8. 二日目・夜(3):方舟の担い手

 星河町のとあるアパートの一室。

 事務机に置かれたモニターの前に一人の少年と二人の少女が立っていた。


 彼らが所属するのは魔法犯罪者ウォーロック組織の一つ、第二の方舟アークセカンド。世界の破滅から人類を救うべく行動する組織である。そのような理念で活動しているので、犯罪者呼ばわりは不本意ではあるのだが、同時にやむを得ない扱いとも認識していた。

 彼らの活動内容は大きく分けて二つ。来たるべき新天地の創造と、そこに持ち込むべき人と物資の確保である。後者の活動の為に、優秀な学者や技術者、動植物やその遺伝子サンプルに卵や種子、書籍や工業機械などの人類の遺産を広範に渡って蒐集しており、その過程で拉致や盗みも行っている。

 第二の方舟アークセカンドの理念を世迷い言と認識する者からは見れば犯罪以外の何物でもない。


 彼ら三人は町に潜伏してきた第二の方舟日本支部の若手精鋭部隊だった。モニターの向こうから日本支部長、砂川雄仁いさがわ かつひとが指示を出す。


『……と言うわけで決行が早まった。実行部隊の君たちには申し訳ないが、宜しく頼む』

「お任せください」

「必ずやり遂げます」

「おっけー!」

「………ッ」


 三代誠司みしろ せいじは、背後から聞こえた能天気かつ失礼な声の主を睨みつけた。恐ろしいことに当の本人は何故睨まれているのか分かっていない様子で、誠司はなおさら頭を抱える羽目になった。

 横の少女が誠司の肩をトンと叩き首を横に振る。『諦めなさい』と言わんばかりだった。六合透羽りぐごう とわは三人のリーダーで、誠司より一歳半ほど年上の十七歳である。能力値も誠司より一回り高い。落ち着いたピンクのVネックに黒い膝丈スカートを纏っている。


「どしたのー?」


 二人の後ろでキョロキョロと首を動かすのは龍神翔子たつがみ しょうこ。ファンデーションで浅黒くした肌に茶髪、黒のショートパンツに首元の緩い白のタートルトップス、首元にチェーンやチョーカーを付けている。今から渋谷にでも繰り出しそうな服装をした、いわゆるギャル系の見た目の十八歳。身長が透羽と大差ないことと、透羽が落ち着いた雰囲気をしているせいで、彼女よりも年下に見られることが多いが、本人は良くも悪くも気にしていない。


「何でも無い……」

「だいじょぶ?具合悪いんなら早めに寝なよ~?」

「誰の……!」

「ん?」

「何でも無い……!」


 誠司は『誰のせいだ』と言いかけて、止めた。上司の前で馬鹿馬鹿しい。というか砂川支部長も透羽のように首を振っている。支部長は佇まいを正して、軽く手を叩く。三人が再度画面に顔を向けると、作戦の詳細を伝え始めた。


『クロウ132・三代誠司は予定通り血液検査に参加し、現地協力員・百合山恭哉及び、生徒会の監視を行ってもらう』

「はい」

『その間、ピジョン121六合透羽は雪町朔夜の監視を行い、彼女の下校のタイミングでピジョン38龍神翔子はこちらに合流してもらう』

「了解です」

「おまかせー!」

『三代誠司も検査が終わったらこちらに合流し、三人で共に身柄の確保を行ってもらう予定だが、百合山恭哉による灰園明日香の引き離しが失敗した場合はそちらの対処を優先とする。この場合、雪町朔夜の確保はピジョンの二人だけで行ってくれ』

「はい」

『雪町秋嘉あきよしのほうはB班が確保、C班と私を含むD班は第三勢力への警戒を担当する。本来、君たちのフォローをするべき我々二班の動きは制限される。他の地区からの増員は期待できない。その点は申し訳ないと思うが、どうか宜しくお願いしたい……何か質問は?』


 透羽が手を挙げて発言した。


「生徒会や町内会への対策は、戦わずに済ませる、ということで宜しいのでしょうか?」

『そうだ。彼らと戦わねばならなくなった場合は、我々二班が足止めする。第三勢力の介入が同時に発生した場合は彼らを町の勢力にぶつけるしかないだろう。第三勢力の正体や介入の確実性が予知しきれていない以上、委細を詰められないのは申し訳ないが、これが現状のベストだと考えている』

「承知しました。私も他の手は無いと思います」

『ありがとう』


 真正面から星河町の勢力とぶつかった場合、第二の方舟アークセカンド側はかなり分が悪い。灰園明日香を抜きにしても、町の戦力は生徒会だけでもこちらの二班分以上、総戦力では六~八班分はある。灰園明日香を加えたら更に軽くその倍以上になる。しかも魔術師の戦いにおいては地の利というものが表の世界非魔術師の戦い以上に大きい。

 本当なら、戦闘を避ける前提の今の作戦でさえあと四班は欲しいところだったが、第二の方舟は組織の構造上の問題として人手が足りていない。


 第二の方舟の組織規模は

 全世界で約二千人、戦闘員はこの半分ほど。魔法犯罪者組織の人員の多さを示す10段階の指標カテゴリーでは下から7番目に認定されている。人数としてはむしろ多い方だが、やるべきことの多さに対しては全く人手が足りていない。


 これは組織の目的を考えればやむを得ないことではある。

 何しろ、今の計画では新天地が受け入れられるのは多くとも三千人程度で、その中には組織外から拉致または招聘するべき学者や技術者が二千人以上も含まれるからである。

 つまり組織に属しながらも新天地には行けない人間が現段階でさえ半数以上なのだ。自分や家族が犠牲になる前提で人類を救う使命感を維持できる人間は少ない。


 しかも今回は雪町朔夜の確保と並行して、各地で人や物の確保も並行して行われる。早期に人や物を確保しても奪還されるリスクがあるため、今回の『来たるべき時』が来るまで作戦を情報収集などの準備段階に留めていた。

 それらの作戦が明日から一週間で一斉に決行される。あまりに無茶なリソース配分ではあるが、どうしてもそうするしか無かったのだ。


 日本支部には二百人ほどが所属しているが、各地で同時展開する作戦にも人員が振り分けられている。

 最重要作戦が行われるこの星河市にさえ、回せた人員は支部の一割ほどで戦闘員は二十名といない。取れる作戦の選択肢は自然と絞られてくる。


「私からも良いでしょうか」


 続けて誠司が挙手をし、支部長が応じた。


「私は灰園明日香への警戒に付いているべきではないでしょうか。百合山恭哉が裏切っていた場合、灰園に自由に動かれてしまいます。そうなれば止められる可能性があるのは私だけです。それも私一人では止めるだけが限界で、倒すことは出来ないでしょう。少なくともあと二人は灰園対策に回すべきと考えます。雪町朔夜はピジョンの二人で充分でしょう。C班とD班から一人づつ頂けませんか?」

『妥当な意見だ。第三勢力の介入が予知されなければ最大二班態勢で灰園明日香を抑える案もあった。だが、人員の余裕が無くなった今は雪町朔夜本人こそ最も警戒すべきだ』

「……彼女に魔術の素養は無い筈では?」

『そう、彼女は膨大な魔力をただ有しているだけだ。言うなれば非武装の超大型タンカーだな。一方の灰園明日香は空母打撃群。確かに彼女は優先的に警戒すべきではあるが……君自身にも覚えはある筈だ』

「……!」


 誠司は息を呑んだ。

 かつて誠司は自分の命の危険に際して力を目覚めさせ、その場で暴走させた。幸い、誠司の魔力量が平凡で、殺傷力の無い能力だったから影響は少なく済んだ。

 しかし、規格外の魔力を持つ雪町朔夜に同じことが起きたらどうなるだろうか。


『空母打撃群の総攻撃よりも、タンカーの爆発のほうが被害はずっと大きい。万に一つ、彼女が身の危険を感じたことで魔力を暴走させれば、我々の計画が瓦解するばかりか、我々自身が世界の破滅の引き金を引く羽目になる。それこそ止めうるのは君だけだ』


 誠司の能力は、SS級魔術師の明日香も、埒外の魔力を持つ朔夜の暴走も抑え込むことが出来うる。ただし二人を同時に抑えるのは困難極まりない。

 一通りの説明を終えたと判断した支部長は少し砕けた口調で続けた。


『とはいえだ。実際には、雪町朔夜が暴走する可能性は少ないだろう。だから誠司くんには序盤は別行動で灰園明日香相手に動けるようにしている訳だ』

「ですが……灰園対策を百合山恭哉に任せるのは危険すぎます!奴がこちらに付いているとはとても思えない!」

『彼を随分と買っているようだな』

「違います……!」


 誠司たちは、この四月からの半年間、星河高校の一年生として潜伏していた。

 透羽たちは年齢を誤魔化している。

 去年の段階では朔夜が必ず星河高校に進学するとも限らなかったし、転校生だと星河町の魔術師たちから見て目立つからである。

 戦闘員兼研究員である透羽は元より大学レベルの学力なので、何年生だろうが退屈なのは同じだったし、翔子は日々の勉強に追いつくのに必死で二人に勉強を見て貰っているので年齢詐称は然程問題はなかった。


 だが、現地協力員の一人が百合山恭哉だと知らされたのはつい先程のことだった。

 誠司が機嫌を損ねていたのはそのせいもあった。勿論翔子の態度がトドメだったが。 


「奴が生徒会を、生徒会長を裏切る筈がないんです!」


 まるで味方を庇うかのような物言いに、支部長は苦笑した。


『裏切りの可能性は考慮している。彼に渡したのは雪町朔夜の確保に必要な情報だけだ。君たちの素性や明日の詳しい人員配置は教えていない』

「奴が仲間に我々が来ると伝えたらどうするんです!」

『町内会の内通者に流した、雪町朔夜を放置すれば魔力の暴走で爆発を起こすという情報、あれはあながち嘘ではない。百合山協力員にもその点は開示してある』

「嘘では……ない?」


 その言葉に反応したのは、透羽だった。

 雪町朔夜が一週間後に爆発を巻き起こすという情報は、内通者に朔夜をスムーズにこちらに引き渡させるための欺瞞だと聞いていたからだ。

 星河町の内通者たちは雪町父娘が転居してきて以来、第二の方舟から資金提供を受けて『期限』まで二人の監視と保護を請け負っていた。二人の暮らしが改善したのも良い労働条件の職場へ内通者がそれとなく誘導したからである。


 犯罪者認定されている組織との蜜月は当然犯罪である。だが期限が近づいた最近になって魔術連合の捜査の手が伸びて来たらしい。それに気が付いた内通者は、表向きは受け渡し準備を進めつつ、裏では朔夜の排除に動いていた。若手精鋭が集まる生徒会を使って、自分たちの内通の証拠でもある朔夜を消そうとしていたのだ。敢えて朔夜を指名せず爆発を予知しただけと主張したのも証拠隠しの一端であった。


『そうだ。彼女を放置すれば、我々の行動に関係なくその町は滅ぶ。それを自分の手を汚すこと無く排除出来るのだ。家族を大事にしている百合山協力員は我々に協力するしかない』

「家族を……彼が協力した条件と状況を教えて下さい」

『協力員とは言え仲間の個人情報ではあるのだが、良いだろう。新天地に家族や友人を連れていきたいというものだ。半年前に向こうから接触の上で打診してきた。二十名ほどリストを出されて、交渉の末姉と妹だけ許可した。手強かったよ』

「二名もですか?」


 透羽の声には非難の色があった。彼女は一瞬誠司の顔を見て、本人に気づかれる前に目をそらした。


『非難はもっともだが、今回の作戦が成功すれば組織内メンバーの九割以上も新天地に向かうことが出来る。二名では報奨として少ないくらいだ』

「そのリスト、見られますか?」

『ああ』


 モニターに表示されたリストには、恭哉が『新天地』に連れていきたいと依頼した人間の名前が二十名ほど羅列されていた。正メンバーですら新天地に行けないというのにあまりにも強気な数ではあるが、朔夜を確保するメリットを考えれば実際、無理筋とまでは言えない数でもあった。

 二十名の中には義理の姉と妹、同じく両親とが最初に来て、その後に友人や知り合いらしき面々の名が並んでいた。


「やはり嘘だ」

『嘘とは?全員の人となりは調べてあるが』

「それですよ!文芸部の連中の名前が殆ど入っていないんです!特に親友の紺野の名前がない!ああ、そうだ。このリストのメンバー、全員が魔術師では?」

『そういうことか』


 星河町には魔術師が多く、恭哉もその一人である。その彼と深い交友関係にあるだろうこのリストの全員が魔術師なのは不自然ではない。だから見落としていたが、誠司の言葉を受けて考えると一つの可能性が見えてきた。


『魔術師であれば、我々相手に最低限の自衛は出来る、か?』

「ええ、裏切った時の我々の報復を警戒しているんです。その辺の弱い魔術師相手でも、一般人相手より報復のハードルはずっと高いでしょう」


 催眠や幻惑などへの耐性のない一般人が相手なら、第二の方舟は拉致にしろ殺害にしろ極めて容易である。これが魔術師相手となると、非戦闘員でも多少の耐性があるので、これだけで難易度が数段上がる。


『まあ我々はそんな余計な真似はしないが、それも承知の上での念の為か。なるほど、先に彼のことを君たちに伝えておかなかったのは私の失策だった』

「では……!」

『だが、百合山恭哉が仲間に全てを打ち明けて、我々を騙し討つ構えを取っていたとしても、だ。先程も言った『爆発』の件で我々は優位を取れる。この場合は、我々に向けるつもりの防備で例の第三勢力を迎え撃ってもらうとしよう。プランはあるが、その時に追って連絡する』

「分かりました」


 不承不承ながらも誠司は頷いた。恭哉の裏切りを考慮に入れてくれているのならば何も言えることはない。恭哉や爆発の件など隠し事が複数あるからといって、それでいちいち不審を抱くことはない。

 魔術師の世界では予知に加えて読心能力というものがある。機密は知る人間が少ないほど良い。この原則は表の世界以上に重要だった。

 誠司が大人しくなったのと入れ替わりで透羽が再度挙手した。


「あの。蒸し返すようですが、その『爆発』……解呪されはしませんか?」

『ああ。雪町朔夜に仕掛けられているのは魔力を隠蔽する術式だけの筈だ。隠蔽術式を消されては厄介だが、彼女を守るつもりならそうはしないだろう。世界中の魔法犯罪者に狙われるからな。そして爆発の原因は……後から来る』

「来る?」

『済まないがこの件はここまでだ。彼女を確保した後で必ず説明する』

「了解しました」


 機密だらけで部下が不満と不安を感じているのは承知の支部長は、最後の言葉に強く力を込めた。


「ところでかっちゃん、明日の運勢占ってもいいかな」

『………ああ私か。そうだな、頼む』

「し、おま……支部……!」


 翔子の呼び方に支部長は数秒絶句していた。自分の半分程度の歳の少女にこの呼び方をされるのは何度言われても慣れない。

 誠司は支部長以上に絶句してパクパクと口を動かしながら翔子を指差したり、周囲を不安げにキョロキョロと見回した。透羽は急性の頭痛を堪えるかのように額を片手で強く抑えた。


「何が出るかな何が出るかな~♪」


 翔子は六角形の紙製の箱をシャカシャカと振った。易占の道具というよりはおみくじ用の箱のようだが、どうにもファンシーな包装紙だった。

 龍神翔子は第二の方舟屈指のSランク予知能力者である。

 星河町ではどういう訳か他の者の予知が殆ど成功しない中で、翔子は予知が可能なためこの潜伏任務に選ばれていた。雪町朔夜の魔力が予知を阻害しているのではないか、と思われるが、何故翔子ならそれを無視できるのかははっきりとは分かっていない。


 やがて、翔子は箱に空いた穴から一本の棒を引っ張り出す。プレッツェルにチョコレートをコーティングした焼き菓子ポーキーだった。


「なんだと?」

「りっちゃんは……これはブーメラン難の相が出てるね」

「え?」

「せっちゃんは……」

「いや、進むなよ。何だって?」

「だからブーメラン難の相だってば」


 誠司は途方に暮れた。


「それは……敵が使う武器か?それとも発言が六合自身に帰ってくるという意味か?」

「え?発言?どゆこと?」

「俺が聞いてるんだ」

「りっちゃん、どゆこと?」

「具体的にブーメランが、私に、どう害を成すのですか?」

「なぁんだ、そう言ってよねぇ」


 翔子は誠司に向けて『めっ』と言うようなポーズをした。


(言ってたよ!!)

「でも聞かれたって分からないよ。文字通りのブーメランがくるのか、何かの例えなのか」

(例えって分かってるじゃないか!『ブーメラン発言』って知らないのか?)

「そもそもブーメランって何だっけ?」


 キョトンとした様子の翔子に、誠司は頭を抱えた。


「『ブーメランって何だっけ?』!?分からないのにどうして予知できるんだ!?」

「誠司さん」

「あ、ああ。悪かった」

「うん。ラッキーアイテムは……」


 話を止めていても仕方がない。とにかく敵と出くわしたら飛来物や投擲物に注意しつつ、学校などでの言動にも気をつけるしかない。透羽は取り敢えず言われたアイテムだけは準備しておくことにした。


 翔子はチョコ味のブーメラン難を食べながら箱をまた振り、二本目の棒菓子を取り出した。

 塩味のよく効いた棒菓子ブリッツのエビ風味だった。


「チョコと混ぜるな!」

「せっちゃんは……末吉!」

「聞けよ!………え?相は?」

「相じゃないよ。末吉だってば」


 易占かと思っていたらおみくじだった。何を言っているのか分からないと思うが、たぶん分かるやつがおかしいのだ。しかも割と運が悪い。凶以下でなくてよかったと思うべきか。

 棒菓子ブリッツには文字など書かれていない筈だが、木目にも似た表面を翔子は注視して書かれた文字を読むかのように言葉を続けた。


「えーとね。恋愛運は……」

「要らないから!俺はクロウナンバーだぞ!」

「……どゆこと?ともかく、今が告り時だって!やったねりっちゃん」

「何で私の運勢に戻ったんですか?」

「いやいや、そうじゃなくて……」


 翔子は『ダメだこの娘……』と言いたげな表情で手をブンブンと振った。


『あー……済まない、作戦に関わりそうなところだけ読んであげてくれ』

「えー。はーい。そうじは……」

「争い事(争事あらがいうごと)では?」

「あ、多分それ」


 書かれていない文字を読み間違うとはどういうことか。

 だが正に明日の作戦に関わる内容で、争いが起きるらしいのは不安である。流石は末吉か。


「身近な仲間の裏切りに注意、だって」

「……!?」


 誠司は呆気にとられた後、透羽と支部長を絶望的な表情で見回す。二人は無言のまま首を横に振った。翔子もそれを見て呆然としている。自分で自分の発言が信じられないようだ。そしてはっと何かに気付いた。


「二人とも違うんなら……まさか裏切り者は……私!?」

「最悪だな!」


 頼みの綱の予知能力者が裏切り者でした、では詰んだも同然である。しかも自白している。そんな話があるか。

 翔子は半泣きになりながら両手を手錠を受ける形にしてモニターの前に差し出した。そこに出されても、支部長にはどうも出来ない。


「どうしよ、かっちゃん……私が私でいるうちに捕まえてもらったほうが良いのかな?」

『落ち着け。読み違えか解釈の間違いじゃないのか?』

「うん。ええと……」


 翔子は棒菓子を二本に折って断面を見た。


「仲間っていうのは年の近い男の子っぽいね!良かった私たち無罪!」

「それはまさか……百合山恭哉では?」

「支部長」

『分かった。現場の判断で最悪射殺も許可しよう』

「ええ……『注意』だからまだ決まったわけじゃないよ?殺さなくても……」

「お前の占いだろ……殺さずに済むならそうする。奴に邪魔されなければ良いんだ。他に無いか」

「えと、ラッキーカラーはピンクだね」

「制服だぞ。ピンクのハンカチでも持てば良いのか?」

「いや、身に付けなくて良いっぽいよ」

「何だそれは?」


 首を傾げたが、わざわざ身につけるピンクを探さなくて済むのなら良い。それよりも恭哉の裏切りが濃厚になったことでかえって割り切って動けるのは好都合だと誠司は思った。


『翔子くん、我々のことも占ってもらえるかな』

「正気ですか!?」

「う~ん。直接顔を合わせないと厳しいけど、えっとかっちゃんは……おっと」


 箱の中身が付きたらしく、代わりにモザイク柄の革の財布から五百円玉を取り出して、宙に放ってキャッチした。この女、上司の運勢を二択で判断するつもりなのか。


「ふたご座の運勢は花丸!」

『!?……!!?……ありがとう……』

「うん!」


 支部長が面食らったのも無理はない。表か裏か、さもなくば五百円玉の製造年辺りで占うのかと思っていたところへのこれである。花丸は喜んで良いものなのか。

 とはいえ、身近な者にしか教えていない誕生星座を見抜かれたのは流石ではあった。


 続けて他の者を班単位でまとめて占っていく。D班はサイコロ占いの結果がライオン、C班は『文庫本をランダムに捲って出た十の位の数字』でひまわり。一応吉兆らしい。

 本人も言う通り、占う相手が眼前に居ないとどうにも胡乱な占い結果になるようだ。

 そもそもの占い方法も胡乱だったが、この胡乱さが星河町の予知阻害をくぐり抜けられる要因かもしれないと、第二の方舟の専門家は割と真面目に考えていた。


 読心や千里眼対策を兼ねた機密保護の為に他の班の場所は副支部長以外に教えていないので、わざわざ占いのためだけに会いに行かせるわけにもいかない。前もって占ってもらえば良さそうなものだが、翔子の予知は翌々日以降のことになると的中率が大幅に下がるのでそれも無理だった。

 胡乱過ぎて的中しても後からそれと分からなくなるだけでは、と専門家は割と真面目に考えていた。


「ええと、あと残りはA班か」

「A班は俺たちだよ……!四つしか無いのに何故忘れる。最後はB班だ」

「せっちゃん天才!」

「お前がバ……いややってくれ」

 

 馬鹿呼ばわりをすると、割と本気で落ち込むので誠司は口を噤んだ。翔子に限らず予知には能力者のメンタルが大きく作用しやすい。


 翔子はチラシの裏にあみだらしきものを適当に書いて、透羽に棒を書き足させた上で結果の部分を折りたたんで隠させた。そこには何も書かれていないのだが、裏面でも透かして見るのだろうか?翔子はあみだに背を向けて後ろ手で小銭を放った。

 一度目、二度目は失敗して床に落ちた。翔子が不思議そうに首を傾げてからの三度目は天井に跳ね返って誠司の額に命中した。


「痛っ!?」


 よりによって五百円玉だった。翔子は誠司に謝ってから十円玉を構えた。


「四度目の正直!」

「そんな言葉はない!」

「未来の常識は私たちが作るんだよ!」

「お前にだけは作られてたまるか!」


 予知能力者が言うと洒落にならない。

 翔子が投擲した十円玉はようやくあみだの上に落ちた。それを喜ぶでもなく、今日一番の真剣な表情であみだを辿る。チラシを捲りあげてから数秒をそれを見つめ、捲り直す。それを二度繰り返してから、チラシをいきなりくしゃくしゃにして伸ばし、また見つめる。


『どうした?』

「待って。待って……」


 翔子は台所へと駆け出した。誠司が後を追うと翔子はコンロに火を点け……チラシをそこに焚べた。


「何やってんだ馬鹿!」


 誠司は慌てて換気扇をつけ水を汲む。翔子はそれに気付かない様子で手でチラシの火を吹き消して燃え残りを凝視する。水をコンロ周りに撒いた誠司と、遅れて駆けつけた透羽が近づいてきたが、翔子はモニターの前に戻っていく。


「支部長。B班、みんな死相が出てる。大凶。大殺界。天地否。死神の正位置」

「嘘だろ!?」

「色んなルートを試してみたけど、作戦全部を諦めるかB班だけ作戦を中止しないと、どうやっても半分は死んじゃう」


 予知を語る翔子のは既に焦りは無かった。恐怖や悲しみといったあらゆる感情が感じられない口調だった。

 誠司と透羽はその内容を素直に受け入れられなかった。雪町秋嘉の確保は自分たちや後詰めのC・D班よりも安全だと思っていたからだ。


『これも後で語るつもりだったが、奴も魔術師だ。我々の仲間だった』

「……では、まさか」

『いや、娘に魔術を教えた形跡は歴代の諜報員が調べた限りでは、無い。だが、娘に隠蔽以外の術を掛けている可能性はある。だから確保しないわけにはいかない』

「ですがこのままでは」

『分かっている。俺が知る奴はB級程度で、能力値は当時で頭打ちだった筈だ。こちらの諜報員に隠れて大した修行が出来たとも思えんが、罠の可能性もあるからな』


 砂川は暫し考えた。


『貴重な仲間を失いたくはない。奴は生かして捉える前提でいたが、殺害も辞さない手荒な姿勢で挑むことにしよう。それではどうだろうか?』

「ちょっと待ってね」


 翔子は自室に戻った。五分ほどドタバタと音をさせて戻ってくると、タロットカードをテーブルの上に乱雑に放り、両手で回すように広げた。

 誠司は『何故最初から持ってこないのか。そして占い師が道具を雑に扱うな』と思ったが言える雰囲気ではなかった。

 翔子は広げたカードをまとめてから細かく切り、無作為に一枚を取った。


「悪魔の正位置。この場合は『友人を失う』かな」

「どの友人を、何人失うんだ?」

「分かんないよ。でも、全滅だけは無くなった。上手くいけばこっちの犠牲は出ないかも」


 翔子はカードの側面をルーペで見ながら難しい顔で答えた。

 透羽は上司の顔を不安げに見た。もしかしなくとも『友人』とは雪町秋嘉もそうなのではないか?


「支部長……」

『ありがとう。最初に君たちと相談して正解だった。各班にも占いの結果を報告・相談の上で作戦を練り直して最終決定をする。君たちA班は予定通りのつもりだ。ともかく今夜はもう食事を摂って休んでくれ』

「……了解しました」 

「……お疲れ様です」

「かっちゃん、ちょっと死相出てる。ちゃんと休んでね」

『……ああ。肝に銘じよう。それと荷物は届いたかな』

「ええ、あの、あれは……」

『高級和牛セットだ。野菜は買ってあるな』

「宜しいんですか?こんな時に」

『どう転ぶにしろ、暫く落ち着いて良い食事は取れなくなるからな。この旧世界での最後の食事になる可能性もあるし、最悪製造コストの高い牛肉自体食べられなくなる恐れもある。よく味わってくれ』


 そして誠司たちが明日起きる可能性のある戦いで死ねば、最後の晩餐になる。この場の誰にとっても言うまでもないことだった。

 三人は支部長に礼を言い、通信を終えた。

 

 一分ほど沈黙が続いた後、まず翔子が動き出した。誠司もそれに続き、食器とコンロをテーブルに並べていく。透羽は予めカットしてあった野菜と皿に載せた肉をテーブルに運ぶ。

 翔子は先程までの沈鬱な空気を吹き飛ばす勢いではしゃぎだした。


「やったーお肉だー!」

「落ち着け」

「ジンギスカンだー!」

「和牛だよ!?」

「しゃぶしゃぶですよ……!?」

「……?和牛のジンギスカンでしょ?」

「……それは羊です」


 翔子はどうやらジンギスカンとは肉の鍋料理全般を指すと誤解していたらしい。

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