11. 三日目・午後:誠司と恭哉のドキドキ血液検査!


−拝啓 灰園明日香様


 この手紙を読んでいるという時、私はもうあなたの前にいないのだと思います。

 友達をやめるなんて言ってごめんなさい。本当はずっと友達のままでいたいです。

 あなたを悲しませたくなくて、あんなことを言ってしまいましたが、かえって悲しませてしまうと考えられなかった私が悪いんです。

 私がどうして何故あんなことを言ったのかというと、私がいなくなってしまうからです。ごめんなさい。本当はずっと一緒にいたかったです。


――――――――――――――――――――――――――――――


 午後。保健室。

 血液検査は手早く済ませるべく体育館に簡易テントを広げて行われていたので、保健室は静かだった。養護教諭も検査の手伝いに行っており、ベッドに横たわる透羽のほかには付き添いの二人だけしかいなかった。

 六合透羽は色の消えた表情で、司令部と通信をしていた。


「申し訳ありません。私は……もう駄目です。ピジョンナンバーを剥奪して下さい」

『過ぎたことだ。それにまだ終わってはいない。これから挽回するんだ』

「でも……裏切りの疑惑がある百合山恭哉ですら引き離し作戦を行っていたのに、私は……私は、裏切り者以下です。きっと雪町朔夜を捕まえても逃してしまう!ごめんなさい……本当なら自分で処分を付けるべきなのに、怖くて……手が震えて刃物を握れないんです。私には新天地に行く資格はありません!この命は処刑するなり人体実験の検体にするなり、如何用にでもお役立てて下さい」


 通信機の向こうの砂川支部長はまだ若い少女の精神をここまで追い詰めてしまったことに重い溜息を吐いた。

 第二の方舟アークセカンドは確かに医療などの技術向上のために人体実験も行ってはいるが、検体は重大犯罪者などを捕らえて用いることにしている。一般市民は勿論、身内など絶対に使いはしない。


『馬鹿な……』

「馬鹿なことを言うな!」


 ベッドのパーテーションを開け、誠司が割って入ってきた。


「お前が妙な真似をしたら、俺が止める。俺がいなかったら……いなかったら……多分龍神たつがみが止めてくれる……と思う。多分止めてくれる筈だ、よな?」


 せっかくの慰めの言葉の後半は、翔子の行動を想定したせいで尻すぼみになった。翔子では雪町朔夜を逃がそうとする透羽をまた手助けしかねない。

 自分の名前が聞こえたからか、翔子も誠司に続けて入ってきた。


「龍神が火に油を、いやガソリンを注ぎだしたら、それは六合が止めてくれ。頼む。俺一人でコイツをどうにかできる気がしない。俺を助けると思って立ち上がってくれ」

「そーそー。私も暴投幇助?しちゃったし」

「どうやって暴投を幇助するんだよ」

「え?ボールを投げる腕を横から押して……とか?」

「暴投の意味分かってるじゃないか!?逃亡幇助だよ!逃がすのを手伝ったってことだ」

「あ〜。なるほど。さっき、何で支部長かっちゃんはお説教の途中でいきなり野球の話し始めたのかなって不思議に思ってたよ」

「お前は……!」


 いつも通りの誠司と翔子のやり取りを見ていた透羽の顔に色が差した。


「誠司さん、行って下さい。百合山協力員の助手役でしょう」

「ああ、そうだな」


 検査はもう始まっている。そろそろ分析も始まる筈だった。


「後は頼むぞ。龍神。本当に頼むぞ」

「ん~。付いていてあげたいんだけど、ちょっと先にやらなきゃなんだよね~」

「こんな時に何だ?」

「えーと……無血開城」

「……戦わずして生徒会を倒す策でもあるのか?」

「あっそれそれ!」

「何だと!?」


 誠司はうっかり背後を振り返ってしまった。そんな訳はないのに。


「じゃなくて、名誉革命!」

「六合、早速助けてくれ。龍神語の難易度が高すぎる」

「ごめんなさい。お役に立てそうにないです……」

「病み上がりに無理を言った俺が悪かった。許してくれ」


 結局、翔子は意図を語らないまま誠司よりも先に行ってしまった。何やら内緒の企てらしく、サプライズパーティーでも計画しているかのようにウキウキとしていた。心配な案件が増えてしまったが、百合山恭哉の意図を探るためにも分析のサポートに乗じて接触するのは優先事項だ。


「いいな。くれぐれも早まるなよジュリエット」

「分かったわ、ロミオ。もう大丈夫だから」

「…………悪い、勢いで調子に乗った」

「…………私もです」


 誠司は後ろを向き、透羽はもぞもぞと布団に潜った。


――――――――――――――――――――――――――――――


 理科準備室。

 五つのテーブルに検査装置が一つづつ置かれており、その横には採血管が専用ケースに入れて並べられている。星河高校は三学年×五クラスなので、同じアルファベットのクラス三学年をそれぞれの机にまとめてある。

 生徒会の結城凪、倉田晴に加えて、恭哉と誠司を含む魔術師の家の生徒八人で合計十人。この十人を二人一組にして作業を行う。東勇灯は全体の監督で、植野麗花は装置から送られてきたデータの確認を行う。恭哉の義姉で生徒会長の大澄あかりだけは体育館の方で作業を見守っているのでいない。

 血液の状態を保つため、十一月だと言うのに冷房が使われ生徒たちは厚着の上に白衣とビニール手袋を着用している。

 誠司も同じ服装に着替え、相方が待つテーブルに向かった。


「悪い、遅くなった」

「平気さ。そんなことより六合さんは大丈夫なの?」

「まあな」

 

 誠司から恭哉へはただ遅れるとだけ連絡をした筈だが、事情は把握されていた。耳が早い、というよりは騒ぎが大きかっただけだろう。


「君も早く戻りたいだろうし、手早くやろうか」

「ああ」


 恭哉は事前に作成していたらしきマニュアルを誠司に見せた。必要最小限の情報を簡潔にまとめてあり、近くにある装置付属の説明書より分かりやすそうだった。とはいえ、誠司がやることは採血管に書かれた名前や装置の数値を復唱してタブレットに入力することと、管を恭哉に手渡して入れ替わりで検査の済んだ管を冷却ボックスへ収納することだけである。装置の操作は恭哉が担当する。

 既に作業を始めていた他のペアを見るに装置の操作も簡単そうで一人で検査できそうに見えるが、万全を期すためにペアで行うことになっていた。

 恭哉一人だけ作業が遅れていたのはそういうわけだった。



 この分析機は魔力の有無と量だけを手早く確認するためのものである。

 分析の後で検体は魔術師用の血液検査センターにも送られ、より精密な生化学分析も行われる。二度手間のようだが今は、魔力量関連だけがすぐに分かれば良いのでこの簡易分析機だけでも充分だった。

 むしろすぐに検査をしてくれるセンターが無かったのでこれを使うしかなかった、というのが正確なところである。血液中の魔力は薬品で適切な処理をしなければ、数時間程度で抜けていってしまうのだ。

 全校生徒が約四百人なので、一班の受け持ち分は八十名分ほどになる。採血管を装置に入れてから一分半ほどで魔力と成分検査が終わる。約二時間掛かる計算だ。


 最新の分析機なら十名分くらいを一分で検査できると司令部から聞かされていた。それより少し古い機種を使うにしても二十分もあれば終わるだろうと見積もっていたが、想定が甘かった。機械には90年製と書かれている。

 誠司は恭哉に採血管を用意しながら尋ねてみた。


「よし、終わったよ」

「しかし他の機種は無かったのか?」

「何かまずい?古いけどちゃんと動くよ」

「もっと早く終わると思っていたからな」

「こういうの詳しいの?機械はんだけど、これしか借りられなかったみたいでね」

「なんか急ぐのか?」

「あ、いえ」


 後ろから勇灯が近付いて声を掛けてきた。


「一応、二・三時間掛かるって頼んでたつもりだったンだがな。急用とかなら仕方ねぇから俺か誰かが替わってもいいけどよ」

「すいません。大丈夫です」

「じゃあ、とにかくどんどん進めようか」

「そうだな。悪い。じゃあ次だな、一年A組、出席番号3番……」


 読み上げながらも誠司は二つのことで悩んでいた。


 一つは時間である。このままでは雪町朔夜が帰ってしまう。彼女の父親は会社からの帰宅中に拘束するというから、朔夜の拘束は彼女が帰宅してからでも良いが、他の住民もいるアパートで騒ぎになるのは望ましくない。司令部からは朔夜の確保はひとまず忘れて検査に専念しろと言われたが、何か手はあるのだろうか。


 そしてもう一つの悩みは雪町朔夜と、ついでに自分たちの検体をいつどうやって誤魔化すか、である。検査の知らせがあった昨日の朝から晩までは特に悩んでいなかった。現地協力者が算段を立てていると聞かされていたので、どうとでもなると甘く考えていた。だがその相手が百合山恭哉となると話は別だ。元々こちらに付くとは思えなかった上に、占いで裏切りの可能性も示唆された。彼には誠司たちの正体は教えていないのだというが、こちらから教えて良いものだろうか?

 どうせ今日を最後に学校にはもう来ない。第二の方舟の無人島施設へ雪町朔夜を連れていき、来たるべき破滅の時に備えるからだ。だが最低でも三人とも学校を出るまで、出来れば町を離れるまでは正体がバレるのは避けたかった。

 いっそすり替えを諦めて、採血を終えると同時に手早く下校して朔夜を確保する手も考えたのだが、不確定要素が多すぎた上に透羽が発狂したためこの案は捨てた。


 透羽の件で採血が遅れた自分たち三人分を自ら担当することになった時は、災い転じて何とやらだと思ったが、いざ現場に来てみると予想以上に検体や装置のごまかしは難しそうだった。

 理科準備室の後方からは勇灯が厳しく見張っている。前方の教卓には麗花がいる。彼女は非魔術師らしいが油断はできない。分析データは装置とタブレット両方から麗花のパソコンへ入力されて、自動照合して以上がないかを確認する仕組みになっているが、有線ケーブルの接続や装置の調整などは彼女の主導で行ったのだという。すでにひと仕事終えた麗花は今は基本的にまったりと過ごしているように見えるが、どこまで気を抜いているのやら分からない。

 そもそも複数の監視カメラを仕掛けてあると事前に明言されている。準備室の数カ所にカメラが見えるし、隠しカメラもあると見るべきだ。人手が足りないのでリアルタイム監視はしていない筈だが、分析作業終了直後から録画映像を見返されたら、町から逃げる前にすり替えに気付かれる恐れもある。

 五つのテーブルは作業に支障ない範囲で密集しているので互いの距離も近く、無意識の相互監視状態になっている。何より、装置担当の恭哉の目を盗むのは無理そうだった。

 春の検査の時は、数日前から肉体から魔力を抜いておくことで分析を誤魔化せたが、作戦が控えている今回はそれも無理だ。魔力は数時間で全快は出来ない。


『彼が信用できないのなら、雪町朔夜の検体の隠蔽が行われるかを確認してくれ。予定通り実行していれば良し、していなければ即座に検査を妨害して撤退するんだ』


 支部長からはそう告げられている。既に校舎の複数箇所に小型爆弾や発火装置を仕掛け、そのリモコンも口の中に仕込んでいる。電源系統や水道管を吹き飛ばしたり、小さな火で火災報知器を作動させるためのもので生徒たちを殺傷する意図はない。

 スマホも回収された入室時の身体検査で発見されなかった時は心中でほっと息を吐いた。気付いていて泳がされている可能性は敢えて考えない。恐怖とプレッシャーで透羽の二の舞になりかねない。


「さて、一年はもうちょっとだね、次は……あ、雪町さんかな?」

「ああ。ラベル番号は……」


 いよいよ来た。生徒会をどう誤魔化したのやら分からないが、予定通り恭哉がA組の担当になっている時点で、朔夜の隠蔽を行う意図はあるのだと思いたいが……。

 誠司は努めて自然に採血管を恭哉に渡すと、緊張に身構える。


「うぉっと」

「!?」


 恭哉が手を滑らせて採血管を落とした。慌てて膝の間で受け止めて拾った。

 後ろから勇灯が小走りで駆けつける。


「おい、怪我ねぇか!」

「ごめんなさいね、東先輩。血は無事です」

「お前は?」

「勿論、大丈夫ですよ」

「……なら良い。他のやつも注意しろよ!」

「「はい!」」

「「はーい!」」

「「了解!」」


 周囲にも注意を促すと勇灯は後方に下がっていった。

 誠司も恭哉へ声を掛ける。


「頼むぞ?」

「ごめんごめん……あ」

「何だ?」

「電源切っちゃってた」

「おい」


 確かに装置の電源が落ちている。電源ボタンと分析開始ボタンは女子の親指と小指の距離よりも離れていて形も違うのにどうして押し間違うのだろうか。


(待て。なんだ女子の指って)


 何故か女子の指の前提で考えてしまったが、自分の手を見る限り普通に男子の手でも同じことだ。何故女子で考えたのだ。今隣の席で見た恭哉の指が思ったよりしなやかで細かったせいだろうか。何だこの考えは。

 誠司が謎の心のざわめきに動揺していると、今度は前の席から麗花がカツカツと歩いてきた。


「百合山さん……ちょっとお貸しなさい」

「すみません」


 麗花は恭哉と誠司を退かすと電源スイッチを押した。どうも消えるのは一瞬でも起動には時間が掛かるタイプらしく、麗花は二分ほどじっと待った。起動を確認すると装置のカバーをずらして何やら確認を行っている。パラメータを弄って、彼女のパソコンとの接続を調整しているようだ。さらに三分ほど掛けた作業の末に元の状態に戻ったのか、麗花が顔を上げた。


「こちら、四半世紀ほど前の古い古ーい機械なんですからね。接続し直すのが手間なんですの。次は罰金取りますわよ」

「すみませんでした」

「次はって言ってますでしょう。まあ、の落ち度でもありますけれどね。皆さんも気をつけてくださいね!」


 麗花は差し出された一万円ばっきんを突き返して、周囲にも注意を呼びかけた。前のテーブルの晴や横のテーブルの男子が反応する。


「いや、そんなの間違えませんよぉ」

「百合山、植野先輩に構われたくてわざとやったんじゃねぇの?」

「ハハハ、まさか。先輩は僕なんか眼中にないよ。むしろ相手は……東先輩?」

(!?)


 誠司はその言葉に違和感を抱いた。恭哉の嗜好は多少知っている。彼は女性同士の恋愛感情をこそ至高としている。おかげで誠司と透羽の関係を邪推されないのは良かったが、透羽と翔子が恋愛関係だと思いこんでいるらしかったのには首を捻るしかない。そんな恭哉なら今の会話では、麗花の相手は東勇灯ではなく、女性の名前を出す筈ではないのか?


「私としては、生徒会内のカップリングは『凪あか』と『麗晴』推しですわね」

「……?植野先輩は倉田さんと仲が良いんですね」

「フフフ、どうでしょう」

「え、私狙われてます?」


 麗花はくすくすと笑いながら意味有りげに晴を見つめていた。晴は椅子を前方にずらして距離を取る。恭哉はそれを微笑ましげに見ていた。これだけなら一見いつもの恭哉のようだが、カップリング発言をスルーしているのは妙だ。カプリングとは誰と誰が恋愛関係にあるか、もしくはなりそうかというような話な訳で、彼の好みの話題の筈だ。何かがおかしい。


「さっきから何の話?」

「何でもありませんわ」

「ごめんねぇ、うるさくして」

「さあ、作業に戻りましょうね」


 晴の隣で級友らしい女子が首を傾げ、麗花たちは会話の内容をはぐらかした。

 そうだ。なんのことは無い。一般人のいるところでは嗜好を偽装できるのが百合山恭哉という男だった。気にすることはない。


「あ、終わったよ。三代くん」

「え!?……あ、ああ。数値は?」


 いつの間にか肝心の朔夜の検査が終わっていた!

 管をセットした瞬間すらよく見ていなかったというのに。


「え。普通だよ?先輩のおかげだね」

「あ!?ああ……」


 恭哉の微笑みに誠司は何故だか、ドキリと心をかき乱された。

 落ち着け。自分はノーマルだ。いや、ノーマルという表現も良くないらしいが、とにかく異性愛者だ。何だ今の気分は。

 首を横に振ってから改めて数値を読み上げて、タブレットに打ち込む。

 確かに『普通の』数値だった。E級魔術師レベル、常人にしては少し多い程度で春の検査の際と大差ない数字だった。

 一体、どのタイミングでどう誤魔化したのだろうか。採血管を落としたり、電源を落としたりという動作が怪しいが、管のラベルをどう誤魔化したのか?誠司が来る前に張り替えていたのだろうか。別人の血とすり替えたのならば、後でもう一度すり替えなければならないはずだが、ボックスにしまって良いのだろうか?


「三代くん?どうしたのよ?さっきから変だよ」

「あ、ああ。いや、大丈夫……だ」


 心配そうに見つめてくる恭哉にまたも妙なざわめきを覚えてしまう。『~のよ』など女言葉にも聞こえる言葉を使われたせいだろうか。いや、それくらいは男でも使うこともある。恭哉の場合親しい人間相手だと特に出やすい傾向がある気がする。


 ……親しい人間?親しいと思われているのか?

 何故か綻びかけた顔に力を入れる。周りに恭哉にとって親しい生徒会の人間や何人かの顔見知りがいるから女風の言葉が出やすいだけだ。自分は関係ない筈だ。


「もう少しで二年生だね」

「あ、ああ。冬も近いからな」


 今日で学校から消える誠司には関係のない話だったが、予想外の言葉に思わずあったかも知れないこの先の学校生活に思いを馳せてしまった。


「……?違うわよ。一年生分の検査が……だよ」

「あ!わ、悪い!じゃあ次行くぞ」

「うん」


 うっかり酷い勘違いをしたせいで恭哉を笑わせてしまった。その笑顔にまた心を奪われてしまった。いや、奪われていない!


(俺は異性愛者!!)


 そうだ。普段は気をつけていても、ひとつ屋根の下で一緒に暮らしていて透羽や翔子の『女』を意識してしまう出来事はこの半年間で色々とあった。

 特に強烈だった出来事が二つある。気を抜くとふとした拍子にフラッシュバックしてくる。

 一つは風呂での出来事。互いの入浴時間にはよく気をつけていたのだが、その日は疲れていたのもあってよく確認せずに服を着替え入れに放り込んで、明かりをつけて浴室に入ったところ、浴槽に透羽が入っていたことがあった。

 暗くした上でアロマキャンドルとプラネタリウム風の明かりを出すライトでリラクゼーションをしていたらしい。入浴剤も入っていたが、よりにもよって無色タイプだったために水中が良く見えてしまった。誠司も当然何も隠していなかった。

 ……互いに謝った上で、それ以来入浴中の札を必ず掲示するように徹底している。


 もう一つは誠司が居間で寝ていた時の出来事。翔子が服を着替えようとして下着姿になり、それに気付かず誠司が起きてしまったことがあった。

 これは100%翔子が悪いので『ごめん』と一言謝ってそのまま半脱ぎで部屋に歩いていった。誠司からは謝らなかったし、特に事後の対策などはしていない。似たようなことがその後も三回ほどあったし、うち一回は全く同じ状況だった。見られたいのならば素直にそう言って欲しい。何も考えていないだけだろうが。


「ちょりーっす」

「うわ!?」


 何も考えていない女がいきなり理科準備室に現れた。今はちゃんと制服を着ている露出魔の手には二本の採血管があった。


「すいませーん!処女の生血二人分持ってきました―!」

「言い方!」

「事実だもん。あと童……男一人分もね」

「えらいぞ」


 すぐに反省して軌道修正できたのはえらい。褒めてあげよう。


「あれ、なんかあった?」

「いや……」


 管を受け取りに来た誠司だが、直前まで如何わしいことを考えてしまっていたせいで翔子を直視できなかった。


「六合は?」

「まあまあ大丈夫かな。もうちょい休んだら灰園明日香あーちゃんとゆんちゃんも連れて四人で帰るよ」

「そうか。待て、ゆん……って」

「冬町のさーちゃん」

雪町朔夜ゆきまちさくや、だよな?どうやってそんなことに?」

「そうそう、さーちゃん。りっちゃんが殴ったの謝って色々話してるうちに一緒に帰ろーってなった」

「そうか。凄いな」

「何が?」


 色々と破綻しつつあった計画を当初の形に殆ど戻してくれたのだ。褒めるべきなのだが、ここで自分が褒めるのはかなり不自然な会話だ。準備室の全員に聞き耳を立てられている。それはそれとして突っ込むべきは突っ込みたい。


「ゆんちゃんは!?いや、ゆんちゃんのゆは何処から来てたんだよその間違い方!」

「え、だからふゆの『ゆ』」

「助けてくれ……」


 あまりに目まぐるしい間違い方に、誠司は最早翔子のロジックを推理するのも馬鹿馬鹿しくなってきた。


「そう言えば、あとりっちゃんから伝言で……えーっと」


 血液検査を誤魔化すには採取された血液から魔力を抜いてしまえば良い。

 昼の事件のせいで三人の採血が最後になったのを幸い、血の運搬は事件の罪滅ぼしを兼ねて翔子か透羽がやるようにする、と決めていた。それは見ての通り成功したが、魔力抜きは人目につかずにできたのだろうか?

 上手く行っていた場合の符丁は「頼まれていたガス抜きの道具が見つかったから貸してあげます」と決めていたが、これを言い間違えられた場合それを自分は認識できるだろうか。


「『頼まれていた通り抜いてあげます』だって。トゲでも刺さったの?だいじょぶ?」

「大丈夫じゃないのはお前の言語野だよ!?」


 本当に医者に見せるべきではなかろうか。誠司は溜息を付き、気をつけて帰るように翔子に念入りに言うと、周囲に騒がしくしたことを謝りながら席に戻った。 

 刺さりまくる視線がトゲトゲしかった。これをこそ抜いて欲しい。


「三代くん、怪我したの?大丈夫?」

「え?いや……」


 先程の言葉が周囲に如何わしい意味に取られたことにこの男は気が付いていないのだろうか?演技だとしたら大した怪物である。いや実際そうなのかも知れない。どうやって朔夜の検体を誤魔化したのやら分からなかったのだから。


 タイミングも良かったので二年生の検体に移る前に誠司たち三人の血液分析も即座に行われた。魔力はちゃんとC~D級魔術師レベルにまで抜かれていた。


 色々と疲れたが、懸案は一先ず片付いた。

 気を取り直した誠司の働きはここまでの倍かと思えるほどの速度で、時折恭哉の言動にどきり、とさせられながらも大きな滞りもなく一時間半で終わった。

 





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