13. 三日目・夕方(2):少女戦士の死

15:10。ゲームセンターへの道中。


「あーちゃん、ゲーセンなに得意?」

「私行ったことがないのよ」

「マジで。もしかしてゆんちゃんも?」

「うん。そうなの」

「ど、どうしよ?りっちゃん!?」

「どうしようと言われても」

「だって私らが二人のゲーセン処女はじめて頂いちゃうんだよ!?」

「んんん!!」

「人聞きが悪すぎます!!」


 明日香がむせ返り、透羽が頭を抱えた。今度頭痛薬も貰うべきだろうか。精神薬との飲み合わせに注意が要りそうな気がするのは厄介だが。


「人聞きも何も人いないじゃん?」

「そういうことではなく……」


 言い掛けて周りを見る。電車が通る高架下の半地下空間。確か更に地下には地下鉄も通っている場所だ。両側一車線の道路脇に人二人が並んで通れるガード付きの歩道があり、今はその片側を通っている。だが言われてみれば人はいないし、車も先程からあまり見ない。


(チャンスでは?)


 一瞬そんな考えが浮かぶが、明日香を引き離せない以上焦っても仕方がない。しかしチャンスかも、と検討してみることすらしていなかった。正直翔子の頭を甘く見ている透羽だったが、そこに気を配れなかった時点で翔子に明らかに劣っている。透羽は自己嫌悪と翔子への罪悪感で肩を落とす。

 スマホを取り出してみるが、司令部からの連絡はまだない。まだ五分程度しか経っていないのだから当たり前だ。

 そのまま歩いていると明日香が歩きスマホを見咎めて注意した。


「六合さん?危ないわよ。明るくなるし」

「ああ、ごめんなさい。ありがとう」


 もうすぐ五十メートルほどの地下を抜けて地上に戻り、明るくなる。車の事故も起きやすいところだから、歩行者もよそ見を避けるに越したことはない。


「あっ!」

「どしたの?」


 反省してスマホを戻そうとすると、ストラップが外れた。モザイクタイルの床に落ちるとなだらかな坂道を数十センチほど滑り落ちた。

 振り返った三人が見守る中、透羽はこれを拾おうと腰を屈める。

 その耳に空を切る音が聞こえた。


「「危ない!!」」


 翔子と朔夜の声が重なった。体の上を何かの飛来物が通り過ぎるのを感じる。思わず確認しようとして、昨夜の翔子の言葉を思い出した。


(そうだ。『ブーメラン難の相』!)


 果たして軽快な風切り音はもう一度透羽の上を通り過ぎて地上へと戻っていく。頭上を安全を確認して顔を上げると、遠ざかる飛来物が一瞬見えた。


「何あれ?トマホーク?」

「違います!あれがブーメランです」


 警告を出してくれた本人はやはりブーメランがなんだか分かっていないようだった。手斧トマホークのほうがマイナーだと思うのだが。

 眼前の地面では朔夜の上に明日香が倒れ込んでいるのが見えた。恐らく咄嗟に庇ったのだろう。


「パンツ飛んできたの!?」

「武器です!」

下着っていう敵ちゃんの洒落?」

「絶対違います!」


 四人は半地下空間へ逆戻りした。相手は例の第三勢力だろうが、ブーメランだけでは正体がわからない。二撃目が来る前に司令部や翔子の占いと連携して、敵の正体を突き止め対策をせねばならない。だが明日香は途中で足を止めた。


「逃げて!」

「え?」

「私が足止めをするから。雪町さんをお願い。六合さん、龍神さん。貴方たちも魔術師ウィザードでしょう」

「な、何を言ってるの灰園さん!?ウィザードって何!?」


 困惑した様子の朔夜だが、それは透羽も同じだった。透羽たち第二の方舟アークセカンドが動く前に明日香と第三勢力をまとめて朔夜から引き離せるというのか?

 あまりに都合が良すぎる。翔子が占うラッキーアイテムにそこまで劇的な効果があっただろうか?思わず翔子を見るが、彼女の口からは例によって空気を読まない台詞が出た。


「ダメだよ!相手が何人いるかなんて分からないんだよ!?」

「ええ、そうよ。逃げた先にもいるかも知れないわ」

「あっ!そうか」

「ここに戦力を集中してはダメ。お願い。貴方たちなら信用できる」 


 またも敵味方が逆転したような会話になってしまった。それが透羽の罪悪感を煽り立ててくる。手を握ってきた明日香の指は意外に重みがあり、透羽は何故か誠司のことを連想していた。


「危ない!」


 朔夜が叫ぶ。二撃目のブーメランだった。明日香と透羽は危うげに、翔子は難なく躱し、続く戻るブーメランもよく見て全員が回避した。叩き落とすべきかと軌道を注視すると、地下からの出口に青いスーツの仮面の人物が見えた。


「やあ。可愛い子猫ちゃんたち。手荒な真似をしてごめんよ。私は剪定騎士団極東支部所属の、コードネーム『セイントブルー』さ」


 ボーイッシュながらも女性らしき青スーツ仮面は、ブーメランを掴んだ右手を四人から見て左に掲げ脚を逆方向に伸ばした。仮に誰かもう一人が逆向きに重なれば、四人からは『X』の形に見えただろう。


「そして、チーム『ビビッドウイングス』の片割れでもあるが、今は二正面作戦の最中でね。一人で失礼するよ。さて、雪町朔夜ちゃん」


 ペラペラと情報をよく喋ってくれる敵だった。本当とは限らないが、真偽の検証は司令部に任せて今は喋らせるべきだろう。インカムの通信はオンになっている。妨害もされていない辺り、デタラメを言ってこちらのリソースを浪費する意図がないとも限らない。多分なさそうだが。

 名前を呼ばれた朔夜は気味悪そうに距離をとっている。


「怖がるのも無理はない。君の命を取りに来たのだからね。だが君がその命を差し出してくれるのならば、お友達には危害を加えないと約束しよう。どうだい?」

「わ、私は……」

「お黙りなさい」

「おっと」


 明日香が二丁の銃を発砲した。ブルーはブーメランの先端を細かく振って弾く。


「早く行って!お願いよ!」

「逃げるわよ!」

「あっ、りっちゃん!」

「待って下さい!灰園さんが!」


 透羽は朔夜の手を力任せに掴んで走り出す。翔子はしばらくその場に留まっていたようだが、数秒遅れて走り出した気配を背中に感じた。相手は見たところB級程度。援護などしたら余計に早く明日香が勝ってしまうだろうが、文句を言う暇も無いし、言ったら不自然に思われる。

 それよりも前方だ。ご丁寧にも相手は二正面作戦と言っていた。敵の言葉を信じるなら地下道の反対側に敵が待ち構えている可能性もある。それなら普通挟み撃ちというべきだろうが、うっかり漏らしたのだろう言葉を深く考えても無駄だろう。

 走りながらインカムの受信音量を上げ、囁き声で司令部に話し掛ける。


(聞こえていましたか?)

『ああ、やむを得ないが好都合だ。C班を迎えに出そう……ん?何だと?何故……?』

(どうされました?)

『今の女の相方らしき敵が、誠司くんクロウ123と百合山恭哉のほうに現れた』

「え?」 

「どうしたの?六合さん?」

「何でもないわ。急ぎましょう。大丈夫?」

「うん……」


 思わず声を出してしまった透羽に朔夜が話し掛けてきた。朔夜は逆側の上り坂を駆け上がっても息を切らしていないようだった。意外に体力があると感じた。

 外に近付き明るくなってきた。さっきは向こう側のここで攻撃を受けた。透羽は注意を強める。


誠司くんクロウ123のほうは何とかなりそうだ。君はこちらの誘導で逃走に集中を』

(はい……!)

「ねえ、六合さん」

「な、何?」

 

 突然改まった声で話しかけられて驚いたが、前方からは目を逸らせない。十数メートル後ろに翔子が付いてきているのを感じつつ、声を交わしながらも一気に駆け上がる。


「私、やっぱりまだこの傷のことちょっと恨んでるんだぁ」

「ご、ごめんなさい……」


 謝りながらも透羽は明るさに目を慣れさせつつ周囲を見回す。だから最も警戒すべきだった相手に気が付かなかった。


「でも一緒に遊びたかったのは本当だよ。だから空気を読まないあの面白ナルシスブルーには結構ムカついてるのよね。でもしょうがないか」

「ゆ、雪町……さん?……つっ!」


 豹変した朔夜に驚いていると、握り返してくる手の力が痛いくらいに強まった。

 透羽が思わず見つめた朔夜の口角が吊り上がった。


「さよなら」


 追いついた翔子の眼前で、六合透羽が跡形もなく消滅した。


――――――――――――――――――――――――――――――――――

15:11。透羽たちと別方向の下校ルート。


 検査を終えた恭哉に誠司は、飲み物を奢るからと寄り道に誘った。

 

 誠司はこの後、雪町秋嘉の確保を担当するB班に助力することになっていたが、まだ時間はある。裏切っているのかどうかどうにか恭哉の真意を確かめるべく、自分の正体だけ明かして直接話すつもりだった。司令部の許可は得ている。

 向かう先は一般の個室がある喫茶店。以前、砂川支部長に連れられて入った大人向けの落ち着いた店である。珈琲一杯千円前後が基準の学生には少々高い店だが、最後の一週間となる今週は普段よりも資金に余裕があった。

 正直に言えば珈琲だけでなく恭哉との会話も楽しみにしている自分がいる。誠司は、今はそう認められる気がした。

 だが残念ながら、店には行けそうもなくなった。


「危ない!」

「うおっ!!……何だ!?」


 突如として恭哉に歩道の脇の植え込みに突き飛ばされた誠司は、起き上がりながら事態を把握した。

 鋭い羽のような意匠の巨大ブーメランが突如として飛来し、並んで歩いていた自分たちを襲ったのだった。自分より劣るはずのD級に危機察知の速度で負けた悔しさを噛み殺して、誠司は小声で司令部に報告をしつつブーメランが戻っていく先を目で追った。

 どうやら百メートルほど離れた鉄塔へ戻っていくようだが、そこに人影はない。だが、ブーメランが五十メートル先の三階建ての不動産屋の屋根に近付いた瞬間、そこから飛び出した影がブーメランを掴み取り、空中で再投擲してきた。


「てりゃああああっ!!」

「そんなの当たるか!」


 誠司がブーメランを余裕を持って躱すと、即座にピンク色の魔法少女じみた服装の仮面の女が建物の壁や屋根を次々に蹴ってこちらに迫ってきていた。

 気付けば周囲は無人だった。一般人を遠ざける人払いの結界を使っているのだろうが、結界の気配を感じない。恐らくかなり広い範囲に結界の基部を仕掛けたのだろう。乱暴な攻撃の割には周到なのかも知れない。


「ちっ!」


 今日のラッキーカラーはピンクだと翔子が言っていたが、これでは真逆だ。悪態をつきながら誠司は走る。足元を狙ったブーメランを飛び越えてピンクに近付き、今度は蹴りでピンクに足払いを仕掛ける。


「うざいっ!」


 ピンクは怒鳴りつつも冷静に二連続バック転で攻撃を躱す。誠司は追撃しようとする直前、背後から戻ってくるブーメランの気配に気付き後転して躱した。ピンクはブーメランを蹴って跳び、足を高く上げてブーツでの踵落としの姿勢に入った。着地直後の誠司は低い姿勢のまま、それを回避すべく目を見開き……ピンク色のパンツを目撃した。


「……ふざけんなぁっ!!」

「……お前がふざけんなぁっ!!!」

「ぐあっ!!?」


 誠司は占いの答え合わせに呆れ返りながらも踵落としは何とか躱したが、下着を見られたことを悟って激怒したピンクは落とした右踵を軸に反動ダメージを度外視した強引な左の蹴りで誠司を吹き飛ばした。


 ピンクは誠司に追い打ちを仕掛けたい気持ちを抑えて、後ろへ飛んでブーメランを回収すると恭哉に向かって投擲した。それを追うように自らも疾走する。

 恭哉はブーメランをすっと躱すとそれ以上は微動だにせずピンクを待った。


「待て!」


 今恭哉を殺されては、彼の真意が謎のまま終わってしまう。駆け寄ろうとする誠司の眼前で、それは起こった。


 恭哉は背後から迫るブーメランを見もしないで、軽く跳ねただけで当然の居場所のように上に乗り、それに驚くピンクの双剣を躱して鎖骨のあたりに飛び膝蹴りを食らわせた。女が二度バウンドして地面に倒れ伏す。


「なっ……あ……?」


 とてもD級の動きではない。双剣を躱す動きは、剣のほうが恭哉を恐れて勝手に避けたかのようであった。第二の方舟アークセカンド内でさえ、ここまでの動きができる戦士が何人いるだろうか?


(まさか……コイツ、本当はS級、いや灰園明日香と同じSS級!?そんな漫画や小説の主人公みたいな話があってたまるか!!)


 自分も何かの主人公めいた能力を持っているのを棚に上げて、誠司は心中で毒づいた。その誠司の無事を顔を向けて確認すると、恭哉は倒れた女に近付いて腰を抱いてそっと持ち上げた。

 誠司は違和感を抱いた。


(なんだと!?)

「君は誰だい?その鋏の剣からすると剪定騎士団かな」

「そう、よっ!触んないでよ痴漢!」


 女は恭哉を振り払って無理に起き上がった。恭哉は敢えてそれを見送る。

 ガーリッシュピンクの仮面少女はブーメランの代わりに剣を掴んだ左手を二人から見て右に掲げ脚を逆方向に伸ばした。仮に誰かもう一人が逆向きに重なれば、『X』の形に見えただろう。


「私はチーム『ビビッドウイングス』の片割れ、恐怖の桃色テラーピンク!剪定騎士団極東支部所属よ!百合山恭哉、生徒会長の弟の雑魚魔術師のアンタを確保しに来たわ!」

「僕が目的、というより義姉さんが目的って訳かい?人の女に手を出そうだなんて、それも僕を使って、だなんて命が要らないのかい?」

(いや待て!)


 胸を逸しながら威圧的に話す恭哉に誠司は強烈な違和感を抱いた。ついでにその曲線美に見惚れかけ、壊れた玩具かのように首を横に激しく振った。

 そんなことよりも、だ。百合山恭哉は敵とは言え、無意味に女の体に触りにいきはしない。今のは起こす必要はなかった。男として女性に触れる気後れが微塵もないからこそ出来る動きだった。

 逆に恭哉が唯一当然の権利、いや義務かのようにさわれる女が会長で義姉の大澄あかりだ。以前生徒会で恭哉がソファに横たわるあかりにマッサージをしているのを見かけたことがあるが、当然のように服の中に手を入れていたので度肝を抜かした。

 しかしそこまでしても自分の女だと思っているわけではない。いや本心は知らないが、少なくとも絶対にそんな事は言わない。解釈違いだった。

 ……いや解釈が違うのではない。

 誠司は試しにピンクに話し掛けてみた。


「おい、お前のその服、何かのアニメをモデルにしてるだろ」

「だったら何よ!?」

 

 ピンクは一瞬喜びかけ、すぐに表情を怒りに切り替えた。気付いてもらえたことに喜んだのを隠したと言ったところだろうか。


「何のアニメだ。百合山、分かるか?」

「『世界魔法少女戦モモカ』のモモカだよね?だいぶアレンジしてあるけどそれが何か……」

「ハァーッ!?原作9巻に登場した『ニセ魔法少女モモカ3号』に決まってるでしょうが!見りゃ分かるでしょ!本物よりマジカルオーブの色がくすんでいて、1号2号よりリボンの色がちょっと濃いのよ!このドにわか!死ね!!」

「ありゃ、僕もまだまだか。それで、それがどうかしたの?」

「いや、百合山の好みに合わせたのかと?」

「んなわけねぇだろ!ドサンピン!!何で私がにわか野郎に合わせるってのよ!好きで着てんのよ!」

「そうかい、まあいいや。ほら」


 恭哉は草むらに落ちたブーメランを拾って、テラーピンクに投げ渡した。


「なっ舐めんじゃないわよ!」

「それを持って帰りなよ。君が何故生きているのか分かってるのかい?の百合山恭哉が殺さないであげているからだよ?今なら見逃してあげるから」


 何処かの大魔王のような台詞を吐きながら、しっしっと恭哉はピンクを追い払う。

 

(違う……)


 尊大な強者の振る舞いが、ではない。『モモカ』は恭哉が最近では特に好きな作品の一つである。それに関して間違いをしたのなら、もっと取り乱す筈だった。

 『それがどうかしたの?』などと絶対に言う筈がない。

 この恭哉は偽物だ。では誰か?答えは分かりきっていた。


「ふざっけるなぁあああっ!」


 ピンクが全力でブーメランを投擲する。『百合山恭哉』は戻るブーメランを掴み、迫りくるピンクを胴切りにした。


「あっ……?嘘……こんな……筈……」


 テラーピンクの瞳から生気が失われていく。

 だが『恭哉』はまるで油断していなかった。


「君は離れて。まだ終わっていない」

「なっ……」

「良いから!行くんだ!」

「……分かった!」


 誠司は『恭哉』とピンクの亡骸に背を向けて走った。

 今の言葉の意味はこの際どうでも良い。

 『恭哉』の正体が想像通りならば、ここで一人にして置くのが今はベストだからだ。既に司令部に監視は付けてもらった。それよりもまずはB班に合流を……。


『誠司くん!予定変更だ!翔子くんの元へ迎え!』


 司令部から緊迫した声が届いた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――

15:12。高架下地下道。


「あーちゃん!ちょっと待ってて!」


 翔子は財布の中から小銭を全て出してぐっと握り込む。二十秒ほど魔力を込めてから、その塊を遮二無二放り投げた。


「あーちゃん!死なないでね!」

「ええ!ありがとう!」


 銃を撃ち尽くした明日香に迫っていたブルーは、小銭の塊を見て『阻止』を検討したが、一手遅かったのを悟り、素早く地面を二度蹴って地上付近まで飛び退いた。小銭の塊が地下空間に散らばり、床や壁、天井に乱反射する。

 スカートの中から床に落としたカートリッジを銃へ装填しようとしていた明日香はその光景に動きを止めた。下手に動けば自分が蜂の巣になりかねないと判断したからだが、小銭は的確にブルーの周囲だけを飛び回っていた。


「なっ」

「くっ!見事……うぐっ、がっ……あっ!」


 見たところ、魔力は小銭の強度と弾性を強化しているだけで追尾効果を付与している訳ではなさそうだった。通常の物理法則に従って半地下空間を乱反射している。にもかかわらず明日香を脅かすことなく、ブルーだけを攻撃している。

 ブルーも当然小銭を弾き返しているし、弾いた小銭A群が別のB群を弾いてもいるのに、である。最終的にはB群に弾かれた小銭C群や、C群に弾かれたD群すらもブルーだけを攻撃する始末であった。

 小銭の威力は大きいほど高いらしく、ブルーは命に届きかねない百円や五百円を優先して弾き、それ以下の小銭のダメージまでは防ぎきれずにいた。


「賽銭箱にでも……ゴホッ……なった気分だよ……かはっ……今度から賽銭は優しく入れよ……うがっ!」


 息も絶え絶えになりながら気障な(?)軽口を叩いたブルーは顔面を撃ち抜きかけた五百円玉を左手の平で受け止めた。五百円玉が深々と突き刺さった左手は衝撃で妙な方向に曲がった。


 小銭の包囲が収まりだした。軌道への干渉を避けるべく静観していた明日香は、今の痛打を好機とみて攻撃を再開した。

 坂に沿って床に伏せた状態で二丁拳銃を一気呵成に撃ち尽くし、カートリッジを排出しては床に並べた複数の予備に次々に交換して発砲を続ける。換装の隙には魔力の籠もった折り紙が式神となってブルーを攻撃する。パターンが読めていても小銭で損傷した体ではとても対応が追いつかず、徐々に追い詰められていく。


「灰園、明日香……君の蝶は……どうしたっ!?……うがっ……あっ」

「貴女相手に使うまでも……ないわ……!」

「その割には……ごほっ……手こずっているじゃ……ないか」


 執拗に関節部を狙う明日香の攻撃に、ついにブルーの右腕が肘からごとり、と落ちた。持っていたブーメランもともに落ちて守りが消えたことで、銃弾と式神の同時攻撃が体の正面にまともに直撃した!


「はぁぁっっ!!」


 明日香は短刀を持って走り込み、止めを刺すべく心臓を狙う!   

 ぐさり、と短刀が心臓に突き刺さり、傷口から血が溢れ出す。


「あっ……」

「痛いよね、分かるよ、ごめんね」


 明日香の体を鋭い一撃が貫いた。それは先程ブルーが左手で受け止めた際に肉に食い込んだままになっていた五百円玉を魔力を放出して撃ち込んだものだった。力任せの魔力放出に、血肉までもが巻き込まれて共に吹き出していた。

 五百円玉が坂道を転がっていく。明日香は残る力で短刀の先をかき回してから一気に引き抜いた。

 両者の体から血が一気に吹き出す。


 先に崩れ落ちたのは明日香だった。膝立ちになり、更に前に倒れていくところをブルーが受け止め、自分の体がクッションになるようにして共に倒れた。

 明日香は意図が分からぬままにブルーの腕の中に倒れた。

 掠れた声で二人は言葉を交わした。


「どういう……?」

「レディに余計な埃を……つけたくなくて、ね。私も血まみれだが半分は君がっ……やったのだから許してくれ」

「そう……」

「すまなかった……ね。君が実力を出してくれないとは……僕を侮っていたようにも見えなかったし、これは……つまり……」

「な……に?」

「………生理中だったのか……すまない」

「………セク……ハラ……だわ」


 女性の魔術師は、平均的には男性よりも能力が優秀なことが多いが、代わりに月経の際には能力が大幅に低下する者が多い。SS級らしからぬ今の明日香の弱さは、期せずしてそのタイミングで襲ってしまったせいだとブルーは判断した。


「君の全力を見られ、無かったのは残念だが……せめて君の友達は……こんな風に苦しま……ように、後で天国の君のところに、送っ……」


 その言葉を最後にブルーは命を落とし、

 その言葉の意味を考えながら灰園明日香の命は失われた。

 明日香の手は最後の力でブルーの左腕に爪を立てていた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――

15:13。某所。



「えっ?」


 六合透羽が感じたのは、まず風。

 次に浮遊感。そして赤ずみ始めた青。


 透羽は空中にいた。

 地上からの高さは軽く五十メートルはあるだろうか。重力に引かれ自由落下が始まる、いやとっくに落ち始めていた。

 

 六合透羽に空中飛行の魔術は使えない。

 訳も分からず助けを呼ぶ発想すら起きないまま、縋るものを求めるかのように透羽は何もない宙、いや天へと手を伸ばした。


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