ヴァンパイア・ガールズ
その頃――
フランから逃げおおせたシルビアは、再び遭遇しないよう静かに息を殺しながら道なき道を移動していた。
「(全く……馬鹿のクセに戦闘力だけは高い奴が一番苦手だわ……)」
右手の火傷による痛みを忌々しく思いながら進んでいると、正面に大きな洞穴が現れた。
洞穴の元まで到着し、シルビアはフランの追跡を憚って消していたハンドライトを点けて中を照らしてみる。――どこまでも深く、先は見通せなかった。
シルビアは一度ライトを消し、考え始める。
「(情報では麓で見掛けたとの事だったけど、この中に居るって可能性も――)」
その時、背後から葉擦れの音が聞こえてきた。
シルビアは素早く振り返り、銃を構えると同時にライトを点ける。
照らされたのは、右手に祓魔銃を持ったシャルロットであった。
「シャル……! あんた、一体何を――」
シルビアはそこで、不意に言葉を切る。それから、一瞬だけ浮かべた安堵の表情を消して、怪訝な視線をシャルロットに投げた。
「――どうしたのよ。その目は」
自分と同じ碧眼であるハズの彼女の瞳が、赤色になっていた。その指摘と同時に、シャルロットの唇の端が微かに吊り上がる。
そして彼女は突然銃を構え、実の姉に銃口を向けた状態で一切躊躇する事なく引き金を絞った。
「ッ――!」
シルビアは唖然としながら、シャルロットの祓魔銃から射出された銀の銃弾の弾道をゆっくりと目で追って確認する。
視線が行き着いた先は、自分の右肩であった。被弾したと言う事実を認識したと同時に、耐え難い痛みに襲われる。シルビアは歯を食い縛りながら、シャルロットに視線を戻した。
何故撃った――それを訊こうとするが、驚愕のあまり、声は喉元に貼り付いてしまったかのように出てきはしなかった。
一方のシャルロットは、千々に乱れている姉の胸中など気にも掛けない様子で、銃を構え直す。
そして再び彼女の祓魔銃の引き金が引かれようとした、その時だった。
「やめて!」
少女の叫び声と同時に木陰の暗闇の中から紫色の光が飛び出し、シャルロットの祓魔銃に向かう軌道で空間を一閃した。
シャルロットは後ろに下がって光を回避し、声が聞こえた方向に銃を向ける。
そこにはいつの間にか、ソフィアが立っていた。彼女は光剣を右手に肩で息をしながら、シャルロットを睨み据えている。
「ソフィア……? あんた、どうしてここに……」
シルビアが驚愕の声を上げた。ソフィアはシャルロットから視線を離さずに答える。
「あなたの帰りが遅いから、気になってヴェロニクの店に行ったの。そこで、あなたがここに向かったって話を聞いたから」
「――余計な事を……」
シルビアは小さく舌打ちをした。
「それで――」
意識をシャルロットの方へと戻し、話を切り出すソフィア。
「どうしてシルビアを撃ったの? それに、あなたはそんな目の色じゃなかったハズ」
シャルロットは彼女の姿を見て、何も言わずに微かに目を細めた。不穏な空気を感じ取り、ソフィアは剣を握り直す。
すると、シャルロットはソフィアの右手の光剣を素早く銃で撃ち落とし、彼女が怯んだ隙にその場から退避しようと踵を返した。
しかし――
「何処に行くつもりよ」
背後に回り込んでいたシルビアがそれを許さず、シャルロットの腕を掴んで引き止める。その瞬間、アルベール姉妹による壮絶な接近戦闘が幕を開けた。
始めにシャルロットが掴まれた腕を弧を描くように回して振りほどき、直ぐ様シルビアの頭を撃ち抜こうと銃を構える。
シルビアはその銃を左手で払い、右足による前蹴りで反撃するが、簡単に避けられてしまう。
しかしそれは本命の攻撃ではなく、シルビアはすぐに突き出した右足を捻って、シャルロットの首を蹴り付けた。
その連続攻撃には反応が遅れ、シャルロットは回避する事ができずに、やむ無く左手による防御で対応する。
とは言え、シルビアの蹴りの威力は凄まじいものであり、シャルロットの左手に大きなダメージを与えた。同時に体勢も崩し、シルビアが攻め込むキッカケを作る事になった。
シルビアは両足を巧みに操り、次々と鋭い蹴撃を繰り出していく。
肩を撃たれてしまったので右手は動かす事ができなかったが、彼女は元々接近戦闘では蹴り技を多用する傾向があるので支障にはならなかった。
シャルロットも途中何度か反撃を試みるが、蹴りを出せば即座に蹴り返され、銃を構えれば引き金を引く前に左手で弾かれる。為す事全てが無力化された。
しばらくの間、シルビアの猛攻をシャルロットがひたすら受け流すという展開が続いたが、隙を見てシルビアが放った大振りな回し蹴りがシャルロットの頭部を見事に捕らえた事により、決着がついた。
「これで目が覚めてくれれば楽なんだけど……」
倒れたシャルロットを見下ろしながら、シルビアがそう呟く。
その時――
「流石はシャルロットのお姉様だね。良い動きだったよ」
という台詞と共に、暗闇の中からラメールが姿を現した。シルビアは素早く祓魔銃をホルスターから抜き、銃口をラメールに向ける。
「青髪――あんたが例のヴァンパイアね」
「あたしの事知ってるんだ……嬉しいな……」
ニヤリと不気味な笑みを浮かべるラメール。シルビアは嫌悪を含ませた視線を投げながら、彼女に訊く。
「何したかは知らないけど、シャルを元通りにしなさい。さもなくば頭に風穴開けるわよ」
「ふふ……そうだよね。シャルロットはあなたにとって大切な人だもんね。でも、彼女はもうあたしのものなんだ」
「――何を言ってるの?」
「おいで、シャルロット」
ラメールが呼び掛ける。すると、シャルロットはゆっくりと立ち上がって、ラメールの元に歩いていった。
「この子はもうあたしの“お人形”なの。あなたが知ってるシャルロットという人間じゃないんだよ」
ラメールはシャルロットの頬を妖しく撫でながら言った。続けて、シルビアに狂気を孕ませた笑顔を向けながら訊く。
「ねぇ、どんな気分? 大切な人を奪われた今の気分――あたしに教えて?」
「――今すぐにその手を離しなさい」
シルビアはぎりっと歯軋りをして、ラメールを強く睨み付ける。
「ふふ……離さなかったら、どうするの?」
「――殺す」
「そっか……。でも、それは無理だと思うよ。そっちはあなたとルイズの妹で二人、こっちは三人居るんだもの」
ラメールの言葉を聞き、シルビアは「三人?」と訊き返して、眉をひそめる。
その直後に、ソフィアの背後の暗闇からフランが現れた。
「動くんじゃねぇぞ。一歩でも動いたら心臓をくり貫いてやる」
「ッ……」
フランの接近に気付く事ができず、ソフィアは背後を取られて動けなくなってしまう。
シルビアもソフィアを人質に取られては動くに動けず、ラメールとフランを交互に見遣りながら状況の悪さを噛み締める事しかできない。
「(どうしたものか……)」
表情だけは平静を装ったまま、現状を打破する方法を必死に考える。――しかし、何も浮かばない。
最終的に辿り着いた答えは、背水の陣といったものであった。
「(やるしかないわね……)」
勝ち目はほとんど無いと思われる、死をも覚悟しての戦い。問題は自分が動いた時、ソフィアがどのような動きを見せるか。シルビアはちらっと彼女に視線を移す。
「(私と同時に動いてくれれば良いんだけど、少しでも遅れたらその時はあの赤髪に心臓を貫かれる――私が赤髪を最初に仕留めれば良いのかしら。でも、シャルの銃撃だってあるし、あの青髪が何をしてくるのかもわからない……)」
吹っ切れはしたものの、やはり頭の中では効率的な戦い方を模索してしまう。その結果、再び迷いの沼に嵌まり、動き出す事ができなくなる。
「そろそろ覚悟はできたかな?」
無邪気なラメールの明るい声が、思考の海に沈んでいたシルビアを現実に引き戻した。
「――もう少し待ってって言ったら?」
「ダメって言うよ」
「そりゃそうか……」
シルビアは苦々しい微笑を浮かべる。
戦闘を始めようと彼女が祓魔銃を握り直した、その時だった。
「ッ――!」
シルビアはラメールでもフランでもない、別の強大なヴァンパイアの気配を察知した。思わず状況を忘れ、辺りを見回してしまう。
その気配はソフィア以外の一同も感じたらしく、彼女達もシルビアと同じように気配の主を探し始める。
それは間も無く空から落ちてきて、一同の前に着地し姿を現した。
「馬鹿共が。こんな時間に人の家の近くで何を騒いでいる」
シルビアとラメール達の間に着地し、一同の顔を見回しながら忌々しそうに言ったのは、黒い布切れのように見えるぼろぼろのローブを纏った緑髪の少女であった。
少女を見て、ラメールが一番先に口を開く。
「誰かと思えば、ノアだったんだ。何の用?」
ノアと呼ばれた少女は腕を組み、高圧的な態度で訊き返す。
「先に訊いたのはボクの方だろう。ここで何をしてるんだ」
「あたし達はちょっと遊んでただけだよ。ヴァンパイアハンターの二人でね」
「――相変わらず趣味の悪い奴だね」
「ふふ……お互い様でしょ? あなただって昔は
「勘違いしないでくれよ。ボクは主の命令に従っていたまでだ。お前みたいに楽しんでなんかいない」
「どうだか……。まぁ、それはどっちでもいっか」
ラメールはノアとの会話をやめ、フランに視線を移した。
「フラン。計画が台無しになっちゃったから、出直そう」
「おい、ラメール。ノアなんかオレが瞬殺してやるぞ」
「気付いてないの? あと一人――いや、二人居る」
「なんだと?」
フランは耳を疑い、今一度辺りを見回してみる。
すると、近くにあった木の陰からまた別の少女が姿を現した。
「久しぶり、フラン。三百年振りだね」
現れたのは、黒を基調とした華やかなドレスに身を包んだ、薄紫色の頭髪の少女。その場に居る誰よりも小さな身体であったが、醸し出している気配は最も強かった。
「――出直すか。確かにイリスが相手じゃ分が悪い」
少女を見るなり、フランはソフィアの横を通り過ぎてラメールとシャルロットの元へ行く。
フランがイリスと呼んだ薄紫色の長髪の少女は、離れていくフランにいたずらっぽく笑いながら一言投げる。
「びびったの?」
「馬鹿言え。このオレがびびるワケねぇだろう。これは戦略的撤退だ」
「びびったんだ」
「――びびってねぇって言ってんだろ」
フランは足を止めて振り返り、右手に炎を纏わせて臨戦態勢に入ったが、ラメールが一つ咳払いをすると、すぐに炎を消して再び踵を返した。
「残念だが、オレはそんな見え透いた挑発に乗る程単純じゃねぇんだ」
「乗ってたよね」
「――だが安心しろ、お前はいずれこの手で葬ってやる」
「それは楽しみ。待ってるよ」
イリスはニコニコと悪意を含んだ笑みを浮かべながら、軽く手を振って見せる。
フランは最後にもう一度肩越しにイリスを睨み付けたが、そのままラメールの元へと歩いていった。
「――さてと、それじゃあまた会おうね。シルビア」
「待ちなさい!」
森の暗闇の中に消えていこうとしたラメールを、シルビアが呼び止める。
するとラメールは、シルビアが話し始めるより先にこう答えた。
「大丈夫、シャルロットを殺したりはしないから。――その時が来るまではね」
「その時……?」
「ふふ……じゃあね……」
ラメールはそれ以上は何も言わずに、フラン、シャルロットの二人と共にその場を後にした。
黙って見逃す事などできるハズもなく、シルビアはそれを追い掛けようとする。
しかし、先程までは興奮していた事で感じなかった肩の痛みに突然襲われ、思わず足を止めてしまった。
「シルビア……!」
ソフィアが駆け付け、ふらついたシルビアを支える。
シルビアは自嘲気味の弱々しい苦笑を浮かべて言った。
「情けないわね……。妹に肩を撃たれて、挙げ句あんたに支えられるとは……」
「だ、大丈夫……なの……?」
ソフィアはシルビアの肩の痛々しい銃創を見ながら、不安げな表情で訊く。
「思ったよりも出血が酷くてね。ちょっとふらつくってだけよ」
「じゃあすぐに止血しないと……」
「大丈夫よ。こんなの、布切れかなんかできつく縛っておけば――」
「ダメだよ! ちゃんと治療しないと……一旦町に戻ろう」
シルビアの腕を肩に回し、ユーティアスへと移動を始めようとするソフィア。
しかし、シルビアは尚も拒否し、シャルロット達が消えていった方向へ向かおうとする。
「馬鹿言わないで。こんな傷より、シャルが心配だわ。早く奴等を――」
するとそこで、ずっと二人のやり取りを黙って見ていた緑髪の少女――ノアが口を開いた。
「そんな身体で奴等とやり合うつもりかい? 言っておくが、奴等は生半可なヴァンパイアではないよ」
その声を聞き、ソフィアは初対面である二人の少女を改めて見る。
「あなた達は……」
「一月前の騒動で暴れ回ってくれたヴァンパイアよ。他にも居たけどね」
シルビアがそう答えた。ソフィアは驚き、彼女の顔を見つめる。
「そ、そうなの……?」
「紹介なら本人達からして貰いなさい。私も別に詳しいワケじゃないから」
「わかった……」
ソフィアは曖昧に頷いてから、二人の少女に視線を戻した。
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