12. 三日目・夕方:ボーイッシュブルーとガーリッシュピンク
―訳は聞かないで下さい。手紙で書かれても困ると思いますが、不治の病の様なものだと思ってください。
死んでしまう私と友達でいたら、灰園さんは友達を亡くしてしまうことになる、それが嫌で友達をやめるなんて言いました。
馬鹿ですよね。理屈が合いません。
灰園さんは、いいえ、他の人だって、友達が友達じゃなくなったくらいで死を悼まなくなるなんてことあるはずがないのに。
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15:05。星河高校校門。
「ごめんなさい。結局ギリギリまで待たせちゃったわね」
「大丈夫よ、私たちも図書館で時間を潰してたから」
「六合さん、調子は大丈夫?」
「一応ね。そんなことより、雪町さんこそ……本当にごめんなさい」
透羽に思い切り張られた朔夜の頬は治療跡が痛々しい。保健室で全治二週間と聞いた。ただの平手にしては傷が深いのは、どうも魔力を無意識に込めてしまっていたかららしい。もう僅かに加減を間違えていたらと思うと、透羽は身震いした。
四人は歩き出しながら、話を続ける。
「私は大丈夫だよ。お陰で灰園さんとも仲直りできたし」
「そうね。正直この怪我を見て頭にこなかった、なんて言ったら嘘になるのだけれど、六合さんは雪町さんのことを想ってのことだし、本人が責めない以上、私も何も言わないわ」
陰鬱な表情をしていた朔夜もだいぶ明るくなっているし、二人の間のわだかまりは消えたらしい。これが別の友人の事なら喜ぶべきことなのだが、引き離すべき二人が結びついてしまったのは大変まずい。その原因が自分にあることと、組織への罪悪感があまり湧いてこないのは、まずかった。
「でもそんなに大きな傷……」
「そうね……じゃあ」
明日香が手を開いて後ろに引いた。その手が透羽の頬に近づく。
「ひっ」
「ちょっ待っ」
透羽の体が灰化の死蝶の恐怖に強張り、翔子が割って入ろうと動き……、
「えいっ」
「え」
死を覚悟した透羽の前髪を、そっと風が揺らした。明日香が手うちわで一度だけ凪いで起こした風だった。
「驚かせてごめんなさい。安心して。何もしないわ。何もね。蝶なんて出ないから」
「蝶って何?」
「ちょっとした手品よ。準備がいるのだけれど今度見てみる?」
「うん」
明日香は不思議そうな朔夜に悪戯っぽく微笑んだ。
蝶の話を振られた透羽は、安心どころかむしろ心臓を掴まれた思いだったが、よく考えればおかしくはない。透羽たちは中ランクの魔術師として学校に登録されている。SS級魔術師の明日香ならばその権限で生徒の誰が魔術師かまでは把握していても不思議はない。
正体がバレたのではない筈だ。
「だからこのは……」
「はいはーい!この話はここまでーっ!ね?」
「ええ」
まさに今そう言おうとしていた明日香は、話を遮られたことへの苛立ちどころか戸惑いすら見せずに頷いた。
透羽は処刑台から救い出された受刑者のごとく安堵の表情を浮かべた。ゆっくりと深呼吸をする。任務の山場でストレスが極度化しているのか、最近は精神安定剤の効きが悪い気がする。薬はまだ数日分はあるが、処方し直して貰うべきだろうか。
などと考えていると翔子が言葉を続けた。
「じゃあ取り敢えずゲーセン行こうか?」
「え?」
「それともカラオケ?」
「ちょっと翔子さん?」
ストレスの種が増えた。これから拉致せねばならない雪町朔夜をどうして人混みに連れて行こうとするのか。司令部に相談するか小声で本人に一言言いたいところだが、SS級魔術師ともなると非戦闘時でも相当に感覚は鋭い。こんな十メートルと離れていない距離では小声でも聞き取られる恐れがある。
今はインカムで司令部に声だけを送り、指示があればSNSで送られることになっているが、それも頻度が高いと怪しまれるので限度がある。
取り敢えず明日香たちに怪しまれないように誤魔化す。
「あの、私バイトがあるから……」
「今日バイトじゃなくない?」
「急なシフトが入って」
「そだっけ?」
「あの……龍神さん?まず六合さんの体調は大丈夫なの?」
「そ、そうだよ。私も今日は予定があるしね」
「ええと……ちょっと待って」
昼に級友に告げた急なバイトというのは勿論嘘である。しかしそれを翔子に追求されて、明日香たちに助けられるのではもう敵と味方があべこべである。体調を言い訳に断ろうかと考えた矢先にスマホに通知が入り、SNSを確認する。
<今から二時間前後、時間を潰すこと。その間に乙をこちらで確保する。その後、B班をそちらに回して甲を確保する。乙を確保後こちらから作戦を送信する。AMはもう動けるがそちらに合流させて良いか?>
この文面の甲とは朔夜、乙が秋嘉、AMが誠司のことを指している。
つまり『雪町父娘の確保は同時に行う予定だったが、秋嘉を先に確保してから人員を集めて朔夜を確保するよう変更する。三代誠司は君たちのところに送って支障ないか?』という意味になる。
「バイト先からかしら?」
「いえ、誠司さんからです」
なるべく内緒話は避けたかったがやむを得ない。透羽は翔子を呼んで文面を見せたが、翔子は案の定解読できなかったのでその場で今のような翻訳をしてみせた。
「うーん。ね、あーちゃん、ゆんちゃん?男子呼んで平気?」
「え!?」
「ごめんなさい家訓で男子との同席は固く禁じられてるのよごめんなさい」
「えー厳しー。ゆんちゃんは……駄目?」
「ごめんなさい。ウチも……」
「えー、女子四人に囲まれてドギマギするせっちゃん見たかったー」
「可哀想だから止めてあげて下さい……」
「あ、取られるの怖いんでしょー」
「二人共取りそうにありませんけれど……いや、私のものではないですが」
不満げな翔子だが、既に『見たかった』と過去形になっている辺り呼ばないことを納得はしているようだ。男子が来ると聞いて萎縮しているらしい朔夜を見た時点で決めたのだろうか。
透羽としても今は誠司とは少し顔を合わせづらかったし、何より『死相』が出ているB班の安全が第一だ。精鋭部隊に誠司が加われば灰園明日香すら殺せる可能性もある完璧な布陣となる。敵が単独の魔術師なら誠司に負けはない。この旨を司令部に送信した。
『AMがいれば大丈夫』『AMがいれば絶対勝てる』と似た表現を二度使ってしまったことに気が付いたのは送信した後だったが、司令部はそこは何も指摘しないでくれた。
それから五分ほどの協議の末、明日香の提案でゲームセンターに行くことになった。
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その様子を、付近のビルの屋上から何者かが見つめていた。
「彼女たちはどうやら遊びに行くらしいね、テラーピンク」
「そうみたいだね。能天気でいいよねぇ、セイントブルー」
双眼鏡に機能強化の魔術を掛けつつ、肉眼にも強化を施した二人の少女は四人の会話内容をある程度把握できていた。
セイントブルーと呼ばれた少女は、スレンダーで背が高く髪は長く、ボーイッシュで巨大特撮ヒーロー然とした青い戦闘服を着込み、顔全体が隠れる泣き顔のような仮面を付けていた。
テラーピンクと呼ばれた少女は、背は十代後半の標準的でブルーよりは肉付きが良く胸も豊かで、後ろ髪は短いが前髪は二本の長い編込みを伸ばしている。ガーリーピンクを基調とした00年代の魔法少女然とした戦闘服を着込み、顔の上半分が隠れる笑顔のような仮面を付けていた。
生徒会の凪と晴以上に色々と対象的な二人であるが、共通する部分も多い。
二人の仮面はデザインこそ違うが、共通して隠蔽魔術が掛かっている。輪郭をぼやけさせ体格や性別などを相対する敵に把握されにくくするものだった。これから襲撃する相手に正体が星河高校の生徒だとバレないためのモノである。
背中には二種類の武器を背負っている。片方は二人の得意武器で、もう片方は鋏の形の剣である。
そう、この二人こそが剪定騎士団に雪町朔夜の存在をリークした張本人である。
同時に、騎士団がまだ朔夜を襲っていない一因でもあった。
剪定騎士団には『先駆けの権利』という制度がある。脅威を発見・報告してから一定の時間内は、報告者に優先的に討伐権が与えられるという制度である。
強大な脅威を発見した者が誰にも報告しないままに単独討伐を試みて返り討ちに遭い、脅威が野放しになり悪化する……というかつてよくあった事態を避けるための制度である。
今回は脅威は強大ながらも時間に余裕があると判断され、期限は二十四時間以内となった。すなわち今日の19時までは彼女たちに無断で他の騎士は朔夜を襲えない。
当然他の騎士はまず二人に接触しようとしていたのだが、二人は干渉を避けて逃げ回っていた。せっかくの大出世のチャンスを逃すわけにはいかない。ブライトやトレイシーのような無所属の平団員の二人だが、二人だけで雪町朔夜を殺すことが出来れば一気に爵位を獲得できる。三十位以上の議席持ちとまではいかないが、五十位辺りは確実だった。
ブルーはさらりとした髪をかき上げた。
「さて、どうしたものか。最後の思い出作りの間くらい待ってあげたいのだけれど」
「何言ってんのよぉ。あの子たちが遊んでいる間に夜になっちゃうわよ」
「暗くなってからのほうが襲いやすくなる気もするけれど、どうだろうか」
「暗くなりすぎたらどうするの。四時間なんてあっという間よ」
「そうだね。女の子は夢中になったら時間なんて忘れてしまうものだからね」
「そうねぇ。可哀想だけど急いだほうが良いわよねぇ」
背後に、ゲームセンターのプライズ品とカラオケ店の記念品が入った袋を置いた二人が言うと説得力がある言葉だった。
校門を見張っていた使い魔があの四人を確認して報告を送った時、主たちはデュエット曲を熱唱しているところだった。
曲は残り二分あったが、仕方なくテンポを最大にして早口で歌いながら会計を釣り銭の出ないように用意し、歌い終えると五階の階段に躍り出るや二人分の荷物を持ったピンクを抱きかかえたブルーが魔術師の跳力で飛び降り、足を痛めながらカウンターに向かうと先客がいたので回復魔法を掛けながら待ち、順番が来ると即座に会計を行おうとしたが、コーラフロートをコーラのつもりで計算していたミスが発覚して慌てて小銭を追加したが、釣り銭が発生したので一瞬迷った末受け取ってからダッシュでこの屋上に到着して戦闘装束に着替えた。
それが三分前のことだった。
「ところで、あの灰園明日香という美少女だが」
「私ほどじゃないわよ」
「それはそうだが、彼女のようなSS級魔術師って鋭いんじゃなかったかな?」
「鋭いって?武器が?」
「勘だよ。知覚能力と言っても良いが」
「ってことは私たち気付かれてない?」
ここから四人が歩いている辺りまでは直線で五百メートルはある。B級のブルーとピンクでも五十メートル先くらいからの殺気なら警戒していれば気付ける。騎士団の合同訓練ではA級騎士を百メートル先から狙ったら攻撃前に気取られたことがある。
「仮に一ランク上がると知覚距離が倍になるとしたら」
「四百メートル」
「個人差も考えるとギリギリ、かな?」
「ギリギリ、よね」
別にそういう法則がある訳ではない。二人にもそれは分かっていたが大まかに試算してみると急に不安になってきた。
「……距離を取ろうかい?」
「……距離を取りましょ」
二人は武器と収穫物をそっと前において、ゆっくりと後ずさりをした。
……それはクマへの対処法である。
よく考えると格上相手に武器がないのは厳しいし、収穫物を捨てるのは勿体ない。
二人は前に戻って両方回収した。
……これをクマにやったらほぼ死ぬのでやってはいけない。
「ん?寺田……テラーピンク、『あっち』も下校しそうだぞ」
「瀬尾……セイントブルー、マジで?」
使い魔からの報告が仮面の下のウェアラブルウェア(¥59800)に来たのを瀬尾ことセイントブルーは寺田ことテラーピンクに告げた。
このような言い間違えに備えてコードネームを苗字の頭と合わせたのは良いが、その安心感のせいでかえって頻繁に言い間違えが生じてしまっていた。
「ならば一挙両得の二正面作戦と洒落込もうか?」
「え、やっぱいっちゃう?私SS級の相手イヤよ?」
「分かっているさ。こちらは私が受け持とう」
「え、今更学校の方戻るのもちょっとなぁ」
「ワガママな子猫ちゃんだな、君は」
「子猫とかなにそれ、寒」
「え」
ピンクの額をこん、と小突いたブルーは容赦ない言葉のトゲに刺されて硬直した。
「うん、寒いってば」
「……そうかい。じゃあ、もっと寒くなってみるかい?」
「うわ!分かった分かった!私が向こう行きます!行けば良いんでしょ!?」
ブルーが明日香たちへ武器を構えたのを見て、ピンクは慌てて荷物を拾い、学校の方へと、ビル群の屋上を敵に見つからないように遠回りに飛び渡って去っていった。
ピンクが妥協したようにも見えるが、普通に考えてSS級の明日香相手の方が無茶である。どうしても戦うのならせめて二人同時に攻めるべきだと百人が百人言うだろう。何故別のターゲットを同時に攻める道を選んでしまったのか。
だがブルーは勝利を疑っていない表情を仮面の下に浮かべていた。
「やれやれ。まあそういうところも可愛いんだけどね、子猫ちゃんは」
呟いてからウェアラブルウェア(¥59800)の自撮り機能で仮面の上からと内部の両方を写した自分の写真を見てみる。
美少年と見紛うほどの端正な顔立ちのボーイッシュな少女の決め顔が写っていた。
「寒くないよな。うん」
姿勢を一定に保って機を伺う。
呼吸を整えて二分ほど待ち……武器を投擲した!
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