると同時に光剣を生成し、それを飛ばして二体を仕留めた。

 残るは四体。壁を背にしており、退路は限られている状態。そこに、二体が同時に飛び掛かる。

 それを受け、ソフィアは前方に転がり込んだ。その結果飛び掛かってきた二体からは逃れる事ができたものの、転がった先に居た二体が左右から襲い掛かってくる。

 ソフィアは立ち上がらずに膝立ちのまま、二体の足を長槍の刃で斬りつけて転倒させた。更に胸部を突き刺して追撃し、息の根を止める。

 後は先程の二体だけ――と振り返った瞬間、一体が飛び掛かってソフィアの身体を押し倒した。

「ッ――!」

 すかさず首に喰らい付こうと、牙を剥くヴァンパイア。ソフィアは押し倒された際に槍を手放してしまい、素手の状態で必死にもがく。

 しかし、力の勝負では勝ち目が無かった。

 鋭利な牙がソフィアの柔らかな肉に突き刺さろうとしたその時、一発の銃声が鳴り響く。それと同時にソフィアの身体を抑えつけていた強い力がすっと消えて無くなる。

 ソフィアは直ぐ様ヴァンパイアの身体を払いのけて立ち上がり、残った最後の一体に向き直る。

 しかし、その個体はソフィアが何かをする前に、再び鳴り響いた銃声と共に倒れて灰と化した。

「失格」

 背後から聞こえてきたその意地悪な声に、ソフィアは小さく舌打ちをしてから振り返る。

「――なんで助けたの?」

 シルビアはいつの間にか火を点けていた煙草を咥えたまま、意外そうな顔で答える。

「あら、よく言うわ。てっきり走馬灯を見たものだと思ってたけど」

「見てないよ……! あれくらいのピンチなら何とかなってた――」

「自分でピンチと呼べるような状況に追い込まれた時点でアウトよ」

「うっ……」

「それに、剣だけじゃなくて槍も作れるってのを見せたかったのかは知らないけど、使い慣れていないのが目に見えてわかったわ。まだ剣の方が幾ばくかはマシだったわよ」

「~~ッ!」

 赤らんだ顔でシルビアを睨みながら、犬が威嚇をする時に出すような唸り声を上げるソフィア。対してシルビアは涼しい表情で煙草の煙を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。

 そして、彼女は突然ソフィアの背後に銃を向け、引き金を三回引いた。

 ソフィアは喫驚し、慌てて振り返る。すると、眉間を撃ち抜かれた三体のヴァンパイアが倒れていく光景が目に入った。

「敵の接近に気付かないようじゃ、まだまだね」

「……」

 ぐうの音も出ないとはこの事だ――と、ソフィアはがっくりと肩を落とした。その動作と悲しそうな表情を見たシルビアは、くすりと笑って彼女の頭にぽんと手を乗せる。

「まぁでも、動き自体は悪くなかったわ。その魔法も使いこなせてるみたいだし」

「――褒めてるの?」

「そうに決まってるでしょ。嫌味にでも聞こえた?」

「聞こえた」

「ふふ……あっそ……」

 そこで、通路の奥からヴァンパイアの雄叫びが聞こえてきた。更にそれと同時に、窓からも新手が姿を現す。

「続きよ。今度はしくじらないように」

 吸っていた煙草を携帯灰皿に放り込んでから、銃を構えるシルビア。

「――わかってるよ」

 ソフィアは生成した光剣を握り締めて、自分の正面についたヴァンパイアを睨み付けた。

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