16. 三日目・夕方(5):捕虜奪還交渉(後半)


(まずいまずいまずい……)


 ブライトは焦りを鎮めようと必死だった。先程の剣の投擲も警戒していたというのに、美春が蹴り飛ばしてくれなければ直撃していた。命中する軌道には見えなかったのだ。床面に転がる剣を見る限りでは幻術が掛けられていた風でもないのに、だ。


 屋上の陣容を正確に把握されたのは驚嘆に値するが、あり得ないというほどでもない。A級以下の魔術師でも似たようなことができる者はブライトの知り合いにも何人かいる。

 問題は三階に降ろしたトレイシーの存在に気付かれていたことである。彼は今、魔力を常人並に抑えている。勘の良い魔術師は視線を感じ取れるので、あの少年を直視しせずに使い魔からの情報をタブレット経由で確認するようにとよく言っておいた筈だ。

 

(時坂!)


 明日香のいる南側の端の影に隠れるブライトは彼の背後、屋上中央に立つ美春に目線で訴えようと試みた。南側をので首の角度的に美春の姿は見えなかったが、『あまり煽るな』という意図は伝わっただろうか。


 ブライトの固有魔法『追随する影の戦士シャドウストーカーズ』は最大十二体同時に操れる人型幻獣である。その全身はモノクロ映画から抜け出てきたかのように肌も服も白黒二色で要人のSPのような黒衣を纏っていた。

 この影の戦士は『常にブライトの背後に現れる』という特性を持つ。彼が振り向いて姿を直視しようとすると瞬時に背後に移動してしまう。

 基本的に主の指示に忠実に動きづつ、ある程度の自己判断能力もある優秀な手駒なのだが、勝手に主の死角に移動してしまう性質だけは止められない。鏡を利用して全方位を同時に見ようとした時には姿を消してしまったことさえある。

 流石に録画や写真などで姿は把握できているが、肉眼では一瞬しか姿を見たことがない。陣形を見ながら指示を出せないデメリットが大きいので改善したいのだが、どうしてこうなのかはブライトにも不可解だった。


 この特性を上手く使えば擬似的な近距離瞬間移動として利用もできるが、今は彼らをビルの四方に配置しておくべきなので動かす訳にはいかない。

 十二体の影の戦士たちはブライトと同じ南側に三体、東西に二体ずつ、北に五体配置され全員がライフルや弓などの長距離武器を所持していた。

 戦士の一体一体はC~D級魔術師以下の戦闘力しか無い。数を減らせば一体ごとの力も上がるが、それも術者のブライトと同等のB級レベル一体が精一杯である。

 正面に火力を集中させたり、近接武器を持たせて謎の少年の接近に備えたところで相手にならない。トレイシーと美春を合わせても焼け石に水だ。この状況からピンクを救出するには半径百メートルの数千人を人質に取るしか道はなかった。


 この作戦を提唱した美春はといえば、自分のスマホで明日香に渡した通信機と会話をしている。ブライトの焦りも気にせず、明日香の恫喝にも特に慌てた風もなく交渉を続ける。


「そう。じゃあ攻撃してみると良いわ。貴女ならそこからでも私たちを全滅できそうね」

『良いのかい?今投降すれば死ななくて済むんだよ』

「嫌よ。その娘みたいに真っ二つにされそうだし」


――――――――――――――――――――――――――――――――――


(まずいわね…‥)


 明日香は動揺を口調に出さないように努めてはいたが、内心ではかなり焦っていた。蝶を使えばこの距離からでも屋上の二人と幻獣を瞬殺はできるが、剪定騎士団にはまだ実力偽装は効いている筈だ。出来れば正体は隠しておきたい。

 他に手元にある飛び道具と言えば、隠し持った銃以外にはピンクの鋏剣の片割れもあるが、一撃で敵を全滅しうるのはピンクの巨大ブーメランしかない。しかしこのように巨大なブーメランとなると、見るのはともかく使うのは初めてで、使いこなすのには不安があった。


 しかも幻獣の配置が絶妙だった。どのような軌道で放っても一・二体は討ち漏らしてしまう。投げたブーメランに追いつく勢いで屋上に乗り込んでも制圧する前に町への射撃を一発は許してしまうだろう。

 幻獣は術者を殺せば消滅するのでそれを狙う手もあるが、消滅までどれほど時間が掛かるのかは術者や幻獣の強さとはあまり関係がないので見当がつかない。瞬時に消える場合もあれば条件次第で半永久的に存在する幻獣すら存在する。先程の投擲で一体でも倒していれば良かったが、万に一つでも屋上に感じた気配の中に一般人がいたらと思うとそれはできなかった。

 

 何より『三人目』の居場所が分からないのが問題だった。

 三人目がいるだろうとカマを掛けたのは、屋上のメンバーだけで捕虜解放交渉を行うには、自分に対して最低でもあと一手は足りないと踏んだからである。この三人目は強くともA級以下だろうと正しく察していた。仮にS級以上を隠しているのなら町を人質に取らずとも、幻獣の銃口を全てこちらに向けてS級の仲間を支援すれば彼らに勝ち目があるからである。屋上の厄介な配置を咄嗟に考えた相手なら、その程度は考えられるだろう。

 逆に四人以上はいないと考えたのは、いれば屋上なり地上なりに配置するだろうからだ。あの屋上の布陣はあまりに守りを捨てすぎている。いるとしても数百メートルは離れていて、すぐには参戦できないと見ていい。だが逆にトレイシー三人目も含めた何者かがこちらを監視している可能性自体は極めて高いので、蝶をまともに使うことはできない。


(賭けで人の命を危険には晒せない……)


 タイミングが悪かった。恭哉の安全の為にブルーを解放させた直後である。ピンクまで解放すると、騎士団の陣容と総攻撃の時期を把握できなくなる。

 先駆けの権利の存在とピンクたちがそれを行使しているのだろうことは明日香も察している。屋上の女たちは恐らくピンクと同じ派閥ではなく、ただ先駆けの権に相乗りしたいだけだろうと正しく分析していた。美春がピンクのことを話す口調から、仲間を案じる雰囲気が全く感じられなかったからである。


「それで、どうして欲しいのかな。彼女をこの場で離せと?彼女が逃げ出した途端に攻撃をされたらたまったものじゃないよ」

『先に武器を降ろせ、ってことかしら。貴方相手にそれは怖すぎるわ』


 この膠着状態が長引いた場合、どちらが不利になるだろうか。既に恭哉経由で頼んだ応援が来れば美春たちの作戦は瓦解するが、その前に剪定騎士団の応援が来ないとも限らない。


 しばらく考えた末、明日香はこう提案した。


「じゃあこちらが彼女を解放したら、彼女がそちらへ歩く距離に応じて屋上の幻獣を一体づつ消していって貰おうかな」

『なるほど、妥当な落とし所かしらね?』


 明日香と美春はこの案を軸に三十秒ほど交渉を行った。

 結果、『ビルの入口までのおよそ二百メートルをピンクが二十メートル歩くごとに幻獣を一体づつ消していき、入口に付くと同時に最後の二体を同時に消す』という案がまとまった。当然、他の三人……いや、四人は動かないという前提だ。


『これでいいわ。ただし、武器から手を放して貰えるかしら?』

「そちらが銃を降ろしてくれるのなら構わないよ」

『そっちは一撃でこっちを倒せるのでしょう?釣り合ってないわ。その面白いブーメランと剣は四十メートル後ろに捨てて貰えるかしら?』

「流石に遠すぎるよ?」


 更に数度のやり取りの末、明日香の後ろの南側二十メートルにブーメランを、左の西側十メートルに剣を捨てることで合意した。

 美春の最初の要求より距離を近くした代わりに、同時に両方は回収しにくくした形だった。この案には明日香の利き手を右と見て、剣を左手側に捨てさせる意図もあったのが、両利きの明日香にはこれは問題ではなかった。


 明日香は武器を指定された位置にミリ単位の正確さで投げ捨てた。武器と明日香の一番近い部位で測定したなら、ぴったりと指定の距離が計測できただろう。美春も流石にこの精度は要求していなかったし、気付いてもいなかったが、これは単に明日香の律儀さによるものであった。万一難癖を付けられても困るという考えもある。


 交渉が終わる間に、当事者でありながら蚊帳の外に置かれていたピンクは再生を概ね終えていた。傷はあるが歩けるようにはなっていた。肩を掴んで立たせようとすると、汚らわしげに振り払われた。自分で立ったところで後ろ手に魔力を封じる手錠を掛けると、妙な悪態を吐いた。


「このにわかレイプ魔!死ね!!」

(百合山くんを常習犯みたいに……初犯ですら無いのに)


 明日香は同盟相手への中傷に気分を害したが、解放した捕虜に危害を加えるわけにはいかず、良い反論も思いつかなかったの大人しく口を噤んだ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ピンクが歩き出す。やがて最初の二十メートルに達すると、屋上の幻獣が一体消える気配を感じた。一度捕捉すれば、隠形系の魔術を使われない限りは見えなくても位置は概ね把握できる。


(まだ油断はできない)


 単純計算で三体の幻獣が消えれば屋上の敵を一撃で全滅できる勘定になるが、そう上手くはいくまい。こちらは武器を手放している。武器を投げる時に影に潜ませた蝶を使えば手を触れずに取り戻す算段はあるが、一瞬でとはいかない。

 敵が幻獣を復活させるのに何秒掛かるのかも不確定要素である。通常は消すよりも作るほうが時間が掛かる。今、消すのに一秒掛かっていたのでそれ以上は必要だと思いたいが、撹乱のためにわざとゆっくり消した可能性もある。


 ……そういった諸条件を勘案し、明日香は幻獣が六体目が消えた段階で攻撃に移ろうと決めていた。敵が約束を守る保証はない。ピンクを奪還された上に銃撃も実行されるの最悪のケースは避けなくてはならない。それに町の迎撃体制が整う前に剪定騎士団の襲撃があれば被害が大きくなる。


 四十メートル、六十メートル、八十、百…‥五体目の幻獣が消えた。


 明日香は攻撃の準備をしつつも、それが呼吸音など外面の変化として現れないように平静を維持しようと努める。

 ピンクは時折背後の明日香を警戒しつつも一定のペースで進んでいく。屋上にも目立った動きはない。

 やがて百二十メートルちょうどに達した。極度集中により明日香の時間が鈍化する。六体目はまだ消えない。元々一・二メートルの誤差は許容していた。これまでの五体の時もそうだった。焦ってはいけない。

 明日香は冷静にこれから行う攻撃の軌道をイメージする。


 現時点で屋上に残る七体の配置は、手前の南側に一体、東西に一体づつで、北側には四体が均等に並んでいる。

 交渉の際、消す順番は指定しなかった。指定することは攻撃の予告と同義だ。

 明日香から手が出しにくい北側を残しているのは予想通りではあるが、次に消えるのはどれか。全方位に一体づつは残しておきたいだろうから、やはり北側だろう。

 しかし先程消えた五体目は北側の中央にいた。これを消した後でわざわざ残る四体の配置を均等にずらしている。それまでの四体が消えた時は動かさなかった。明日香の攻撃タイミングを読んでいる、というアピールだろうか。


(ダメ。迷ったらそれこそあの人の思うツボよ)


 どれが消えても良いように、明日香は脳内でシミュレーションを行った。単純に七通りというだけでなく、残った幻獣と魔術師三人の動きも考慮してその数倍のパターンを想定する。


 そして幻獣が消えた。

 東と西、二体同時だった。


 明日香は西南西に飛んだ。同時に蝶たちが全力で鋏剣とブーメランを跳ね飛ばす。まず鋏剣が明日香の手元に届いて、即座に投擲された。

 投擲の反動で空中でバック転、そして足元に出現させた蝶を足場に使い空中で踏み込みを行い、ブーメランを思い切り投擲した。

 二度の投擲の反動が消える前から靴の裏に蝶を出現させる。この蝶を踏み抜いて跳ぶ。全く同時に足場の蝶を消滅させる。この動作を繰り返して空中を連続で跳ぶ。


 ……その足元で、ピンクがブーメランを食らってあらぬ方向へと吹っ飛ばされていくのが見えた。明日香が投げた彼女のブーメランではない。恭哉から伝え聞いたブルーのものだ。遅れてブルー本人の姿が見えたので射殺した。彼女が復活するまでに屋上を片付けて戻らなくてはならない。そう思った明日香の眼前で、彼女が投げたほうのブーメランの軌道が狂った。


 三階からトレイシーに魔力で干渉されたのだった。彼の能力は物を引き寄せることに長けた念動力。窓を開け両腕を突き出す彼の隣には、彼を奇異の目で見る一般人の姿があった。トレイシーだけを殺すことは容易だが、一般人に魔術師の戦いを見せるのはまずい。

 トレイシーに対処することは諦め、明日香は宙を駆け続けた。


「くそっ!」


 トレイシーは歯噛みした。彼の全力を持ってしても超音速で飛ぶブーメランの軌道はごく僅かに狂っただけだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――


「っ!?」


 ブライトの眼前で北側の四体の幻獣の上半身がずれた。ずれて床面に落ちていく。幻獣の体が床面に当たる音はしかし隣から聞こえた。見ればすぐ東隣に配置した南の一体の上半身が無くなっており、下半身の向こう側に落ちていた。こちらが先に斬られたのだと認識すると同時に四体分の上半身が床面に当たる音がした。


(ブーメラン……なのか!?)


 壁に隠れてしゃがんだままで、瞬きもせずに真っ直ぐに北を見ていたが、ブーメランの残像すら見えなかった。音も聞こえない。

 それどころか隣の幻獣の『死』にも気が付かなかった。幻獣たちの位置や状態は目を瞑っていても把握できるは筈なのに‥…!

 当の幻獣たちすら自分がダメージを受けたことを認識できておらず、ただ死んだことだけは把握しているという奇妙な状態だった。

 ゲーム風に言えば体力が残ったままで即死攻撃で死んだような状態だろうか、とブライトは知識に基づいてイメージした。ただし大抵のゲームではゲージなどの体力表示は、即死を受けた瞬間にゼロになる。


(今の状態は……死んでいるのに体力ゲージが満タンで残っているようなものじゃないのか?なんてバグだ!!?)


 第三者に説明しろと言われたら困るが、まさしくそういった不条理な印象を受けた。混乱する間に幻獣たちは消滅し、『ゲージ』も正しくゼロになるのを感じた。それで我に返った。


(まずい!)


 美春に二体同時に消せと言われた時は正気を疑ったが、それで正しかった。いや、十二体全て健在だろうが、十倍の数がいようが無駄としか思えなかった。絶対にアレには勝てない!逃げることすら……。


(ダメだ!逃げろ!追いつかれて殺されるだろうが、距離を稼げば下の三人だけでも或いは!)


 勇気を振り絞っての『最後の抵抗』に逃走を選んだブライトは飛び跳ねるように立ち上がろうとして、二十メートル先にいた美春と目が合った。彼女の『伏せろ』のジェスチャーにすんでのところで気付いて頭を下げた。


「走って!!」


 ブライトが頭を下げたコンマ三秒後には美春はそう叫び、先に打ち合わせた『仕掛け』をしてから北側へと脱兎のごとく駆け出した。ブライトも全力でそれを追った。隣のビルへ飛び移る時、眼前で美春のカーディガンの脇腹が赤く染まった。それが今この瞬間に斬られたものではないと気付いた時に、ブライトの眼前が赤く染まった。喉の近くから胸にかけての細い傷から鮮血が吹き出していた。

 痛みと恐怖を堪え、新たな屋上に着地すると現状確認もままならないままに二人は逃走を続けた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――


 明日香がビルの屋上に辿り着いた。階で言えば十一階部分だ。ここまで六体目の消滅からは五秒。地上を離れてからは二秒、跳んだ歩数は十二歩だった。


 既に二人はいない。全滅させた幻獣が塵のようになって消滅つしつつあるのが見えるだけだ。逃走している気配は近くのビルの屋上に二つ、地上に三つ感じるが……残念ながら構っている暇はないようだ。


 着地と同時に意図した位置に転がっていた鋏剣を拾うと、頭上から降ってくる十二発の手榴弾に対して四発の突きを放った。起爆一秒前であろう手榴弾を刺激で起爆させない力加減で空中に押し戻す。ビリヤードの如く手榴弾が手榴弾を弾き、弾かれた一つがまた別の一つを弾いていく。

 同時に千匹ほどの黒蝶を呼び出して、足元に敷き詰めて盾の代わりにする。爆発に気付かせないための防音用でもある。ここまでの実力偽装が不意になりかねないが、下の十階には二十四名の気配があるので万に一つも巻き込めない。

 幸いこのビルは周囲で一番高い。蝶も足元への展開ならば目撃されないだろう。監視用の使い魔などが残っていないかだけが問題だが、明日香が把握していたうちの半数は狙い通りブーメランが起こした鎌鼬で全滅し、残りは主と共に逃げたらしい。


 手榴弾が一斉に爆発する。破片を蝶で防ぐわけにはいかないので、これも剣で全て防ぐしか無い。蝶の防音のおかげで、階下で爆発音があまり騒ぎになっていないことに安堵しつつ、最初の破片を弾いて空中に押し戻すと


「!?」


 映像の早戻しかのように爆発が空中の一点、いや『十二点』に収束し……再び爆発した!だがやることは変わらない。明日香は動揺を完全に鎮めると予定通り破片の迎撃を始める。二割ほどを弾き、砕いたところで再び収束と爆発が起こった。

 

 三度目はなかった。


 だが、たっぷり六秒も稼がれてしまった。足元に落ちた砂上の破片は分析してみたくもあったが万一を考えて蝶と対消滅させ、二人を追った。

 二人が最初に逃げた隣のビルの屋上には、雑に放り出された時限爆弾があった。あからさまにそれと分かるデザインだった。爆発3秒前と表示されていたそれを蝶で覆うと同時に、蝶を隠すべくその上から抱きかかえた。

 爆発は『1秒前』に起きた。

 その嫌らしさに怒りを覚える間もなく、頭上から四羽の使い魔烏が民家四軒分ほどの面積の屋上の四隅に手榴弾を放った。

 コンマ五秒でなんなく対処する。

 烏が特攻を仕掛けてきた。

 コンマ五秒で機械類だけを破壊して気絶させた。


 明日香は魔力と血の跡を辿って追跡を続けたが、それは最早二人を捕らえるためではなくこれ以上罠がないかの確認のためであった。想定より十秒以上も稼がれては完敗である。

 敗戦処理のための追跡は時間にして三十秒、距離にして二キロメートルほどで痕跡が途絶えて終わった。念の為もう三十秒掛けて周囲に何もないことを確認すると明日香は一呼吸ついた。

 幸いと言っていいのか、罠は烏で打ち止めのようだった。使い魔の育成には手間がかかるので、攻撃力のないものを特攻させるのは最後の手段だろうとは予想していた。


(あの女の人……厄介だわ)


 手榴弾を『巻き戻した』術もそうだが、それ以上に僅かな時間と限られた装備・人員でSS級の自分を手玉に取ってみせたことは驚嘆に値する。一般人を間接的に人質に取られたというのに尊敬の念すら抱いてしまった。


 特にあの念動力で軌道が狂ったのが痛かった。

 町を攻撃させる隙を与えずに敵を全滅させるために、明日香の攻撃は素早く正確無比だった。それだけに、範囲を絞らない広範囲への雑な念動力の干渉による、ごくごく僅かな狂いが屋上の二人を仕留め損ねるだけの差を生んだのだった。

 そこまで読み切られては、明日香が正体隠蔽のために蝶を制限していたとはいえ、負けを認めるしか無い。


「急ぎましょう」


 気持ちを完全に切り替えた明日香は、恭哉の元へと急ぐ。美晴との交渉の途中で、恭哉との交信は向こうからの妨害電波で再び途切れた。

 恐らく誠司との交戦状態に入り、彼と仲間との連携を立つためにしている筈だ。誠司は普通に戦っても恭哉より強いだろう。しかもブルーとの予想外の戦闘で消耗している恭哉ではなおさら勝ち目は薄い。


 明日香は全く心配すること無く、恭哉の身を案じて足を走らせた。


 



 


 

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