4. 二日目・朝:敵か味方か双子姉妹
―翌朝。
百合山恭哉は一人暮らしをしているアパートの部屋で目覚めた。恭哉は目覚めは良く、アラーム類が鳴る前に狙った時間に起きるタイプである。しかし今朝は予定より二十分ほど早く重苦しさで目覚めた。
「またか……何度やってもこうなってしまう……!」
ループモノの主人公めいたセリフを吐きながら両腕の重みを取り除こうとするが、振り解こうとした『それら』の片腕と恭哉の両腕が二つの手錠で繋がれていた。
内心で舌打ちすると不自由な腕をどうにか動かし、後頭部の髪の中に潜ませた黒く細いヘアピンを使い二つの手錠を十五秒で外した。この結果にもまた舌打ちをする。前に自分の両手を手錠で拘束された時は十秒以内に外せたが、今度は構造のより複雑な手錠だった。布団の中に潜む敵も学習してきている。
呆れ返る恭哉に、その二人の敵が話し掛けてきた。
「あら、流石ですわね恭哉様」
「今回も見事ですわね恭哉様」
「男ごときに様をつけないでよね」
「おはようございます。手錠を掛けるのは宜しいんですのね」
「おはようございます。流石のイカれたツッコミ所ですわね」
「手錠を掛けるのは良いよ。君たちと手錠で繋がれてるのがまずいんだよ!おかしいでしょ!」
「それは確かにおかしいですわね」
「どちらかと言えば、恭哉様がね」
布団の中から顔を覗かせたのは互いに瓜二つの、一目でそうと分かる双子の少女だった。両肩に流したロングパーマの前髪に一箇所編み込んで白いヘアピンで止めている。パーマも首の横辺りを白いヘアゴムでまとめてある。
編み込みの位置は姉妹とも左。装飾品や髪の結び目など、見た目で差を付けられる部分も敢えて同じにしてある。分ける必要性を感じていないのだ。
当然周りの人間は区別できないので、たいていは二人まとめて呼ぶ羽目になる。仕方のない話だ。何しろ自分たちでも区別がつかなくなるくらいだ。互いのスマホを取り違えたことに気付くのに一週間近く掛かったことすらある。
この姉妹は以前恭哉が不自由な魔術師一族の実家から助け出し、それ以来彼が手配した家で居候生活をしているのだが、その家はここではない。このアパートはあくまでも恭哉の一人暮らしだ。防音などはしっかりしているが、二人以上で暮らすには狭い単身者向けのアパートである。
オートロックなどの防犯もしっかりとしている筈なのだが、この二人は頻繁に苦もなく侵入してくる。玄関と窓に独自の防犯対策も仕掛けてはあるのだが、あまり効果はない。爆弾や刃物でも使ってよければ効果的な手も打てるが、流石にそれは出来ない。
百歩譲って侵入してくるだけなら良いとしても、こうして二人揃って布団に潜り込んでくるのが問題だった。このアパート以外にも恭哉にはいくつかの宿泊先があるのだが、その何処に行っても入ってくる始末で唯一の安地は実家だけだった。
「勘弁してよね……」
「勘弁して欲しいのはこちらよね、来瀬。美少女二人が布団の中にいるというのに」
「そうよね、自信を無くすわよね、来音。手の二つや三つ出して頂けないなんてね」
「だから、そういうの止めてよ来瀬、来音」
恭哉は『来瀬の名を呼んだほう』を来瀬、『来音を呼んだほう』を来音と呼んだ。
それで正解だった。
「「またか……何度やってもこうなってしまう……!」」
「さっきから起きてたね?何がよ!?」
先程の自分の台詞を引用された恭哉は若干顔を赤らめた。
「恭哉様は酷い人です。私たちを二人に分けてしまうなんて。恨めしい」
「でもあの家から私たちを連れ出して頂いたことには感謝してますのよ」
「という訳ですので、いざ」
「朝のご奉仕タイムですわ」
「うわっ!ちょっと」
風夜姉妹は布団から身を起こそうとしていた恭哉を布団に引きずり戻した。
魔術師としてのパワーは一対一でも二人のほうが上である。それが二人掛かりとなれば恭哉に勝ち目はない。来瀬が恭哉の右半身、来音が左半身を抑え込み、二人の空いた側の手が恭哉のズボンに手を掛けて降ろしに掛かる。
「嫌だ!待って待って待ってお願い!嫌だ嫌だ嫌だ!嫌ああああああっ!!!」
「うげふっ!」
「ぐほぉっ!」
エグい悲鳴を上げて二人が後方に引っくり返り、巻き込まれた布団がめくれ上がる。二人が『勝ち』を確信した瞬間に、一点に圧縮した魔力の弾を鳩尾に叩き込んだのだ。弾の直径は0.1ミリ。最早針とでも言うべき細さである。殺傷力はロクにないが文字通り指すような痛みは、瞬間的にだが重い時の生理痛にも匹敵した。
「うぐっ……おぇぇぇ」
「ぐぉぉ……ぎっ……」
美少女にあるまじき形相と嗚咽に罪悪感が沸かないでもなかったが、男女逆であれば『潰されても』仕方ない所業である。恭哉は罪悪感を押し殺して説教を始めた。
「いい加減こういうの止めてよね。僕を虐めて楽しいの?」
「痛っぅぅ……はい!恭哉様を泣かせるのは楽しいです!」
「痛っぁぁ……これからもずっと虐め続けさせて下さい!」
腹を擦りながらも二人は渾身の笑顔と共に深々と頭を下げてきた。
恭哉が二人に最初にこういう目に合わされた時もこうだった。あまりに良い笑顔で頼まれたものだから、つい良しと言ってしまったのが間違いだったのだろうか。
恭哉は涙目になって片手で前髪をクシャクシャにする。
「何度も言うけど勘弁してよぉ……だいたい君たち!姉妹で愛し合ってた筈だろ!僕なんかに構ってる場合じゃないでしょ」
「そうですわね、じゃあご要望にお答えしましょうか来音」
「ええ来瀬。では特等席でご存分にご覧くださいな恭哉様」
来世と来音は布団の上で膝立ちになり、制服を着た互いの体の稜線を腰から肩に掛けてなぞるように指を這わせていき、顔を近づけていく。
……そして互いを見つめ合いながら唇を重ねようとする刹那、二人の目線が恭哉を向いた。
「……いや、違うでしょ!!!」
「あらやだ」
「あらまあ」
恭哉はすっと立ち上がり、拳を震わせながら泣いた。怒りと悲しみに全身を打ち震わせる。
「おかしいでしょ!僕の存在を意識したらおかしいでしょ!百合の世界に男は存在しないんだよ!いいかい!互いを見つめ合い、相手の瞳の中に映る自分の姿に恥じらいを覚えるのが愛し合う二人ってもんじゃないのかい!それなのに第三者のほうを向いたらそれはもう二人だけの関係性じゃなくなるでしょうが!何度も言ってきたけど改めて言うよ?
「やれやれ恭哉様と来たら朝っぱらから近所迷惑ですわね、来音」
「コイツ百合のことになると早口になってキモいですわね、来瀬」
「そうだ!その意気だ!僕は気持ち悪い汚物なんだ!迂闊に近寄っちゃあいけない!ようやく分かってきたようだね!」
「汚物は喋りませんわよ、恭哉様」
「這いつくばりなさいな、汚物様」
「ああ!」
恭哉は勢いよく土下座のような姿勢になる。どちらかと言うまでもなく土下座すべきなのは風夜姉妹のほうなのだが。
「宜しい。では顔をお上げなさい」
「さあどうぞ、伏して拝みなさい」
「ああ……?……え?」
起き抜けのドタバタで疲弊して正常な判断力を失った恭哉が言われるままに頭を上げると、視線の先に二枚の黒い布があった。
黒いレースに赤い花の刺繍のパンツだった。風夜姉妹がスカートを思い切り上げていた。
「ウワアアアアアアッ!!!?」
「あらあらやっぱりですか」
「そう来ると思いましたわ」
咄嗟に自分の目を目潰しで抉ろうとした恭哉を、その動きを予想していた二人が押さえつけて止めた。
―――――――――――――――――――――――――――――――
― 十五分後。
挽きたての豆でサイフォンで淹れた珈琲。ハムエッグと炒めた豆。レタスとアスパラにトマトのサラダ。メープルシロップとアイスの乗ったフレンチトースト。
これを三人分、恭哉一人で用意して食卓に並べた。
恭哉は昨日の色々の手配のように、その場ですぐ出来ることは即やってしまう性分であり、その手際も効率化されていた。キッチンの器具や棚の食器も取り出しやすいように並べられている。フォークはフォーク、スプーンはスプーンで分けた上でさらにそれぞれ長さ別・用途別に並べられている。
前の晩に洗った食器も寝る前に拭いて棚に戻されている。水切りカゴに置いたままの皿を朝拭いて使うなどと言った無精はまずやらない。この後も登校前に食器を洗って拭いて棚に戻す予定だ。
平静を取り戻すのに五分掛けたので実質十分の手際である。風夜姉妹が手伝ってくれていれば五分で終わったが、その二人は恭哉の作業の間に限って急に睦み合い始めた。当然恭哉はロクに見られなかった。どこまでもサディステックである。
なお、食材は予め用意してあった。二人がやってくるタイミングはだいたい決まっているので備えていた。備えていてなお侵入防止トラップを突破されてしまうのが困りものであった。
「それで、頼んでおいた件はどうだったのかな」
「おおよそ、恭哉様のん……はふ……熱い……予想通りでしたわ」
「恭哉様の濃厚で……美味し……生徒会の皆さんも独自に動いて」
「「(生徒会だけで)勝手に動かないでぇぇぇ」」
「うるさいよ!」
食事をしながら三人はセックス、もとい恭哉が姉妹に頼んでいた件について話し合っていた。……これでも話し合っている筈だ。
風夜姉妹と来たら、ハムエッグとサラダを差し置いて熱い珈琲と濃厚な味わいのフレンチトーストから先に手を付けている。正直どうかとも思ったが、残さずにちゃんと食べるのは知っているので恭哉は何も言わなかった。二人の実家は厳格ではあったが、テーブルマナーを教えていなかったとしても少しも不思議はないと思われた。或いは実家への反発からマナーを無視している可能性もゼロではないが、まずないだろうと恭哉は予想していた。まあ、わざわざ聞くほどのことでもない。
「しかし皆さん、盗撮には全く無警戒でしたわね」
「もしや、わざと見させられましたのでしょうか」
「「さっきのパンツみたいに!」」
「やかましいよ!今度やったら(僕の)右目抉るからね!」
筆談ボードを使ってくれる確率は八割くらいだろうと恭哉は踏んでいた。通信アプリも恐らく警戒して使わないだろうという見込みに加えて、生徒会は普段から手話や点字を使う練習もしており、筆談ボードも平時から補助用の筆記具として活用していたからだ。
案の定上手くいき、ボードでの会話はカメラに殆どが映されていた。隠語や代名詞が多いが、恭哉に隠し事が有ることと、恭哉が手配した血液検査が生徒会にとって不都合なことは明らかだった。会話の内容を見る限りでは、カメラに気付いていた様子は無さそうではあった。
「それで次はどうなさいますの?」
「あの人とは接触されましたの?」
「灰園さんのこと?まだだよ。どの道昨夜は任務でいなかったみたいだけど、逆にちょうど良かったよ。外堀から埋めないと秘密裏に接触なんて出来ないからね」
雪町朔夜を複数の悪意から守るためには、どうしても灰園明日香に彼女の家族を含めた第三者に知られずに接触する必要があった。だが明日香は、常に複数の護衛に囲まれ、自宅は多重の防護結界に囲まれている。知らない仲ではないので正式にアポを取って会うのはそう難しくないが、密かにとなると難易度は一気に跳ね上がる。一見、学校の中でなら簡単に近づけそうだが、あまりに人目が多い。何より護衛の中には星河高校の生徒もいるのだ。
「なるほど、女の匂いがするとは思いましたが、灰園さんではなかったのですね」
「なるほど、二日連続で別の女を口説き落とされるのですね。流石の絶倫ですわ」
「ぶち殺すよ!?」
―――――――――――――――――――――――――――――――
風夜姉妹に次の頼み事をしながら、食事を終えて片付けをしていると恭哉の複数のスマホの一つ、紫色のものに電話が掛かってきた。
無視するわけにもいかないが、片付けの途中で面倒だなと思っているとゲームをしていた姉妹が寄ってきた。
「残りのお皿、お拭きしますわ」
「大丈夫?あんまり割らないでよ?」
「心外な、週に一枚くらいしか割りませんわ」
「よくぞ……そこまで……!」
恭哉は目元の涙を拭ってから呼吸を整えた。世間の基準では割りすぎであるが、一日に十枚割っていた時期からすると飛躍的な進歩だったからだ。後に半分はわざとだったと判明したのだが、それでも三十五倍の進歩である。人格面の成長を含めばそれ以上だ。
落ち着いた恭哉は電話に出た。
「はい。私です……ええ。今のところは普通に登校して来ています。なるほど、二・三日中に……。了解しました。備えておきます。はい……全ては人類の新天地のために」
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