フォートリエ家当主
「――そんなにまじまじと見られても困るな。キミは誰なんだ?」
ソフィアの真っ直ぐな視線を受け、気恥ずかしそうに目を逸らすノア。ソフィアは慌てて話し始める。
「あ、ごめん……。私はソフィア。ワケあってシルビアに協力して貰ってて……」
「ワケ――ね。まぁそれは後程ゆっくり聞くとするよ。ボクの名前はノアだ」
そこで、ソフィアはノアの一人称に疑問を抱き、首を傾げる。
「えーとさ……女の子――なんだよ
ね……?」
「それがどうしたんだい?」
「ボクって言うの珍しいなって思って……」
「――別に良いだろう。自分の事を何て言おうが」
「……そうだね」
次に、その隣に居るイリスに視線を移す。
「あなたは……」
「私はイリス。それでもって――」
イリスは言葉を切り、目を閉じる。すると、彼女の身体が
「な、何……?」
その光は直視できない程に眩しく、ソフィアは思わず顔を背けてしまう。五秒程、その状態が続いた。
「おまたせ」
「もう良いよ」
光が消えたと同時に、二人の少女の声が聞こえてきた。ソフィアは恐る恐る顔の向きを戻し、そちらを確認する。
そこには、服装の色以外は全てが瓜二つである二人の少女が立っていた。
先程までそこに居たイリスに良く似ているが、長く伸びていた髪がおさげの形で纏められており、背丈も少し小さくなっている。
「え、えーと……」
何が起きたのかが理解できず、困ったように苦笑を浮かべるソフィア。少女達は各々、自己紹介をする。
「私はリナ。ルナの姉」
そう言ったのは、向かって右側に居る白を基調としたドレスを着た方。
「私はルナ。リナの妹」
こちらは逆に、黒が基調になっているドレスを着ている。色は違っているが、スカート部分のフリルや胸元のリボンなど、デザインは全く同じものであった。
自己紹介を受けてもソフィアは相変わらずきょとんとしたままであり、それを見かねたノアが補足を加える。
「こいつらはさっきのイリスが、言わば分裂した姿だよ。どっちも生意気で喰えない奴だから用心すると良い」
「は、はぁ……」
「――さて、紹介はこんな所で良いね。本題に戻ろうか」
ノアはそう言って、シルビアに向き直った。
「そんな状態でラメールとフランに挑んでみろ。いかにヴァンパイアハンターといえ、一瞬で殺されるぞ」
「――あんたには関係無いでしょう」
「いや、あるね。お前が死ねばボクの主が悲しむ。主を悲しませるワケにはいかないんだよ」
「……」
「それに、奴等はシャルロットを殺しはしないと言っていただろう。その言葉を信じれば、治療をする時間くらいはあるハズだ」
「随分と楽観的な物言いね」
「そう聞こえるかい? ボクは少なくとも頭に血が登ってるお前よりは冷静だと思うがね」
「わかったわよ……。世話になれば良いんでしょう」
「ついでに教えて貰おうか。どうして連中が召喚されているのかを」
「――歩きながら話すわ」
一同はその場を後にした。
シルビアがノアと現状の説明を交えながら先を歩き、他の三人が後をついていく形で一同はグランシャリオの山道を登っていく。
五人という人数ではあったものの話をしているのはシルビアとノアだけであり、後ろの三人に会話は無い。
しかし、しばらく歩いた所で、不意にソフィアが自分の前を並んで歩いているリナとルナに声を掛けた。
「あ、あのさ……」
二人は全く同じタイミングで顔を向ける。
「なに?」
「どうしたの?」
驚く程に息がぴったりである二人に少々たじろいでしまったものの、ソフィアは続ける。
「あなた達は、シルビアとどういう関係なの? シルビアはあなた達の事を“一月前に暴れ回ってたヴァンパイア”って言ってたけど……」
その質問に、二人は一度お互いの顔を見合わせてから答えた。
「確かに私達はヴァンパイア。それは間違いない」
白のドレスのリナが言う。
「そう。私達はアリス様に仕えるヴァンパイア」
黒のドレスのルナが補足するように言った。
見た目だけでなく声調すらも全く同じである事に、ソフィアは改めて混乱してしまう。
「えっとさ……ごめん、白い方がルナで、黒い方が――」
「逆。白がリナ」
「黒がルナ」
「……ごめん。もう間違えない」
ソフィアは咳払いをしてから、改まった調子で別の質問に入った。
「アリス様っていうのは?」
「アリス様は、アリス様だよ」
ルナが真顔で答える。ソフィアは「だよね……」と苦笑混じりに返す。
すると、リナがそのやり取りにくすりと笑ってから、ルナに代わって話し始めた。
「ヴァンパイア伝説は知ってる? 三百年前に起きた、人間とヴァンパイアの戦いの話」
「うん。本で読んだ事があるよ」
「そのヴァンパイアの一族の現当主――アリス・フォートリエが、私達がアリス様と呼ぶ方。一月前までは彼女の母親が主だったけど、例の騒動の時に殺された」
「殺された……?」
「仲間内に裏切り者が居たの。そいつに殺された」
「……そうなんだ」
そこで会話が一旦途切れたが、ソフィアが最初にした質問の事をリナが思い出し、彼女が再び話を再開させた。
「私達とヴァンパイアハンターの関係はちょっと複雑なの。お互いを狩り合う存在である事には間違い無いんだけど、言うなら休戦状態と言った所なのかな」
「休戦状態?」
「アリス様はその身にヴァンパイアの血を引きながら、人間と争う事を嫌っているの。だから彼女に仕える私達もそれに従って、人間を襲ったりはしない」
「なるほど。それなら危険な存在ではないから、シルビア達が動く必要も無いって事か」
「そういう事」
話を聞き終えたソフィアは、ヴァンパイアの長アリス・フォートリエがどのような人物なのかを想像してみる。
思い浮かんだのは、気品のある美しい女性の姿。人間と争う事を嫌うという情報を加味して、荘厳ながらも優しい人物なのだろう――などと想像した。
それから十分程歩いた所で、正面の暗闇の中に大きな屋敷の輪郭がぼーっと浮かんで見えてきた。
近付いていくにつれ鮮明になっていき、屋敷は見る見る内に巨大化していく。
大きな鉄製の門の前までやってきた所で、ソフィアは思わず息を呑んだ。
「これが……フォートリエ家の屋敷……」
驚いているのはソフィアだけであり、他の一同は静かに何かを待っている。
しばらくすると、敷地内への侵入を拒んでいた門が、誰が開けたワケでもなく独りでに開き始めた。その不可思議な門にすら反応せずに、彼女達は敷地の中に足を踏み入れる。
ソフィアは狐につままれたような気分で門を横目に見ながら、改めて奇妙に思えた一同についていく。
そんな彼女の様子に気付いたシルビアが、煙草の煙を吐き出すと同時に気の抜けたような笑いを零して言った。
「門が勝手に開いたぐらいで、今更驚く事も無いでしょう。自分の左手を見てみなさい」
「――それはごもっとも」
よくよく考えてみればこの指輪だって十分に不可思議な代物だ――と、ソフィアは苦笑を浮かべた。
屋敷に入った一同を、大きなホールが出迎えた。
二階の通路が下から見える吹き抜け式になっており、床から二十メートルはあるであろう高さの天井には、ユーティアスのホテルで見たものに劣らない程の豪華なシャンデリアが吊り下げられている。
それだけでも十分な明るさであったが、他にも所々に小さなガラス細工の照明もあり、壁に埋め込まれている蝋燭のスタンドはそれらの眩い光とは異なる暖かな光を放ち続けている。
総括して見てみると、過剰とも言える明るさに溢れた空間であった。
正面に二階の通路へと続いている階段があり、ノアを先頭に一同はそこへ向かう。
「す、凄いね……。何人で暮らしてるの……?」
辺りを忙しなく見回しながら、ソフィアが隣を歩いているリナに訊く。
「四人だよ。私とルナとノア、そしてアリス様」
「よ、四人……? こんなに広いのに……」
「そうは言っても、他に居ないもん」
「それはそうだけど……掃除とか凄く大変そう……」
「そんなの私にかかれば大した事じゃない」
「いや、そんなワケ――」
「魔法でちょちょいのちょい」
得意そうな顔を向けてきたリナに愛嬌を覚え、ソフィアは小さく笑みを零した。
階段を登って二階に行き、赤い絨毯が敷かれた広い通路を進んでいく。
そこは先程のホールのように派手な照明は無く、蝋燭が一定の間隔で置いてあるだけであり、窓から差し込んでくる月明かりと併せてもやや薄暗かった。
その通路を歩きながら、ソフィアはこちらの方が“ヴァンパイアの屋敷”というイメージには合っているな――と、先程ホールを見て否定されたばかりの偏見を改めて思い直していた。
「(――でもやっぱり、ちょっと怖いかも)」
不気味な雰囲気に呑まれそうになったソフィアは、早足で歩いてリナの隣につく。
「――どうしたの?」
「ま、迷ったら困るし……」
「こんな真っ直ぐの通路で?」
「……」
赤面して黙り込んでしまったソフィアを見て、リナはくすくすといたずらっぽく笑った。
通路の途中にあった扉の前で、ノアが立ち止まる。彼女は扉を三回軽くノックしてから、扉の向こうに呼び掛ける。
「アリス様。少し、お話が」
「どうぞ」
返ってきたのは、ソフィアが想像していたような荘厳で気品のある女性とは程遠い、儚げな少女の可愛らしい声であった。
「失礼します」
ノアが扉を開けて、一同を部屋に招き入れる。
そこは書斎のようで、ぎっしりと本が詰まっている棚が壁沿いに並んでいた。
そして部屋の奥には、大きな椅子にちょこんと座っている金髪の少女の姿が。
「この子が……フォートリエ家の当主……なの……?」
自分よりも遥かに幼く見える少女を、ソフィアはきょとんとしながら見つめる。
ソフィアに気付いた少女はひょこっと椅子から飛び降りて、肩にかかる程の長さである金髪をさらさらと靡かせながら、彼女の元へと歩いていく。
それから、荘厳さなど微塵も感じさせない人懐こい笑顔を浮かべて言った。
「初めまして。私はアリス・フォートリエ。あなたは?」
近くで見ても、やはり白いワンピースがよく似合っている可愛らしい少女にしか見えず、困惑を隠せないソフィア。
「わ、私はソフィア……ワケあってシルビアに協力して貰ってて……」
この少女がフォートリエ家の現当主なのか――にわかには信じられないその事実だけが頭の中を占め、次の言葉が思い浮かばない。
呆気に取られたソフィアの表情に気付いたアリスは、苦笑混じりにこう言った。
「私みたいなのがフォートリエ家の当主だって言っても、流石に信じられないよね……」
「あ、いや別に……その……」
慌てて弁解しようとするソフィアであったが、気の利いたセリフなど思い浮かばず、たじろぐだけ。
すると、アリスは何も言わずにすっと目を閉じた。
そして次の瞬間、ソフィアは背筋が凍り付くような恐ろしい感覚に襲われた。
「(な、何……!?)」
全身が恐怖に支配され、立つ事もままならなくなり、思わず後ずさって壁に背を預ける。
しばらくしてからアリスがゆっくりと目を開けると、その感覚は何事も無かったかのように消えていった。
「――力の制御はもう完璧ってワケね」
シルビアの感嘆の言葉が静寂を破った。
「まだ完全じゃないけどね。実戦経験も無いし、いざ戦うとなったら何もできないと思う」
「今の殺気を感じれば、大方の相手は逃げ出すでしょう。たった一月で、大したものだわ」
「えへへ……ありがとう……」
アリスはくすぐったそうに照れ笑いを浮かべる。その姿は強大な力を持つヴァンパイアなどには到底見えず、褒められた事を無邪気に喜ぶ健気な少女にしか見えなかった。
しかし、その見解は大きな間違いだという事は、たった今証明された。
「本当に……あなたが当主なんだ……」
未だに驚愕が混じった表情をしてはいたが、ソフィアは確信してそう呟く。
アリスは再び子供っぽい可愛らしい笑顔を浮かべて、右手を差し出しながら言った。
「改めまして、私がフォートリエ家の当主――アリス・フォートリエだよ。よろしくね、ソフィア」
「よ、よろしく……」
ソフィアは相変わらずきょとんとした表情のまま、その小さな手を握り返した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます