同族嫌悪

 一方――

 アリス側のヴァンパイアであるノア、リナ、ルナの三人は、二階の通路をソフィア達とは反対に進んだ先にある階段広場にて交戦していた。

 ノアはヴァンパイア達の中でも一際優れた身体能力と見た目にそぐわぬ怪力を持っており、敵を無慈悲にじ伏せていく。

 リナは闇を操る魔法に長けており、命中させた者の魂を消し去る球体や、落とした者を虚無の空間へと送り込んでしまう穴などを生成して敵を消し去っていく。

 ルナの得物は一本のナイフだけであったが、目にも留まらぬ俊敏な動きが彼女の最大の武器であり、敵を翻弄しながら戦っていた。

 強大な力を持つ三人に下級ヴァンパイアが対抗できるハズもなく、挑んだ個体から次々と仕留められていく。

 殲滅しては先に進むという事を繰り返し、三人は階段を降りて一階通路へと到着した。

「――こっちか」

 通路の最奥にある大食堂の扉の向こうから何かを感じ取ったノアが、そちらに向かう。双子もそれについていく。

 扉を押し開けると、長いテーブルの端に背中合わせになって腰掛けている二人の少女の姿が見えた。

 青髪と赤髪――それを見ただけで、三人の表情が引き締まった。

「人の家にずかずかと上がりこんでくるとはね。少しは身の程をわきまえてみたらどうだい?」

 ノアの呼び掛けに、ラメールが人を喰ったような笑顔を浮かべて答える。

「ここはヴァンパイア達が住まう場所。それならあたし達だって立ち入る権利があってもおかしくはないでしょ?」

「ふざけるな。貴様にそんな権利は無い」

「ふふ……相変わらずお堅い事で……」

 ラメールは机からすっと降りて、双子に視線を結び付ける。

「あなた達も変わってないね。小さくて可愛い――あたしの人形にしてあげたいな」

「見ないで、気持ち悪いから」

「主に封印された馬鹿のクセに」

 嫌悪を隠そうともせずに返答する二人であったが、ラメールには逆効果であった。

「もう……ツンツンされると余計に興奮しちゃうよ……」

「……ダメだこりゃ」

 恍惚とした表情を浮かべるラメールを見て、ルナが溜め息をついた。

 その一方で、彼女の隣に居るフランは何も言わずに腕を組み、高圧的な態度でノアを見つめている。

「――お前はさっきから何を見てるんだ。ボクの顔に何かついてるのか」

 その視線に気付いたノアが、忌々しそうに彼女に訊く。

「気に入らねぇな」

「――は?」

「飄々としやがって。お前なんかよりオレの方がずっと強いんだぞ」

「……そうかい。それは何よりだね」

「何だその言い方は。馬鹿にしてんのか」

「そんなつもりはないんだけどね……」

「――良いだろう。お前はオレが叩きのめしてやる」

「やれやれ……会話にならないな……」

 呆れた様子で失笑を浮かべるノアであったが、二人がこちらに向かって歩き出したのを見ると、すぐに気持ちを切り替えて臨戦態勢に入った。

「お前達、油断するなよ」

 ノアが双子にそう呼び掛ける。

「そっちこそ。燃やされて灰になったりしないでね」

「その時は掃除機で吸っちゃうからね」

 皮肉屋なリナと、いたずら好きなルナの斜に構えた返答に、ノアは苦笑を浮かべた。

「――全く、呆れた奴等だ」

 こうして、ヴァンパイア同士による激闘が始まった。


 混戦よりも一対一で戦いたいと考えたノアは、机を飛び越えてフランをそちらに誘導する。

 彼女の意図など察しようともせず、フランはすんなりとその誘導に乗り、ノアと対峙する。

「さぁ、始めるとするか。安心しろ、一瞬で済むから苦痛はねぇハズだ」

 右手に炎を纏わせるフラン。ノアは嘲笑を返す。

「それは有難い。だけど、ボクはそんな器用な真似はできなくてね。苦しみ悶える事になっても恨まないでくれよ」

「じゃあやっぱり同じ目に遭わせてやるよ」

「随分と早い撤回だね……」

 フランは突然弾丸のような速さでノアに突進し、彼女の腹部を狙って右手を突き出した。

 ノアはその先制攻撃を容易にかわし、フランの首に手刀を叩き込む。

「おせぇんだよ……!」

 手刀を左手で弾き、右手をノアの胸部に打ち付けるフラン。

 ノアは轟々と燃えているその拳を避けずに、両手で受け止めた。

「――ふむ、相変わらず威力だけは大したものだね」

 熱さなど微塵も感じていないのか、ノアは受け止めた拳を見ながら涼しい表情で呟く。

 フランはノアの身体を蹴り飛ばすと同時に飛び退き、彼女との距離を離した。

「――そう言えば、身体だけは丈夫だったな」

「だけは? その言い方には語弊があるね」

「何言ってやがんだ。ロクに魔法も使えねぇクセによ」

「魔法なんか使えなくたって困る事は無いさ。ボクには別の力がある」

「そうだったか? お前の力の事なんか覚えちゃいねぇな。なんせ三百年前の話だ」

「まぁ、気にしなくていいぞ。お前なんぞにその力を使う必要はあるまい」

「一々癪に触る奴だな」

「こういう性格なものでね」

 舌戦を終え、二人は武力による本戦に戻った。


 ノアとフランはお互いの実力を計りながら戦っており、言わば前哨戦のような戦いをしている。

 その一方で、ラメールと交戦しているリナとルナは、一言も交わす事なく本気で彼女を殺しにかかっていた。

 双子の同時攻撃をラメールが回避し、一旦仕切り直しになった所で、長く続いていた沈黙が破られる。

「息がぴったりでとても素敵。きっと、お互いの事を強く信用してるんだろうな……」

「うるさい。喋らないで」

 ルナは聞く耳を持たずにナイフを構えて接近する。そのまま彼女の攻撃が始まったが、ラメールは避けるだけで反撃をせず、代わりに口を動かす。

「もしもあなたがあたしの人形になったら、リナはどんな反応をするのかな……? 絶望して、その辛さに耐えきれず、自ら命を絶ってしまったりするのかな……? ねぇ、あなたはどう思う?」

「そんなの知るか……!」

 ルナは素早く背後に回り込み、ラメールの首筋にナイフを突き立てる。

 ラメールは振り返り、ナイフの刃を左手で掴んで攻撃を止めた。滴り落ちてきた自分の鮮血を見て、ラメールは不気味にニヤリと笑う。

「見て……あたしの血、綺麗でしょ……?」

「うるさい……!」

 刃身をラメールの身体に届かせようと、ルナはナイフを更に強く押し込む。

 しかし力比べではラメールが勝り、ナイフがそれ以上進む事は無かった。やがてラメールが右手を掲げ、小さな声で呪文を詠唱する。

 するとルナの頭上に魔方陣が現れ、水の球体が生成された。その球体はルナの頭部を包み込み、彼女の呼吸を無慈悲に妨げる。

「あぁ……素敵な顔……。苦しい? ねぇ、苦しいの……?」

 ルナのもがく姿を見て、表情を蕩けさせるラメール。

 ルナの身体から力が抜けてきたその時、離れた場所で呪文の詠唱をしていたリナが地面に勢いよく両手を叩き付けた。

 すると、ラメールの足元から黒い影のようなものが現れ、彼女の四股に纏わり付いて自由を奪った。主が行動不能になった事により、生成された水の球体が崩壊する。

 解放されたルナは思わずその場にへたり込み、肩を上下に動かす程の激しい呼吸を繰り返した。

「――あーあ、捕まっちゃった……」

 動きを封じられたラメールが、まるで他人事のようにそう呟く。

 そこに、リナがやってくる。

「私の妹をいじめないで貰える?」

「ふふ……仕方ないよ、だって可愛いんだもの……」

 妖艶な笑みを浮かべるラメール。すると息を整え終えたルナが立ち上がり、ラメールの腹部にナイフを突き刺した。

「――死んじゃえ、変態」

 刃身が全てラメールの身体に入り込んだ後も、ルナは柄まで差し込む勢いで更に力を込めていく。

「いいよ、ルナ……あたしが憎いんでしょう……? もっと深く――奥まで……」

 ナイフの刃身に身体の中を蹂躙されているにもかかわらず、ラメールは笑顔のままであった。

 その不気味なまでの余裕にルナは恐怖心すら覚え始め、半ば自棄やけになりながらラメールの腹部を一文字に斬り裂いた。噴き出た鮮やかな血が、ルナの幼い顔を不浄な赤色でけがす。

「もう良いの……? あたしが憎くないの……?」

 ルナを見つめながらそう言ったラメールは興奮で息が荒くなっており、顔も紅潮している。

「リ、リナ……」

 彼女の狂気に完全に支配されてしまったルナは、怯えた表情でリナに抱き付いた。

「――そっか。もう少し楽しませてくれると思ったんだけどな……」

 ラメールは小さく鼻で笑い、顔を俯ける。

「自分が置かれている状況がよくわかってないみたいだね。あなたはもう満足に動けないんだよ」

 怪訝そうに眉をひそめるリナ。

 するとラメールは顔を上げ、リナに視線を結び付けながら口元を歪ませた。

「動けない? どうして?」

「――本気で訊いてるの?」

「だってわからないんだもん。あなたの言葉の意味が……」

 ラメールの両目が赤く光る。それと同時に、彼女の四股に纏わり付いていた影がすっと消え去った。

「ッ――!」

 ラメールの気配がたちまち強大なものに変わっていく。リナはルナの腕を掴んで素早く下がり、警戒の眼差しをラメールに向ける。

「ふふ……久々に本気で遊ぼうかな……。相手になってくれるよね……?」

 瞳の赤色化は、ヴァンパイアがその身に宿す力を覚醒させた際に起こる現象であった。

 ラメールは深紅の瞳で二人を捉えながら、ゆっくりと歩き出す。

「――それならこっちだって、全力で行くよ」

「ふふ……あたしは今のあなた達の方が好きなんだけど……それはそれで楽しめるよね」

 余裕綽々と言った様子のラメール。

「――後悔させてやる」

 リナが表情を破顔させてそう言った、その時――

「おいてめぇラメール! 何本気出してんだ!」

 離れた場所から、フランのぶっきらぼうな声が飛んできた。ラメールはその声を聞き、残念そうに溜め息をつく。

「あーあ、ばれちゃった。遊ぶのはまた今度だね」

 そう言って、にっこりと笑う。次に目を開けた時には、瞳の色が黒に戻っていた。

「どういうつもりだ。話と違うぞ、馬鹿野郎」

 ノアとの交戦を中断し、ラメールの元にやってくるフラン。

「ごめんね。あまりにもこの子達が可愛かったから、つい我を忘れちゃったの」

「忘れるな、馬鹿野郎。オレ達の目的は――」

 と言い掛けて、フランは慌てて口をつぐむ。

「ほう、何か目論見があるってワケか。大方お前達は囮と言った所かな?」

 ノアが双子の後ろにやってきて、フランに鋭い視線をぶつけながらそう訊いた。

「――あ? 何の話だ」

「お前が今言い掛けた“オレ達の目的”とやらの話だよ」

「そんな事言ってねぇよ」

「言ったじゃないか」

「言ってねぇっつってんだろ! このタコ!」

「タコ? ボクのどこがタコだと言うんだい? わかりやすく説明して貰えると有難いんだが」

「ちっ、うるせぇな……」

 ノアの煽り文句に溜め息を漏らし、フランは踵を返して出口へと歩き出した。

「行くぞ、ラメール。そろそろ良いだろう」

「わかった。――またね、お三方」

 最後ににこっと笑い掛けてから、ラメールもフランに続いてその場を後にしようとする。

 しかし、三人がそれを黙って見逃すワケも無い。

「そうか、またな――とでも言うと思ってるのかい?」

 ノアが二人を追い掛けようとしたその時、食堂の最奥にある大きな窓がけたたましい音と共に割れ、三十体は居るであろう大量のヴァンパイアが雪崩の如く侵入してきた。ヴァンパイア達は瞬く間に三人を囲い、威嚇を始める。

「……小賢しい真似をするね」

 ノアはラメールとフランの後ろ姿を恨めしそうに睨み付けた。それから、集まったヴァンパイア達を見回して小さく溜め息をつく。

「仕方ない、奴等を追うのはゴミ掃除をしてからにしようか」

「ルナ、戦える?」

「……うん、もう大丈夫」

 ノアに倣い、双子も臨戦態勢に入る。

 ヴァンパイア達は一斉に襲い掛かった。

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